大馬鹿令嬢と呼ばれておりますけれども
わたくしの名前はマリネット・グラメリア。
一応、この王国では王家に次ぐ力を持つ超一流の貴族、グラメリア公爵家の長女という恵まれた立場ですけれども。
社交界では大馬鹿令嬢と呼ばれておりますわ。
何故かって?
「マリネット・グラメリアよ! 今日こそ、お前との婚約を解消する!」
「え、殿下? 婚約って何ですか?」
「こ、この大馬鹿令嬢が!」
はい。
たった今、晩餐会の最中に婚約相手の第一王子・フォクシオ殿下から婚約解消を言い渡されましたが、こうやって全てを忘却したフリをすることで事なきを得ました。
絶対に婚約解消などしてなるものですか。
わたくしはフォクシオ殿下と絶対に結婚して将来は王妃になるのですもの。
絶対ったら絶対ですわ。
「殿下、婚約の意味を最初から教えてくださいませ。わたくしは記憶力が悪いんです」
「悪いにも程があるだろうが! 私と君は、幼い頃より王家とグラメリア公爵家の取り決めで婚約していたのだ! そこまでは良いか!?」
「まあ! わたくしが殿下と婚約できるなんて嬉しいですわ! 殿下のその美しい金色の髪、宝石のような緑色の瞳、整ったお顔と引き締まったお体! 初めてお会いした時からお慕いしておりました! その話、お受け致しますわ!」
こうやってすっとぼけましたけど、わたくしがフォクシオ殿下をお慕いしていることは本心ですわ。
家柄と見た目が良いだけではなく、性格もとっても優しいんですもの。
「だからな、私と君は元々婚約をしていて……それを解消することをだな」
「嬉しいですわ! ああ、夢のよう……殿下、素敵な妻となれるよう頑張りますわ!」
「はあ……もう良い……マリネット。この話はまた後日。今日は散会とする」
ほら、こうやって押し通せば婚約解消を有耶無耶にしてくれるのです。
お優しいでしょう?
フォクシオ殿下が頭を抱えながら晩餐会の会場を退出されると、わたくしに向かって周りの貴族たちが一斉に拍手と歓声を送ってくれましたわ。
「よっ! 大馬鹿令嬢!」
「今日も中々の大馬鹿っぷりでしたわね!」
「お見事です! 大馬鹿令嬢!」
皆様がわたくしに大馬鹿令嬢と呼びかけますけど、悪意はまったくございません。
社交界では、わたくしが頑張ってフォクシオ殿下の婚約解消を防いでいることは全員が知っておられます。
大馬鹿を演じているわたくしへの応援の気持ちとして大馬鹿令嬢と呼んで下さるのですわ。
え? 悪意が無いとはいえ、いくらなんでも公爵家の令嬢に大馬鹿は失礼すぎるって?
確かに最初に呼び始めたのが赤の他人だったらわたくしも怒ったかもしれませんわ。
「ふぉっふぉっふぉ! 大馬鹿令嬢よ! でかしたぞ!」
「国王陛下。お褒めの言葉、光栄ですわ」
いつの間にか国王陛下が会場に現れていましたわ。
そう、フォクシオ殿下の父君である国王陛下が最初にわたくしを大馬鹿令嬢と呼び始めたのです。
「陛下。うちの大馬鹿令嬢はいつまでもフォクシオ殿下に食らいつきますぞ!」
ついでにわたくしのお父様であるグラメリア公爵も上機嫌ですわ。
そう、もはやこの国ではフォクシオ殿下以外の全員が、わたくしと殿下の結婚を望んでいるのです。
ではなぜ、フォクシオ殿下がわたくしとの婚約を解消したがるのかって?
はて? 難しい問題でございます。
わたくしほどの家柄と教養と可愛らしさを備えた令嬢は他には居ないと思うのですけれど。
ですけれども。
「結婚式を3日後に控えた今となってはもうこの勝負、勝ったも同然ですわ!」
「うむ。結婚式さえ迎えてしまえばフォクシオも観念するであろう! 頼んだぞマリネット」
「陛下の有難くも力強いお言葉! 嬉しいなあマリネット!」
国王陛下もお父様こうおっしゃっていますし、わたくしはフォクシオ殿下が婚約解消を言い出し始めてから1年間、しのいできたのです。
きっと上手くいきますわ!
