4.結成
「なぁキキ、センター俺に譲ってくれよ、歌もダンスも、あと顔も、俺の方が上だし、スペック高くて華のある俺の方がセンター向きだからな、その方が絶対いいって、ゼンもそう思うだろう?」
俺は事務所のレッスン室にて、俺たちのグループ『STAMPofVenus』のメンバーである小田切慶、本名小田巻慶介、愛称ケイがレッスンの最中にそんな風に俺に話しかけた。
そしてケイに話しかけられたもう一人のメンバー、中性的で線の細い控えめな美少年タイプの男、時任善、本名時雨善財、愛称ゼンがそれに対して困惑しながら返した。
「ええ!?、いや、でも、キキの方が芸歴長いし、それに顔はそんな変わらないような・・・、それに、こういうのってジョリーさんが決める事なんじゃないの?」
「そうだけど、でも、キキってどう見てもやる気無い感じだし、親に言われて無理矢理アイドルやらされてるだけだろ?、ならそこを俺たちの方から直談判すればジョリーさんだって分かってくれるはずだ、キキだって本当はセンターなんてやりたくないよな、だってお前どう見てもアイドルとか向いてないタイプだし」
ケイは屈託なくそう言うものの、中々に強烈なディスりに俺は困惑しつつマジレスで返した。
「お前の言う事も一理あると思うが、・・・でも、ジョリーさんはプロのプロデューサーだからな、ジョリーさんの考えが間違ってるとは思わないし、それに逆らうような事をするのは賢くない、ケイがセンターになりたいならジョリーさんの目に止まるように努力するか、事務所を変えて別のグループでデビューするように努力するしかない、結局俺たちは、一人残らずジョリーさんの所有物で駒だからな、ジョリーさんがこのグループで俺をセンターにしたいと望んだなら、俺もお前も、それが本人の意思に反していても従うしかないし、それがアイドルの〝プロ〟って事だとは思う、・・・かな」
若干コミュ障が入ったような口ぶりだが、芸能界に長くいて自己主張の強い性格は長生き出来ないと学習していたが故に、愛想の無い俺は必然的に反論する時は自信なさげで不器用そうな控えめな話し方で一般論を装うようにするのが板についてしまったのである。
そんな俺の控えめな主張に納得しつつもケイは不満が残るのか、強めな口調で俺に聞くのであった。
「まぁ確かにそれがプロなんだろうが、でも折角デビューのチャンス貰えたのにこれで成功出来なかったら嫌だろ、底辺アイドルとして客のいないステージの為に毎日毎日青春犠牲にしてレッスンしてそれでなんの見返りも無いとか時間の無駄だ。だったらやはり一番歌もダンスも上手くて顔もイケてる俺がセンターやるべきだし、普通に考えたらその方が成功率は高いよな、どうせキキがセンターなのもジョリーさんの〝お気に入り〟だからだろ?」
「ちょっ、ケイ、それ言い過ぎだよ、本当の事でも言っていい事と悪い事の区別くらいはしないと!!」
俺は思ったよりもフランクで言葉に遠慮の無いケイの態度に、こいつはかなり〝個性〟が強くて芸能人向きの性格なのだろうとその逸材ぶりを評価しつつも、まともに取り合うと余計に神経を逆撫でして喧嘩になってしまいそうなので、俺は面倒くさくなったのでこう言ったのであった。
「ジョリーさんに気に入られるか否か、それが全てだって事なら、別に俺に実力が無くても成功は約束されたようなもんじゃないか、だったら何を心配する事があるんだ、俺たちのジョリーさんは、お前が不安に思うくらい信用に値しない人間なのか」
論点のすり替え、話題を〝俺〟から〝ジョリーさん〟にすり替える事によって、俺はこの話題を打ち切る。
そしてレッスンの終わり際にゼンは微妙に打ち解け切れない俺たちを心配したのか、また親睦会をしようと引き止めたのだが、俺は用事があるからと断り、そしてケイは少し拗ねた様子で早足で帰宅していく。
この調子で1ヶ月後のデビューは大丈夫だろうかと、個別メッセージで俺はゼンから相談を受けるものの、それに対して俺は「なるようになる、いい物なら売れるというナイーブな考えも、悪い物なら売れないというノーマルな考えも芸能界には通用しない、名前を売る事が全て、だからメンバーが不仲なグループも、それはそれで面白い」と返信し、先に結論を書くことで以降のやり取りを拒否したのであった。
俺の人生に於ける負担の割合の中で、他人の為に費やせる時間はそんなに多くない。
何故なら俺は才能の無い凡人であり、それでいながら人より多くを背負う責任と義務があるからだ。
俺の家は普通じゃないから、だから俺は他人より多くのものを背負う必要があるし、友達や遊びを捨ててでも自分を優先する生き方しか学んで来なかった。
ずっと役者の世界で、蹴落とし合い奪い合う世界の中で、才能という残酷な現実と、どこまでも凡人で、それでいて普通にもなれない自分という現実と向き合わさせられて来たのだから。
だから俺は他人に深入りしないし、考えているのは常に、〝どうやったらトップアイドルになれるか〟という一点だけだ。
ジョリーさんとの関係は言わば俺の生命線であり、蜘蛛の糸にも等しいたった一つの救いだ。
だから利用する、ジョリーさんは釣り上げた魚には餌をやらないタイプだと知っていたから、悪女のように手玉に取って、いつか親父と肩を並べられるような存在になる日が来るまで利用するつもりで、俺はジョリーさんのお気に入りを演じ続けているのだ。
そんな俺はもう〝普通〟のアイドルになんてなれないものだし、他人にとって都合のいい虚像にしかなれないものだと、自分の身の程を幼い時分に理解していたという事だった。