39.さつきのお茶回
「紅茶を淹れて来たよ、飲むかい?」
「・・・飲む」
俺は学校をサボって白月ユキの家に来ていた。
理由は茂木田つぶ子の告白によって現在俺は日本中の注目の的となっており、マスコミが学校やジョリボーイズの事務所に押しかけてくる事が予測されたからだ。
そして白月ユキはそうなる事を予測して、自分の家に避難するようにと連絡してきた。
俺は他に頼れる人間もいなかったので縋るようにその厚意に甘えていたのであった。
そして俺は昨日のつぶ子のやりとりが現実なのか、つぶ子の死が現実なのかという疑問に思考を費やし、受け止めきれない現実に押し潰されていたのである。
「今日のミルクティーはウバを使った私のオススメだ、冷めない内に飲みたまえ、思考が捗るはずさ」
白月ユキはカップに丁寧に紅茶を注いで、後から温めた牛乳を足して混ぜてから俺に渡した。
俺はもてなしを受けている事を自覚しつつも、無愛想にそれを受け取ってからそれを口に付ける。
ウバの嗅ぎなれないハーブのような匂いに高級感を感じつつ、俺は少しだけ心が落ち着いたのを感じて、思考を整理する。
もしも、動画で言っている事が全て真実ならば、つぶ子は俺をトップアイドルにする為に置き土産を送っただけで、俺はつぶ子の善意を素直に受け取って、自分の信じた道を進めばいいという話だろう。
俺はつぶ子に、〝一人で〟行くと答えた、その答えに対するつぶ子の返答が、命を尽くして俺の踏み台になるという事なのであれば、それは茂木田つぶ子の恋の物語としては疑いようもなくまっすぐで純粋な愛という話であり、悲しいけれどまだ受け止めようのある話だ。
──────────でも、それが演技だったら。
茂木田つぶ子は〝完璧を演じる〟事を生業とする特性を持つ。
だから俺がつぶ子のフラグを完全に潰して、どれだけ愛してもつぶ子の愛は成就しないと拒絶したから。
だからつぶ子は、叶わぬ恋を最も美しいとされる形で幕を閉じた。
という可能性も、考えられる。
一番は茂木田つぶ子の死がドッキリや嘘である可能性だが、既に死体が見つかっている都合上その可能性は低いだろう。
だから俺の行動がつぶ子の死を招いた、という可能性は捨てきれないものだ。
そう考えると俺は自分の犯した罪の重さに、息が詰まる思いだった。
この世で最も恋しい人を、この世で最も自分を愛してくれた人を、自分の行動で死に追いやった。
その現実は冷静になればなるほどに恐ろしく、今すぐ俺もつぶ子の後を追って死にたくなるくらいに、胸の奥で衝動が湧き上がる。
俺は冷静だし、つぶ子の死を深くは悲しんでいない。
つぶ子の愛は疑いようなく本物だとしても、それを信じ受け止められる人間では無かったからだ。
だが冷静になってもなお、この胸を締め付ける悲哀と喪失感は無くならず、俺はどんな感情を吐き出していいのか分からなかった。
無言で紅茶をすすりながら、俺は内省的にぐるぐると同じ疑問を繰り返した。
その様子になにか思うところがあったのか、いつになく優しい声音で白月ユキは言った。
「ふむ、なぁキキ、もしキミが今苦しんでいるのであれば、この胸くらいは貸すつもりなのだがどうだろう?」
「・・・別に俺は、苦しんでなんかいない、つぶちゃんの死は、動画で言ってる通りなら、悲しむ必要の無い、ただの安楽死って話なんだから」
死因は不明だから安楽死とは限らないかもしれないし、検死が終わったら遺書に書かれた本人の意向で葬式無しで遺灰は海に流すとの事だが、本当に脳に出来たがんが原因で死ぬのであれば、それは安楽死や尊厳死と言えるだろう。
「動画で言ってる通りなら、だ、君がつぶ子くんが全て真実を話す正直者だと思うのであれば、確かに悲しむ必要は無いんだろうね、実際私は全く悲しいとも思っていない訳だし」
「・・・何が言いたいんだよ、お前が人でなしのサイコパスって告白か?」
