41.伝説の始まり
武道館近くに設けられた国立公園、その中心となる広場にて特設ステージが設置されて、そこにはかつてない程の人が集まっていた。
そこにいるのは興味本位の者、国民的大女優茂木田つぶ子の告別式というマスコミを使用した印象操作によって集まった茂木田つぶ子のファンだった者、この後に行われる『TempeStars』のライブの為に来た者、ジョリボーイズというブランドのファンなど、多様な人間が集まっており、当初の想定である武道館の3倍、約3万人に及ぶ人間が野外ステージに集まっており、そしてその数は時間と共になおも増加していた。
俺たちはステージ裏に設置された簡素な控え室にて、本番前の最後の打ち合わせを行う。
開始時刻は残り30分後の18時、ここから『TempeStars』のライブが始まる19時までの1時間が俺たちに与えられた時間だ。
そもそも結成してたった1ヶ月の俺たちには長時間のライブを盛り上げるパフォーマンスも、目印となる持ち歌も無い上に、メンバーもまだ3人しかいない。
だから『TempeStars』のヒット曲を3曲披露して、そして軽く自己紹介をして終わる段取りだ。
たった1時間とは言え、経験不足の俺たちがライブを盛り上げるのは簡単な事では無いだろう、だからそういうメッキが剥がれない為にも時間は短いに越したことはなかった。
レッスンの成果についてだが、ケイもゼンも俺とは違い運動神経も飲み込みの早さも桁違いなので、パフォーマンスに於いては俺が一番下と言っていいような上達をしてくれた訳だが、俺も幼少から慣れ親しんだ『TempeStars』の曲なので、恐らく歌唱は問題無いだろう、後は漫才や自己アピールをするトークだが、これも打ち合わせをして台本を作り、脱線したら俺がアドリブで上手く修正するという方針で段取りは決まっている、なので成功の鍵は多分、俺たちがどれだけパフォーマンスで『TempeStars』に近づけるかになるだろう。
俺はアイドルデビューという長く待ち望んでいた日の到来に色々な感慨を噛み締めつつ、緊張で声がひっくり返らないようにと、役者の頃から繰り返していた発声練習を行っていると。
「なにキキ、緊張してるの?、しっかりしてよね、センターなんだしさ」
「分かってるけど、でも、ずっと憧れてた夢の舞台にこれから立つんだと思うと、怖くてたまらないんだ、もし、誰も俺を認めてくれなかったら、俺がアイドルになる事を望んでくれなかったらって思ったら、怖くて・・・」
「そう、確かにずっと昔からの夢だったんだから、それが裏切られたらって思ったら怖くても当然か、でもキキ、これは君の、夢が叶う瞬間なの?、アイドルになる事がキキのゴールなの?」
「・・・いや、デビューはただの通過点だ、俺はトップアイドルになって、母さんと、ジョリーさんと、つぶちゃん、三人の夢を・・・叶えてやりたい」
「じゃあこれくらいで緊張する必要とか無いよね、キキはこれからもっと沢山の人の前に立って、沢山の試練を乗り越えて行くわけだから、別に今日の成功くらい、朝飯前じゃないと〝上〟にはいけないって話だよね」
俺は今一度自分の中の覚悟に問い掛ける。
そうだ、やり切る覚悟は出来ている。
なら突き進むのみ。
「そう、だな・・・、なぁ、なんでお前らはそんなに落ち着いているんだ、そりゃ俺なんかと違ってお前らは優秀だから失敗するとは思ってないのかもしれないけど、でもこんな大舞台の前での舞台度胸とか、舞台に立った事も無いお前らがなんで持ってるんだよ」
冷や汗をかいて呼吸もままならない俺とは対照的に、2人はあくびをしたり、スマホをいじったりと、全くこれが1億の金が動いているライブの直前という意識や気迫を感じられなかった。
そんな二人でもやる時はやると信頼しているからこそ、何故そこまで平常心でいられるのか不思議で気になって仕方ない。
