第3章 第8話 不倶戴天
俺の両親はすごい人だと思う。
父さんは町医者、母さんは高校の教師をしており、困っている人がいたら助け、金よりも人情を重んじる、謙虚ながらいつでも明るい、とてもいい人だった。
そんな俺とは正反対の、陽キャの体現者である二人が。
俺は嫌いだった。
だってそうだろう? 困っている人を助けたって自分に何のメリットもない。人情なんか大事にしたところでそれが返ってくることもないし、二人の子どもがいる以上お金はとても大事なはずだ。
自分よりも他人を優先する、自己犠牲の精神。それはとても尊い行いなのだろう。だが巻き込まれる俺や妹の卯月としてはたまったものではなかった。
帰ってくるのは遅いし、外出したら迷子や老人を助けるために時間を浪費するし、俺たちまで我慢を強いられる。
俺に言わせれば、自己犠牲なんて自分本位な自己満足だ。
結局自分の価値をわかっていないんだ、二人とも。俺や卯月がどれだけ両親の幸せを望んでも、それが叶うことはない。
灯台もと暗し。周りしか見てない二人は、すぐ近くにいる俺たちには気づかない。こんなにも大切に思っている人がいたのに見てくれなかったんだ。
だから俺が中学に入った頃、両親は海外に飛んだ。
紛争地域だ。いつ命がなくなるかもわからない危険な場所。そこで父さんは傷ついた大人の命を救い、母さんは恵まれない子どもに教育を受けさせたかったそうだ。
とても立派な理由だよ。立派過ぎて止めた方が悪者のようだ。
一年に一度帰ってくるか来ないか。そんな人たちが突然学校に来たんだ。
暦祭最終日。何の連絡も寄越さずに、俺のクラスに。
その時俺は喫茶店の調理担当をしていた。と言っても文化祭だ。ひどく簡単な調理を適当にこなしていた。
そこに現れた両親はまっすぐ俺のところに来て騒いだんだ。「ひさしぶり」だとか、「元気だったか」とかありきたりなことを言っていた。それに対して俺は何も返さなかった。何でかは忘れた。
次に二人はクラスメイトにも挨拶し出した。「出来の悪い子だけどよろしくお願いします」、「暗いけど本当はいい子なんです」、「仲良くしてあげてくださいね」。そんなことを一人ずつ順番に言って回った両親に、俺はキレた。
恥ずかしかったんだよ。クラスメイトに親を見られるのがじゃなく、親に俺の姿を見られるのが嫌だった。
偉大な両親の息子が、どうしようもない陰キャだという事実を伝えてしまうのがたまらなく嫌だったんだ。
何を言ったのかはよく覚えてない。ただ喚きたてて、とにかく追い出した記憶しかない。でも母さんたちのあの悲しそうな顔だけは一生消えないよ。
その後は行きたくもない打ち上げに参加した。案の定つまらなかったけど、それ以上に母さんたちに会いたくなかった。
夜家に帰ると、二人はいなかった。何かの発表をするために帰ってきて、無理矢理時間を作って高校に顔を出したみたいだ。
今……あの時より少し大人になってようやく気づいたんだけど、ボランティアみたいなことしていた割には稼ぎよかったんだよな。子ども二人を私立高校に入れて、進学資金も用意してあったみたいだ。お金で不自由を感じたことがないって、今さらだけど本当にすごいと思う。たぶん、色々やってくれめいたんだ。俺たちのために。
ただその時の俺は気づけなかった。変なサプライズを仕掛けたことにずっと怒ってたよ。
そんな怒りも忘れかけてきた11月16日。母さんと父さんが死んだって話が俺の耳に届いた。
組織同士の抗争に巻き込まれたらしい。人を守って刺されたんだ。……しかも遺体は返ってこなかった。庇った奴が、抗争の発端になった組織のボスだったんだって。その罪でバラバラにされて犬に食われたって聞かされた。
(……それがこの話のオチだ。英雄の最期にしてはつまらないよな)
本当に、つまらない。もうあれから3年も経つのに、未だに割り切れていないなんて。……くそ。なんでまだ涙が出てくるんだよ。枯れるほど泣き尽くしただろ。
「……それで。主水さんはこれからどうする気ですか?」
俺の話を黙って聞いていたリルが、神妙な面持ちで訊ねてくる。……どこまでばれているんだか。とにかくここからは下手に思考を漏らさないようにしないと。
(真実を言うよ。俺は未来から来た。半月後に死ぬから戻るなって。信じてもらえるかはわからないけど、これ以外の策は思いつかない)
「……それは駄目です」
俺の案を即座に否定するリル。確かに駄目かもしれないが、試してみないことには始まらない。そう考えると、俯いたリルが首をふるふると横に振った。
「……そうじゃありません。未来から来たと伝えることが禁止です」
(……なんで)
天使にとって、人間なんて下等生物と同等なんだろう。ならいいだろ、別に。俺が何をしようが。
「それ、は――」
躊躇するように言い淀んだリルは、声を震わせながら、確かにこう言った。
「――簡単に救えてしまうので、つまらないからです……」
「リル――!」
「動かないでください!」
思わず飛び起きてしまった俺の肩を救急隊員が抑え込む。だが動かないわけにはいかない。
(つまらないだと……? お前、今、つまらないって言ったか……?)
「言いましたよ……! 何度も言ってるでしょ。私が主水さんを助けるのは自分の論文のためなんです。ご両親が死のうが、生きようが、論文には何の関係もない。むしろし、死んでくれた方が……っ。書ける内容が増えるので助かります……!」
「な、んだとっ!」
「動かないで!」
リルをぶん殴ろうと暴れる俺を、左右から救急隊員が必死に抑え込む。こんなに怒りに満ちているのに振りほどけない自分の非力さが憎らしい。
「と、にかく……。未来のことは話せないようにしました。それ以外だったら何してもいいので……がんばってください」
(リル……!)
「ただ……他人の運命を変えるのはまず、不可能なので……。諦めた方がいいと思います……。むしろきちんとお別れをする用意をした方が、賢明です……」
リルの言いたいことはわかった。というより、わかっていた。スムーズに事が進むわけがない。なんせ俺だし。だがな。
(……わかったよ。ただ俺は諦めない。絶対に邪魔するなよ)
「……論文の阻害にならないのなら、誓って」
そんな約束を交わすと、俺もリルもそれ以上余計なことを言うことはなかった。




