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こんなはずじゃなかったのに。~ボッチだった高校生活をやり直します~  作者: 松竹梅竹松
第3章 高1秋・文化祭

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第3章 第17話 白い天使

2018年 10月24日(水) 08:20




「大矢くんさぁ……あんまりふざけないでくれる?」



 点呼開始5分前に教室に滑り込むと、突然月長にそう罵倒された。



「大矢くん……指揮やってもらって悪いけどさぁ、なにこの有様。全然終わってないじゃん。昨日何やってたの? 遊んでた?」

「いや……そういうわけじゃ……」

「遊んでないのに進まなかったんだー。へー。じゃあしょうがないねー。無能は注意しても治らないもんねー」



 教壇の上に立ち、教室中に響く大声で糾弾する月長。その見下ろす瞳には強い侮蔑の念がこもっており、弁明の余地はないことを告げてくる。



「もういいよ。やる気ないなら帰って。いるだけ邪魔」

「ご、ごめんな……」

「謝ってもらっても困るんだよね。水菜ちゃんが悪いみたいじゃん。悪いのは何もしないのにクラスの一員みたいなツラしてる大矢くんでしょ? あのね、忙しいのはみんな一緒なの。みんな忙しい中なんとか時間を作ってやってるの。だってクラスっていう組織の一員なんだから。それなのに大矢くんは……。あーもうなんで高校生にもなってこんなこと言われないとわからないかなー」



 珍しい月長の激昂に、教室の空気が静まり返る。みんな他人事ではないからだろう。いつ自分に火の粉が降ってくるかもわからないんだ。怖くて仕方ないはず。つまり目的達成だ。



「なに黙ってんの? ちゃんと言いなよ。この卑しいクソブタにもっと……」



 まずい、ボロが出てきた。ていうか乗ってきちゃった。早めに切り上げないと公開処刑が公開プレイに変わってしまう。



「ほんとごめん、俺、帰るから……!」

「あ、まっておーく……じゃなくて……あ~!」




2018年 10月24日(水) 08:25




「上手くいったんじゃないですか? 怒られたくないからがんばろう作戦」

「ああ。月長の演技が上手かったからな。上手すぎてちょっと涙が出た」



 昨日十六夜と話した生徒会長室の隣の部屋の入口に『生徒会長分室』という張り紙を貼り、数日分の着替えが入った荷物を下ろす。突然の月長からの罵倒。これは昨日打ち合わせたものだった。



「みなさん主水さんと同じ状況だったわけですからね。怒られたくないというのは生物の原始的本能。これでみなさんクラスの仕事をやらざるを得なくなったわけですね」

「ついでに乱れていたトップの座を月長に挿げ替えることもできた。これで霜降は動けなくなるし、俺も分不相応な指揮役を降りることができる。一石三鳥だ」



 そしてもう一つ。昨日の内に七海がクラスラインに流してくれた決定事項がある。これでクラスの問題はほぼ解決だ。



「全員に一案ずつ装飾物を考えさせるですか……。準備期間は残り2日しかないのにずいぶん思い切ったことしましたね」

「十六夜は人がたりないって言ってたけど、単純に人が多ければ問題が解決するわけじゃない。仕事がないと人はサボるし、やることが決まっていないと人は動けない。俺にしてはいい案だと思うんだけどな」



 七海に送ってもらった内容は以下の通りだ。『喫茶店のテーマを「映え」にする』。『全員一案ずつ装飾物を考えてこい。送ってもらった案は絶対に実現させる』というもの。



「無理矢理やらせても楽しくないからな……。どうせやらせるならみんなに楽しんでもらいたい。宍戸さんの言葉に乗っからせてもらった」



 なんだかんだ言っても、人間はやりがいだけで動けてしまう生物だ。俺でさえも少し。ほんの少しだが、やりがいに目覚めてしまっていた。自分の考えたものになら人は一生懸命になれるだろう。時間がないのならなおさらだ。



「それで主水さんだけが仲間はずれ、というわけですか」

「俺にだって仕事はある。嫌だけどな。今からシフト表を作るし、終わらなかった分は全部俺がやる。スケジュールをぶっ壊した責任があるからな。だから泊まり込みなんて気持ち悪いことするんだよ」

