第3章 第27話 友だちの意味
「ごめん、少し席外す」
さっきまでよりもさらに低い声で友だち二人にそう告げると、卯月はカツカツとローファーの音を立てて教室を出て行く。それから少し遅れ、無言で月長も教室から離れる。顔は見えないが、その足取りはひどく重く見えた。
「悪い、俺も少し出る。吹きこぼれないくらいに牛乳温めておいてくれ」
この争いの火種はおそらく俺。いや、元を辿れば月長か。体育祭前。月長は彼氏からの束縛から逃れるために俺を騙し、逮捕させるに至らせた。釈放された時の卯月の顔は忘れられない。
悲哀。安堵。無念。そういった感情が混ざり合った涙。あの時、卯月は月長なんて死ねばいいとまで言っていた。
俺と卯月は仲が良くない。だから俺を心配してと言うより、自分に被害が及ぶ可能性を危惧したのだと思うが、とにかく。卯月は月長を恨んでいる。そんな二人を邂逅させてしまった。トラブルに発展することは間違いない。
「卯月っ!」
慌てて教室を飛び出したが、二人の姿が見えない。外の出店に集まっているのか人こそ少ないが、廊下を埋める装飾物が邪魔だ。人にぶつからないよう走ると、見つけた。階段の下にできた暗いスペースで向き合っている。
「待ってください!」
二人の間に入ろうとすると、廊下から外れる寸前でリルが静止をかけた。
(……なんでだ)
「ここは聞きましょう。これはお二人のお話です。あなたが入っては素直に語れないこともあるでしょう」
リルは俺だけでなく人間全ての思考を読み取れる。普段は頭がごちゃごちゃするからしないと言っていたが、事情が事情。それをした上での判断なのだろう。黙って従うことにする。
「月長さん。あたし言いましたよね? これ以上兄に関わらないでくださいって」
「うん……」
「それがなに? おーくんって気持ち悪い……」
「うん……」
メイドが中学生に怒られているというおもしろい図なのに、誰も関わろうとしない。二人の異常な空気が周りにも伝わっているのだろう。
「あなた自分が何をしたかわかってるんですか? おにぃを騙して、捕まえさせて、その結果怪我まで負わせたんですよ? 奇跡的にたいした怪我じゃなかったけど、死んでいてもおかしくなかった。わかりますよね。あなたのせいで人が死にかけたんですよ!?」
「わか……ってる」
「いいやわかってない! あんた言ったよね、あたしとママとパパの前で! 意識が戻らないおにぃの前でっ! 一番騙しやすそうだったから選んだってっ! 本当に反省してるなら被害者と一緒にいられるわけがない。結局あんたは何も悪いと思ってないんだよ……。むしろこう思ってるんでしょ? 格下が死にかけたくらいで大袈裟だって。自分の方がかわいそうだって! 悲劇のヒロイン気取って心の中ではおにぃを恨んでるんだっ!」
「そんな……ことないよ……」
もうそろそろいいだろう。月長がここまで言われる筋合いはない。何より今にも泣いてしまいそうな月長を放っておくことは……。
「本当にそう思ってますか?」
動き出そうとする俺のエプロンの端を、手だけ実体化したリルが引き止める。今リルの顔を見る余裕はないが、その声はどこか怒りを孕んでいる気がした。
(当たり前だろ。月長は誰かをハメるしかない状況だった。そこで一番社会的に死んでも問題のない俺を選んだ。完全な被害者の最善策。それを責められる謂われはない)
「……妹さんの質問はあなたに言うべきでしたね。あなたは殺されていたんですよ。私がいなければ二度。いえ先日の椅子も含めれば三度ですか。そのことを理解していますか?」
(わかってるよ。感謝してるよ本当に。でもそれとこれとは話が違うだろ。月長は悪くない)
「……主水さんの言っていることがわかりません」
俺とリルがわかり合えないなんて当然だろ。それより月長だ。
「パパはあなたの家から一銭もお金を受け取らなかった。治療費すらも。その意味がわかってますか? もう関わりたくないんですよ、家族を自分勝手な理由で傷つけたあなたと。それなのになんであなたは……」
「……きだから」
リルの制止を振り切って飛び出そうとした俺の耳に、確かに届く。
「おーくんのことが好きだから、離れたくない」
