31.夢がさめて
「──────────!!」
「──────────!!」
リビングからは女の声が漏れ出ていた。
まるで野鳥のようにけたたましく、ぴーぴーとさんざめくような声だった。
俺はそんなはずは無いと思いつつ、真相を確かめるようにと忍びやかにドアに近づいていく。
───────ありえない事だ。
まるで扉一枚を隔てた向こう側に悪夢でも広がっているような心地で、俺は冷や汗をかきながら、青ざめた顔でゆっくりと扉の前に近づいて、その声の正体が本当に自分の知ってる人物なのかを確かめた。
「ふふ、それでね、稀樹ったら「お母さんいつ帰ってくるかな?」って、ずっと待ってたのよ?、私がサンタになって稀樹の目の前にいるのにずっと気づかないで、ぷーくすくす、今思い出しても面白いわ、結局その日私はサンタの格好のまま稀樹と一緒にお母さんが帰ってくるのを一緒に待ってたの、それで二人でテレビ見ながら待ってたんだけど、結局稀樹ったら「お母さんが帰ってこないならプレゼントなんていらない、お母さんを連れてきて」って、それで「来年からサンタさん来なくなるけどいい?」って聞いたら「うん」って即答して、稀樹はクリスマスを5歳で卒業してね、次の年からは「プレゼントなんて要らないからずっと一緒にいて」だって、稀樹ったら本当にいい子でしょう?」
「ええ、本当に、キキくんは小さい頃からとってもいい子でしたよね、お行儀が良くて物分りが良くて、我儘ばっかり言ってた私とは正反対のとってもいい子でした、素晴らしいお母様の教育の賜物ですね」
「まぁね、私は稀樹を最強のアイドルにする為に育て来たの、時に厳しく時に優しく、幼い頃からしっかりとしつけてどこに出しても恥ずかしくない自慢の息子に育てたのよ、だからつぶ子、あなたは見る目があるわ、稀樹にはお嬢様で王族みたいな桜梅桃華レベルの女の子じゃないと釣り合わないけど、でもつぶ子がそんなに稀樹を気に入ってくれたなら私もあなたに目をかけてあげないことも無いわよ、あなたも将来性は桜梅桃華に負けてないからね」
桜梅桃華、この国で最も権力を持つ家系からアイドル歌手として世界を席巻している、異色の出自を持つ世界一と評されるアイドルである。
『TempeStars』は10年前までは国民的な日本を代表するトップアイドルだったが、今は完全に桜梅桃華の『DivADuO』が飛び抜けた存在となっており、桜梅桃華は人類の頂点に立つ存在と言っても過言では無いような超人気アイドルだ。
そんな桜梅桃華と俺を同列に考えてる母さんは親バカの極みにあると言っていいが、まぁつまり、それだけ母さんは父さんを尊く思っていて、自尊心が高い人間という事だった。
「まぁお母様、とても光栄です、桜梅桃華さんに追い付けるかは分かりませんが、キキくんに相応しい女の子になれるようにこれからも頑張ります、それでお母様、もっとお話を聞かせてくださいませんか、私、お母様と話すのが楽しくて、もっとお話を聞かせて欲しいです」
「ふふ、私はこれでも元ナンバーワンキャバ嬢だったの、だからトークスキルはお手のもんよ、存分に学びなさいつぶ子、私が男を手玉に取るトークスキルから男を落とす必殺技まで色々と手解きしてあげるわ、未来の母親としてね」
「ありがとうございますお母様、こんなに素晴らしいお母様と家族になれるなんて、私はなんて幸せ者でしょう!、素敵なお母様と早く本当の家族になりたいです。・・・あら、グラスが空ですね、注ぎます」
「気が利くわねつぶ子、あなたのプレゼントしてくれたお酒、どれもソムリエ級の舌を持つ私の好みにドンピシャよ、早く一緒にお酒が飲めるようになりたいわね、そしたらいいお店沢山紹介出来るのに」
「ありがとうございます、パパに選んで貰っただけですけど、気に入って頂けたなら何よりです、私もお母様とはもっと仲良くなりたいです」
────────母さんはつぶ子と陽気に酒盛りをしていた。
廃人になっていた筈の母さんが、禁酒をしていた筈の母さんが・・・つぶ子と、俺には見せた事の無いような上機嫌さで、今まで見た事がないくらいに楽しそうにはしゃいで酒盛りをしていた。
それを見て俺は、自分の大切な物を取り上げられたような、たった一つの家族を横取りされたような、心の一番大事な部分に土足で踏み込まれたような、そんな耐え難い冒涜を受けた怒りのようなものが胸の中で渦巻いた。
なんでつぶ子なのか。
なんで母さんはつぶ子を選んだのか。
俺の父さんを超えるアイドルになって母さんを救うという夢とは、天才のつぶ子にとってはたった一日で解決してしまえるような三文芝居とでも言うようにあっさり解決してしまった。
今の俺の中にある一番大事な夢を、今の俺を支えていた全てを、つぶ子はぐちゃぐちゃに掻き乱して、ぶっ壊したのだ。
「やっぱり、俺は、要らない子だった・・・?、やっぱり天才には、何も敵わない、何もかも奪われて、・・・っ、俺なんか、この世界に必要無い人間だって、生まれてこなければ良かったって、そういう事かよ・・・っ」
俺は自分の中に湧き上がった、〝あの時〟と同じような怒りの感情を自覚した時に、やけっぱちに発作的につぶ子を傷付けたりしないようにと、ギリギリの理性でその激情を押さえ込んでその場から退避するように逃げ出した。
廃人の母さんだけが、この世界で俺を無条件で必要としてくれるただ一人の存在だった。
だからそれに裏切られた俺は、世界から切り離されるように、消えてしまいたくなるような孤独に押し潰されたのだ。




