25.王子様になーれ
白月ユキの家は都内の超一等地にある学校から徒歩3分の、都内の超一等地にある高級マンションだった。
両親の経済力や当人の知名度を考えれば一流のセレブが住むようなマンションを棲家にしていても何の違和感も無いものの、芸能人としては最上級の家に俺は密かに圧倒されて、部屋に上がる前から俺は白月ユキに気後れしていたのである。
リビングに案内された俺たちは本革のソファーに座らされて、そして白月ユキの入れたウェルカムドリンクであるミルクティーをたしなむ。
やはり高級品なのか、香りだけで満足するほどの馥郁とした香りに自然と顔を緩めつつ、俺は無言でミルクティーをすする。
お茶受けに出されたのはハンドメイドっぽい市販のクッキーだが、これもまた高級品なのか手が止まらなくなるほど美味く、ハイソな食い物で俺は速攻で懐柔されて機嫌をよくしていたのであった。
クッキーを食べ終わってやる事が無くなったタイミングで、俺はつぶ子に切り出した。
「えーと、それじゃあつぶちゃん、相談について聞いてもいいかな?、話しにくい事なら銀鍔さんは追い出すけど」
「はは、家主を追い出そうとは冗談にしても剛気だね、つぶ子くん、安心してくれていい、私はたとえどんなスキャンダルや芸能界の闇を聞かされても、特に興味は無いから明日には忘れているし、お望みなら君のものよりもっとすごいスキャンダルを聞かせてあげてもいいよ」
こいつがどんなスキャンダルを握ってるのかは気になる所だが、だがまぁ今も芸能界の中心にいるような売れっ子女優の母親との2人暮らしなのだから、それなりの情報を握っていても不思議では無いか。
「えーと、私の相談は本当に隠すような事では無いから、実はね、私、先月まで海外オーディションしていたって言ったよね、それで今迷ってるんだ、このまま海外での活動をメインにするべきか、それとも日本で今まで通りの仕事をするべきか、どっちが自分の為になるかなって・・・」
「え?、つぶちゃんは今すぐパリかハリウッドに行くべきでしょ、何を迷う必要があるの?」
ポロッと、当然の事のように即答で俺はそう返した。
本来はもっとオブラートににごしつつ相談に乗ってる風に話を聞いてあげるのが正しい対応だと知りつつも、俺はその悩みが悩む必要の無い問題だったので思わず先に答えを即答してしまったのである。
だってそうだろう、日本にはつぶ子のレベルに合わせられる役者はいないし、つぶ子が得られるこれ以上の栄誉も無い。
既に日本の映画賞は総なめにしているし、日本の映画記録も総なめにしている。
だから日本でやり残したことも無いのに、何で日本にこだわる必要があるのかって話だし、つぶ子は日本の期待を背負って世界に通用するような本物の天才だ、だから日本に残る理由なんてひとつも無かった。
故に俺は「当然の事だよね」と言わんばかりの圧迫感でつい、そう即答してしまったのである。
それを聞いたつぶ子は固まり、そして白月ユキはその様子に面白そうに笑う。
「へぇ・・・、相思相愛かと思いきや一方通行という事か、だとしたら私も遠慮は必要ないね、キキ、私と一緒の舞台に立ってくれ、私ならキミを誰よりも輝かせられると約束しよう、一度だけでいい、私と共演して欲しい」
白月ユキは切り込むように俺にそう提案するが、そっちも即答で答えの出せる話だ。
「いや、だからそれはアイドルの仕事があるから無理だって、それに別に俺はつぶちゃんが嫌いだから外国に行けって言ってる訳じゃなくて、つぶちゃんの実力的に日本にいる意味が無いと思っただけで、つぶちゃんが日本にいたいならそれを止める理由も無いから」
俺は慌てて失言を取り繕うように補足するものの、つぶ子は別れ話を聞かされたような深刻で悲壮感の漂う表情を崩さない。
それが交渉の為のブラフなのか、雰囲気を演じてるだけなのか、それとも本気なのか、つぶ子が日本に残りたがる理由が考えても分からないので不明だが、何にしても今の状況的には俺に分が悪い感じなので空気が険悪にならないように取り繕うしかなかった。
「・・・本当に、分からない?、私、好き嫌いは結構素直に表現して来たと思うけど、6年間毎年共演してたのに、それでも私の気持ち、分かって貰えないの・・・?」
「──────────え?」
