第3章 第28話 邂逅
2018年 10月26日(金) 13:23
「来たわね」
「来ました」
卯月たちも帰り、一息ついた俺は当初の予定から少し遅れ、イベント同好会の部員として暦祭スタッフとして働くことになった。
まずメインロードの奥の広場に作られた総合案内に向かい、宍戸さんから緑色のスタッフパーカーをもらう。なんでこういうのって派手な色なんだろうな。普段使いしづらいだろ。
「は……? まさかこういうの私服にしてたんですか……?」
リルが隣で信じられないものを見るような顔をしているのは置いておいて。
「俺なにすればいいですか?」
「んー……金曜日だからそんなにやることないのよね」
「帰ってもいいってことですか?」
「残念。見回りしてきて」
結局昨日……というか今日深夜3時まで作業をやっていたので寝たかったが、それは許されなかった。
「基本歩き回ってるだけでいいから。何かあったらすぐ抜けていいし、わからないことがあったら私に連絡してくれればいいわよ」
「つまりいてもいなくてもってことですかね」
「なに言ってるの。ただスタッフが近くにいるだけで周りは安心するものよ」
そういうもんなのか……。騙された感もあるが、一度やると言った以上訂正するわけにもいかない。
「じゃあいってきます。ほんとに何かあったらすぐに連絡しますからね」
「ええ。楽しみにしているわ」
というやりとりが1時間前。しかし俺が宍戸さんに連絡することはなかった。自分で解決できたからではない。単純にやることがないのだ。
まぁ何か問題があるよりはいいのだろうが、ここまで退屈だと本気でサボりたくなってきた。リルが話し相手になってくれてはいるものの、そもそもおしゃべり自体好きなわけではない。
そしてなにより。やっぱり俺は文化祭が――
「おにいさんおにいさん、ちょっとよろしいですかぁ?」
「……はい?」
一瞬キャッチかと思ったが、このスタッフパーカーを着ている以上俺に誘いがかかることはない。つまり1時間ぶりの仕事だ。
「ハンカチを落としちゃったんですけど、届いてたりしますかぁ?」
そんなテンプレ的なことを訊ねてきたのは、見慣れないセーラー服を着た少女。おそらく中学生……だろうが、3年生ではないと思う。芽依とそう変わらない身長に、あどけない顔立ち。綺麗な黒髪はツインテールに纏めてあり、声は高く甘い。フリルのついたニーソックスが特徴的だ。これで1年生だったら納得だが、もし3年生だとしたら『あれ』で間違いない。
「……ちょっと待っててください」
とにかく今は仕事しよう。落とし物保管場所を兼ねている総合案内にいる宍戸さんに電話してみる。
「届いていないそうです」
「そうですかぁ……」
「それじゃ」
宍戸さんからの返答を伝えてその場から離れようとすると、パーカーの袖が弱い力で掴まれた。振り返ってみると、少女が上目遣いで首を傾げていた。
「一緒にさがしてくれないんですかぁ?」
「……きみ、何年生?」
「よく子どもっぽいって言われますけどちゃんと3年生ですよぉっ」
「あぁ……そう……」
決定的だ。この子は間違いなく『あれ』。関わるのはよそう。
「あれってなんですか?」
(決まってるだよ。お姫様だよ)
自分のかわいさを理解し、男子に媚びることで相手の全てを奪う魔性の女。いわゆるオタサーの姫とか、サークルクラッシャーと言われる存在だ。地雷と呼び替えてもいいかもしれない。
彼女たちの標的はモテない男子。つまり俺のような陰キャだ。女子に耐性のない陰キャをカモにし、その男の全てを捧げるように仕向けることで圧倒的な恩恵を受ける悪魔。中3にもなって髪型をツインテールにし、フリフリのニーソックスを履いているのがいい証拠。
こういう女は要注意だ。ある意味でいじめっ子以上に厄介。一度沼に嵌ってしまうと二度と抜け出せない。その先にあるのは底なしの奉仕人生だ。
「さすが水菜さんに思いっきり引っかかった主水さんっ! 説得力が違いますねっ!」
(俺も同じこと思ったけど、あれはあえて乗っただけだから。ちゃんと読んでたから!)
芽依の容姿に月長のかわいさを合わせたような少女。人によっては物凄いタイプだろう。この子もしかして俺のこと好きなんじゃ状態になってしまってもおかしくない。
だが俺をそんじょそこらの陰キャと一緒にしてもらっては困る。こんなあざとすぎるほどにあざとい女に引っかかるほど俺はウブではないのだ。
「でも主水さんもあざとい系の女子がタイプですよね?」
「…………」
認めよう。割とタイプだ。だがだからといって何だというのだ。俺は好みの女子がいたからって仕事を放り出してナンパするような男ではない。
「……わかったよ。手伝う」
ただなぁ……。やることないし、仕事の範疇なんだよなぁ……。それに、あの面倒な連中をどうにかしないといけないし。
「わぁっ。ありがとうございますぅっ」
一見心の底から喜んでいるような笑顔だが、その前に一瞬、してやったり的な微笑を浮かべたことを俺は見逃さなかった。
「あ、自己紹介がまだでしたねっ。かんなは、天平神無って言いますっ」
「はぁどうも。俺は大矢主水です」
このままペースを握られてはいけないとそっけなく返す俺。
「は――?」
その瞬間突然リルが真に呆気にとられたような声を上げ、それと同時に彼女は先程までとは別人のような妖艶な笑みを浮かべ、こう言った。
「『神なんて居無い』、で神無です。よく覚えておいてくださいね? せんぱい」




