第07話 かえってきたおとこ
始まりは一発の凶弾だったと後世で歴史学者達が激論を繰り広げた。
建国記念日の祭典で第三皇子を狙った教団法王国の使者だったと宮廷画家達によって描かれた。
幼き死者を悼む想いは戦火を生み、やがては大陸全土へ続くだろうと数学博士が導きだした。
その知らせを聞いた皇帝は重い腰を上げ帝国に仇なす敵国への報復としての戦争を宣言した。
戦場で引き裂かれた哀れな少年少女の小夜曲をご覧あれ
戦場で敵の攻撃を受けた俺はあの日、敵の捕虜となった…そしてそこで俺は女神に出会った。
彼女は重傷を追っていた俺を献身的に看病してくれて彼女のお陰で生きている意味を知った…だが運命な非情だ、捕虜交換が愛する2人を引き裂いた、俺はバルトラント帝国兵で、君はセントルイス神聖法王国兵だ。だがそれが何だ!それでも君を愛している、もう一度君に逢いたい、最前線で医療従事者として働く君の事を俺が守ろう、だから俺も最前線で戦う蒸気兵乗りになろう。あそこに居るツインテールの奴が隊長か…最初が肝心だ、ビシッっと挨拶しないとな…
「失礼しますッ!本日付けで第13蒸気兵小隊に配属されました、俺の名前は…」
「うるせぇぇぇッ!!お前の名前なんかどうでもいいんだよ!アタシは報告書まとめるので忙しいんだ!お前の名前なんかスカー(傷痕)で充分だ!いいかスカー!アタシが良いと言うまで訓練場をマラソンしていろ!判ったらさっさと行け!それともケツの穴をもう一つ増やして欲しいのか!!」
長いデスクワークに疲れ目の下にくまを作って癇癪を起こしたアーニャが腰の小銃に手をかけたのでスカー呼ばれた少年兵は命からがら転げ出るように訓練場に向けて走り出した。
その姿を目で追うと次なる犠牲者と思われし少女が待機所に入ってきた。
「ドゥフフ…アーニャ殿〜補給物資のおやつでゴザルよ〜って、今知らない子が慌てて出ていったでゴザルが何かあったのでゴザルか?」
ウェーブの入った栗色の癖っ毛にソバカス、そして分厚いメガネが特徴的なアーニャと同室でパートナーの砲撃手ナターシャ・ロマーニアがアーニャの癇癪で散らかった待機所の様子を確認する。
「よく分からねぇが、確か新しく配属されたスカーって名乗ってたな」
「ドゥフフ…スカー君でゴザルか、なかなか危険な男っぽくて拙者の萌えポイント高いでゴザルな」
「相変わらずお前の趣味はわかんねーな。それよりナターシャ、次の出撃予定はいつだったけ?」
「今日は特に無いはずでゴザルが……アーニャ殿どうかしたんでゴザルか?まさかまた前線に行くとか言い出さないでゴザルよね?拙者嫌でゴザルよ、楽して働かなくてもいい、そんな楽な仕事で給料が欲しいでゴザルよ」
「アタシはずっとデスクワークでイライラしてるんだよ、こんな時は前線に出てストレス発散するに限るだろ!」
「駄目でゴザルぅぅう!!!そんな事したら拙者がまた隊長と副長に怒られるでゴザルー」
「今はアタシが隊長代理で、お前が副長代理だろ!コッソリやっちゃえば行けるよ、先っちょだけだから大丈夫、なぁ良いだろ」
「ダメでゴザル〜ダメでゴザル〜先っちょとか意味わからないでゴザルよ~」
アーニャとナターシャの2人が掴み合いの言い争いをしていると待機所の扉が開きフランが飛び込んできて、2人を見るなり悲壮な表情になり機械的な動きで散らかった事務机に座り2人に語り掛ける。
「ア、アーニャ悩みが有ったら私に言ってね、この部屋も私が片付けて置くから、そ、その…無理やりはダメだよ、ちゃんと2人で話し合って仲直りしてね、そ、その本当にケンカはダメだよ」
動揺しながらフランは机の上を手早く整理するとアーニャが途中だった報告書作成を始めた。
残されたアーニャ達はお互い顔を見合わせると逃げるように訓練場に向けて走り出した、後に残されたフランは深いため息をついた。
「はぁ~~知らなかったな、あの2人がそんな関係だったなんて……あれ?でも確かアベル君ってアーニャの事が好きなのよね…それって…もしかして三角関係!?︎え?じゃあ私はどうすればいいの?あの子達の部屋の中はどうなってるのよ、もう私のバカ、なんで気付かなかったのよぉ〜」
フランの勘違いの妄想は続く…
雲ひとつない晴天の訓練場では、運悪くアーニャのもとを訪ねてしまった少年少女が気怠そうに走らされていた。走りながら少年少女たちは愚痴をこぼし合っていた。 アーニャ・クルチバ軍曹が隊長代理に着任してまだ数日しか経っていないが、既に彼女の悪名は轟いていた。
