第3章 第39話 覚悟
2018年 10月28日(日) 11:41
「台風接近のため規模縮小して開催しておりまーす!」
暦祭最終日はスタッフとして来場者への呼びかけから始まった。
豪雨とはいかない雨が降る中、カッパを着てメインロードで叫び続ける俺。だが来場者の数が金曜日に比べても少なく、そこまでする必要があるとは思えない。だが宍戸さんが目の前で見ているので真面目にやらざるをえない。しかしそれも午前中いっぱいだ。
「それじゃあそろそろ上がります」
昼はクラスのシフトが入っている。宍戸さんにカッパを返却し、預けていた。白い折り畳み傘を手にする。
「主水、怪盗チェリートリニティの件だけれど……」
「まぁ中止でしょう。この雨ですし」
結局昨日新たに犯行声明が送られることはなく、台風のこともあってかあまり話題にはならなかったみたいだ。今さら掘り返すこともないだろう。
「くっ、悔しいわ……!」
「こればっかりは……ごめんなさい」
謝ってどうこうというわけではないが、俺には謝ることしかできない。
「本当に……ごめんなさい」
最期にそう告げ、俺は総合案内を出る。この後は昼にクラスを手伝い、午後からリル、樹来、七海とのダブルデート。そして17時44分に未来へと帰ることになっている。
「いよいよですね……」
(ああ)
隣でつぶやくリルにそれだけ返し、クラスへの道を歩く。この昼、今から1時間以内に、母さんと父さんがクラスに来る。それが母さんたちとの最期の時間だ。母さんたちは俺が未来に帰った後半月後に海外で殺されることになる。
「わかってますよね。未来のことを伝えるのは禁止です。実体化してでも主水さんとご両親の時間は確保しますので、その間にお別れを……」
(今日はずいぶん協力的だな。いや今日も、か)
「主水さん!」
昨日から俺とリルの間には少し険悪なムードが漂っている。でもこればかりは仕方ない。お互い思うところがあり、思うように行動した結果だ。謝るつもりはない。
「とにかくです。主水さんはお別れの言葉と、生き返ることだけに集中してください」
(わかってるよ)
教室が見えてきた。ここに入ればもう戻れない。進み続けるだけだ。終わりへと。
「う……!」
くそ、まただ。気持ち、悪く……!
「ぅ、え、え……!」
Uターンし、トイレで嘔吐する。だが何も出ることはない。ただの胃液の逆流だ。食道がヒリヒリと痛むだけで意味はない。
「主水さん……。今日これで四度目です。昨日の夜も芽依さんたちが作ってくれた鍋をすぐに吐いてしまいましたし、解体作業のせいで睡眠時間も2時間ほど。心身共に限界のはずです。せめて心だけでももう少し気楽に……」
「気楽になれるわけないだろっ!? 黙ってろようるさいなっ!」
思わず怒りを言葉にしてしまった。きっと個室の外では不審がっていることだろう。
(ごめん……。でもこれが母さんたちとの最後だ。それに、失敗したらまた死ぬことになる。リルにはわからないだろうけど、死ぬのってすごいストレスなんだよ。ストレスなんて言葉じゃ済ませられないほどにな)
「わかってますよ……」
(わかるわけないだろ。リルは一度でも死んだことがあるのか?)
「い、いえ……」
駄目だ。ついリルに八つ当たりしてしまう。こんなことをしたって意味なんてないのに。
(とにかく多少無理しようが、俺は行く。邪魔だけはするなよ)
「はい……」
口をすすぎ、トイレを出る。俺が母さんたちと会うのは3年ぶり。まずはまともに話せるようにしないと。それなのに。
2018年 10月28日(日) 12:56
「なんで来ないんだよ……!」
あれから1時間以上経っているのにも関わらず、母さんと父さんがクラスに顔を出すことはなかった。
台風接近で外の出店は全て撤去された。だから喫茶店とはいえ昼の客入りはすごく、常に忙しく動き回っていた。だから見逃してもおかしくはないのだが、あの二人が息子を見つけたが忙しそうなので声をかけないなんて殊勝なことをするわけがない。
俺の記憶違いで本来来るのはもっと前か後……? いや、それはない。だがここまで来ないとなると……。まさか過去が変わった……? 俺がやり直したことで何らかの事情に変化が生じたのか。だったら全ては……。
「主水ー、そろそろ行かない?」
シフトに入っていない七海が俺を急かしてくる。確かにピークは過ぎて少し落ち着いてきたし、樹来も暦祭実行委員の仕事から帰ってきている。行くなら今しかないのだが……。
「おーくん、その前にいい?」
頭の中で考えを高速で巡らせていると、イベント同好会としてスタッフになっているはずの月長が制服のままで声をかけてきた。だが月長の相手をしている場合ではない。下を向いて作業しながら答える。
「悪い、いま忙しい。後にしてくれ」
「それじゃ嫌だからこうしてるわけでしょ~? 雑魚共はジンクスが何だとタイミングを見計らってるけど、私は選ばない。いつだってこの気持ちが変わることはないんだから」
私、か。普段は自分のことを水菜ちゃんと呼んでいるはずだ。それが月長にとっての自由の象徴だから。自由になるために、あえて自分を偽って自由を強制している。
それが崩れるのは、いつだって本心の時。まっすぐに向かい合おうとしている時。
「月長――」
その状態の月長を放っておくことはできない。顔を上げると、そこには顔を仄かな朱に染め、不安そうな、それでいて決意を固めたような、複雑な感情を露わにした月長がいた。
そして彼女は一度深呼吸し、意を決して、言う。
「ちょっと来て。大事な話があるの」




