第04話 きみのなは?
始まりは一発の凶弾だったと後世で歴史学者達が激論を繰り広げた。
建国記念日の祭典で第三皇子を狙った教団法王国の使者だったと宮廷画家達によって描かれた。
幼き死者を悼む想いは戦火を生み、やがては大陸全土へ続くだろうと数学博士が導きだした。
その知らせを聞いた皇帝は重い腰を上げ帝国に仇なす敵国への報復としての戦争を宣言した。
戦場で引き裂かれた哀れな少年少女の小夜曲をご覧あれ
森林地帯を抜けた平野に作られたセントルイス神聖法王国陣地にて数体の蒸気兵達が砂煙を立てて全速力で走っていた。
「走れ!走れ!走れーッ!!己の魔力の限界を超えてみせろッ!」
ピンク色の練習機体『ピット』へ搭乗する少年少女兵達に拡声器を使い命令を叫ぶ隻眼の少女兵アイシャ・カワイス、11歳の少女でありながら最年少の歴戦パイロットの猛者であるが今は先日の戦闘で負傷し片腕と片足に傷を負い、痛々しい包帯を巻かれ松葉杖に小さな体重を預ける姿となっていた。そして傍らに佇む眼光鋭き長身の男、神聖法王国の若きエースパイロット彼の名はリカール・マキューラ、階級は特務少尉、仲間からはハイランダーの名で呼ばれている。
彼は今年22歳で貴族階級の立場にありながら前線に立つ変わり者だが、戦闘では誰よりも勇敢であり、また冷静沈着である事から部下からの信望も厚い男であった。先日の任務で多くの仲間を失い、たった一人で生き残ったが敵新型の発見により特務部隊として再編成されたばかりの新生『第666小隊センチュリオン』を率いることになり、今は新型機ドミニオンのパイロットの選抜に立ち会っていた。
「アイシャ、貴様は新型の時計ウサギの方をどう思う?」
部隊長であるリカールの問いかけがアイシャの頭上より降り注いだので腕を組み少し考えてから答えた。
「あの新型ですか?性能だけ見れば確かに恐ろしい相手です……強襲型はゴブリン、ホブゴブリンを相手にするにはスピードで有利ですが強襲型より早いウサギでは相性が悪かった、それゆえに敗れたと思います。その事が判って対処するなら重装甲が売りである闘士型ドミニオンならばウサギの牙も届かず首を刈られずに狩る事も可能だと思わっております。」
「ふむ……だがウサギの足は速い、それゆえ相性の悪い闘士型とは組み合わないと予想されるが、それにはどう思う?」
「笑止ッ!時計ウサギはアリスと共にあるがゆえにジャバウォックはアリスを襲えばウサギも必ず守りに来ましょう」
「ふっ…それではトランプ騎士団まで出て来る勢いでは無いか、まぁいい、だが参考になった、いったん兵を休ませろ、過剰な訓練は悪影響に繋がる」
「了解しました!…全体止まれーッ!!いったん小休止だーッ!全員休めーッ!」
アイシャの言葉と共に崩れ落ちるようにピットの機体が倒れ込み兵士達が歓声を上げた。その様子を見てリカールは満足そうにうなずいた後、アイシャへと視線を向けた。その表情には僅かな憐みの色があった。その事に気づいたのかアイシャは不機嫌そうな顔を浮かべて言った。
「なんでしょうか?ハイランダー」
「それとアイシャ、お前も治療の時間だ!医務室に行ってこい!」
「このような傷、たいした事ありません!それよりも、私は……」
アイシャは一瞬何かを言いかけたがすぐに口をつぐんだ。彼女は上官であるリカールを慕っていたが自分の立場を理解していた。そんな彼女の頭をポンと叩きリカールは言った。
「心配するな、私はあそこで散った若者たちの為にも簡単に死ぬわけにはいかないのだ、だからお前も早く傷を治して前線に来てもらわないと困るのだ」
そう言うとリカールはアイシャを抱きかかえ医務室に向けて歩き出す、それを見ていたピットに搭乗していた少年少女が囃し立てるように叫んだ。
「きゃーっ!?お姫様抱っこー♪聖騎士様、私も抱いてー♪」
