18.初恋の味はやっぱり卵と米のアレ
「はぁはぁ、ここまで来れば平気かな?」
「ふぅ・・・、まぁ1キロは走ったし、大通りの密集地帯は通り抜けたし大丈夫だと思うよ」
「じゃあこれからが本当のデート開始だね、時間も丁度いいし、あ、キキくんのパーカーも貰っていい?」
そう言ってつぶ子は胸の谷間にパイスラしていたショルダーバッグの中から伊達眼鏡を取り出して装着し、俺のパーカーを強奪してフードを深く被る。
履いている靴が上品なワンピースとはミスマッチな走る為のスニーカーである事を考慮すれば、最初からここまではつぶ子の台本通りだったと考えるのが自然か。
俺はパーカーの下はTシャツ1枚だったので若干ラフ過ぎる格好になってしまったものの、まぁつぶ子をそのまま歩かせるよりはマシと思って我慢して受け入れた。
「くんくん、キキくんの匂いがする、すごく落ち着く感じ」
「恥ずかしいから匂いをかぐのはやめて欲しいな、それで、エスコートしてくれるって言ってたけど、これからどうするの?」
俺は〝乾拭キキ〟の仮面を被りつつ、隙あらばあざとい仕草でこちらを籠絡しようとしてくるつぶ子にそう尋ねると、つぶ子は俺の手をまたしっかりと繋いでそのまま俺を引っ張ってゆく。
「先ずは新しく出来たモールに行ってみようよ、海外ブランドの店がいっぱい入ってて色々あるらしいよ、芸能人にも人気らしいし」
「ああ、あの、すごいよね、日本一大きいんだっけ?」
「ニュースでは世界一って紹介されてたよ、すごいよね」
「へぇ、俺まだ行った事ないから楽しみだなぁ」
「私も、私も初めて、えへへ私も初めてがキキくんと一緒で嬉しいなぁ」
つぶ子はしきりにあざとい事を言って俺を惑わしてくるが、俺はデート場所がモールと知って、今日の為に下ろした3万でデート代が足りるのかという不安を密かに感じていたのであった。
普通に考えたら超人気女優の時間を1日買うのも、つぶ子にオーディションに協力してもらったお礼をするのも、3万円はどう考えても安すぎると思うし、金銭感覚がぶっ壊れてる芸能人相手にそれで足りる訳も無いと理解はしているが。
だが借金持ちで月々生活費家賃別で親子で5万のそこそこギリギリの生活をしている俺からすれば、この3万は俺の1年分のお小遣いと同義のお金であり、俺の最大限の誠意の限度額とも言えた。
なので俺はこの3万を使ってどうやったらつぶ子にお礼が出来るかというプランを練っていた訳だが、デート場所が金のかかりそうなモールだと知って、それで恥をかいたりかかせたりするような粗相をしてしまわないかと、ここに来て人生最大級の不安を抱えていたのである。
と、思っていたがそれは杞憂だった。
つぶ子はハイブランドの店に入るものの、他の中高生と同じように「これ可愛い」「これ似合いそう」と冷やかすだけで購入をせがんだりお揃いで買おうと誘う事もなく、適当にお昼まで時間を潰して、そこでお手頃なレストランで昼食を誘っただけだったからだ。
店の冷やかしの時も自分を優先したりせずに、俺を気遣うように話しかけつつの行動であり、それを見てつぶ子は〝完璧な彼女〟を演じているのだと、俺は理解したのであった。
俺とつぶ子は特に高級でも安価でも無い、そこそこ落ち着いた雰囲気の洋食レストランをランチの店に選んだ。
「キキくん、すごいね、ハイブランド詳しいんだ、私はあんまり知らないからキキくんが詳しくてびっくりしたよ」
「・・・まぁ、母さんが好きだからね、自然と覚えたっていうか、「センスのいいシャネ〇やヴィト〇を送れない男はモテない」が口癖だったっていうか、自然に、ね」
ちなみにハイブランドだけでなく、酒とカクテルも母さんの好物なのでまぁまぁ詳しい。
「あー、そう言えばキキくんのお母さんっていつもそんな感じの服とか着てたっけ、でも最近は現場には来なくなったよね、元気?」
「まぁ流石にこの歳で親同伴はおかしいからね、母さんは元気だよ、前にちょっと入院してたけど今は快復して元気にしてるよ、心配してくれてありがとう」
「キキくんにとってはたった一人の家族だもんね、そりゃ心配するって、キキくんのお母さんって事は、私にとってもお母さんみたいなもんだし」
「そうだね、こう言ったら自惚れかもしれないけど、俺も監督の事、・・・お父さん、みたいに思う事はあるし、俺とつぶちゃんはもう本当の〝家族〟みたいなもんだもんね」
つぶ子がかなり俺のプライバシーの領域を侵害するようなあざとい事を言ってきたので、俺は反応を見る目的で強烈なカウンターを返した。
どうせここでのやりとりは全部ただの茶番であり、本音も本心も互いに隠している。
ならばつぶ子が好感度MAXのあざとい女を演じるのであれば、俺も好感度MAXの天然でたらし込む男を演じるまでのものである。
今日の要件がデートでは無く芝居である以上、それが俺の取るべき最適解と思って、俺は徐々に徐々にエンジンを温めるようにつぶ子との距離を詰めていく。
そして俺の演技につぶ子は更に乗っかって、更に大袈裟な様子でこういうのであった。
