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第1章 第7話 全知全能

2018年 4月3日(火) 10:43




 オリエンテーションは基本的には仲良くなるためのイベントだが、一応は学校行事。教育的側面が必要になる。



 そこで学校側が用意したのが、自由研究。この山に関することをグループごとに調べ、後々ホームルームで発表するという内容になっている。



 確か俺の記憶では生態研究がベターだった気がする。この山に生息する虫や鳥、植物なんかを調べるという極普通なやつ。当然高校生が調べられることなんてたかが知れているが、まぁ所詮は遊びの延長。学校側も精度なんて気にしていないだろう。



 これが2日目から4日目の内容になっており、今日はテーマ設定の日。とりあえず散策に向かったわけだが、



「しんどい……」



 足場の悪い場所だからだろうか。開始一時間ほどで俺の足は限界を迎えていた。こんなにしんどいイベントだったか? いや、三年前の俺は見事にあぶれて一人でコテージ近くの植物観察をしていたはずだ。だが今回は違う。



 樹来紅、七海文、金間義勇、翡翠芽依、真壁淳、月長水菜の六人。つまりカースト上位グループと行動しているのだ。



 あの六人の中に俺が入る日が来るとは。人生って何が起こるかわからない。



 しかしこれが大問題。クラスカーストと運動能力は比例する。最底辺の俺ではこいつらのバイタリティにはついていけない。それは俺と同類の芽依も同じ。二人揃って列の最後尾でゾンビのようになっていた。



「芽依……大丈夫か……?」

「うん……や、ちょっと……きついかも……」



 隣を歩く芽依に小声で声をかける。メイクが薄いおかげで顔にダメージはないが、その奥には確かな疲労の色が見える。



「少しペースを落とすよう頼んでみない……?」



 芽依も俺の顔を見て似たようなことを思ったのだろう。そう提案してくるが、それは無理だ。



「ここで足手まといになるわけにはいかない……。昨日の夜、俺は全然男子と話せなかった……。これ以上悪目立ちするのは避けたい……」

「大丈夫だよ……そんなことでハブられたりしないって……。わたしはがんばって話したけど、思ってたより普通の人たちだったよ……?」


「それはまだグループが固まってないからだ……。いいか? 最初が肝心なんだ。ここで下に見られたらその関係はずっと続く……。ここで弱みを見せるわけにはいかないんだよ……」

「そんな変なこと考えなくたっていいと思うけどな……。わたしたち、おんなじ高校生だよ……?」


「同じじゃない……。同じじゃないんだよ……俺たちとあいつらは根本的に別世界の人間だ……。一生わかり合えやしない……。勘違いしちゃいけないんだ……。でも大丈夫、俺に考えがある……!」



 この戦いの厳しさをまるでわかっていない芽依に釘を刺し、俺はスマホを取り出す。そして目当ての人物にメッセージを送ると、それを確認したターゲットがめんどくさそうな顔で俺たちの方に下りてきた。



「なに? 大事な話って」



 不機嫌さを隠そうともしないのは、このクラスのクイーン、七海。この探り合いの時期でもこの態度でいられるのは、自身の立ち位置を真に理解できているからだろう。



 綺麗な顔立ちと優れたスタイル。芽依や月長もかわいいとはいえ、それはどちらかといえばアイドルのようなあどけないかわいさ。子どもらしさからくるところも大きい。



 しかし七海は完成している。自分の長所を理解し、それを最大限に引き出している。故に隙がない。現時点では圧倒的に他者よりも優れているという自信があるのだ。だがそれも所詮は同年齢としての話。物理的に三年年上の俺は欺けない。



「脚、辛くないか?」

「! ……なんでわかんのよ、きしょ」



 そりゃわかるだろ。なんせこの女、森の中を歩くというのにヒールを履いているのだから。



 三年前のオリエンテーションの記憶なんてほとんど残っていないが、なんかやたら薄着の奴がいるなとは覚えていた。ノースリーブにミニスカート、ヒール。森を舐めくさっている。



 まぁこの程度は樹来も気づいているだろうが、あいつは今七海に気を配っている余裕はない。出会ったばかりの七人グループを引っ張っていくのは大変だろうからな。幼馴染の優先順位はどうしたって下がる。



「そんで? 心配してくれてるのならありがたいけど必要ないわよ」

「いや、違う。休憩しようって話だ」



 七海が何か言い返そうとしているが、そんな隙を与えず俺は説明する。



「ここから少し脇道に逸れたところに川がある。綺麗な川だ。魚もたくさんいる。自由研究にはもってこいだし、何より泳げる。芽依に聞いたけど水着持ってきただろ? とりあえずそこで休憩しないか? って提案だよ」



 俺が言わなくてもこいつらは川に辿り着く。確か学年の中で唯一川を見つけたグループだったはずだ。勝手に危険な川に行ったことで怒られてたから覚えてる。だったら乗ってくるだろ。もう俺は限界なんだ。頼む、休憩させてくれ。



「へー、川……。いいわね、ちょっと行ってくるっ」



 思っていたよりもあっさり受け入れた七海は、笑顔を見せるとヒールでたったかと駆けて行った。七海の提案なら誰も断らないだろう。よかったー……これで休める。安堵のため息をつくと、ぼんやりとした芽依の声が耳に届いた。



「……わたし、水着の話なんてしてないよね」

「してないな」



 確か発表の時、月長と七海が水着姿で写っている写真があったはずだ。俺には刺激が強かったから覚えてる。



「それとさ、なんで文ちゃんがああいう格好だってわかったの?」

「ああいう人種は何よりもおしゃれを優先させるからな」



 怪しがっているな。まぁしょうがないか。なんせ、



「だから私に薄着と水着、持ってくるよう言ったんだ」

「まぁな。でもよかっただろ? 一人だけ浮かせるのはリア充的にはアウトなんだから」



 月長も水着を持ってきていたとはいえ、カーディガンにロングスカート、スニーカーというやはり森を舐めているとはいえ比較的動きやすい服装だった。芽依に仕掛けを打っておいてよかった。



 俺の指示が正しかったことは芽依にもわかっているだろう。それなのにどこか不服な表情を滲ませている。やはりここまで俺が詳しいことに違和感を覚えているのだろう。仕方ないな。



「全部俺に任せてくれ。必ず芽依をリア充にしてやるから」

「……うん、そうだね」



 それでも表情を変えない芽依の追及を避けるように、俺は川へと向かう脇道に逸れた。

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