これがつぶ子が俺を「告らせ」するゲームなら、俺は降参するしか無かっただろう。
ここまであざとい事を言われたら、自分にとっては特別感のある女子からそんなあざとい事を言われてしまったら、例えそれが「告らせ」の為の嘘だとしても、嘘ごと愛してしまいたくなるのは不可抗力というものなのだから。
俺は胸から湧き上がった甘酸っぱい火照りを押さえつけながら、頭はCOOL!!に、冷静につぶ子の意図を推理する。
まず第一に、つぶ子が俺に惚れてる可能性、これは今の所ひと握りの希望と、混沌とした絶望を詰め込んだパンドラボックスであり、肯定も否定も材料不足と言える。
確かに、この6年の間は俺はつぶ子と毎年共演していたが、それはスキャンダルで脅したジョリーさんの権力によるものであり、単純接触効果で好感度が上がりきってるとしても、それでつぶ子が俺に惚れるようなフラグを立てた覚えは一切無いし、自分用のスマホを与えられて連絡先を交換してからの4年間でつぶ子とまともにメッセージを取ったのも先週が初めての事だ。
故に俺の視点から見たら今までただのビジネスのお付き合いの相手が急に告白して来たようなものであり、違和感しかないものだった。
そして演技のプロであるつぶ子が俺の社交辞令を見抜けない訳も無いだろう。
だからつぶ子が俺に惚れている、これを肯定するには、根拠が不明であるが故にまったくアテにならない。
なら次に考えられるのはドッキリなどの嘘の可能性だが、つぶ子はインタビュー記事や写真集は出すが、バラエティなどの出演は断ってる故にその線も薄い、俺をライバル視して一人で「告らせ」ゲームしてる可能性くらいしかないが、そんな幼稚で生産性の無いゲームをつぶ子がやる可能性も薄い。
あくまで俺の分析だが、「つぶ子は演技に魂の全てを捧げた存在」だ、そんな人間が人間が常識の範疇の恋とかいたずらとか、する訳が無いのである。
だからつぶ子が俺に興味があるとしたら、俺の〝可能性〟を試している、とかだろうか。
花狂魔のオーディションで俺は自分の演技の殻を一つ破った、それを見たつぶ子が何か可能性を感じたのだとしたら、それで俺を試してみたくなったと考えれば辻褄が合う。
俺の何を試すのかと言えば、恐らく俺が花狂魔における今後の〝自分の共演者〟として相応しい人間なのかどうかだろう。
故にここでの相談とはつまり、「自分は海外を拠点にして世界を獲りに行くからお前も付いてこい」と遠回しに誘っているという事になる。
往々としてある頂点を獲った人間の持つ普遍的な渇望、それは自分を脅かすライバルの存在であり、格下との戦いに飽いた者はえてしてライバルを渇望する。
だからこの間のオーディションで俺は〝ライバルとして見初められた〟、〝6年前から唾をつけていた〟、〝だから海外に行く前に私と本気で戦え〟と、そう考えるのが妥当、か。
「・・・まったく、つぶちゃんって本当に悪い女だね、俺はアイドル1本で、父さんへの憧れを人生の原動力にして生きるって決めたのに、そこに割り込んでくるなんてさ」
俺がやれやれと悟った風にそう言うと、つぶ子は真っ直ぐにこちらに視線を返す。
「────────だって、キキくんが先に割り込んで来たんだよ、ずっと退屈だった世界を、ずっと1人舞台だった私の人生を、キキくんが私の王子様になって割り込んできたんだから、だからたとえキキくんの夢がアイドルだとしても、キキくんは私の王子様じゃなきゃ嫌だよっ!」
そう言うつぶ子は、今まで見てきたどのお姫様よりも、演じてきたどの恋人役よりも、切なげで恋焦がれた魅力的な表情で俺を見る。
私の王子様になって欲しい、それがつぶ子の要求と考えて間違いではないようだ。
だとしたらここで出せる俺の結論とは多分、これしかないのだろう。
「・・・なら、丁度いいね、ここに俺のヒロイン役希望の人がいるから、銀鍔さん・・・白月ユキと戦って、勝ったらつぶちゃんの〝願い〟を叶えてあげる、来月の研究成果発表会、つぶちゃんは俺の代役として〝王子様役〟をやって白月ユキと戦って、勝った方が俺と共演する、これならお互いにとってフェアな戦いになるよね」
「研究成果発表会・・・?、ええと、なんの劇をやるの?」
つぶ子は同じ学校に籍を置いてるものの、学籍を持ってるだけの卒業生の広告効果を狙って名前貸ししてるようなものであり、学校には通う必要は無い特待生故に学校の事情は無知だ、故に説明してやる。
