12.キキだけのスペシャル
────────────────────!!
──────────キ!!
─────キキ!!
「キキ!!」
「──────────ハッ、・・・夢か」
何が起こった分からないが、どうやら俺は気絶してしまったらしい。
俺は周囲を見渡してここが舞台の上だと理解して、そしてオーディションの最中だった事を思い出す。
「大丈夫、キキ、急に倒れちゃったけど・・・」
「倒れた・・・?、貧血だったのかな?、食事や睡眠はいつも通りだし、体調も普通だったと思うけど」
「異常が無いならいいや、それじゃキキ、僕の演技は終わったから舞台から下りて」
「ん?、ああ・・・、終わった、のか・・・?」
俺は気絶した影響だろうか、ゼンがどんな演技をして何が起こったのかは分からない。
でも周囲の反応で、ゼンもまた観客の度肝を抜いた事だけは理解出来た。
「お疲れゼン、あれなんの演技だったんだ?、男でカワイイとか無理あるかと思ってたけど、意外といけるもんなんだなって思ったぜ」
「ああ、あれは宇宙一かわいい妹の弟バージョンって感じかな、妹の為なら世界を敵に回してもいいっていうのは〝聖典〟の真理だからね、だからそれを弟とバージョンで演じただけ、それに役を降ろす時の参考として、茂木田つぶ子の演技も研究してたしね、ま、僕は元々世界一カワイイし、これは楽勝過ぎたって話かな」
聖典、確か数年前に世界に〝革命〟が起こった時に全世界に公開された〝物語〟の事であるが、それの主人公が救い難いレベルのシスコンだった、という話である。
なので今の全人類の共通の認識として〝妹の為なら世界を敵に回しても仕方ない〟みたいな思想が自然と普及しているものであり、兄妹愛の美しさとは割と普遍的な価値観として認知されているが故に、お兄ちゃん萌えは誰でも理解出来るものになっていたという事だった。
それを弟で表現するというのはまた難易度が高いと思うものの、周囲の反応から察するにゼンの演技はほぼ完璧に近い形で爪痕を残したのであろう。
ゼンの演技力が未熟でも、トレース先が演技の天才であるつぶ子なのだから、200点のキャラのパクリならば80点くらいの強さはあるという話だ、ゼンのその策が功を奏した事に俺は喜び、そしてゼンも手応えを感じているのか誇らしげな雰囲気だった。
「とりあえず後は俺だけか、なんとかいいお題を引いていい演技をしたい所ではあるが・・・」
しかしその後も俺は狙ったお題で指名されることは無く、結局最後の一人になるまで演技はさせて貰えなかった。
そして司会の男は最後に残った俺を見てこういうのであった。
「あらら、お題の紙なくなっちゃったなぁ、どうしますボス、キキくんのお題」
そして試験官席でつぶ子の隣に座る座長、茂木田おでんは俺にこう告げるのである。
「キキ、舞台に上がれ」
俺は一人舞台に上がり、30名近くいた受験者のすっかりいなくなって静まり返った客席の方を見下ろす。
そしてつぶ子の父でありこの劇団の長である茂木田おでんは俺に言った。
「お前の課題だが、正直他の受験生と同じ課題を出しても、受験4回目のお前にとっては簡単すぎるからな、俺が見たいのはその人間の根源に存在する起源となる表現力、本能の演技だ、その点で言えばそこの二人は俺の求めてる才能とは違うが、同時に見所もあると思った、だからお前が俺の課題をクリア出来るならば3人まとめて合格にしてやる、その代わりもし失敗したらお前は二度とうちの劇団に近づくな、つぶ子との連絡先も消去しろ、それが条件だ、どうする?」
突き放すような声でおでんはそう言った。
意図は読めないが、俺を追い込みたいという事だろう。
そもそも花狂魔のオーディションは1回きりであり、4度も受ける事が出来たのはジョリーさんのコネのおかげだった故に、その宣告も当然の事だったが。
「・・・いきなりキツイ条件突きつけて来ましたね、監督、俺は今まで、凡人なりに精一杯の演技で応えてきたつもりですが、やっぱり、俺みたいな1色の色鉛筆しか持ってない人間には、役者としての存在価値なんて無いって、そういう事でしょうか・・・」
「ふん、お前に才能があるか無いかなんて俺には見分けはつかないし、劇団以外での〝仕事〟ならこれまで通り付き合うさ、でもこの劇団は俺の〝趣味〟だ、人を心から感動させるような、そんな〝本物〟を作る為の場所だ、だから演劇に本気になれないやつは要らない、お前の演技には本気を感じない、所詮はアイドルの腰掛けの演技だ、アイドルなんて所詮は馬鹿な女を騙して金を巻き上げるだけのホストと同種の阿漕な商売、芸術でも芸能でもない、ジョリーとは友人だからお前には甘い顔していたけど、本当はお前みたいな顔しか取り柄の無いクソガキ、見ていると虫酸が走る程嫌いだったんだ、だから選べ、ここで全てを賭けて本気の演技をするかをな」
