20.デビューの条件
「それでさ、俺がビシッと言ってやった訳よ、「お前はやれば出来る」ってな、そしたらキキの奴泣きながら感動してさ、俺の一言で一念発起して、それでオーディションも受かったワケ」
「えーすごい!、じゃあケイくんがあの天使くんを指導したようなもんじゃん!」
「ケイくんマジ天才、かっこいい!」
「ま、当然だな、俺は日本一目指してるからな」
2人の女を侍らせながらモールのメインフロアにある往来を我が物顔を闊歩する男がいた。
道行く人々はその男の放つ圧倒的な勝ち組オーラに圧倒されて自然と道を譲るように避けていく。
そしてその男は俺のよく知る人物だった。
「──────────は?、あいつアイドルの癖に二股とか、インモラリストの極みだろ、バカなのか?」
ケイ、本名小田巻慶介は休日のデートとしては派手過ぎる立ち回りで道を歩いていた。
このモールは最近の若者のデートスポットとして人気なのでここで鉢合わせる確率自体は低くは無いだろうが、この遭遇を幸運と捉えるか不幸と捉えるかは微妙な所だが、とにかく俺はグループの仲間として早急に注意する必要があると思い、俺はつぶ子に待機するよう指示出ししてからケイに声をかけた。
「ケイ!!」
「ん・・・、ああ、キキか、奇遇だな、お前ももしかして茂木田つぶ子とここでデートしてんのか?」
「デート・・・って事はやっぱり、その2人は妹や親戚の子とかじゃなくて、普通のガールフレンドって事でいいんだな?」
俺はケイが両手に花と侍らせている、かなり上玉のギャル2人に視線を向けつつそう訊ねると、ケイはそれに頷いた。
「ああ、俺の同級生だ、今はどっちが俺の本命になるかを競わせてるトコ、ま、他にもセフレは10人くらいいるけどな」
セフレ10人、芸能界じゃ割と当たり前の単位にも思えるのが業界の闇ではあるが、だがデビューを控えたアイドルが抱えていい友達では無い。
俺はケイに深刻な調子で忠告してやる。
「・・・お前、正気か?、バカなのか?、デビューを控えたアイドルがそんな女癖悪かったら、スキャンダルどころじゃない、普通に炎上案件だろうが、今すぐ別れてくれ、じゃないとお前はアイドルになれないし、『STAMPofVenus』からも追放しなくちゃいけなくなる、俺たちは人気商売なんだ、だからそんな公序良俗に反する事、許されないんだよ」
しかしケイは俺が深刻そうにしているにも関わらずにつまらなさそうな顔でこう答えるのだ。
「デビューって言ってもよ、どうせ社長の出した条件とか無理だろ、だったら俺たちは『花狂魔』のオーディションに受かってるんだし、そっちで頑張ればいいって話だ、役者なら10股も不倫も当たり前だしな、それにアイドルだから恋愛禁止とか時代錯誤の極だろ、何の問題がある、俺は本命は作ってないし、友達と楽しく遊んでるだけ、それともアイドルには友達と楽しく遊ぶ権利すら無いって言うのか?」
ケイは馬鹿にした調子で俺を煽る。
確かに恋愛禁止のアイドルなんて令和の価値観からすれば古臭いというのも確かだし、それを押し付けるのは基本的人権の侵害に当たるものでもある
でも。
「お前は、俺たちと日本一のアイドルになるんじゃなかったのかよ、そんな奴が恋愛とか女子と遊ぶとかしてて当然だと思うのかよ、違うだろ、俺たちには〝夢〟がある、その夢はこんな所で油売ってて叶えられるようなものじゃない筈だ、なぁ、ケイ、頼む、俺をお前の仲間でいさせてくれ、じゃないと俺、ジョリーさんにこの事をチクらないといけなくなる、俺だって折角決まったデビューを身内のスキャンダルで棒に振りたくないんだ、頼むケイ、一生のお願いだ、分かってくれ」
俺は必死な調子でそう頭を下げて頼み込む。
その必死な様子は目立ち過ぎたのだろう、元々とその取り巻きが目立つ容姿なのも相まって、俺たちは見世物のように注目を受けていた。
「・・・シラケるなぁ、なぁキキ、お前童貞だろ」
ケイは突き放すように冷たい声で俺にそう言う。
「あたりまえ、だろ、俺はクリーンさが売りの子役で、アイドルだ、いずれはジョリーさんに掘られる運命かもしれないが、それまでは綺麗な体を保つ義務がある、性に乱れたアイドルなんて、どこの企業がCMに起用したいと思うって話だからな」
「そうだな、確かにイメージ的には異性に対して潔癖であった方が好ましいんだろう、でも、じゃあお前はそれで、女子から好かれる立ち回りが出来るのか?、ファンの女子を心から楽しませるようなパフォーマンスが出来るって確証があるのか?、俺はあるぜ、女を喜ばせた分だけ俺は女を理解しているからな、でもお前は女を知らずして女を喜ばせるアイドルをやろうとしている、それっておかしい事じゃないのか」
「・・・それは」
確かに、ケイの言う事には一理以上ある。
異性にモテてない奴が、異性にモテる男の象徴であるアイドルを名乗るのは矛盾になるだろう。
