24.招待
『桜の恋歌』は、映画では基本的な三幕構成の脚本だった。
主人公がバンドのライブを盛り上げると過去に戻る能力に目覚める。
主人公は周りの人達の問題を過去を遡って解決して、バンドの人気を高めつつ、その中で想い人との仲を深める。
しかし主人公の想い人の問題を解決しようとしたら想い人は世界から消える。
実は想い人は遠い未来の主人公の子孫で、過去を改変した事によってタイムパラドックスが起こって存在が消えた。
主人公は皆の幸せと想い人をこの世に残す事、二者択一を迫られて、想い人を産み直す事を決めて、それで想い人への想いを歌にして未来の想い人へ届けようという物語。
有り体にいえば、山場を挿入歌で演出し、美麗な映像で視聴者を引き込んで、最後は小さな奇跡で登場人物全員を救うという、2010年代を席巻した古川誠監督の作品とよく似た構成であり、脚本も可もなく不可もなくと言った感じでタイムトラベルモノの王道みたいな脚本だった。
評価点を付けるなら演出◎、映像◎、脚本○、演技○と言った、90点くらいの無難にヒットする感じの作品だろうか。
近年の感動系アニメは終盤のピンチで奇跡と魔法が起こるかどうかをハラハラさせるのが王道となっており、終盤までの盛り上げ方は無難とも言えるが、だからこそ自然と引き込まれた。
主人公と想い人が二人とも女の子である事くらいがポリコレの世相に迎合した王道から外れた部分だが、同性婚も一般化した今の世ではそこまで奇抜という訳でもない。
だから王道を詰め込み過ぎたせいでケレン味が無く、普通に高級レストランで高級なハンバーグを食べたような、感動もするけど驚きも無いようなそんな感想だ。
でもまぁアニメ映画ならこれが普通なのだろう。
予算がかかればその分だけ失敗が許されなくなる、アニメ映画にかける予算は10億円が最低ラインであり、つまり10億以上稼ぐ事が最低条件だ。
作品がありふれた今の世の中で冒険する人間はいないし、映画館という観劇の高級レストランでメニューの端っこに乗ってそうなシェフの趣味の麻婆豆腐を食べたい人間もいないのだから。
漫画なら0か100かの冒険や博打も許されるが、アニメ映画は絶対にコケられない戦いだからこういう守りに入ったような演出と構成でも文句は言えないものだ。
だから俺は無難に面白かった故に展開が読めてそこはかとなく退屈だなとか思いつつ、どんな感想を言うのが正解かと考える訳だが、ふと隣りの席に座っているつぶ子と白月ユキの姿を確認すると、二人ともシンクロしたように爆睡していたのであった。
「・・・ありきたりだけどそんなに退屈な映画でも無かったと思うが、二人にとっては眠たくなるほど退屈だったという事か」
貧乏性の俺としては貴重な金を払ったから元を取ろうという気持ちもあった訳だが、金に苦労してない二人にとっては大衆向けに調整された商業主義全開の映画など見る価値も無いという事だろう。
そう思うと感性の違いに涙が出そうになるが、俺はすやすやと穏やかに眠っているつぶ子の肩を揺すって起こしてやる。
「つぶちゃん、終わったよ、起きて」
「うーん、くー・・・はっ、ごめんね、キキくんの顔を見ていたら自然と夢見心地になっちゃった」
「あはは、映画より俺の顔の方が面白かったって事?、だとしたらアイドルとしては嬉しい褒め言葉だね」
あざといつぶ子にそう言っていなして俺はさりげなくつぶ子の飲み残しの爽健美茶のカップを持って劇場から退出を促す。
「あ、ユキちゃんも寝てたんだ、起こしてあげないと、おーい、起きて!!」
俺は白月ユキをこのまま放置しようと目論んでいたのだが、つぶ子はそんな俺の薄情な企てなど存ぜぬと言った調子で、まるで眠り姫のように耽美に微睡んでいる白月ユキを揺さぶるのであった。
