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恋が人を食う〜天使くんと恋愛頭脳戦する怪物の子〜  作者: くびつりのこびと
エピソードI 【フィクションの恋】
14/49

13.喜劇、乾拭キキの物語

「ねぇお母さん、なんでうちにはおとうさんがいないの?」


 幼い頃、俺はふと気づいた疑問を母さんに口にした。


 それを口にした瞬間に母さんは燃え上がるようにヒステリーを起こし、食事も用意せずに家を飛び出て俺は数日間の間放置された。


 子供心に俺は〝おとうさん〟の話題は母には禁句なのだと悟った。


 だがある日、母さんは俺に子役になる事を勧めた、「〝げいのうじん〟になればお父さんに会えるよ」そう言って6歳の俺を子役オーディションに参加させて、子役にしようとしたのであった。


「きゃらぶききじゅ、6さいです、よろしくおねがいします」


 初めてのオーディションの緊張は、きっと生涯忘れられないレベルで今でも鮮明に覚えている。

 怖い顔をした大人の前で母さんと二人で面接をした。

 好きなものや嫌いなもの、将来の夢やら特技なんかを聞かれたが、それらを事前に母さんに言われた通りに答えて、その後におそらく今考えたら協調性や情緒を測る目的の、受験者の子供だけ集めて目の前にライダーやアンパンマ○が登場した時にどんな対応するかという試験で、ただ一人だけ取り残されたように棒立ちして、その後に出てきた偉いおじさんにお母さんの言いつけ通りに真っ先にごあいさつをしたら、それが功を奏したのか俺一人が子役オーディションに合格したのであった。


 そしてオーディションに受かった俺をお母さんは生まれて初めて褒めてくれた。

 俺はそこでオーディションに受かれば褒めて貰えるという報酬の喜びを知ったのである。


「もっと沢山頑張れば、お母さん喜んでくれるかな」


 俺の母さんは病んでいた。

 物心ついた頃には既に酒に溺れていて、家はゴミ屋敷であり、月に1回のハウスキーパーが掃除しなければどんどんゴミが溜まるような劣悪な環境だった。

 だから家事は物心ついた頃には自分で覚えたし、俺が母さんを介護しなくてはいけないと、自然とそんな風に考えて、俺は俺の持てる時間の全てを使って、母さんに尽くしていたのである。


 でも、子役になった俺は、持てる時間の多くを演技に費やしたにも関わらずにオーディションで大きな役を貰える事は無かった。


 分別があって礼儀正しい子供。


 それを演じられる子供は歳を重ねる毎に増えていき、俺という人間の〝個性〟は次第に気づけば特別では無くなり、1色の色鉛筆で喜怒哀楽という大味な感情を表現する事しか出来ない俺は、その世界の〝天才〟たちに全く太刀打ち出来ていなかったからである。


「なんで、なんで10秒で泣けるだけじゃダメなの、お母さんに怒られた時に、どんな顔で泣いたらいいの、普通お母さんに怒られたら「ごめんなさい、もうしません」って〝反省した顔〟をして、素直に謝るんじゃないの?、なんで僕の演技じゃダメなの」


 その答えを見つけるまでに、俺は長くの時間を要した。


 俺は母さんの為に父親と同じ〝芸能人〟になろうと、全てを捧げてオーディションに何度も何度も参加したが、友人Aや通行人の親子みたいなエキストラ以上の役を貰う事は無かった。


 そして母さんは俺への期待にのめり込めばのめり込むほど失敗した時のダメージが大きいのだろう、ますます病んで、たまに警察のお世話になって、精神科に連れていかれるくらいの奇行を起こすようになった。


 俺は自分が成功しなければ母さんは壊れてしまう、そう思って必死で、がむしゃらに、少しでもいい演技が出来るようにと努力したが、だが〝いい演技〟と〝悪い演技〟の違いを〝客観〟でしか見分けられない俺の演技とは、どこまでも作り物で、他人の演技をなぞったような偽物でしかなく、技術の未熟な子供が行えば、それはただの落書きのように拙い表現しか出来ないものだった。


