10.オーディション当日
「それじゃあ今からオーディションを始める、受験番号とかはない、こちらがお題を出すから、それを演じたい奴が手を挙げて舞台に上がれ、以上だ、それじゃあ最初のお題は──────────」
運命の土曜日『劇団花狂魔』の劇場にて花狂魔の劇団員である進行役の男はティッシュ箱から一枚のクジを引いて、それを読み上げる。
「最初のお題は、〝見た奴を高確率で泣かせる演技〟だ、出来る奴いるか?」
「え?」
「は?」
「おいおい、難しいとは聞いていたけどこれは無茶振り過ぎるだろ、出来る奴いんのかよ」
どうやらオーディションの内容とはクジから引いたお題に対して、志望者がそれを演じるというものであり、つぶ子の言った情報は間違いでは無かったものの、完全に的中したとは言えないようなものだった。
そしてそれは今までのお題と比べても不確実で不安定という点で受験者からしたら博打要素が強いものであり、俺を含めたほぼ全員がそのお題に対して困惑していたのであった。
しかし進行役の男はこちらの心境に構わずにこう言うのであった。
「どうした、いないのか?、実はティッシュ箱に入ってるくじはこれだけで、〝次〟は無いかもしれないぞ」
そう言われて俺を含めた何人かは手を上げようと葛藤する。
花狂魔のオーディションの過酷さを知っている人間からすれば、それが脅しでは無いと理解していたからだ。
だがだからと言って勝ち目の無い戦いで一度しかないチャンスをふいにするのもやはり気が引けるのだろう。
俺を含めた数人のベテランは葛藤の中で手を挙げるか迷いながら周囲の反応を伺うのであった。
「高確率で泣かせる演技、悲しみの表現だけならば、1色の鉛筆しかない俺でも表現出来るだろうが、しかし・・・」
悲しい演技と泣かせる演技は別物だ。
仮に葬式で泣いてる他人や、公園で泣いてる子供を見ても、それに感情移入する事は出来ないだろう。
だから1色の色鉛筆、それを使ってどんな演技を表現すれば泣かせる程悲しい演技を表現出来るのかと俺は思考に励んで、恐らく他の人間も同じような事を思考しているのだろう。
しかし俺が自分の演技を組み立てるよりずっと早く、1人の女が手を挙げたのであった。
「はい!、『ブルーツープロダクション』所属、青木ゆい、行きます!!」
女が演じたのはマッチ売りの少女だ。
特に脚本に捻りを加えた訳でも無い、普通のマッチ売りの少女。
だがその卓越した演技力で、極寒の地で特に救いもなく野垂れ死ぬ少女という同情せずにはいられないようなそんな生き様を、女は完璧に演じたのであった。―
俺はそれを見て、天才の演技とはやはり何の変哲もない脚本でさえ一流の悲劇に変えるような、そんな残酷なまでの表現力なのだと、俺たちは演技力の暴力という理解らせを受けたのである。
女の演技はその場の全員を魅了していて、そして女が演技を終えると同時に受験者から自然と拍手が向けられたのであった。
「オーケー、演技終わった人間から帰っていいから、じゃあ次のお題は──────────」
青木ゆいは演じ終わると興味無さそうに劇場から退出していき、そして司会の男は次のお題を読み上げるのであった。
俺はそこで試験官的には今のはどんな評価をしているのかと思って試験官席に目を向けると、そこに座っていたつぶ子と目があって、笑顔で手を振って来たのでそれに返すように頭を下げる。
・・・まぁ、あまり期待は出来ないが、つぶ子が試験官なら多少の採点の贔屓はして貰えるかもしれない。
そんな風にポジティブに考えつつ、隣に立つケイとゼンの様子を伺った。
「お題は当たらずとも遠からずと言った所だが、どうする、いけそうなお題とかあるか?」
「俺は予定通り、〝1番かっこいい演技〟に全ツッパする」
「僕も喜怒哀楽を試される演技じゃないから、予想より簡単なお題で安心したというか、緊張せずに済んでほっとした感じだし、お題次第ではいけそうかな」
「思ったより緊張とかしてないんだな、オーディションとか初めてだろう?」
確かケイもゼンもスカウトでありオーディションの経験は無い、だからこれが初オーディションだろうし緊張するのが当然だと思っていたのだが。
「?、何を緊張する必要なんかあるんだ?、別に、これに落ちても人生で困る事なんて何もないだろ?、だって俺たちはアイドルだし、そもそも舞台とかどうでもいいんだから」
「いや、ここで受かっとけば人生安泰って話ではあるけどね、でもまぁ、別に僕も演技には感動したけど、役者に興味あるかと言われたら別にって感じだし、寧ろさっさと終わらせて帰りたいかな」
「・・・逸材だなぁ、お前ら、メンタルクソ強過ぎるだろ」
受験4回目になる俺ですら未だに緊張して嫌な汗が滲んでるというのに、二人はたった1週間練習しただけの自分の演技を披露したくてたまらないとでも言うような期待感に溢れていて、演じる事に対する恐怖や緊張感なんて微塵も無い。
その様子を見て確かにこいつらはジョリーさんが見出した逸材なのだと俺は納得しつつ、どんなお題に参加するかを思考し続けるのであった。




