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恋が人を食う〜天使くんと恋愛頭脳戦する怪物の子〜  作者: くびつりのこびと
エピソードI 【フィクションの恋】
17/49

16.〝乾拭キキ〟は愛されたい

「ただいま・・・っと」


 俺は鉄筋コンクリート製の築30年くらいのマンションの一室である自宅の戸をくぐる。

 当然返事は無いが、母さんの部屋からビデオの音が漏れているので、母さんが起きているのは間違いないだろう。

 俺はスーパーで買ってきた白米と春巻きと杏仁豆腐、そして幾つかの材料を使ってチャーハンと麻婆と春巻きと杏仁豆腐の中華セットを作って母さんの部屋に運ぶ。

 いつもより少しだけ贅沢な感じだが、俺も母さんも今の人生の娯楽が食事くらいしかないのだから、4年以上苦戦したオーディションに合格した今日くらい、自分の好物を献立にして特別を演出しようと思ったのである。


 チャーハンは母さんの得意料理であり、小さい頃はよく作って貰った記憶があった。


 だから俺はその今思えば味気なくてべちゃっとしたチャーハンの事がこんな今でも忘れらないし、自然と自分の好物だと定義していた。


 母さんの好きな物が高い酒とブランド物という事以外は知らないので、これはきっと母さんの好みとは違うものだろうけど、それでも少しでも俺の喜びを分かち合えたらいいと思い、俺は中華セットを載せたトレーを母さんの部屋まで運ぶのであった。


「入るよ、母さん、お邪魔します・・・」


 母さんは相変わらず、生きる屍のようにビデオに齧り付いている。

 一時期は暴飲暴食で太り気味だった体型も、精神病の治療と禁酒、そして今の不摂生によって骨が浮き出るようにやせ細っていた。

 俺が幼い頃の母さんは、元々お水で人気のキャバ嬢だけあって周りに自慢したくなるような綺麗な顔をしていたが、今の母さんはもう完全に(しな)びた枯れ木のような存在であり、あの頃の美しさは欠片も残っていなかった。


 きっと、世界中の誰一人として、今の母さんを自業自得として、見捨てて当然の人間として見向きもしないのだと思う。


 でも俺は、人からすれば毒親で、救いがなくて、死んだ方がマシな抜け殻のような存在だったとしても。


 俺はそんな母さんの事を、世界で一番愛していた。


 だから昨日のトレーの食事が減ってない事に気づいた俺は、テレビに齧り付いてる母さんに話しかけながら病人に食事を与えるようにして食事をさせて、2日分のトレーを持って部屋から出ていく。


 そしてすっかり冷めてしまった自分の分の食事をリビングで黙々と食して、俺が母さんにしてやれる事が何かを考えるのであった。




「稀樹、あなたはすごい子出来る子なの、あなたは天才よ、だから他の子に負けちゃだめ、あなたは私とパパの最高の息子なんだから、絶対に勝たないといけないの、今までオーディションに勝てなかったのは他の子が依怙贔屓(えこひいき)されてるだけ、コネさえあれば稀樹が一番すごいのは確実なんだから」


 母さんはそう言って来る日も来る日もオーディションに落ち続けた俺を励まし続けてくれた。

 父親に会う為には〝げいのうじん〟になるしかない、その目標の為に頑張る俺にとって母さんの励ましは何よりも力強い応援だった。

 だから成果の見えない努力だったけれど、俺は一途に続けられたのだ。


「ほら稀樹、あの子がやってたみたいに泣きなさい、泣け、ほら」


「う、うん・・・、うえええええええええん」


「違う、そうじゃない、もっと涙を流して」


「痛い、痛いよぉ・・・、お母さん」


「弱音なんていらないの、稀樹はすごい子出来る子よ、天才なの、あなたが出来ると思ってるから母さんはあなたにやらせてるの、期待してるの、だから早く泣きなさい」


「うぅ・・・、うん、うわあああああああああああああああん」


 母さんとの〝特訓〟とは、今のご時世なら200%虐待として通報されてしかるべきものだろう。

 でも俺は耐えた、耐え続けた。

 だって俺が頑張って、成果を出せば、母さんは笑ってくれたし褒めてくれた。

 そんな母さんの笑顔を見る為なら、俺はなんだって耐えられた。

 他に何も無くても、母さんの胸の温もりだけで心は満たされたから。


 いつかの子役のオーディションに受かった帰り道、中華街で一番高い店で満漢全席を食べた後に抱き締めくれた母さんの温もりと匂いを、俺は今でも忘れられないからだ。


「よくやったわね稀樹、やっぱりあなたはすごい子出来る子、あなたはきっとパパよりずっとずっ〜〜〜とすごいアイドルになれる、だからもっと沢山頑張って、稀樹が世界一のアイドルになる姿を見せて頂戴」


「うん、なるよお母さん、僕が絶対、お母さんの夢を叶えて、お母さんを幸せにするから」


「ええ、約束よ、稀樹、私の宝物・・・」




 その瞬間の記憶だけならばそれは美しく、綺麗な愛だっただろう。

 だが今となっては、あの人に捨てられたと気づいた時に俺を拒絶した母さんが本当に俺を愛していたのかは疑問に思う所だ。

 結局、どれだけ一途に尽くして、どれだけ月日を重ねて、たった一人の家族という絆で繋がれた愛情だったとしても、時には裏切る事もある。


 だから俺は学んだ、尽くすより尽くされる側がいい。


 愛するより愛される側がいい。


 俺はこれ以上誰も愛せないけど、そんな俺を愛してくれる人間が沢山欲しいと、そんな願いを抱えていたのだ。

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