43.罪人のレクイエム
「はぁはぁ、さぁ、キキ、次は君の番だ、見ていてあげるから、やり切って見せてくれ、私に勝てないようじゃトップアイドルなんて土台無理って話だよ」
残った観客は3万人強、ここに居た人間の半分以上が残っている。
これが天才の力、俺には無い人を惹きつける力、人を魅了する、人から好まれる天性のタレントだ。
きっとここにいる人間の多くは、俺の歌なんて求めて無いし、聞いても心動かされる事は無いだろう。
──────────でも。
「芸歴0年のお前に負けたらアイドルなんて辞めてやる、元々、今日のライブは命を懸けるつもりで来た、もし失敗したら地獄に行く覚悟で来たんだ、俺の覚悟が、アイドルですらないお前に負ける訳ないだろ」
「知ってるよ、君がずっと、今日の為に頑張っていたのは見ていたからね、おかげで私も曲が体に染み付いてしまった訳だけど、ふぅ、結構疲れるねこれ、喉もカラカラだ、じゃあ私は観客側に戻るから、是非、私を感動させて見てくれたまえ───────王子様」
俺は煽られて燃えるタイプでは無いが、やはりにっくき宿敵のような白月ユキからの煽りであれば、それは火に油を注ぐように燃えない訳が無かった。
こいつにだけは負けられない、本来はライバルを名乗るのも烏滸がましい相手だが、やはり姉というのは兄姉というのは、弟にとって超えるべき壁として立ちはだかるものだからだろう。
俺はここで終わってもいいというありったけの、負けたら死ぬ覚悟で勝負に臨んだ。
するとそんな俺の元にケイとゼンがやって来た。
「・・・お前ら、帰ったんじゃないのかよ」
「流石にこれだけのお客さん置いて帰れないでしょ、一応この後握手会だってある訳だし、あーあ、これで閉幕だったら握手してさっさと帰れたのに、これでアンコールまでされたら帰るの1時間は遅くなるなぁ」
「ま、こんだけ盛り上がってて乗らない理由も無いからな、キキ、お前がセンターだ、死ぬ気でやれよ」
二人とも、白月ユキのライブに感化されたのか、火がついたようにやる気だった。
俺はその様子に自分ではどうにもならない劣等感の歯がゆさを感じつつも受け入れる。
「言われなくても、今日は死ぬ気だ、お前らも声が枯れるまで叫べよ、天国まで届くように、それじゃあ行きます、『TempeStars』さんの曲で、『Love so Happiness』、イキます」
「「「YEAH!YEAH!YEAH!!」」」
それは『TempeStars』最大のヒット曲、ミリオンセラーのラブソングだ。
カラオケでも定番の曲とされ、『TempeStars』のファンで無くても聞き馴染みのあるような、国民的人気曲である。
だからこそその評定は厳しいものになるだろう、生半可な歌声では力不足と見られるし、皆が知っている曲だからこそ、その優劣は明らかだ。
────────だが。
「すごい声量だ、この曲、5人組の曲な上にキーも高くて息切れしやすいのに、たった3人で5人分の声量を出しつつ全く息切れをしてない」
「てか天使くんも、他の二人も、普通に歌うま、パフォーマンスもキレッキレだし、これで新人アイドルって信じられない!!嘘でしょ!?」
「流石は天下のジョリボーイズと言った所か、歌はどうせお遊戯だと思っていたが、なんだよ、結構すごいじゃないか」
「わぁ!、今ウインクしてくれた!、まるで『TempeStars』のライブみたいに、すごい、初ライブでこのパフォーマンスとか、絶対に好きになるじゃん!!」
「なによこれ、茂木田つぶ子の知名度にタダ乗りしてるだけのゴリ押しイロモノアイドルかと思ったら、歌もダンスも一級品の、超王道正統派アイドルじゃない、ジョリオタ歴40年の私の子宮にガツンと来るような、子宮に響く歌声じゃない!!」
「なんで、つぶ子様が死んだのに、恋人だったのに、そんなヘラヘラと・・・」
「「「Love so Happiness……、みんなありがとう!!、最高のテンションだったよ!!」」」
「「「「「YEAHーーー!!!」」」」」