「ちょっ、パパ!!、それは言い過ぎだよ、キキくんだって頑張ってるのに!!」
つぶ子は怒った風に父親であるおでんに詰め寄るが、俺はそれが俺の本気を引き出させる為の仕込みと理解しているので全く気にかけずに思考に没頭する。
俺の子役キャリアは10年ある。
でもそのうちの最初の4年間はひたすらに母親が病んでいて、そして俺は病的に演技のレッスンをして「出来なければ叩かれる」という苦痛だらけの記憶であり、汗と血と涙だけで作られた、今思えば地獄のような日々だった。
だから俺には幼い頃から才能にも家族にも恵まれてオーディションでも負け知らず、常に勝ち組の人生を歩んで来たようなつぶ子やその仲間たちのようには逆立ちしてもなれない。
だって心が既に、演じる事に対してこてんぱんに打ちのめされているからだ。
そして俺の目標は役者になる事では無くトップアイドルになる事だ、だから別に、花狂魔に入れなくても、つぶ子との交流の一切を禁じられても特に俺にとって不利益とは思わなかったものの。
それでも、アイドルの腰掛けだった子役時代に俺に仕事をくれたおでんに対する恩は尋常なく感じていたし、それに本気でトップアイドルを目指すのであれば、一流の人間だけが集まる役者の登竜門である花狂魔への所属はマストでベストな選択になるだろう。
だから無茶ぶりとか理不尽とか以前に、俺にとっては俺の目標を叶える上で避けては通れないという結論だけが存在していた。
俺はケイとゼンの顔を見て訊ねた。
「すまん、俺のせいで不合格になるかもしれない、二人とも1週間すごく頑張ってくれたのに、それでもいいか?」
「・・・まっ、所詮俺らはあのおっさんの言う通り、ただのアイドルだからな、だったら落ちても本業で頑張るってだけの話だろ、元々ダメ元って話だしな、でもお前のせいで落ちたら俺がセンターだ」
「え、ちょっとキキ、何弱気になってるの、僕らの頑張りを無駄にしないでよ、普通に許さないし、それに、キキにはキキだけの武器があるんだから弱気になる必要も無いよね」
「・・・俺だけの、武器?」
「なんだお前、自分の武器も気づいてなかったのか?、まだグループ組んで1週間の俺でも気づいてるっていうのに」
俺の演技は凡人のもので単調で視聴者を感動させるような没入感も表現力も無い。
そんな俺に一体どんな個性があるのか、俺には分からなかったが。
しかし、演技初心者の二人だからこそ、上級者では気づけないような、演技の沼に浸かっている人間には見えないようなものが見えていたという事だろう。
ゼンは俺にこう答えた。
「なんというかさ、茂木田つぶ子や、その他の〝天才〟と言われるような役者さんも全部、〝役〟に入り込んでいるっていうか、それは〝役になった役者〟であって〝役者が演じる役〟じゃないんだよね、だから見ていて思うんだ、〝この役、この役者さんじゃなくてもいいな〟って」
役が役者を作るのか、役者が役を作るのか。
まるで禅問答のような例えだが、言わんとする事は分かる、だが役者としてそれを否定していいものなのだろうか。
「でも、それって普通の事じゃないのか、完璧に役を演じる事、それこそが演技の理想であり、表現の究極なんじゃないのか」
それに今度はケイが答える。
「かもな、俺は演劇の事なんて分からないから何が正しいとは言えないけどな、でもキキ、お前はそんな、〝人を泣かせたり笑わせたりする為〟の演技じゃなくて、〝お前が泣いたり笑ったりする演技〟が出来るじゃねぇか、お前が心から感情移入して、〝役〟じゃなくて〝お前〟の感情で泣いたり笑ったりする演技が出来るじゃねぇか、あくまで俺の意見だけどよ、この二つに優劣なんて無い、だって役っていうのは人間が演じるものであって、その人間という〝個性〟を、役から感じられてもいいんだと、俺は思うからだ」
「──────────っ」
言われて俺は気づいた。
何故俺は色鉛筆でしか感情を表現出来ないのか。
何故俺が逆立ちしても天才に追いつけないのか。
それは俺という人間の人生が欠落し、感情もまた欠落していたからだ。
俺には親の愛も、幸せも、人生の楽しみも、何一つ無い。