そもそも俺が潔癖であろうとするのは自分が性にだらしないアイドルの一夜の過ちから生まれた存在という嫌悪感からであり、それを他人に押し付けるのはただの自己満足だとも分かっている。
実際の所、ジョリボーイズの事務所の中にだって、既婚者アイドルやセフレ10人のツワモノは無数に存在するし、アイドルも人間なのだから、恋人はいて当たり前のものだ。
だから本当は、ケイの女性関係について俺がとやかく言う資格はない事も理解している。
だってそもそも恋愛禁止は基本的人権の侵害であり、本当に禁止されてるならスキャンダルなんてこの世に存在しえ無いという話なのだから。
「・・・それでも、俺は、俺の恋人は、アイドルという〝役割〟と、俺を推してくれる〝ファン〟だけでいいと、そう思うから、・・・なぁケイ、お前も〝上〟を目指しているんだろう、だったら普通とか常識とかじゃなくて、理屈で考えてみてくれよ、お前は自分を一番にしてくれない相手に恋出来るか、〝ファン〟以外に恋人がいる奴に本気になれるのか、なれないよな、だったら俺たちが〝上〟を目指すなら、俺たちの恋人はアイドルという〝仕事〟以外にあってはならないものだって、理解出来るだろう」
「・・・仕事が恋人、か、仕事の為に生きる、俺が一番嫌いな言葉だな。ならキキ、お前がジョリーさんの出した〝条件〟をクリアしろ、そしたら俺も本気になってやるよ、でもお前が屁理屈だけで何も出来ないバカなら俺は従わないし俺のやり方でやるだけだ、。俺は〝仕事〟が大嫌いだ、アイドルも「YouはありのままでいるだけでStarになれるJAN」って言われたから取り敢えず挑戦してみただけ、日本一目指してるのも中途半端が嫌いなだけで一番取れるならなんでもいい、元々俺はアイドルに興味なんて1ミリも無いからな」
ケイは偏差値70越えの名門校出身である。
中学時代はテニスで全国、全国模試でも3ケタ台という、俺から見れば人間のチートレベルのバケモノだ。
そんなケイに対して俺は人間としての劣等感を強く抱いていたし、だから下から頼み込むしか出来ない訳だが、そんなケイが俺に対して譲歩してくれただけでも俺からすれば喜ぶ所だろう。
しかしジョリーさんの出したデビューの条件、それは俺一人で実現させるにはあまりにも過酷過ぎるものだった。
「・・・いいのか、俺に任せて、俺のせいでデビュー出来なくなるかもしれないんだぞ?」
「俺は『花狂魔』のオーディションで理解した、このグループの主役はお前で、期待されてるのもお前だってな、だからこの試練も元々お前の為に用意されたものだろう、だったら俺が手助けしてやるのはただの甘えの友情ごっこだ、だからキキ、もしお前がこの俺をお前の〝下〟に従わせたいと思うなら、お前が力を見せろ、俺をアイドルに引き止められるくらいの力を俺に見せてみろ、夢だけじゃ俺は従わない、仕事を人生の目標にはしない、それだけの話だ」
そう言ってケイは突き放すように俺から離れていく。
俺はモールの中央に植えられた人工のツリーの下で立ち尽くしていると、ほどなくしてつぶ子が俺の腕に抱きつきながら、道の邪魔にならないようにと引っ張った。
「今の、キキくんのグループのメンバー?、昨日も思ったけどキキくんと一緒になるメンバーだけあってとても華のある人だったね」
「うん、ケイ・・・小田切ケイは俺なんかよりもずっと強くてかっこよくて、人間として格上の存在だから」
沢山は持ってない俺から見たケイは、羨ましくなる程なんでも持っている人間だ。
不自由なく育ててくれる両親、恵まれた遺伝子、好きなことに熱中できる環境、可愛い妹たち…。
だから別にセフレの女くらい捨ててくれると思った訳だが、ここでケイと敵対関係のようになってしまった事に俺は密かに胸を痛めていた。
「別に人間に上とか下とか無いと思うけど?、ほら、ええと、天は人の上に人を作らず?、でしょ、人類は平等だし、私はキキくんの方が好きだし」
つぶ子は役だからだろう、いかにも気休めなあざとい事を言ってくる。
でも俺は、それに対して理想の彼氏の仮面を被り続ける事が出来なくて、つい甘えてしまった。
「・・・それでも、人間には生まれながらの〝差〟があるんだよ、・・・そうだ、ジョリーさんの出した〝条件〟はきっと、ケイとゼンが助けてくれなかったら絶対に実現しないような無茶ぶりだ、だから俺は二人に土下座してでも機嫌を取らないといけなかったのに、なのに俺は・・・」
デート中に弱音を吐くなんて、理想の彼氏なら即失格の烙印を押されて然る手落ちだろう。
俺はつぶ子が演じている役の居心地の良さについ、気が緩んでそれを漏らしてしまうのだ。
俺には友達はいない、たった一人の家族も今は廃人となっている。
だから弱音や不安を漏らせる相手はどこにもいない、故にどうしようもなくて漏らしてしまったのだ。
「条件、どんな条件を出されたの?」
「──────────2週間後のデビューライブ、それのチケット1万枚を売り抜いて満席にする事、だよ」