「本当に?、嬉しいな、きっとパパもキキくんにそう言って貰えたらきっと喜ぶよ、昔からずっと「あいつには見どころがある」が口癖だったし、私もパパもキキくんの事大好きなんだもん!!、だから本当の家族になれたら私も嬉しい!!」
「うそっ!?、監督にはダメ出しされてばかりだったけど本当は期待されてたのか、だとしたら監督の期待に応えられるようにもっと頑張らないと、そしたら監督も俺の事、家族として認めてくれるかな?」
「何言ってるの、キキくんはもう『花狂魔』の一員なんだし、家族だよ、劇団の仲間はみんな家族みたいなものだからねっ!」
「そっか、じゃあこれからは監督の事、俺もパパって呼んでみようかな?、どんな反応すると思う?」
「最初は無愛想な顔するけど、きっと内心では大喜びすると思う、だってパパが一番撮ってるのは私で二番はママだけど、三番目はキキくんだからね、だからもう半分息子みたいに思ってるだろうし、パパと呼ばれて悪い気はしない筈だよ、やっぱ父親って息子を欲しがるのが普通だからね、キキくんならきっと、パパの〝理想の息子〟にもなれるよ」
「監督の理想の息子か、ハードル高そうだなぁ・・・」
少なくとも理想の娘がつぶ子であるならば、俺には絶対届かない領域なのは間違いない。
そう考えてみればどんな男なら監督はつぶ子の伴侶として認めるのかは気になる所だが、まぁ芸能界の性質上、きっとつぶ子も監督とその奥さんみたいに伏線なしのデキ婚をするんだろうなと俺は思った。
そして紅茶を飲みつつそんな会話を続けていたら注文したオムライス2人前が運ばれる。
この店の看板メニューでありテレビでも紹介された一品らしい。
一つ2500円、モールのレストランとしてもオムライスとしても価格が高めのひと品ではあるが、この強気の値段設定のおかげか休日のお昼時というのに満席になったのは俺たちが店に入ってからしばらくしての事だった。
俺は2500円のオムライスを初めて見た感動を表現するように目を輝かせて、香りすらも堪能するようにうっとりとした演技をしながら感想を語る。
「うわぁ、すごく美味しそう!!、こんな美味しそうなオムライス、初めて見たかも」
「ふふ、キキくんは卵とお米を使った料理が好きだと言ってたからね、それじゃあ食べようよ」
「うん、いただきます」
「いただきます」
俺たちは同時にオムライスをスプーンで掬って口に運ぶ。
見るからに食材や調理に拘ってそうな半熟オムライスだ、2500円もするし、不味いわけが無いと、そう思って味わうのだが。
──────────は?、これ、どう考えても塩と砂糖間違えてるだろ、あとなんか臭いし。
とツッコミが出そうになるくらい、そのオムライスは完璧な見た目に反した、微妙というか普通にまずい味をしていた。
そして俺は一瞬だけつぶ子の様子を伺う。
つぶ子は俺と同様に〝極上の料理を味わう演技〟を継続したまま、上品にオムライスを咀嚼している。
──────────つまり、このオムライスは仕込みという事だろう。
役者たるもの、美味いものを不味く、不味いものを美味しそうに食べるくらいは出来て当然。
このデートが芝居である以上、これはつぶ子の仕込みと考えるのが妥当、か。
ならば俺の取るべき行動は一つである、
「すっ──────────ごく美味しいね、つぶちゃん、こんな美味しいオムライス食べたの初めてだよ、スプーンが止まらない、止まらないよぉ、美味しい、美味しい、ふわふわ半熟の卵と、香ばしく焼けたチキンライスの絶妙なハーモニー、噛めばかむほど口の中で旨みが混ざりあって、飲み込む度に至福を感じる、これこそまさに人類が生み出した究極の料理だよぉ!」
「ふふ、長い食レポをするほど美味しかったんだね、そんなに喜んで貰えるなら私もキキくんの〝お祝い〟が出来てよかったよ」
そんな調子で俺はじっくりと味わう事無く高速でオムライスを消化したのだが、そこで店員が慌てて俺たちのテーブルにやって来たのであった。
「申し訳ありませんお客様、実はさっき、キッチンの方の手違いで、廃棄する予定だった食材で新人が練習用の調理をしていた所、さっきそれを誤ってお出ししてしまいました、こちらが正規のオムライスです」
「──────────は?」
俺は思わずに一瞬だけ素に戻って思考する。
ドッキリだった?、いや、ドッキリなら作り直す必要は無い。
なら今俺はどんなリアクションをするべきなのだろう。
俺は急いで演技を組み立てようと頭を働かせる。
そんな俺に店員はほぼ完食している俺の皿を見て不思議そうに首を傾げた。
「おや?、間違った食材で作ったオムライスをあなたの方ですか?」
「いえ、私のオムライスは至って普通の、特に問題の無いオムライスです、キキくんのオムライスの方が中身が明らかに変な色、してますね」
「え・・・、ではお客様が廃棄予定の食材のオムライスを食していたのですか!?」
店員はほぼ完食している俺の皿を見て、ドン引きした様子で俺に確認する。
俺はブチ切れそうな理不尽を感じつつも、〝乾拭キキ〟の仮面は保ったまま店員にこう言うのであった。
「・・・作った新人の人に伝えてください───────見た目は完璧だったと」
そう言って俺は即座にトイレに駆け込むのであった。