 そして母さんはとうとうブチ切れて、全てを破壊する勢いで父親の事務所の社長であるジョリーさんを脅して、一つの大役を手に入れた。


 きっとこの作品への出演が無ければ、俺も母さんも、どちらも心が壊れて破滅的にバラバラになっていたのは間違いない。


 俺たちは親子はジョリーさんの権力によってギリギリ親子として踏みとどまれたのである。


 それを救ってくれたジョリーさん、監督、そして共演したつぶ子ちゃん、この三人は俺の人生に於ける恩人にも等しい人間であり、今でも心の奥では頭が上がらない気持ちだ。


「天使くん役の乾拭キキです!!、あーあ、ドーナツいっぱい食べたいな、なーんてね!!」


 空っぽだった俺は、〝天使くん役〟というキャラクターを手に入れる事で演技の土台を確立して、そして天使くんとしてブレイクした俺の元には、天使くんのような演技を求められて沢山のオファーが来るようになった。


 今まではどれだけオーディションを受けても貰えなかった主役が、たった一度のブレイクだけで向こうから演じてくださいと役を貰えるようになる。


 役者の持つ知名度という付加価値とは、それだけで必要とされるくらいに重要な物だったからだ。


 その地獄から天国に一変した境遇は劣悪だった俺の環境も一変させてくれて、今までがむしゃらに、一意専心に演技に打ち込むしかなかった俺たち親子に、初めて親子で団欒(だんらん)する時間を与えてくれたのである。


「誕生日プレゼントに何が欲しいって?、うーんと・・・、ランドとか?、お母さんと一緒に行ってみたいな、なんかよく分からないけど、隠れたネズミのマークが沢山あって楽しい所なんだって、え、いいの?、ありがとうお母さん!!」


 今思えば、ここから中学2年になるまでの4年間だけが、俺にとってはまともな親子の時間だったと思う。


 中学生までマザコンを発症しているのは、周りからしたらとても奇特な事だと理解していてけど、俺はようやく手に入れた幸せを噛み締めるように、母さんとの時間を大切に過ごした。


 でもそんな幸せは、突如として終わりを告げる。


「え、母さんどうしたの、急にテレビを壊して、暴れないで、痛い、痛いよ、どうしたの母さん、どこか痛いの、救急車呼ぶ?、痛い、痛い──────────」


 某国民的アイドルに隠し子発覚。


 そのニュースを知ったのは、母さんが家のものを破壊し尽くして、家に放火して自殺未遂を起こして救急車に運ばれた翌日の話だった。


 母さんは俺が父親との〝愛の結晶〟だと思っていたから父親に捨てられても耐えられていたが、俺がただの〝一夜の過ちから生まれた不義の子〟だと悟った事により、今まで騙されていたのだと気付き、自分が興味すら持たれていない事に気付き、心が壊れてしまった。


 そして俺はそんな母さんの姿を見て耐えられなくなり、今まで顔も名前も知らなかった父親に会いに行ったのだ。


「よくも、よくも母さんを傷つけたな、許さない、絶対に許さない、俺はあんたを絶対に殺してやる、ここで殺せなくても、俺が爆弾抱えて国会に突撃して、あんたを社会的にぶっ殺してやる!!」


 俺はナイフで父親の腹を刺してからそう言った。


 自分の父親の体をナイフで突き刺す感触は、全身にこびり付いたように忘がたいものだったが、だがその記憶は俺にとって、悪夢と呼ぶにはあまりに(まばゆ)いものだったのだ。


 父親であるアイドルは眩しいくらいの笑顔で笑ってこう言ったのだ。


「僕に息子がいたなんて知らなかった、僕に似て最高にイケメンだね、何があったか知らないけど、僕は君の敵じゃない、味方だから、だから全部話して欲しい」と。


 突然と自分の腹を刺した相手を、怒りに任せて激情に支配されていた俺を、父親は、それに対しても恐怖や困惑、怒りなど、あらゆる悪意や敵意を見せることなく、全部受け入れてくれた。


 俺はそこに、本物のアイドルの、本当の(すくい)を、垣間見た気がした。


 だから俺はそこで父親に全てを話して、父親に心から救われたのであった。


 そしてそこで俺はジョリボーイズの顧問弁護士から全てを聞かされた。


 結果から言えば、父親は母さんを捨てた訳では無く、元々お水で働いていた母さんと酒の勢いで一度関係を持っただけであり、子供が出来たと聞かされた時も弁護士と事務所を通して多額の慰謝料を払って堕ろすようにと示談をしていたそうだ。