「いいや、これはあくまで噂程度の話だけどね、この世には不老不死の技術や、クローンを生み出したりバーチャルの世界で魂を複製する技術だってあるそうだ、ならば仮につぶ子くんが余命僅かな重病人だとしても、助からない命では無いし、おそらく彼女ほどの特別な人間ならばそういう第二の人生だって送れたはずだ、なのにつぶ子くんは死ぬ事を選んだ、だったらそれはつぶ子くんの選択で、他人が気にする事では無いと思うんだが、キミは何を気に病んでいるんだい」
「不老不死とかクローンとか、そんなの都合のいい都市伝説だろ、そりゃネットでは人類を超えた人工知能が影で世界を操っているとか、世界は巨大な機関によって支配されてるとか、そんな陰謀論みたいな都市伝説だって流れてるが、本当に不老不死がこの世に存在するならつぶちゃんみたいな市場価値が高くて歴史を塗り替えるレベルの天才は真っ先にそれの被験者になってないとおかしな話だろ、まさかここから、つぶちゃんが復活するとでも言うつもりかよ」
「そのまさかがあるかもしれないと言っているんだよ、だって、つぶ子くんのような天才が、キキのような凡人の為に命を懸けるなんて、道理に合わないだろう、だったら何か裏があると、そう考えるのは自然な事だ、つぶ子くんをよく知る君の意見は違うのかい」
「・・・いや、確かにお前の言う通り、つぶ子の本質、邪魔な凡人を階段から突き落としたりもする筑前魅乃李ならばそれは絶対に道理に合わないと確信持って言える。でも、茂木田つぶ子という仮面もまた、演技であって演技では無い、その魂は恋人の為に全てを捧げられるし、愛に殉じて死ぬ事も出来る、それが出来るくらい真っ直ぐで純粋な愛を表現出来る人間が茂木田つぶ子という人格だ」
「二重人格という事か、なるほど、それがつぶ子くんの天才性の正体という事なんだね、そしてそれを知るキミはやはり、つぶ子くんにとっては特別な人間になるという事か、不可解だけど興味深い話だね」
「・・・俺が特別扱いされてるのは多分、俺だけがつぶ子に壁を作っていたからだ、俺は人間不信で、人を愛せない欠落を持った人間だから・・・、そんな俺が珍しかったんだろう」
「奇遇だね、私もこの世の愛なんて信じちゃいない、そもそも愛とは何か、性欲や庇護欲や支配欲などとは別の感情だと説明出来る愛がこの世に存在するのかって話だからね。親が子を愛する、家族を愛するのはただの同族意識だし、虫ですら真似できる程度の習性に過ぎないものだ。この世に例えば、無条件で他者を愛する、万人が無価値だと認めるような、否定されて当然のものを無条件に愛する人間がいた時、初めて神の愛と隣人愛は肯定されこの世に物質と等価値ではない無償の愛は存在すると証明出来ると私は思っているし、逆説的にこの世には言葉で説明出来る有償の愛しかないのだから、それは何かと引き換えの機械的な行為という話だからね」
私は愛を理解出来ない人でなしですと告白してるような白月ユキの良い草だが、欠落した人生を送り沢山の物語を学習して沢山の感情を演じて来た俺もまた、それは共感しか無い話だった。
もしも、普通の親子として育てられて、後から実はこっちが本当の母親という懲役から出てきた犯罪者がいたとして、犯罪者の母親を自分を愛してくれた母親より愛せる者がいるだろうか。
結局愛とは、時間の蓄積と与えられた愛情という物質的な数値で成り立っているものだ。
それを否定するには、自分の遺伝子を勝手に使用されて試験管から生まれた劣悪な犯罪者の子供を、実の子と知らずして実の子と同じように愛すみたいな無条件でなければ証明出来ないものだ。
だから魂以外の情報の存在しない、バーチャルの世界でデスゲームをしたならば、それは真実の愛を証明できるかもしれないが。
でも、現実ならば、子供が親を選びたがるように、親も子供も選びたがるものだ、双子の兄弟がいて、片方が劣等で片方が優等だった時に、劣等の方を選択出来る人間はいないし、そういう行為を他者との間で積み重ねた結果を愛と呼んでいるだけ。
だからこの世には、唯物論や実存主義を超越した物質を超えた愛ももしかしたら存在するのかもしれないが。
だが、愛を語るにはこの世界は不完全で、余分な雑音が多すぎる世界だ。
ただ「愛してる」の一言でさえ、その言葉の不純物を疑わずにはいられない世界だ、だから俺は、真実の愛なんて信じていないし、偽物の愛しか受け入れられない人間だった。
