29.祝日の門出
「それじゃあ行ってきます、・・・そう言えばつぶちゃんは、昼間は何してるの?」
合法的不登校児のつぶ子は制服に着替える事もなく、俺の貸したジャージを着たまま玄関で俺を見送るのでそう訊ねると。
「うーんと、今日はお引越しの準備とかかな、普段は外国語の勉強とかしてるよ、ボンジュール、你好、グーテンターク」
「お引越しって・・・本当にここに住むの?、別に隣の部屋借りるなり、近くのマンション借りるなりすればいいというか、ここのセキュリティレベルだとつぶちゃんには見合わないというか」
築30年の平成の遺物だ、現代のセキュリティレベルからしたら化石のようなものであり、芸能人の住処にするには危険過ぎると言えるが。
「へーきへーき、私は変装得意だし、筑前魅乃李で何度か登校もした事あるけど、誰も私に気づかなかったしね」
「・・・え?、つぶちゃん学校に来た事あったの?、全然気づかなかったよ・・・」
少なくとも魂の色で人を判別出来る俺ならば、筑前魅乃李の魂も識別出来ると思っていたが、それでも気付かないのだとしたらその変装は完全な変身だと言えるだろう。
「キキくんは座学でよく寝てるよね、あとお昼休みはいつも中庭にいる、それと結構人気者だよね」
まるで見てきたかのような口ぶりに、俺はいつつぶ子が学校に来ていたのかを振り返りつつ、全く記憶に引っかかるものが無かったので諦めた。
「まぁいいか・・・取り敢えず、部屋は俺の部屋使えばいいから、要らないものはリビングに移動させて、ベッドとか大荷物の移動は帰ってきたら俺がやるから、それと・・・」
「え、私は押し入れ部屋でいいというか、キキくんと同じ部屋がいいと言うか、なんでキキくんはリビングで寝たがるのかな!?」
「そんな所につぶちゃんを住まわせる訳にはいかないよ、俺はリビングでも平気っていうか、気にしないからさ、だからつぶちゃんが俺の部屋使ってよ、掃除が必要かもだけど」
「・・・本当にいいのかな、キキくんの部屋の物、全部捨てちゃうかもしれないよ?」
つぶ子が冗談めかした風にそう煽るので、俺は構わないと言った風に頷いた。
「・・・それはちょっと厳しいけど、でも俺は捨てられて困るものは無いから、要らないと思ったものは捨てて良いよ、どうせ安物だしね」
どうせベッドと机と古いパソコンくらいしか無い部屋だ。
たまに図書館から借りた本やセールで買ったりレンタルした古典映画のDVDなんかも置かれているが、今現在の私物は殆ど無いのでまぁ引越し自体も楽なものだろう。
「キキくんってミニマリストだよね、普通の男の子ってもっとおもちゃとかゲームとか漫画とか、そういうの沢山持ってるイメージなのに」
「・・・まぁ、持ってたのは全部燃えちゃったからね」
「え?」
「そういうのは卒業して全部〝捨てた〟んだ、だから今は必要なものだけ、部屋に置いてる感じかな」
「そっか、でもだったら私とは気が合いそうだね、私も必要な物以外は直ぐに捨てるタイプだし、おそろい!、あ、引き留めちゃってごめん、いってらっしゃい」
「いってきます・・・、いや、いってきますのチューとかまだ早いから、かわいい顔でおねだりしても絶対やらないから、ええと、身バレしないように気をつけてね、じゃあ」
俺は抱きついてくるつぶ子をかわしながら家を後にした。
「いってきます」、何気にこの言葉を使ったのは何年ぶりだろうかと新鮮さと懐かしさを感じて思わぬ哀愁が胸を締め付けるものの、今現在、俺はつぶ子との契約によって一先ずはアイドルデビューの課題を達成して、アイドルとしての一歩を踏み出す事が出来るようになった。
そう思うと今日は新たな門出とも言うべき祝日でもあり、つぶ子との同居は胸踊りつつも不安も一入だが、それでも今日という朝日はいつもより眩しく見えたのだ。
俺はケイとゼンに手短に「つぶ子から支援を取り付けた」とだけ報告して、悩みから解放された解放感に満ちた弾んだ足取りで学校に向かう。
つぶ子は1億くれるとは言ったものの、やはり学生のうちから高額な金銭のやり取り、そして貢ぐ行為は後々大きなスキャンダルに発展する火種になりかねないという判断から、俺はつぶ子から1億貰うよりも、『STAMPofVenus』を宣伝する方向性で協力を取り付けた。
少なくともフォロワー500万人いるつぶ子が宣伝するならば、それは1億かけて広告を打つのと同等以上の効果を得られるだろう。
つぶ子をメインにした動画投稿チャンネルを開設し、つぶ子の動画で登録者数を増やしてから『STAMPofVenus』のチャンネルに変更する、みたいな荒業を使えば炎上するかもしれないが一気に知名度を稼ぐ事が出来る。
普通につぶ子が「友達のキキくんがアイドルデビューする」と発信するだけでも大きな宣伝にはなるだろうが、より多くの人間に短期間で宣伝するならば、何かしらのインパクトを残す必要がある。
もしもつぶ子を使った炎上ならば、それはトップニュースに取り上げられるレベルの拡散がされるだろう。
だからつぶ子の影響力を利用できるというのはつまり、今の芸能界全体に浸透するような広告効果があるという事であり、宣伝において不足なしで、あとは1万のチケットにどうやって付加価値を創造するかという一点だけが問題だが、それもいいものなら売れるというナイーブな考えを捨てれば簡単に解決出来る話だ。
俺もケイもゼンも、〝顔だけはいい男〟だ、仮にトップアイドルの『TempeSters』の全盛期と並べても、顔だけなら見劣りする事は無い。
だから俺たちがお披露目される日曜日の『TempeSters』のライブで、『STAMPofVenus』が『TempeSters』の後継アイドルであると思わせる事が出来たなら、それだけでチケットの期待値と付加価値は1万に届くのは間違いないだろう。
だからつぶ子に『STAMPofVenus』について発信させる事、それさえ出来ればあとは高度な情報戦を使って一気に付加価値をはね上げさせる事が出来る、というのが俺の算段だ。
ケイとゼンはそれに対してどう思うかは気になる所だが、だがつぶ子の協力が百人力を超えたチートサポートなのは確かだし、ここからどう転んでも俺たちのアイドルデビューは確実。
と・・・そう思っていたのだが、ここからが波乱の幕開けになるのであった……。




