6.特訓開始
「『劇団花狂魔』の求められるスキルの特徴を一言で説明するならば、それはいつでも感情を100%で引き出せるような、柔軟な即興能力だ、俺は前回のオーディションで〝競馬で応援してる馬が1位から最下位までいったりきたりするのを応援する〟演技をさせられた」
「アドリブ・・・?、それって台本に無いような演技をするって事?」
「言われてもよく分からん、キキ、ちょっとやって見せてくれ」
「・・・ま、百聞は一見にしかずか、正直あんまやりたくないんだがな」
と言いつつも、俺にはとっくに人としてのプライドなんてないので、人に頭を下げてお金をせびる乞食の役だろうと、他人に笑われる為に失敗する道化の役だろうと、求められればやる。
なので俺は子役歴10年で磨き上げた凡人の演技を、二人に披露してやるのであった。
「よっしゃいいぞ!!、勝てる!!行け行け!!・・・ああっ!?、なんで垂れてんだよ、まじかよ、ヤバいよ負けちゃうよ、俺お前に全財産かけてんだよ、負けたら家賃も借金も払えなくて親に土下座してまた借金しないと死んじゃうよ、頼む神様、一度でいいから奇跡を起こしてくださいっ・・・っ、・・・よっしゃ!!、いいぞ、上がってきた!!、その調子だいけ、もう少し、いけいけいけいけ!!、駆け上がれ!!!勝てる!!!勝てるぞ!!!キタキタキタキタ!!!勝て勝て勝て勝て!!!いっけぇええええええええええええええ!!、──────────え?、進路妨害で失格、・・・終わった──────────(失神)」
俺は喜怒哀楽を全身で表現して、競馬に熱中する男の演技を演じた。
それは去年オーディションに落ちてからもたまに1人で公園や河川敷で何度も練習して磨き上げられたものであり、おそらく〝普通〟のオーディションなら合格、及第点でもおかしくないような演技だった。
そしてそれを間近で見たケイとゼンは、今まで俺に対してどことなく侮った雰囲気だったが、俺の子役として培った人生経験の重みで多少の感動はしたのか、自然な拍手とともに俺を称えてくれたのだった。
「なるほど・・・、これが〝演技〟か、流石、子役で何年もやってただけあって、ちゃんと〝プロ〟って感じがする」
「うん、なんか本当に、競馬やってるみたいで、〝熱〟みたいなのが自然に伝わってきたよ、感動した、凄いよキキ、でも、これでもまだ合格には足りないって事なの・・・?」
「ああ、俺の演技は凡人の演技だからな、喜怒哀楽という鉛筆で色を表現しているだけの、子供でも分かるような〝大げさ〟さが生み出す、芝居じみた作り物の演技だ、でも、これじゃあ花狂魔オーディションには絶対受からない」
「・・・正直俺たちからしたら今のでも無理ってレベルでハードルが高いのに、これより上とか注文されても無理なんだが」
「そうだね、普通に僕は今の演技の何がダメだったのか分からないし、これでダメなら受かる気がしないよ」
「ま、それが〝本物〟を知らない人間の普通の反応だよな、でも、これを見てくれ」
そう言って俺は自分のスマホを取り出して、保存されていた動画を再生させる。
そこに映っているのは茂木田つぶ子、天才子役にして天才女優と名高い、劇団花狂魔の座長の娘であり劇団の団員でもあるつぶ子の演技だった。
その動画の中のつぶ子は俺と同じ題目を〝一言も喋らずに表現する〟〝ラーメンを食べながら表現する〟〝競馬を知らない異世界から来た少女になって表現する〟〝1円も賭けて無い体で表現する〟〝騎手がお兄ちゃんだと思って表現する〟と言った、たった一つのお題、喜怒哀楽を問われる演技を、何度も何度も、様々な背景を設定して、完璧に表現していた。
──────────これが天才と凡人の才能の引き出しの差である。
凡人の俺たちは、喜怒哀楽、それぞれ1色の色鉛筆しか持っていない。
でも天才はそれを俺達よりも鮮やかで、自由な色彩で、七色の絵の具を使って表現しているのだ。
