第3章 第44話 必至の死と必死の止
2018年 10月28日(日) 14:29
「――それでさ、大矢が失敗したところを俺がフォローしたんだ」
「そうなんですね! ほんと主水先輩はだめな人だなー」
扉の先からリルと樹来の声がする。樹来でも俺を当て馬にするのかと少しがっかりしたが、それだけ必死なのだろう。俺の方がよっぽどクズなことをしようとしているので別に何とも思わない。
「おじゃまします」
扉が開き、リルの声がくっきりと聞こえてきた。ついで扉の鍵が閉められた音もする。厚手のカーテンなので向こうの様子は見えないが、声の大きさ的に樹来が扉側に立ち、その向かい。窓側に背を向けてリルが立っているはずだ。
「ごめんね。こんな汚いところに連れてきてしまって」
「構いませんよ。それで、お話というのはなんですか?」
まだだ。落ち着け。タイミングを図るんだ。いくらリルとはいえ、告白をされれば困るだろう。申し訳なさそうな顔をし、意識を樹来に向けるはずだ。
「唐突なのは重々承知だ。それでも伝えておきたいことがある。それくらい、俺の気持ちは本気だから」
俺の気持ちだって本気だ。だから許してくれ。
「一目惚れしてしまったんだ。あのオリエンテーションの日。俺たちを助けた君の姿が、天使のように見えた」
樹来。お前は凄い奴だ。リルの正体を天使だと見破った。同じ人間だと思えないくらい、凄い奴だ。
「もちろん友だちからで構わない。それも嫌だったら条件をつけてくれても構わない」
だから許してくれるよな。たかが失恋だ。どうせ引く手数多。リルよりかわいい人間なんていないだろうが、好きなだけ選べるんだ。だからいいだろ、これくらい。
「だから俺と、付き合ってくれ」
俺のために、フラれてくれ。
「……気持ちはありがたいです。ですが、ごめんなさい――」
ここだ――!
俺はカーテンから飛び出し、頭を下げているリルの背中に。警棒を突きつけた。
「――私には、主水さんという放っておけない人がいるので」
その完全に不意を突いた一突きは、リルの手によって阻まれた。
「っ――!」
後ろに手を伸ばし、棒身を固く握りしめるリル。とてもじゃないが振り払えそうにない。リルの動向を窺おうとゆっくりと視線を上げると、顔だけこちらを向けたリルが、俺のことをひどくがっかりしたように見つめていた。
「残念です。宣戦布告までしてきたのに、不意打ちだなんて」
身体もこちらに向けたリルが、警棒を押して俺の身体を遠ざける。このまま正々堂々戦っても勝てるわけがない。警棒を構えてリルの動きを見る。
「大矢、お前、何をやって……!」
「悪いけど樹来、お前はそこにいてくれ」
告白を手伝った奴に邪魔された樹来は、怒りにも似た困惑の表情を浮かべているが、気にしている余裕はない。それでも変わらず何か言ってきているが、リルの脳に直接届けてくる声に気持ちがいっぱいで耳には入ってこない。
『確かに誰かが見ている間は実体化を解くわけにはいきません。それにその警棒、ゲイ・ボルグですか……。これも実体化している状態なら効きます。あらゆる生物を平等に気絶させるという効果ですので。にしても、こんなものいつの間に拾ってきたんですか?』
(一度実体化したことあっただろ。その時席を外した俺は、教室には行かずに体育倉庫に向かった。落ちているこいつを拾うためにな)
二子玉と戦った時に一つも役に立たなかったこいつがようやく、って思ったが……。今回も、厳しそうだ。
(いくら宣戦布告しちまったとはいえ、奇襲までばれてたとはな。まぁ後半はずっとこの計画のことばっか考えてたし、気づかないうちに漏れててもおかしくはないか)
『あそこで唐突に包丁を取り出されたらそりゃあ、ですよ。せっかく気づかれずに持ち込めたのに。私にばれちゃだめだったものでしょう? どんだけ水菜さんのこと好きなんですか』
(好きなんじゃない。大事なだけだ。あんな馬鹿な真似、させたくなかった)
『そ、ですか……。そうだったんですね……』
なぜか一人で納得しているリル。何がよかったのか知らないがうれしそうだ。まぁもう、どうでもいいことだが。
『それと主水さん。主水さんの私対策は完璧でしたよ。頭の中が隠し事でいっぱいで、とても覗くことなどできませんでした』
(じゃあ、どうやって……)
リルは、笑う。どうでもいい、虫けらと同じだったはずの人間に対して。
『わかっちゃったんですよ。主水さんのやりそうなことが』
カンニングではなく、理解。
リルという天使は、大矢主水という人間を学んでいた。
『主水さんのことです。絶対にご両親を見捨てない。自分が犠牲になってでも助ける。ならばどうするか。立ち塞がる私を倒す。姑息に、不意討ちで。私は死にませんからね。そして私はそれをする絶好のフィールドに誘い込まれました。こんなムードもへったくれもない場所で告白する男がいますか? であれば当然、紅さんは主水さんの息がかかった人間ということになりますね。主水さん、コミュ力低いくせにたらしこむのは上手いですから。厄介厄介です。後は後ろだけ注意していればいい。するとどうでしょう。主水さんが泣きそうな顔で飛び込んできたじゃないですか。ほんとだめな人ですね。天使を凌ぐなら、もっと非情にならないと』
長々と、全てをばらされる。リルにとっては楽しかっただろうな。全部自分の掌の上で転がっていたんだから。本当に、駄目な奴だ。リルは続ける。
『しかし困りましたね。私としては、あなたをこれ以上やり直させるわけにはいかなくなりました。生き返ることを目的としていないわけですからね。観察対象としては失格です』
(だろうな)
『でも、今ならまだ間に合います。ご両親を諦め、芽依さんのところに行ってください。彼女はまだ後夜祭の相手を探しているはずです』
(ないな)
『主水さん、このままだとあなたは死ぬんですよ? あんなに死にたくないって言ってたじゃないですか』
(その痛みをあの二人に味わわせたくない)
『今まで楽しかったじゃないですか。夜遅くまで友だちと作業。苦しくも、楽しい。まさに青春のど真ん中にいたはずです。それに、私と一緒にいられ……』
「リルっ!」
俺は、月長を傷つけた。何を言われようがもう、戻れない。
「言ったはずだ。俺は覚悟を決めてきた」
「そう……ですね」
だからもう、止まれない。
(母さんたちは半月後に海外で死ぬ。だったらしばらく動けなくすればいい。脚を刺せばすぐには飛べないだろ)
「そっ……ちでしたか……。よかったぁ……」
そっち……? 何がだ? いや、俺を惑わせる気か。甘いんだよリル。
(もちろん俺は捕まる。まぁ家族を刺すような奴と一緒にいたいと思う奴はいないだろうな。当然卒業式の日は一人。いや、退学させられるか。とにかく俺の死は確定的だ)
『もちろん私はそれを認めません。今までの観察が全て無駄になるわけですから』
(だから、だ)
一度深呼吸し、告げる。
「リル、お前が邪魔だ。退いてもらうぞ」
「いいえ、退きません。私はまだあなたを手放すわけにはいかないんです」