「『白雪姫』の、その現代的なエンタメ版かな、まだ詳しくは決まってないんだ、ミュージカル的な演出入れるとか、オペラ的な演出入れるとか、ディズ○ーを再現した2.5次元の路線にするとか、そんな感じでクラスの意見がバラけてる」
「ま、決まらない理由は皆が推薦している主役がオファーを断ってるからだけどね、ふむ、キミと共演する前につぶ子くんと対決か、私としては望む所と言った感じだけど、つぶ子くんはどうかな」
白月ユキは俺の出した条件に対しても上等と言った感じで不敵に頷いた。
超極限の無茶ぶりと言い切れるマッチアップを楽しめるのだとしたらこいつは主人公の素質があるし、芸能人としてのメンタルは大物と言っていいだろう。
「・・・一つ、聞いてもいいかな、銀鍔さんはなんでキキくんに目をかけるの、私の6年分の蓄積に、銀鍔さんは対抗出来ると思ってるの」
唐突に幼なじみ属性をつぶ子は主張するが、俺に一番刺さるのは妹属性、次に俺より苦労している努力型苦労人属性なので、その主張は驚く程俺には響かなかった。
そして若干修羅場感が出てきた雰囲気に乗っかるように、白月ユキはつぶ子に真っ向勝負で返した。
「一言で言うなら〝愛〟だね、キキは私にとって特別だから彼の人生と繋がりたいという、そんな普遍的で一般的な願望だよ、だからつぶ子くんがどれだけの気持ちでキキを想っていたとしても負けるつもりは無いし譲るつもりもない、仮にキミがキキを育てたんだとしても、私には関係無い事だからね」
「──────────そう」
それは今までに見た事のない、聞いた事のないつぶ子の仕草だった。
赤裸々に敵意を隠さない、女優茂木田つぶ子の裏側に潜む化け物の片鱗。
やはり俺の直感は間違っていなかった、つぶ子が俺に恋をしている訳が無い、ただの恋する乙女がこんな酷薄で背筋が凍るようなサイコな笑みを浮かべる筈が無いのだから。
それは獲物を狩る捕食者のようで、愛や恋を語るには余りにも非情過ぎる冷笑だ、だから俺はつぶ子が俺に恋をしていない事を一目で確信出来た。
そしてつぶ子のほんの一瞬だけ本性を見せた後にいつもの笑顔で覆い隠した笑みに向けて、白月ユキは実に楽しそうにこう言うのであった。
「ふふ、じゃあキキ、これで賽は投げられた、ルールは次の成果発表会でどちらが魅力的だったかをキミが裁定してくれ。・・・ああ、楽しみだね、茂木田つぶ子が共演者になってくれるなんて、実に楽しみだ、折角だし父を招待してみようかな、その方がキミも嬉しいだろう、キキ」
「・・・親の前で恥をかくことになるだろうけどな、つぶちゃんと同じ舞台に立って、つぶちゃんと対等になれる役者なんてこの国にはいない、銀鍔さんのママだろうとつぶちゃんのママだろうと、つぶちゃんと共演するには実力不足なんだから」
「知ってるよ、でもそれは〝今の〟芸能界の話であって、〝これから〟の話では無いよね、少なくとも私は自分がつぶ子くんに劣ると思った事や敵わないと思った事は1度もない、だから負け無いさ、必ずキミの心を虜にして見せるよ」
宣戦布告、と言うにはあまりにも不遜な宣言だった。
「・・・銀鍔さん、私、勘違いしてたみたい、銀鍔さんはもっと上品で賢い人だと思っていたけど、ただの世間知らずだったんだね。私はいっぱい見てきたよ、銀鍔さんみたいな自分の実力を過大評価してライバル宣言してケンカ売って来る人達、もうみんな役者は辞めたけどね」
つぶ子がいる限り、つぶ子と同年代である限り、比較され仕事を奪われロクな役を回して貰えなくなる、故に天才と同年代に生まれた役者は絶望するのが世の運命だった。
しかし同時に普段穏やかで圧倒的強者であるが故に余裕を崩さない鉄壁の外面を持つつぶ子が、ここまで剣呑で一触即発とした態度を取るという事は、白月ユキは茂木田つぶ子にとって敵視するに値するような特別な人間である事の証左でもあるだろう。
俺は厄介な勝負を演出してまったと思いつつも、一先ずこれで俺は白月ユキや委員長に絡まれる事もなく、つぶ子の悩みも白月ユキが相方になることで解決出来て一石二鳥かと、自分への実害は特にない故に対岸の火事のように見守ってすっかり冷めたミルクティーを飲み干してマンションから退出するのであった。




