27.押しかけハニー来ーん
「ええと、・・・お邪魔します」
「ごめんね、汚い所で、取り敢えず俺は晩御飯作ってるから、つぶちゃんは寛いでて」
あの後、つぶ子は「今夜はもっと一緒にいたい」とあざとい誘いをして家まで押しかけてきた。
俺は最初は断ったがつぶ子の押しが強く、そして契約についてもう少し話をしたい所でもあったので営業マンに押し切られるように渋々と、スーパーの買い物に付き合わせてからそのまま家に招いた。
築30年のオンボロマンションにつぶ子のような超絶VIP少女を連れて来る事に後ろめたさを感じずにはいられないが、まぁ庶民の世界を全く知らない箱入りお嬢様という訳でもないのでお行儀よくしてくれるだろう、そう思っていたら。
「お母さーん、お母さーん、未来の〝娘〟の茂木田つぶ子、茂木田つぶ子が来ましたよー!、ご挨拶に来ました、どこですかー!!」
つぶ子は2LDKの中を片っ端から家探しを始めた。
「ちょっ、何やってるの!!、てか近所迷惑な上に名前ぶっぱはまずいって、お邪魔してると思うなら大人しくしててよっ!!」
「大丈夫だよ、キキくんのママからは昔「あなたはお似合いだと思うから是非嫁に来て頂戴」って言われてたし、言わば親公認の仲みたいな物だもん、だから私が来て喜ばない筈が無いし、ちゃんと挨拶しとかないと」
母さんは昔から有望な子役少女を見かけると唾をつけるようにそんな事を言っていたが、ただの親バカの身の程知らずであり、本気で受け取る人間などつぶ子くらいのものだろう。
それに母さんは今、廃人状態である、恐らくつぶ子を見ても心を開くことは無いし、無反応ならまだマシ、もしもつぶ子に危害を加えたらと思うと気が気ではなかった。
なので俺はつぶ子をリビングまで引っ張って、適当にテレビを付けてそれで釘付けする事にした。
「近所迷惑だから、だからテレビ見て大人しくしてて、お願いだから」
「・・・そんなに取り乱すなんて、やっぱりキキくんにとってはお母さんが一番大事なんだね」
俺の慌てぶりに何かを察したのかつぶ子はそんな風に見透かした事を言う。
「・・・だって、俺を育てて、俺を愛して、俺の手を引いてくれたのは母さんだけだった、母さんだけが、この厳しくて辛い世界で俺に優しくしてくれたんだ・・・、だから俺が母さんを大切に思うのは、普通の事だよ」
「そうだね、・・・だからこそ、私はキキくんの愛が欲しい」
「え?」
「ううん、なんでもない、それよりパパに連絡したから、今日は泊まっていくね、明日はお泊まりセットとか持ってくるから」
「・・・いや、ちょっと待って、泊まるって急過ぎるよ、俺は多感な男子高校生だよ、同級生女子がお泊まりなんて心の平穏を保てないし、それにお泊まりセットって、何泊するつもりなの」
あまりにも唐突な宣言に面食らうが、つぶ子が計画的にそんな提案をするとも思えないので、恐らく思いつきを言っているのだろう、なので俺は全力で拒否したい所だが。
「言ったでしょ、もっと沢山キキくんといたいって、最愛のパートナーみたいに、恋人みたいに、本当の家族みたいに、もっと傍でキキくんを見ていたいんだ、だからしばらく一緒に暮らそ、いいよね?、契約なんだし」
つぶ子は最愛の恋人に向けるようなとろける笑顔でそう言う。
その有無を言わさない、暴力的な好意の圧力に屈するが如く、俺は頷くしかなかった。
「うっ、契約・・・か、じゃあ交換条件ね、取り敢えず晩御飯作りながら契約のルールとか考えるから、つぶちゃんはそれまで大人しくしてて」
「分かった、楽しみだなぁ、キキくんの手料理、買った食材的には肉じゃがとかすき焼きとかかな?」
