第3章 第14話 陰キャ賛歌
「でな、その痴漢に言ってやったんだ!」
「さすが~」
「痴漢は犯罪だ! ってな!」
「しらなかった~」
「そしたらそいつはビビって逃げたんだよ!」
「すご~い」
「なんせそん時のオレは超ストリートファッションだったからな!」
「センスい~」
「てなわけでオレって実はすごいモテるんだ!」
「そーなんだ~」
2018年 10月23日(火) 17:33
女子テニス部の手助けを終えて合宿所に戻ると、ものすごくつまらなそうな武勇伝を語る真壁と、男を褒めるさしすせそで完璧にいなしている月長が待ち構えていた。その奥では宍戸さんが真面目な顔で資料を読み耽っており、とんでもない地獄空間に入り込んでしまったと後悔した。
「あ、おーくんおかえり~っ!」
すぐ荷物だけ回収して帰ろうと思っていると、死んだ目で相槌を打ちまくっていた月長が、俺の姿を確認した途端目を輝かせて抱きついてきた。
「おーくんに会えなくてさびしかった~! 真壁くんつまんないんだもん~!」
「おいコラ主水ツラ貸せやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
月長を引き剥がすために相撲のような体勢をとっていると、がら空きの胴体に真壁のタックルが襲来した。奴の背が低いおかげでたいした威力はなかったが、それでも散らばっている段ボールの上に転がってしまい、針のようなものが背中を引っ搔いた。
「お前なに水菜に抱きついてんだよぉぉぉぉっ!」
「ちゃんと見てた? ねぇちゃんと見てた?」
どう見ても俺が被害者だろうが。タックルもな。もし俺がほんとに頭怪我してたら大変なことになってたぞ。
「てかさ、なんかつまらなかったって言われたんだけど! 水菜が飽きないようずっと話してたのに!」
「だからだろ……」
興味ない話延々と振られる月長の身になってみろよ。そりゃあんなぽけーっとした顔になるわ。
「かと言って主水さんみたいに話しかけられなきゃ喋らなかったり、否定から入るのも問題外ですが」
(リルさんなんで一々ディスってくんの?)
こっちは一日中動き回ってクタクタなんだ。メンタルが持たないぞ。いや正論だからいいんだけどさ……。
「まぁでも実際主水さんはそこまで悪くないと思いますよ?」
汚い床を踏みたくないのか宙で正座しているリルが、俺に気を遣って励ましてくる。
「否定から入ると言っても主水さんの場合子どもみたいでかわいいですし、ちゃんと話を聞いてくれるというのは高評価です。今は清潔感もありますし、顔も悪くない。ちゃんと気も遣えてますし……。あれ? 主水さんってもしかして優良物件……?」
(知らないのか。陰キャはだいたい優良物件だ)
浮気はしないし、暴力も振るわない。気持ち悪いという一点を除けば、陰キャほど完璧な男は存在しないと言えるだろう。気持ち悪いからモテないんだけど。
「ねぇ、おーくんになにしてんの? 私だってまだ押し倒したことないのに」
真壁に組み伏せられたままリルと話していると、立ち上がった月長が例の恐ろしい瞳をして俺たちを見下ろしていた。これ以上流血沙汰になっては困るので、段ボールにタップして真壁に降参を伝える。
「ていうかすいません、宍戸さん。うるさくして」
このまま月長に絡むのも怖かったので、珍しく真面目に仕事している宍戸さんに頭を下げた。それを受けた宍戸さんは、資料に目を通しながら手だけ上げて答える。
「気にしなくていいわ。むしろ文化祭なんだからもっと遊びなさい。もちろんきちんと仕事をすること前提だけどね」
……どうしたんだ。本当に宍戸さんが真面目だぞ。あの顔と雰囲気しか取り柄のない宍戸さんが……!
「ああ、ちょっと厳しいこと言っちゃったわね」
自身の発言で空気が変わったことに気づいたのか、宍戸さんが資料から視線を上げて俺たちに自然な笑みを向けた。
「本当なら私も遊びたいのよ。こんなめんどくさい資料放り投げてふざけにいきたい。きっと私がやらなくても誰かがやってくれるでしょうしね」
それでも宍戸さんは動かない。ただ座って、自分の仕事を全うしている。
「ただその誰かにがっかりされたくないのよ。つまらなかったって。辛かったって。誰にもそんなこと思ってほしくない。だから私はイベント同好会に入った。イベントを盛り上げて、名前も知らない誰かに報いるためにね」
2018年 10月23日(火) 17:51
結局俺は、月長たちにトリプルデートの話をすることなく合宿所を後にした。このままあそこにいたら、いつ涙が落ちても不思議ではなかったからだ。
俺は文化祭が嫌いだ。いや、イベント事全般が嫌い。全部雨天中止になればいいのにと思っている。
それでもやらざるを得なかった。3年前、俺はがんばっていたんだ。誰もやらなかったから。仕方なく嫌なことに向き合っていた。
きっと陰キャはみんなそうなんだろう。やることがなくて、断れなくて、限界以上に抱え込む。でも陽キャたちが俺たちに気づくことはない。楽しい部分だけを効率よく味わい尽くすのが陽キャだ。
それが当然だと思っていた。俺たち陰キャは生きるのに向いていない。馬鹿を見るのが当たり前なんだって。それは今でも変わらない。だから日中あんな重労働に勤しみ続けたんだ。
でもあんなことを思っている人がいるなんて。元の歴史では俺たちに伝わることはなかったが、思ってくれているという事実がとにかくうれしい。俺たちの存在に気づいてくれていたということが、たまらなくうれしかった。
なら俺はどうする。陰キャのくせに陽キャグループに潜り込んでいる俺は、何をすればいい。
「大矢くん――」
そんなことを考えながら合宿所の敷地から出ると、目の前に十六夜が現れた。大きな腕の中には、それでも収まり切らないほどの画用紙や折り紙の束が収められている。きっとこれから合宿所で作業するつもりだったのだろう。集中できる場所で、夜遅くまで、たった一人で。
「……どうしよう、」
俺の姿を視認した十六夜は、一瞬驚いた顔を見せると、ホッとしたように息を吐いた。次になぜかふるふると震え出し、大事そうに抱えていた束を地面に落とす。そして目元に大きな涙を浮かべると、ゆっくりと俺の身体にもたれかかった。
「このままじゃ、終わらない……!」
俺はどうする。こんなことをやっている場合じゃない。俺にはもっと大事な役割が残っている。
それでも。
「わかった。俺がなんとかする」
俺にできることは全部やろう。どうせこれが最期なんだから。