そして、ついに結婚式の日がやってきました。
この3日間、フォクシオ殿下から幾度も婚約解消を迫られましたが、大馬鹿令嬢としてのらりくらりと切り抜けてきたのですから、達成感がすごいですわ。
そして、来賓の皆様にわたくしとフォクシオ殿下が姿を見せる直前。
わたくしと殿下が対面しました。
「殿下、とてもお似合いで素敵ですわ」
仕立ての良い最高級のスーツを身に纏ったフォクシオ殿下は本当に格好良いです。
ああ、フォクシオ殿下のスーツになった羊さんと靴になった牛さんが羨ましいですわ。
「マリネット、君はとても綺麗だ。もちろんいつも綺麗だが、今日は特に美しい」
フォクシオ殿下に褒められてわたくしは顔が熱いです。
「ありがとうございます。今日は婚約を解消しようとなさらないのですか?」
「もう理由を思いつかなくなってしまったよ。すまなかった。私の負けだマリネット」
はて?
「殿下が謝る問題では無い気がするのですが」
「マリネット、もう大馬鹿令嬢の演技はしなくて大丈夫だよ」
「いえ、これは本当にわからないのですわ」
フォクシオ殿下のせっかくの美しいお顔が怪訝な顔になりましたわ。
「まさか本当に覚えていないのか? 幼い頃にした約束を」
「婚約のお話ですわよね?」
「それだけじゃない。婚約するために君が出した条件だ」
「条件?」
わたくしがそんな条件を出したなんて覚えていません。
だって幼い頃から大好きだったフォクシオ殿下と婚約できるなら無条件で大喜びでお受けするに決まっていますから。
そもそも家と家の約束ですからわたくし個人が条件を出せるようなものでもないような。
「君はこう言ったんだ。『わたくしはプロポーズに憧れていました。ですが婚約が決まってしまってはプロポーズをして頂けません。なので、一度婚約を解消してもう一回プロポーズして欲しいです』と」
「……そういえばそんなことを言ったような言わなかったような、ですわ」
大変です。わたくしはそんな無茶なことを殿下に要求していたなんて。
恥ずかしいですわ。
「だから私は1年前、この結婚式の日程が決まったときから君に婚約解消を何度も迫ってきた。色々理由を考えてね。だけどマリネット、君もなかなか手強くて、私はいつも押し切られて婚約を解消できずに今日を迎えてしまった」
「そんな。今までの婚約解消宣言が全部わたくしのためだったなんて。そんな大事なことを忘れていて、わたくしは本当に大馬鹿令嬢ですわ!」
わたくしは泣きそうになりました。
幼いわたくしの言うことを聞いてくれるフォクシオ殿下の誠実さも知らずに大馬鹿なフリをした大馬鹿令嬢。それがわたくしですわ。
「良いのさ。実を言うと私は結構嬉しかったんだ。どんなに婚約解消を迫っても、マリネットは私に愛想を尽かしたりせずに婚約を維持しようとしてくれたからね」
「むしろ殿下がわたくしに愛想を尽かさずにいてくれたことが驚きですわ。家と家の約束とは言え、こんな大馬鹿なわたくしなら本当に婚約解消を申し出ても許されたと思います」
すると、フォクシオ殿下が真剣な眼差しでわたくしを見つめてくださいました。
「王家も公爵家も関係ない。私自身が幼い頃からマリネットを愛しているのだから」
「殿下……!」
フォクシオ殿下がわたくしの手を取り、口を開きます。
「マリネット・グラメリア。君との婚約を解消する!」
「はい!」
「ありがとう。そして、マリネット・グラメリア。君のことが大好きだ。愛している。私と結婚してくれないか」
「はい!」
こうして、婚約解消からの最速のプロポーズによってわたくしたちは結婚しました。
大馬鹿令嬢は今、馬鹿みたいに幸せですわ!
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