曰く、無茶苦茶な命令を出す。曰く、書類仕事をしない。曰く、銃の整備不良の報告をした兵士に怒鳴って殴ろうとした所を副長代理のナターシャ・ロマーニア軍曹に止められた。等々だ。その中の一人、スカーと呼ばれた赴任したばかりの少年は地面に手を付き肩で息をしていた。
「ぜぇ……ぜぇ……クソが……何が訓練場を走って来いだよ、こないだまで俺は病院のベッドで寝ていて、ようやく起きたばかりなのに死ねと言ってるようなもんだろうが……あんな粗雑な女が隊長だなんてふざけんなよ!」
「あの…大丈夫ですか?あちらの木陰で休んだほうが良いんじやないですか?もし良かったら私が肩を貸しますよ」
不意に背後から声をかけられ、スカーが声の主を確認するようと見るとそこには美しい金髪を短く切り揃えた少女が心配そうな目でスカーの事を見ていてスカーはその視線に耐えられず顔を背けた。その行動に驚いた少女だったが直ぐに笑顔になるとスカーの腕を掴み歩き始めた。
スカーは腕を振りほどこうとしたが余りにも華奢な見た目からは想像出来ない力強さに抵抗を諦め、されるがままになった。
「そ、そんな俺みたいな傷だらけのブサイクがあなたの隣にいたらみんなから笑われます」
「そんな事ないですよ、とても男らしいお顔ですから、そんなに卑下しないでくでさい」
「美しい…あなたは…女神が降臨なされたのですか?」
「??」
「あっすいません、俺は今日配属されましたスカー…じやない…否、スカーでいいです、気楽に俺の事はスカーと呼んでください」
「うふふ、スカーさんというのですね、面白い方、私はユーリ・ペトロフです、スカーさんは、あちらで休んだほうが良いですから、私の肩に掴まってください」
そう言うとユーリはスカーの腕を取り木陰へ向けて歩き出す、スカーは間近に見るユーリの甘い香りと長い睫毛、そして綺麗な横顔を眺めていた事をユーリに気づかれそうになり視線を外すと今度は軍服の隙間から少女兵特有の薄い胸板が見えてしまい真っ赤な顔で慌てて目をそらす。そんな事とはつゆ知らずにユーリはスカーに優しく微笑むと木陰へ到着するなりスカーを座らせ水筒を手渡した。
バクバクと早鐘を打つ心臓を落ち着かせるためスカーは受け取った水を一気に飲み干し、一息つくとユーリが隣に座ってきた為、再び緊張してしまう。
暫く沈黙が続く中、先に口を開いたのはスカーだった。スカーは自分の生い立ちを話し始める。自分は孤児院で育ち、親の顔も名前すら知らない孤児であると話す。話を聞き終えたユーリはスカーの手を取ると両手で包み込むように握りしめてきた。スカーは突然の出来事に驚き硬直しているとユーリは少し悲しげな表情になり呟いた。それはまるで祈るような姿だった。
一方その頃、待機所から逃げてきたアーニャとナターシャが訓練場にやって来た。
「ふぅ~フラン隊長が何か知らないが仕事を変わってくれたおかげでなんとかここまでこれたが、これからどうするか……」
「ドゥフフ…それよりも同士アーニャ殿、これを見るでゴザルよ、あの2人いい雰囲気だと思わないてゴザルか?」
ナターシャがアーニャに双眼鏡を手渡し訓練場の一角を指差す。
「あ?あれはユーリと…何だっけ…ああスカーか!アイツら勝手にサボりやがって」
「同士アーニャ殿はあの2人を見て何も感じないでゴザルか?拙者のセンサーにはあの2人から発せられるラブなオーラがハッキリ見えるでゴザルよ」
「そうか〜?」
「そうでゴザル!拙者の目に狂いはござらんよ!」
「アタシには年中お前が狂ってるようにしか見えないが…お前がそう言うなら他の奴と同様同室になるように隊長に進言してやるよ」
「ドゥフフ…面白くなりそうな予感がビンビンでゴザル♪」
「まぁ良いけど…おーい!全員集合!!マラソン止めー!!」
アーニャの掛け声に訓練場を無意味に走らされていた全員が崩れ落ちるように倒れた。
スカーの心臓は再び喉から飛び出るのではないかと思うほど鳴り響いていた、それはあの粗雑な女隊長が俺の部屋割りを発表してきたのだが、なんと!ユーリと同室じゃないか!もはやこれは運命の導きとしか思うほかない!しかも急遽決まった事なのでベッドの数が足りず今夜はユーリと同じベッドに寝る事になるというのだ、スカーはこの時だけは少年少女軍法、一つ、軍隊において少年少女は全て共同で生活すべし、この一文に感謝をした、だがしかし、俺には今は敵味方に分かれてしまった医療従事の女神のために最前線に出ると誓った男として譲れないものができてしまっているんだ。今夜、君の誘いに俺は何て答えたらいいんだ!教えてくれ神よ!頼むから助けてくださいお願いします神様仏様女神さま!!!