会場の熱気は質問タイムや白月ユキにも負けない、最高潮まで盛り上がった。
この調子なら台本通り後1曲歌っても、最高潮の盛り上がりのまま幕を閉じる事が出来るだろう。
俺はここで当初の台本通り、会場を更にヒートアップさせるマイクパフォーマンス、ライブの鉄板ネタであるメンバー同士での絡みについて話そうとした。
しかしそこで再び乱入者が飛び込んで来たのである。
「乾拭キキ!!」
「──────────君は、確か花狂魔の……」
乱入者は劇団花狂魔の団員、つぶ子の後輩に当たる子役の、確か御節えびす、だったか。
つぶ子と共演も多く、よくつぶ子の妹役をやっている事から国民的妹子役とも呼ばれ、そこそこの人気を誇る子役女優だったが、ここに来ている事には驚きを隠せない。
だが彼女は公然としたつぶ子の信者なので、激昂した態度からも俺に何かしらの意趣返しの意図があってここに来たと考えるのが妥当だろうか。
俺は突然の乱入にも態度を崩したりせずに、まるで台本通りかのような自然な態度で迎え入れる事にした。
「やぁみさおちゃん、来てくれて嬉しいよ、君も俺と共演してくれるのかな?、だとしたらきっとつぶちゃんも喜んでくれるね、天国のつぶちゃんにも届くように、一緒に歌ってくれる?」
俺は努めて柔らかな態度で御節えびすを宥めようとするものの、その態度は気に障ったのか、御節えびすは更に怒気を強くして俺に言い放った。
「乾拭キキ、あんたはっ、なんで、お姉様を見捨てて、アイドルなんてやってるのっ!!、お姉様はあんたの事っ、世界で一番愛していたっ!!、世界中の何よりも愛していたっ、それなのにあんたはこんな下らないアイドルごっこをしてお姉様を見捨てるなんてっ、どう考えてもおかしいでしょっ!!、あんたが死ねば、あんたがお姉様と一緒に死ねばっ、お姉様の物語は完璧だったのにっ!!、なんであんたが生きてお姉様が死んでるのっ!!」
駆け引きなど感じさせない、純粋な殺意の咆哮、いや号哭か。
御節えびすのその叫びに呼応するように、残っていたつぶ子の信者らしき者たちも便乗して叫んだ。
「そうよ、つぶ子様と一緒に死んであげるのが優しさでしょ、あんたみたいな三流役者で三流アイドルが、つぶ子様から愛されるだけでも身に余る光栄なんだから、だったらつぶ子様の為に死になさいよ」
「どうせつぶ子様の好意を利用して成り上がる為に近づいたんでしょ、男なんてクズばっか、最低よ!!」
「なんでお前みたいなクソ男が生きてるのにつぶ子様だけが死ななきゃいけないの、恋人だったなら一緒に死になさいよこの薄情者!!」
「つぶ子様の為にって言うならアイドルなんてやらずに心中してやりなさいよ、可哀想なつぶ子様、つぶ子様は純粋で真っ直ぐに恋していたのに、その恋人役の男はその死を利用して成り上がろうなんて許せないわ!!」
「「「死ね!死ね!死ね!」」」
「・・・これは」
「まずいな、質問タイムであらかたのつぶ子信者の鬱憤はガス抜きしたが、だがここで芸能人でありつぶ子の一番の子分である御節えびすがつぶ子信者の声を代弁した事により、納得して沈静化したはずのつぶ子信者の憎しみの火がここで再び発火した訳だ」
「少数派意見や倫理的に間違ってる意見でも、芸能人や有名人の支持という大義名分を得れば、それも正義になるって事だね、不味いね、これを乗り切る手立ては僕でも簡単には思いつかない、せっかく会員証の価格が1000万に届くかって所なのに、ここでキキが死んだら全ておじゃんだ、どうするケイ?」
「・・・どうするも何も、ここで逃げても全国500万人のつぶ子信者からキキの命が狙われて、放置しても何処かで悪意の炎に焼かれて炎上するだけだ、だからここはキキが自力で解決する以外に有効な手立てなんてない」
「だよね・・・、全く、こうなる可用性があったから利確するのが安牌だったのに、本当にキキったら馬鹿なんだから、こりゃ後でお仕置きだね、生きてたらの話だけど」
突如として蔓延した悪意の嵐。
だが、その数は決して多くは無い、熱烈なつぶ子信者は叫んでいるものの、やはり普通の人間には嫌いな相手と言えど簡単に死ねと言葉に出来る訳が無いからだ。