表現力の圧倒的な違い、それこそが演技に於ける天才と凡人の差だと、俺は現場で実感しているものだった。
そしてそんな演技の天才だけが所属出来るのが『劇団花狂魔』、役者の天才の登竜門と言われる、天才だけが入団出来る劇団なのであった。
つぶ子の動画を見終わったケイとゼンは感動に震えていた。
天才の演技には、感情移入を視聴者の現実に変えてしまうほどの魔力がある、熱中して視聴していたのならば、それだけに大きな集中力を使ったのは間違いない事だろう。
・・・正直、どうせダメ元のオーディションな訳だし、恐らく無理な目標を設定して団結する事が目的だっただろうから、こんな心をへし折るような事をしなくても良かったのではと今更後悔も湧いてくるのだが、だが、敵を知らなくては負けた時に納得できないと思い、俺は凡人が見れば絶対打ちひしがれると理解しつつも、それを二人に見せたのであった。
「・・・取り敢えず、動画はグループラインに上げておくから、気になったら見ておいてくれ、演技の練習は・・・別々にしよう。いきなり人に見られながら練習するのも慣れないだろうしな、取り敢えずこの動画を見て練習して、明日それぞれ発表するって事で、じゃあ俺は上がるから」
そう言って俺は荷物を纏めて帰宅の準備をする。
だが俺の予想に反して、ケイとゼンは目を輝かせてこう言ったのだ。
「すげぇ・・・、演技ってすごいな・・・、この子の演技に比べたらお前の演技なんてただの大根じゃねぇか、演技ってこんなすごいもんだと初めて知ったぜ、なぁキキ、この子の名前ってなんて言うんだ、同い年くらいだよな?、教えてくれよ」
ケイは元々芸能界に興味無かったらしく、子役としてかなりの知名度を持つつぶ子の名前すら知らないようであり、そう訊ねてくるが、その目は初めて海を見た子供のように輝いていた。
「本当に、衝撃的だったよ、すごいね、茂木田つぶ子って、今まで役に恵まれてただけで天才天才って騒がれてる意味が分からなかったけど、これ見たら納得するしかないよ・・・、彼女は本物の天才だったんだね・・・」
二人とも絶望するでもなく、つぶ子に、そして演技に興味が湧いたようだった。
多少は演技を齧った人間ならば絶望しかない話だが、こいつらはど素人だからこそ、そのレベル差が理解出来ずにまだつぶ子が〝競争相手である〟という自覚が無いのだろう。
俺はその様子を微笑ましく思いつつ、なんと言っていいか言葉に迷い、質問で返したのであった。
「一応聞くが、これが〝合格基準〟だ、たった1週間で出来ると思うか?」
「自信は無いけど、でもやるしかないしな、それに、これ見た後なら、キキの演技くらいは余裕で越えられそうな気もするし、補欠合格でもいいならギリギリ及第点狙える可能性はあるだろ」
「僕も、ギリギリなら狙えそうな気がするというか、茂木田つぶ子レベルは無理だけど、〝上〟は目指せそうだし、今は演技やってみたくて仕方ない、かな」
「じゃあ今日は居残りレッスンしようぜ、なんなら泊まりでもいいな、1週間しかないんだし、今日から演技の特訓するぞ」
「やろうキキ、君が僕たちの指導役任されたんだし、勿論付き合ってくれるよね、センターなんだしさ!!」
「まぁ遅くならない程度なら付き合うけど、でも泊まりは無理だ、親が心配するから」
そして俺たちはその日は未成年の夜間行動の上限である22時手前まで自主練してから解散した。
ここで分かった事は、ケイとゼンはジョリーさんが見出した逸材なだけあってかなり飲み込みが早く、そして勤勉で努力家であるという点だ。
二人ともこの週末につぶ子が主演となる映画やドラマの全てをチェックして、演技の特訓の為に今日から毎日居残りすると提案してきた。
そんな二人の熱意に対して俺一人がどうせ無理だと冷めていたのだが、だがそんな二人の情熱に対して、俺はそれを誰よりも応援してやりたいとも思っていたのであった。