「ん・・・ふわぁ、実に退屈な時間だったよ、やはり映画館というのは私には合わないな、こんな狭くて暗い空間に押し込められるのは窮屈だ」
「だったら別に付き合わなくても途中退出しても良かったんだけどね、こっちとしては誘ってもない訳だし」
起き抜けの不遜な態度に若干イラつきつつそう返すものの、白月ユキは飄々とした態度でまぶたを擦りながらこう返すのであった。
「安心したまえ、次は誘われても行かないさ、それで退屈なデートはこれで終わりかな?、だったらこの後の時間は私に譲って貰いたい所だが」
「えーと、デートはここからが本番というか、実は今日、キキくんに相談したい事があったんだよね、だからその・・・」
「相談?、つぶちゃんが俺に・・・?」
相談したい程深刻な事情を抱えているのは俺の方だが、つぶ子の方から俺に相談があるというのは寝耳に水と言った所でほぼ驚天動地の想定外だった。
茂木田つぶ子という人間が一体どんな悩みを抱えるのか、俺には想像もつかないものであるだけに興味もひとしおにある。
つぶ子はおねだりをするようなあざとい上目遣いで俺に提案する。
「うん、だからまた、二人きりになれる所に連れてって貰ってもいいかな・・・?」
まるでラブホにでも誘うようなあざとさだが、このモールの中にはカラオケや漫画喫茶などの個室を使える施設は無いし、そしてラブホ代の相場は知らないが、学割の使えない施設を利用出来るほど俺は裕福では無い。
ここは都内の一等地なので、そういう大衆向けの施設は出店されていなかったのである。
だから自分の中に選択肢が無い事を自覚しつつも、どうしたものかと頭を捻っていると。
「ふむ、だったら私の家に来るといい、すぐ近くだし、紅茶くらいはご馳走様しよう」
白月ユキはダンスにでも誘うような軽快さで家に招待して来た。
俺としては断りたい所だが、だが父が白月ユキの母親とは未婚で、娘の認知だけして別居状態である事は確認済みだ、だから家に行って父と遭遇して気まずくなる事は無いだろう。
それに金欠の俺としてはこれ以上出費をするのは家計に響くし、可能ならば無料の施設が好ましいが、もう夕暮れの時刻につぶ子を公園のような場所に誘う訳にも行かない。
故に白月ユキの提案は俺としては渡りに船とも言った所だ。
俺はつぶ子の意思に委ねると言った風に、さり気なくつぶ子に視線を向ける。
「ユキちゃんこの辺に住んでるんだね、じゃあ招待されちゃおっかな、キキくんもいいよね?、折角のお誘いだし」
つぶ子も断る理由は無いのか肯定的に頷く。
「俺は構わないけど、つぶちゃんは銀鍔さんに相談の話を聞かれてもいいの?」
「私の相談は隠すような話では無いからね、それに未来のお姉ちゃんになるかもしれない人なら聞いて貰いたいくらいだし」
後半はボソッと俺にだけ聞こえる声で耳打ちしてくるが、俺の塩対応な態度を見ても白月ユキを俺の姉認定できるあたり、つぶ子自身が白月ユキを気に入っているという事だろうか。
母親が女優という共通項を持つ者としてシンパシーなんかを感じていても不思議では無い、か。
少なくとも白月ユキは芸能人としてはまだ何の活動もしていないが、両親のコネを使うだけで女優でもアイドルでも苦労せずデビューできるだろうし、両親の与える付加価値と注目度ならばつぶ子にも匹敵するような逸材だ。
演技の実力は高校に来るまで素人だった事もあってこれからと言った所だが、ルックス以外でも恵まれた両親の才能を受け継いでいるならば俺と違って大成するのは確実と言える。
だからつぶ子が白月ユキに興味を持つのは自然な事だった。
故に俺はつぶ子の希望を叶えるつもりで白月ユキの棲家へと招待されるのであった。