俺は生まれて初めて浴びせられる、剥き出しの殺意、混じり気のない悪意という、蠱毒の渦中にいてもなお。
──────────胸を、踊らせていた。
なぜなら俺は人の魂の色が見えるからだ。
死ねと叫ぶ彼女達の魂が、俺に対する醜い悪意では無く、純粋でひたむきなつぶ子への愛で満たされていると理解していたからこそ、俺はそんな彼女達の言葉に、不快感を感じる事は無かったのだ。
・・・そうだ、これは俺の〝罪〟だ。
父親を暴力でその命を奪おうとした俺の罪。
その罪はきっと、こんな罰ですら生温いような大罪なのだから。
だから、ここで死ねと本気で望む者がいるのであれば、俺はそれを受け入れようと思ったのだ。
「みさおちゃん」
「・・・っなに」
御節えびすは号泣していた。
それが演技であればつぶ子に匹敵するような天才性だが、魂で判別できる俺にはそれがただの演技では無い事は理解出来ていた。
だから理屈ではなく100%の感情論で寄り添ってやる。
「分かった、死ぬよ、もしもみさおちゃんが本気で、俺にアイドルなんかせずに地獄に落ちろと願うのであれば、俺はそれを受け入れるよ。誰よりもつぶちゃんの事を知ってるみさおちゃんがそう願うのなら、きっとそれがつぶちゃんにとって一番の幸せだもんね。つぶちゃんの本当の気持ちは、きっと俺には分からないものだから、だからっ、自殺するのも読めなかったし、どうするのが正しいのかも、俺にはっ、分からなかったっ、だからっ、うぅっ、もし本当につぶちゃんがそれを望んでいるってっ、みさおちゃんが言うのならば、俺は今すぐアイドル辞めて今日死ぬ、本当は今日だって、俺は死ぬ気でこの舞台に立ったんだ、だから夢だったアイドルになれたし、ここで死んでも悔いは、無い・・・っ」
それは伽羅蕗稀樹、一世一代の本気の演技。
つぶ子を失って悲しむ乾拭キキの心を、つぶ子の幻影を求めてやまない乾拭キキの心を、全力で再現して表現する伽羅蕗稀樹の演技だ。
鼻水を垂らしながら涙を流す俺の姿に、御節えびすは何を思っただろうか、自分よりもよっぽど無様でみっともない泣き顔を晒しながら死ぬと宣言した俺に何を思うだろうか。
俺の演技を見た御節えびすは、貰い泣きするように号泣して、言い放ったのだ。
「うぅっ、うぅっ、なんで、なんであんたなの、私なら、お姉様と心中だって出来たのに、一緒に死んでも良かったのにっ、なんであんたが選ばれて、私は選ばれなかったのっ、ひどい、ひどいよぉっ、うええええええええええええええええええん!!、ずるい、お前はずるい男だっ!!お姉様がそんな事望まないって知ってる癖に、お姉様を知る私がお姉様を貶める事は言わないって分かってる癖に!!、そんな言い方するなんてずるいっ!!」
そして感情を爆発させるように衝動的に俺に殴りかかるものの、その拳に力は入っておらず、俺はそれを受け止めるようにして、ただ、泣きながらその場に立ち尽くした。
「うっ、そうだよな、恋人だったなら、天使くんの方が悲しいに決まってるよな、2週間前だって、楽しそうに遊んでたのに」
「毎年共演して、ずっと兄妹みたいな距離で過ごした恋人だったキキくんの方がずっと悲しい筈なのに、それを隠してたのね、つぶ子様が天国から笑っていられるように、なんて健気なのかしら」
「つぶ子様が選んだ男がそこら辺のクソ男みたいに人間のクズな訳無いよねっ、だって、つぶ子様が顔がいいだけの凡人なんて、選ぶ訳無いんだから・・・っ」
「ぐすっ、つぶ子様の為に死ぬ覚悟でライブしてたなんて、そんな覚悟、認めるしかないじゃないのっ、うぅっ・・・」
気付けば会場の多くの人間が貰い泣きし、ライブするテンションでは無くなっていた。
会場は完全にお通夜のようなムードだったが、元々つぶ子の告別式のような付加価値が付いたライブだったので、そのムードに便乗するように多くの観客は黙祷を捧げた。
そしてライブは完璧とは言えないまでも、その後もつつがなく進行して成功という形で幕を閉じたのであった。




