死神
死のうとしていた。
止める者がいた。そのひとは死神だと名乗った。
なぜ死神が死ぬのを止めるのか?と聞くと、
死の正しい時期を決めるのも死神の仕事だと言った。
あなたはまだ死んではいけません。そういうと私の腕を取り空中へ浮かび上がった。下を見ると、先ほどの私のように橋の欄干を握りしめて下を覗いてはまたぼんやりと遠くの山を見ている者がいた。
死神に言われてそのひとの後ろに降り立った。隣の死神は半透明になり私以外には見えていないようだ。
後ろに立つ私にその人は気づいて振り返る。
死神に口を操られ私はこう言った。
死にたいのですか?
‥‥
目には力が入っていないけど睨まれている感じがする。半分開いたままの口元から息を吐く音がした。
死神があなたのそばへ私をよこしたのだ。そう言いたくなって死神の方を見ると指で口の上にバツを乗せている。
‥‥
私はゆっくりと言葉を探して
あなたの背中が寂しそうだったから。と言った。
(本当はさっきの私にそっくりだったからだが)
一瞬だけ目が大きく開かれた。奥の方から涙が出てきて薄い膜が張り少しずつ膨らんでいった。こぼれ落ちそうな涙を見つめていると、その人は私の横をさっと通り抜け走り去って行った。
姿を現した死神が
あの人は死ぬのをやめましたよ。と言った。
あなたの背中も寂しそうでしたよ。
私は死んではいけないのか?と聞いた。
どう思われますか?
あの人の走り去って行った方角を見つめた。
死神はそのまま消えた。
私はもう一度橋の欄干を掴んだ。下を見下ろし、遠くの山を見た。
そして、死のうとしていたはずの自分が人の命を救ったと口に出して呟いた。
その日の夜は朝までぐっすりと眠れた。安心していた。あの人も、死神も、今日の夜は闇の方へとは近づかない。
そういう安心だった。