ただ客観的にそこそこ恵まれない生活をしていて、客観的にそこそこ不幸な生い立ちをしていて、そして客観的に叶えないと虚しくなるような大きな大きな目標を持っているというだけの、運命の奴隷のような人間だからだ。
だから機械的な喜怒哀楽しか表現出来ないし、普通の喜び、絶頂の喜び、ささやかな喜びの違いを区別する事も難しい。
その事に俺は今になってようやく気づいたのだが、だが果たしてこの気づきには意味があるのだろうか。
「・・・俺は、機械みたいな、道化みたいな、そんな人間性だ、他人の悲しみには同情出来ないし、他人と喜びを分かち合う事も出来ない、そんな俺が、一体どんな演技を出来るって言うんだ」
それに対してゼンは、呆れたような口調で俺に答えた。
「はぁ、やっぱりキキってばかなんだね、ま、ボクらと違って偏差値低いし当然か、別にね、キキは特別な演技をする必要なんて無いんだよ、だってキキの人間性自体が、既にそこらへんの天才ちゃんなんかよりずっと特別って話なんだからね、だからキキは、キキが思うままにキキという人間を通して見た世界を表現すればいい、それがきっとオンリーワンでナンバーワンのキキだけの演技になるんだから」
「・・・俺が、特別?」
「ま、俺にどれだけ煽られてもポーカーフェイスでマジレスしたり、いきなり夜まで居残りしても付き合ったり、深夜にいきなり電話しても文句言わずに付き合ってくれる奴なんて、どう見ても頭のネジの外れた異常者だな、特別って意味ではスーパースペシャルと言っていい」
「いや、それは、一応リーダーじゃないけど俺がセンターだし、今回の指導役も俺が任された訳だし」
「責任感が強いのはいい事だけど、何事にも限度はあるからね、僕が演技の参考になる動画欲しいって言ったら、夜なべして映画の切り抜き動画とか作ってくるんだもんね、それを平然とやってくるとかイカレ具合ヤバすぎてびっくりしちやったよ」
「ああ、俺も口ではジョリーさんの個人レッスン受け入れるつもりだったけど、お前見たらその気は失せたぜ、頼むキキ、これからもお前一人がジョリーさんのお気に入りでいてくれ、そして俺とゼンが掘られないように守ってくれ、そしたらお前が一生センターでいいし、お前がリーダーでもいい」
全く意図しない所で俺はケイとゼンの尊敬を集めていた事に驚きつつも、俺はそれに応えてやった。
「俺たちで決める事でも無いが、まぁ頼まれた仕事なら引き受ける・・・もう一度聞くが、俺のせいでオーディション落ちても許してくれるか」
「は?、許さないが」
「ちょっとここまでのやり取り台無しにしないでよ!」
と、俺がダメ元で挑戦する事は二人とも許してくれなかった。
「でも俺、空っぽの人間だし、俺の自我を出して演技しても、多分まともな演技になんてならないと思うんだが」
「それでいいんだよ、別に沢山の人間を泣かせたり笑わせたりする事は必要じゃない、もっと大切ものは他にあるよね」
「・・・?、人を感動させる事より大事な事が他にあるのか?」
「・・・ま、お前みたいな馬鹿は、言葉で説明するよりも、実際にやってみた方が早そうだな、なぁキキ、お前は俺の演技を見た時に、泣いたり笑ったりしたのか?」
「いや、それは・・・、でも、なるほど、お前らの言いたい事、ちょっとだけ分かった気がする、上手く言語化は出来ないけど」
「ま、今言葉にしたらきっとそれは馬鹿なキキの頭でっかちな理屈が先行してただの嘘になっちゃいそうだからね、だから先ずは演じてみて、それで感じてみるといいよ」
「・・・分かった」
正直、受かる気はしないし、演技の事を好きになった訳でもない。
でもその時俺は初めて、新しい事を試してみたいという挑戦と好奇心を持って、演技に取り組もうと思ったのだ。
こういうの、某サッカー漫画的には挑戦的集中と言ったっけ。
俺はこれまでの自分の殻を破るようにして一歩踏み出して、おでんに告げた。
「監督、やります、お題を教えてください」
俺たちのやり取りを黙って聞いていたおでんはそこで俺に淡々とお題を告げた。
「お題は〝今まで誰もやった事の無い演技〟だ、出来るか」
それはまるで、俺の内面を見通しているかのようなお題だった。
今日一番の無茶ぶりだったが、不思議と俺はこのお題に対してやってみたいという積極性が湧き上がる。
自分だけの演技、それは即ち〝今まで誰もやった事の無い演技〟になるだろう、俺は頭の中でやろうとしていた演技の脚本を組み立てて、役に入り込む事も無いまま、自然体で演技に入るのであった。
「『ジョリボーイズ』所属、乾拭キキ、イキます!!」