「・・・確かに、つぶちゃんも〝本気の恋〟に拘っていたみたいだから、俺が偽物の愛を拒絶していたというのは、つぶちゃんにとって特別な資質だったのかもしれないけど」
「でもだったら、私もつぶ子くんには目をかけられてもいいと思うのだけど何がダメだったんだろうね、私はつぶ子くんに媚びた覚えは無いし、キミに対してもフラットに接している、父親譲りの人を惹きつける素質は負けてるとも思わないけど、そんな私に興味すら持たれて無かったというのは残念でならない」
「・・・つぶちゃんは、俺とお前が姉弟だって知ってたみたいだから、だから俺の姉だから、ライバルになると思ってたんじゃないか」
俺がそう言うと白月ユキは稀に見るような狼狽えた様子で俺に聞き返した。
「姉・・・?、何を言ってるんだい?、まさかキミも、隠し子だって言うのかい、ははは、そんな馬鹿な・・・」
「知らなかったのか?、嘘だろ?、じゃあなんでお前は俺に構ってくるんだよ、弟だからちょっかいかけてたんじゃないのか?」
「私がキミに興味を持った理由は一つだ、初めて会った時からキミを特別だと感じた、キミの立ち振る舞いに、胸の奥を掴まれるような興味をそそられた、これを恋愛感情と呼ぶのかもしれないし、奇矯で奇天烈な人間だから好奇心でやぶ蛇をつついて見たくなっただけかもしれない、でも、キミの事を話したら父もキミの事を気にかけているようだったからね、自然と気になっただけだけど、・・・そうか、キミは私の弟か、急に家族が増えるというのはなんとも愉快な感覚だね、私がキミに惹かれた理由が解明されたようで、雲が晴れて実に清々しい気持ちだ」
一目で無条件に興味を惹かれる。
それはまさしく恋の始まりを予感させるような出会いだが、残念ながら俺の中には一つもフラグが立っていないので、これから徐々に自然に嫌われてフラグはへし折っておこう。
「・・・俺は一目見た時からお前の事は嫌いだったけどな、颯稀さん譲りの中性的な美形、名家出身の大女優の母親という生まれた時からの勝ち組、幼少期から海外でお嬢様育ちで、何の苦労も知らなさそうな恵まれた境遇、これが自分の姉だと思うと、羨まし過ぎて腸が煮えくり返るくらい憎くて仕方がない」
「ふふ、嫌いな理由は全部私個人とは関係ない要素だね、私の生まれや親が憎いというのであれば、それは私を嫌ってるとは言わないし、別に私を憎めばキミが幸せになれるならば好きなだけ憎めばいい、〝姉〟として愚かな弟が逆恨みする自由くらいは認めてあげようじゃないか」
「・・・そういう余裕ぶった所が嫌いなんだよ」
生まれた時から勝ち組特有の、弱者など相手にしない姿勢とでもいうのか、見下して、相手に共感など持たないような態度。
そういう態度を取られる度に俺は自分の劣等感を自覚するし、だからこそ俺はつぶ子も白月ユキも、本質的に別の生き物だと思って好きになれない。
「ならキミも余裕を身に付ける事だ、感情を化学反応だと思っているキミなら容易い事だろう、本音で話せないキミならね。・・・男子を泊める事について母になんと説明しようと思っていた所だが、キミが実の弟だというのであれば話は早いね、もしここをマスコミに嗅ぎつけられても大きなスキャンダルにはならないだろう、これからも好きなだけここにいていいからね、キキ」
白月ユキは甘やかすような声音で言った。
それはつぶ子を永久に失った今の俺にとっては、傷口に激辛麻婆を注ぎ込むレベルで染みる言葉だ。
「──────────っ、こっちの欲しい言葉を計算的に投げて来るの、キモすぎだろ」
俺はミルクティーのおかわりを要求しつつ、事務所と連絡したり、これからの方針についてをケイとゼンに相談したりしたのであった。
〝俺〟の物語のクライマックスへと急速に加速していくのを感じながら、どこまで堕ちていくのかという不安を感じながらも、それでも一人でも突き進むと決めたのだから、心が血を吹いて粉々に壊れかけていても、俺には立ち止まる事など許されなかったのである。