それに二人は顔を見合せてから、ゼンが先に答えてくれた。
「キキ、確かに僕らは大舞台に立った事はないけどね、修羅場なら子供の頃から経験してる人間なんだよ、僕の実家の事は知ってるよね」
「ああ、〝平和実現党〟その下部組織である〝平和を見守る会〟の支部長で幹部とかで資産家の、かなりの権力者って話だろ?」
元は新興宗教の開祖だったらしいが、時代の権力者である〝平和を見守る会〟に吸収される形で今はその傘下にいる幹部という話だった。
「そ、だから政治的な社交の場に立ったり、大人に混じってゴルフや将棋をしたり、お小遣いで株をやったり、そういう意味では1億程度のお金、子供の頃から動かしてるって話なんだよ、僕もケイもね、だから別に大勢の前で歌って踊るだけの事が怖い訳無いんだよ、だって僕らもっと怖い事が何かを知ってるんだから」
ゼンのその言葉にケイも頷くのを見て、俺はそれが何か気になった。
「もっと怖い事・・・、それが何かを教えて貰ってもいいか?」
「・・・多分、キキには一生縁の無い事だよ、だって、キキには必要無いものだから、でも、僕らはそれを積み上げて、それを守る為に生きている、だから、それを失う必要の無い戦いなら、怖くないって話さ」
「失う・・・、金?、いや・・・地位とか名誉とかか?」
悩む俺を馬鹿にするでもなく、どこか優しい声音でケイが言った。
「ま、お前には一生分からないだろうな、〝生きる事〟に必死になってるだけのお前には、でも、お前がトップアイドルになりたいっていう気持ちが〝本物〟なら、いつかはそれが見える日が来るかもな」
「・・・生きる以上の何か、か」
多分、生まれた時から恵まれてる二人は、俺とは幸せの次元が違うのだと、そう思った。
だからきっと、俺から見る二人は、父親にも負けないくらいに輝いて見えるのだろう。
やはりこのグループで一番劣っているのは俺なのだと俺は再び劣等感でいたたまれなくなるが。
「Hey!!、ジョリボーイ、もうすぐ開始だけど準備はどうDie、伝説を作る準備は出来てるχ!!」
「うっす、準備万端です」
「問題無しです」
「あ・・・、えっと、頑張ります」
「Hmm、キキボーイはまだナイーブみたいなのNEN、もしかしてタピオカガールの死でメランコリックになってるのKANA?HANAZAWA?、死人にノーマウス、門松は冥土の旅のカントリーロードだyoi、今はライブを盛り上げて、ヘヴンのタピオカガールが喜ぶようなライブをするのがいいと思うKANNA、HASHIMOTO、YEAH!」
普段通りのジョリーさんの明るさは、こんな時には不思議と勇気づけられた。
ジョリーさんは所属アイドルとの距離が〝近い〟社長だ、だからこそ、その悩みに寄り添える距離感を、心得ているという事なのだろう。
もしかしたら、所属アイドルを道具のように扱って、枕営業なんかをやらせる社長に比べたら、所属アイドルと恋人のように親身になるジョリーさんみたいな人間の方がずっとずっと人情的なのかもしれないと、俺は思った。
だからジョリーさんの期待もつぶ子と同じくらいには尊重するべきものだろう。
「・・・そうですね、きっと、つぶちゃんは俺が俯いて気に病んでいてもきっと喜ばないです、だから、前を向かないと」
「沖ドキ!、それじゃちょっと早いけど、オーディエンスはカンストしてるからnya、みんなを昇天させるライブにして、Youたち伝説になっチャイナYO!!」
「「「はい!!」」」
さぁ、ここからはアイドルとしての、俺の夢の舞台だ。
だが夢を見るのは俺じゃない、ここに来た観客みんなが夢を見れるような、そんなアイドルになるのが俺の夢だから。
この歌声は、この愛は、天国まで届くくらいに、響かせてやる。
ここから先は立ち止まる事を許されない。
地獄から天国まで愛を込めて、必ず届ける。
だから──────────