「あの…スカーさん?スカーさん大丈夫ですか!?」
「え?あっはい!大丈夫です、俺は全然平気ですよ」
邪な考えをユーリに悟られたのではないかと心配したスカーは慌てて返事をする。
ユーリはそんなスカーの様子に首を傾げながら話を続ける。
「それなら良かったです、それじゃあ今日はマラソンでいっぱい汗をかいたから、いっしょにシャワーを浴びに行きましょう、せっかく同室になったのだからスカーさんのお背中流してあげますね」
「いっしょにシャワーッ!?………はぃ……よろしくお願いします…」
こうしてスカーは戦場に出れば死んでいたかもしれない命を助けられ、更には意中の少女の裸体を拝めるという幸運に恵まれた。
ああもう今日死んでも悔いは無い、彼女が俺のことをこんなに求めてくれているのに敵国の売女風情と眼の前にいる女神を比べていたなんて俺は何て馬鹿なんだ、彼女に今夜、俺の気持ちを伝えなければ絶対に後悔するぞ!よし決めた、俺、ユーリさんと結婚するんだ! そんなスカーの決心を知らないユーリは共にシャワールームへ入る、シャワー室には他に何人もの少女兵が肌を晒していたがスカーの眼はなんの警戒もなく衣服を脱ぐ彼女だけを目で追っていた、すらりと伸びた脚線美、そしてその細い腰つきに視線が釘付けになっていた。
「スカーさん大丈夫ですよ、身体の方にも傷痕があって恥ずかしいのでしょうけど笑いませんよ」
「えっ!?あ、そ、そうだね」
そんな時ユーリに声をかけられた事で我に返り慌てて後ろを振り向くと服を脱ぎ始める。そこで見るスカーの身体に刻まれた無数の古傷にユーリは思わず息を飲み少し目を伏せると自分の胸元とスカーの古傷を何度も見比していた。背後からの視線にスカー何を言ったらいいのか判らず黙っていた。沈黙に耐え兼ねスカーが声をかける事でユーリは現実に戻されるとスカーの手を取りユーリが先に浴室に入りスカーは後を追うようにして浴室に入ると、そこにはまるで天使のような美しい少女がいた。真っ白な薄い胸板にピンクの乳首と可愛らしい小さなへそ、そして下腹部に付いている………
ん…?付いている…??
スカーは思わずユーリの顔と下腹部の付いている見慣れた器官を交互に見比べてしまう。
「あ、あのスカーさん、そんなじっくり見ないできだいさい、恥ずかしいです」
ユーリは恥ずかしそうに顔を赤くしながら両手で大事なところを隠そうとしていた。
スカーはその仕草を見て自分がとんでもない勘違いをしていた事に気付き、恥ずかしさのあまり顔から火が出るのではないかと思うほど真っ赤になった。
それからスカーはユーリに背中を洗われる時、自らの背中に時折触れる小さなユーリのアレを意識してしまい、自分の分身たる股間が元気になるのを抑え込むために必死に心を落ち着かせようと努力していた。
「女神様、私は貴女の愛を疑いました、悔い改め2度と貴女の愛に背かない事を誓います、ですから、この邪心を払い給え、なにとぞ…なにとぞ…貴女の信徒でいさせてください…」
その夜も同じベッドでスカーの背中に寄り添うユーリの体温を感じながら必死で念仏を唱えるように無心になろうとしているスカーの姿をアーニャとナターシャが隠れて盗み見ているとは気付ける訳も無かった。
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