「羨ましいぞーッ!このロリコン野郎ーッ!」
「俺にもやらせてくれよーッ!」
アイシャは顔から湯気が立ち上るほど真っ赤になりながら叫んだ。
「ばっ馬鹿者ーッ!誰がロリコンだーッ!貴様らーッ!上官侮辱罪で午後の訓練は地獄を見ると思えよーッ!うぎゃーッ!!」
普段大人ぶって見せていた少年少女たちの年相応の反応にリカールは苦笑しながら医務室に歩いて行った。
基地から離れ森の中にひっそりと佇む医務室と言う名の白いテントの中に入るとそこには野戦病院のように負傷者が寝転んでいた。アイシャをそっと降ろすとリカールは医師に声をかけた。
「すまない、アイシャにいつもの治癒魔法と薬を…って何だねこれは?」
テントの中は大型の獣が暴れまわったのかと思うほどの荒れようで、リカール達の訪問に気づいた修道服を着た医療兵の少女が苦笑しつつ答える。
「ごきげんようハイランダーさま。先日の作戦でこちら側に回収されたバルトラントの負傷兵に治療行為を行おうとしました所、拷問するのか!って大騒ぎで大変だったんですよ。こっちは先日の作戦で怪我人だらけなのに…さっき鎮静化の魔法をかけてようやく落ち着いてそっちでおとなしくしてる所ですよ」
少女の視線の先にはベッドの上で包帯ぐるぐる巻きのミイラ男のようにされた少年兵が横になりリカールを睨みつけていた。
「少し彼と話しても構わないか?」
リカールの問いかけに医療兵の少女は小さく頷き
「また暴れられると迷惑ですから、あまり刺激を与えないでくださいよ」
「さて少年、まずは君の名を教えてもらおうか」
「…………」
少年は無言で睨んでくるだけだった。リカールはその態度を見てため息をつくと少年の眼をまっすぐに見据える
「喋る事が出来ないほどの怪我なのかな、それとも私の事が嫌いかな?」
「何を聞かれても軍の秘密をしゃべる訳がねぇだろ!どうしても聞きたければ、拷問でもすればいいじゃないか!」
「何を勘違いしているのか判らないが君のような末端の兵から聞ける情報程度に我が軍は期待はしていないな、それとも君たちバルトラントでは末端の捕虜相手に退屈しのぎで拷問をしているのかね?」
「ぐっ……」
「まぁ良い、私の名前はリカール・マキューラ、皆からはハイランダーと呼ばれている者だが、まず君の名を教えて貰えるかな?」
「名前なんか教えるか!俺はお前みたいな偉そうな奴の言いなりにだけは絶対にならない!」
少年が唾と共に吐き出した言葉を聞きながら、しかしリカールの心は不思議な高揚を感じていた、その感情を押し殺しながら彼は続けた。
「では身元不明者ジョンと呼ぼうか、それではジョン、医療従事者への迷惑行為は良くないな、彼女たちはセントルイス所属ではあるが君たちのような負傷兵を見つければ介抱しなければならない中立の立場にある、それはわかるね」
「うるさい!俺が怪我したのは誰のせいだと思ってんだ!」
「ふむ、君は誰かに命令されて負傷したのかい?それとも独断行動による負傷か?この基地への侵入が目的なのかな?」
「……ッ!黙れ!」
「そうか、答えたくないなら仕方がない、それじゃあ次の質問だ。なぜこんな所で戦っているんだい?」
「そんな事聞いてどうするんだよ!俺はお前らの敵なんだぞ!理由なんかあるもんか!生きるためには軍隊に入るしかなかったんだよ!」
「なるほど、確かに君の言う通りかもしれないが、私は君が戦う事に納得がいっていない。私個人の意見だが、国同士の争いは時に領土拡大や資源の確保などの利益の為に行われる事もあるだろう。しかし国の宝であるべき君たち子どもの命が無意に失われていくのは私は見過ごせない」
「俺がガキだって言いたいのか!」