「いや、普通に和風だしの寄せ鍋だよ、火曜は鍋の日だからね」
自炊の調理コストの低さという点で、鍋はかなり上位に来るものだろう。
洗い物も少ないし、油を使わないから洗い物も楽、ゴミも殆ど出ない上に調理時間は30分程度で済む。
そして鍋を煮込んでる間に風呂に入ったりする訳だが、今日はつぶ子がいるので風呂は飯の後になるか。
俺は手早く出汁を取ってつゆを調味料で味付けし、切った具材を鍋に入れて煮込む。
野菜は沸騰した状態で5分程度、肉は別鍋にして弱火で30分程度が個人的な火加減の塩梅という奴だが、そう言った手間のかかるひと手間をするには今日は時間が遅すぎる。
俺は明日も学校があるし、宿題だって食事と風呂の後に取り掛からなくてはいけない。
なのでいつもはやる調理のひと手間だったが、今日は普通にごった煮にした寄せ鍋で完成させた。
俺は鍋の中身を小鍋に移し、麦茶と解凍した冷凍うどんを添えたトレーを持って先に母さんの部屋に持って行こうとするとつぶ子が付いてきた。
何も言わない所からして何かを察しているようなので、俺は何も言わずに母さんの部屋をノックする。
「母さん、入るよ」
母さんは今日もいつも通り、無言でビデオを眺めていた。
俺はトレーを母さんの横に置いておく。
一応食欲をそそらせる香りを発しているので、空腹になれば本能的に食事をするだろう。
そう思って静かに部屋を退出した。
部屋の前でつぶ子は神妙な顔で俯いていた。
俺は誰にも見せたくないはずの自分の秘密をつぶ子に知られた事に何故かあまり嫌悪感を抱いていない事を不思議に思いつつ、つぶ子に言ってやった。
「母さんは今、少しだけ病んでるんだ、だからあまり刺激しないであげて欲しい、俺がトップアイドルになれば、母さんもきっと、浮かばれる筈だから」
「・・・そっか、キキくんの夢は、お母さんの夢でもあるもんね」
「ああ、俺と、母さんと、ジョリーさん、皆の夢だ、だから俺はアイドルを辞められないし、つぶちゃんと〝本気の恋〟なんて絶対に出来ないよ、・・・それでも契約するの?」
別に1億貰ってから本心をバラせばいいのにとか思いつつ、ここで正直者でありたいと思うのは、俺が嘘を突き通す覚悟の無い弱い偽善者だからだろう。
そして多分この契約を、俺がつぶ子に寄りかかるものではなくて、真に対等で公平な契約でなくてはいけないと思っているからだろう。
利用する事に遠慮しないと思いつつも、それに対して公正であろうとする程度の良心は捨てきれないのが俺という人間だった。
利用出来るものは利用するし、悪事や違法だって人に迷惑かけなければやっていいと思っている、でもそれと同時に、誰かを傷つけたり不利益を与えたりする事に対しては強い抵抗感がある、という事だ。
白にも黒にもなり切れない半端者。
でもつぶ子は、そんな半端者の俺に裏表の無い笑顔でこう言った。
「──────────いいよ、キキくんが本気になってくれなくても、愛してくれなくても、私がキキくんを好きなのは好きになってくれたり愛してくれるからじゃない、私がキキくんをずっと見ていたいから、それだけだから、だから契約したけど、本当は見返りなんて要らないくらい、キキくんからは沢山のものを貰ってるからね」
まるでホストに貢ぐダメ女のテンプレのようなセリフだった。
でも、つぶ子の未来に俺と添い遂げる展望が無いのであれば、俺としては安心して契約を続けられるという話でもある。
その後俺たちは、二人で仲良く鍋をつつきながら、今回の交換条件についての取り決めをしたのであった。