 しかし母さんはそこで示談を拒否して俺を産む為に姿をくらまして、以降ジョリーさんに無理言って養育費だけを搾り取っていたとの事だった。


 つまり、推しの子供を生みたいが為に、母さんは自分勝手に無茶をやって無茶を言っただけだった。


 それに対して事務所側は弁護士を通しつつ多額の慰謝料と養育費、そして天使くん役のゴリ押しなんかを融通して、母さんの、いや、俺たち親子の我儘(わがまま)をずっと叶えてくれていた、という話である。


「そんな、じゃあこれは全部俺の逆恨みで、悪いのは全部母さん・・・、俺たち親子で、俺さえ生まれなければ、俺さえ存在しなければ、誰も不幸にならずに済んだって事なの、うっ、うっっ、・・・うわああああああああああああああああああああああああああああ」


 その日俺は、生まれて初めて心から泣いた。


 何も考えずに泣いた。


 ぐちゃぐちゃの情緒で、声が枯れるまで慟哭(どうこく)して泣き続けて、自ら命を絶とうとしたのだ。


 そして父さんは、自分の傷口を庇わずに俺を庇って、そんな俺を優しく抱き締めてこう言ったのだ。


「そんな事はない、たとえ世界中敵に回しても、僕だけは君の味方だから、息子だっていうなら、君だけは僕と一緒に暮らしてもいいんだ」と。


 その自分より少しだけ大きくてたくましい手から初めてもらった温もりは、14年生きてきた俺の体に、初めての優しい熱を与えてくれた。


 それと同時に気付いたのだ。


 父親は他人に温もりを与えられる人なんだと。


 まるで神様のように、人を救う事が出来るアイドルなんだと。


 俺は父親の胸の中で、14年分の感情を吐き出すように泣いた。


 演技では無い本物の感情を全て父親に受け止めてもらい、心の底から涙を流し尽くした。


 そして俺は、全ての罪を認め、自首するつもりでジョリーさんのいる社長室に連れていかれるが、そこでジョリーさんは俺に言ったのだ。


「You、アイドルになっチャイナYO!!」


「え、でも、俺、犯罪者だし、こんな事して許される訳・・・」


 だが俺は不起訴となった。


 何故なら父親は、腹を刺されて救急車で運ばれて緊急治療を受けた次の日にも、何も変わらぬ顔でステージに立ったからだ。


 そしてジョリーさんと二人で見た『TempeSters』の武道館ライブは、俺の人生に大きな輝きを与えてくれたのだ。


「・・・すごい、アイドルってすごい、こんなに沢山の人を感動させて、世界で一番輝いてる、なんでか分からないけど、自然と楽しい気持ちが溢れてくる、俺の人生の中で、楽しいことや嬉しい事なんて、殆ど無かった、のに・・・」


 たとえ何年経とうと、どれだけの奇跡を目の当たりにしようと、その日の輝きだけは、俺は生涯忘れないものだろう。


 絶望の中で見た光とは、地獄を照らす太陽の光とは。


 たとえその身を焼き尽くすものだとしても、焦がれずにはいられないくらい、温かくて恋しいものだったからだ。


「ジョリーさん、俺、アイドルやります、やらせてください、そしていつか、あの人に負けないようなアイドルになって、母さんが自慢出来るような〝最高のアイドル〟になって、母さんの事を救いたいんです!!」


「OKジョリボーイ、Youは今からMeの息子だZet!!、一緒に頑張ろうNEN」


 こうして俺はアイドルになった。


 今も尚、心を閉ざし続けた母さんの心を救う為。


 そして、あの日見た奇跡のように美しい父親の光に近づく為に。


 その願いが、偽善で偶像のフィクションだと知りつつも、取り返しがつかないくらい、その輝きに恋焦がれてしまったから。


「──────────だから俺は、絶対にトップアイドルに、日本一のアイドルに上り詰めて見せます!!、以上です」

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