「たった一人で、ですか。偉いと思いますよ? 人知れず全部終わらせるなんてまるでヒーローじゃないですか。その結果、誰にも気づかれず一人で死ぬことになるわけですが」



 はぁ……。めんどうなことになったな。やっぱり昨日泣いてしまったのが悪かった。核心には至っていないと思うが、何かやろうとしていることはばれてしまった。それじゃあ、困るんだよ。



「リル、ちょっと実体化してくれ」

「なんでですか?」


「周りに人いないしいいだろ」

「はぁ……。構いませんが」



 見た目ではわからないが、座っているリルの足元に影ができる。地球の法則に従っている証拠だ。



「はい、これ」

「これ……ヨーグルトですか?」



 3年前ならではのコンビニで買い物をすると無料でもらえる神の代物、ビニール袋から買ってきたヨーグルトを取り出し、リルに渡す。



「えと……ごめんなさい。意味がわからないのですが……」

「お詫びだよ。今回リルが元気ないの俺のせいだろ? リルが静かだと調子狂うんだよ。なんか俺がテンション高いみたいになる」



 続いて俺が生きられない未来で消えるという無料のプラスチックスプーンも手渡す。



「俺はリルが考えているようなことはしない。ちゃんと母さんたちにお別れするから……だから安心してくれ」



 リルは俺がなんとかして母さんたちの命を救おうとしていると思っている。だからずっと警戒し続けているんだ。本当めんどくさい。



「わ……かってくれて……よかったです……」



 しかしまだ疑っているのか、リルはヨーグルトを小さな両手に収めたまま食べようとしない。嫌いなのか?



「いえ……なんというか……天国には娯楽がないのです。なくてもみんな幸せだから……だから、こういう嗜好品はないんですよ。料理も、アニメも、漫画も……全部教科書の上だけの憧れで……。だからその……よく、わからないんです」



 珍しく……いや、初めて、俺に弱気な部分を見せるリル。その伏せている瞳には気のせいか、涙が浮かんでいるように見えた。



「食べたいんだろ?」

「食べたいですっ!」


「なら食べればいいだろ。こういうことは天使見習いの期間しかできないんだったよな。だったら好きなことすればいい」

「そ……ですよね……」



 じゅるり。という舌なめずりする音が聞こえたかと思うと、リルは震えた指でゆっくりと蓋を開けた。力が強すぎたのか、蓋が少しカップに残っている。



「わぁっ……! い……いいんですよね……! 食べて、いいんですよね……!?」



 これも初めて、だろうか。ここまで満面の笑みを浮かべるリルを見るのは。子どもみたいで悔しいけどめちゃくちゃかわいらしい。涎が顎を伝い、畳みの上に落ちた。



「いいよ。少ないからちゃんと味わえよ」

「はいっ! じゃ……じゃあ……いただきますっ……!」



 袋からスプーンを取り出しそれを鷲掴みすると、リルはカップの中にスプーンを突っ込んだ。



「あれ……? あれ……?」

「その掴み方で掬えるわけないだろ」

「そんなこと言われたって正しいやり方が……!」



 赤ちゃんのような持ち方でヨーグルトに苦戦するリル。銃弾<リル<ヨーグルト。



「めんどうです……! えいっ!」

「あぁっ!」



 我慢ならないのか、リルはカップを頭上に掲げて顔を上に向けた。落ちてきた分を全て食らうつもりなのだろうが……。



「ぶべっ!?」

「あーあー……」



 ヨーグルトの塊はリルの髪の毛に絡まり、ゆっくりと全身に下りていく。せっかくの綺麗な身体がヨーグルトまみれだ。



「うぅ……。ヨーグルト様がぁ……!」

「舐めるな舐めるな。今度もっと美味しいの買ってあげるから」



 涙目になって畳の上のヨーグルトを吸い取ろうとするリルを止めて立ち上がる。タオルいっぱい持ってきてよかっ――



「おっはよー、主水っ」

「来てやったよー」

「……おはよう」

「ごめんね~おーくん! ひどいこといっぱい言っちゃってっ! その分水菜ちゃんを罵っていいか、ら……」

「「……あ」」



 扉を開けて入ってきた芽依、七海、十六夜、月長の女子四人。彼女たちの目線の先にいるのは、白濁液に塗れて涙目になっているリルと、その正面で立っている俺。つ、ま、り……その……。



「「違いますからねっ!?」」



 そう叫ぶだけで精一杯だった。

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