それは言葉だけ聞けば告白だろう。好きだから離れたくない。たぶん告白としてはベターな言葉だ。
なのに俺には。それが脅迫のように思えて仕方がなかった。
「……あ?」
「卯月ちゃんたちの気持ちなんてどうでもいいよ。私はおーくんを愛してる。それ以外は何もいらない」
あの目だ。二子玉と同じ、ドス黒い瞳。
「っ……。あ、あんたさ、勘違いしてるだろうから教えてあげるよ。おにぃはあんただから助けたんじゃないし、誰も特別視できない。あんたがおにぃと付き合える可能性はゼロだよ」
「わかってないなぁ……。全然おーくんのことわかってないよ。おーくんは優しいんだよ?」
あの闇がある限り、俺は。
「私がちゃぁんと告白したら、おーくんは絶対に断れない」
俺は月長を放っておくことができない。
「……おにぃは確かに優しいよ。でもその優しさは気の弱さからきてるものだから。あんたが期待してるような……」
「ごめんねぇ、卯月ちゃん。卯月ちゃんが何を言おうが、おーくんは私のものなの。よろしくね、義妹ちゃん」
「誰があんたなんかに……! おにぃのこと全然わかってないくせに……!」
「うんうん。今度一緒にごはん食べいこうね。そうだ、義母あさんと義父うさんにもちゃんと挨拶しないと。暦祭に来たり……」
「卯月、月長。探したぞ」
これ以上黙って見ていられないと判断した俺は、リルがもう俺を掴んでいないことに気づき、いかにも今見つけましたという雰囲気で駆け寄った。
「おにぃっ! そいつだけは信用しちゃだめっ!」
「元気な妹さんだねぇ。今度一緒にごはんいく約束しちゃった~」
俺が一連の話を聞いていたことに気づいていない二人は、そのままの雰囲気で俺に詰め寄ってくる。だが一枚上手だった月長が俺の腕をとって教室へと引っ張っていく。だが卯月はそれでも退かなかった。
「おにぃっ! あたしと月長、どっちが大事っ!?」
「卯月」
「だよね。だったらあたしの言うこと聞いて。おにぃはそいつに騙されてる。もう関わらないで」
「それは……できない……」
卯月が絶望の表情を見せ、月長がにっこりと微笑む。
だが俺の理由は、たぶん二人が想像しているものとは違う。
でも……なんかこそばゆいな……。かわいいとかはいくらでも言える。客観的事実だから。
だがこれは、俺の勘違いかもしれない。俺がただそう思っているだけで、向こうはそんなこと微塵も思っていないのかもしれない。
それでも言いたい。俺は月長と、
「友、だち……だから……」
ああ、くそ。恥ずかしい。月長の告白を聞いた時より何倍もしんどい。今すぐにでも死んでしまいたくなる。
それでも偽ることはできない。ボッチで陰キャなクズ人間にできた、とても大切な一人だから。これだけは譲れないんだ。
「「とも……だち……」」
気づけば卯月と月長の表情が逆転していた。卯月はホッとしたように笑みを見せ、月長は対照的にブルブルと震えながら俺の腕を強く握り、自身の胸に押しつけている。
「そっか……。友だちなら仕方ないねっ」
卯月が跳ねるようにして、薬が切れてしまった中毒者のような絶望的な表情をしている月長の隣に並ぶ。
「ね、つきながさん?」
そして耳元でなぜか他人行儀な呼び方をし、教室へと駆けていってしまった。
「だいじょうぶ……やくそくしたから……となりにいてくれるって……」
そして残された俺は、ぶつぶつと何か言う月長と一緒にゆっくりと教室に戻る。
2018年 10月26日(金) 13:01
「すごーい! 思ってたのとちがうっ!」
「3Dラテアートってやつだよねこれ! ネコちゃんの顔チョコペンで書いてるんだー!」
俺の出したラテアートの写真をスマホで撮りまくる二人。メニューにないのでどこかに上げられたら困るが、中学生の拡散力なんてたいしたことないだろう。
「すごいね、卯月のお兄ちゃんっ!」
「別に? これくらい少し練習したら誰でもできるでしょ」
はしゃぐ二人とは対照的にクールにカフェラテを啜る卯月。まぁ事実だから否定しないが……。
「ほんと、全然たいしたことないからっ」
ふと見せた満足気な顔に、俺の選択は間違っていないと確信させられた。