「そうだよ、まだ成人もしていない少年たちの命が失われるのは正に悲劇だ。それに君はもう十分に戦ったはずだ。これ以上戦い続けても意味はない、もうすぐお互いの捕虜交換がある、だから君はその傷を早く治すようにして故郷に帰るんだ」
「えっ…捕虜交換!?…帰れるのか?俺は…いや…でも…故郷に帰っても金も無ければ働く場所も無い…そんな…」
「だったら蒸気兵乗りになればいい!」
自分の治療を終えたアイシャがリカールと負傷兵ジョンの会話に割って入ってきた。
「蒸気兵乗りなら多少手足が欠損していても可能だ、そして短期間で兵役を終えて金が稼げる!だからお前はバルトラントに戻ったら、蒸気兵乗りになって神罰代行者たるこの私を足蹴にした、あのふざけたホブゴブリン乗りに次に戦場で会ったら私がぶち殺すと伝えろ!必ずだ!!」
突然現れ好き勝手な事を言うアイシャの言葉にジョンは目を丸くした、そして耐えきれずに笑った。その様子を見てリカールは満足げに微笑む。
「貴様ーっ!何を笑っているッ!私の事をバカにしているのかッ!!」
「それじゃあアイシャの治療も終わったようだから私たちは午後の訓練に戻るよ、それじゃあジョン、お大事に…」
医務室を後にしようとするリカールに後ろで寝転んでいた少年兵が声をかける。その顔には先程までの敵意は消え失せていた。
リカールは振り向くと少年兵の肩に手を置き 優しく語りかけた。
「ジョン、君はまだ若い、これから色々な出会いと別れを経験するだろう。辛い事も悲しいことも沢山経験する事になるとは思うが、君が生きていればきっと素晴らしい人生になる。私の言葉を良く覚えておいてくれ、君が大人になった時、再び同じ境遇で再会した時には今度は共に酒を酌み交わしたいものだ」
「リカール隊長!早く戻りましょう、帰ったらあの馬鹿どもに地獄の訓練メニューを言い渡してやりますよ!」
「いやアイシャ訓練は中止だ、さきほど思いついたことがあるんだがアリスのように装甲を外して駆逐砲を積めないものかと思ったのだ…それなら未熟な兵でも後方支援に参加できるのではないか?」
「あっ、それは良いですね!試してみる価値は有りそうです、早速取り掛かりましょう!」
「この試験運用する機体にドミニオンを使いたいが、今はそんな余裕も無いゆえ、練習機『ピット』を暫くの間、試験運用に使用し後方支援試験運用型ピット…だと長いな…そうだ!今後は『キューピット』という機体名で呼ぶのはどうだ!…だがしかしキューピットではドミニオンほど万能ではなくアリスのように丸裸と言う訳にはいかないから土煙が入らぬよう装甲の代わりに天幕で身体を覆っておいてくれ、新設部隊が正式稼働したらドミニオンで同様の事が出来るか試してみたい所だな…」
「では大破したドミニオンのパーツで使用できるものがあるか整備班に聞いて見ます」
「ふふふ…面白くなってきた…待っていろよ、前回は苦汁を舐めさせられたが最後に勝つのはこの俺だ…」
リカールたちが新たな計画を話しながらテントを出ていき、ふと見た光景に医療兵の少女は微笑んだ、少年はまるで憑き物が落ちたかのように穏やかな表情をしていたからだ。
「それじゃあジョンさんの傷の手当てをしましょう、私の手とジョンさんの手を合わせます、そうすると私の治癒力をジョンさんに受け渡す事が出来ますから傷の治りが早くなります、さぁジョンさん、手を出してください」
医療兵の少女は両手を重ね合わせると、徐々にその手が輝きと共に痛みが和らいでいき、少女の姿に女神を見た少年は思わず涙を流した。
「大丈夫ですよ、あなたの傷は必ず治しますからね、痛かったでしょう、辛かったでしょう、でももう安心です、ジョンさんの傷は必ず治してあげますからね」
「ありがとうございます…でも俺の名前はジョンではありません…俺の名前は……」
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