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こんなはずじゃなかったのに。~ボッチだった高校生活をやり直します~  作者: 松竹梅竹松
第1章 高1春・オリエンテーション

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第1章 第2話 変身願望

「ここが美容院『アリエス』……」



 卯月から貸してもらったポイントカードに書かれていた地図を頼りに、家から徒歩で10分ほどの駅前を散策していると、ようやく見つけた。雑居ビルの1階に構える小さな美容院。小汚い建物の中にあるのに、やけに輝いていて違和感がある。



「何やってるんですか? 早く入りましょうよ」

(まぁ……そうなんだけどさ……)



 外なので心の中でリルに返事をし、一度アリエスの前を通り過ぎる。



「まさかここまで来てびびってるんじゃないですよね?」

(いやそりゃびびるだろ……だって美容院だぞ)



 俺が想像していた美容院ほどおしゃれって感じではないが、それでも男一人で入るには少しきつい綺麗な内装。外から見えた客も女性だったし、どこか遠慮してしまう。



「大丈夫ですよ、あの人もっさい黒髪に黒縁眼鏡っていういかにも陰キャって感じでしたし」

(リルの声が俺にしか聞こえてなくてよかったよ)



 そうは言ったが、俺も同じ感想を持った。美容院に来ているとはいえ、ボサボサの長髪。俺と同年代くらいに見えたが、まず間違いなくカースト的には下位だろう。これなら俺でも行けるか?



「主水さんも相当に失礼ですよね」

(普段もっとひどいこと言われてるからな。バグってるんだよ)



 とはいえ心の中で謝罪し、俺は美容院アリエスへと入る。ここに来るためにおろしたての制服まで着てきたんだ。このまま帰るわけにはいかない。



「いらっしゃい。あ、君がみどり先生の息子さんだね。面影あるよ」



 女性客の相手をしていた若い女性の店員さんが母さんの名前を口にし、俺に声をかけてきた。



「今日は私しかいなくてね。ちょっと雑誌でも読んでて待っててくれる?」

「あ、はい」



 店員さんはそれだけ言うと、さっさと女性客の散髪に戻ってしまった。案内に従いソファーに座って待っていると、すぐに店員さんが一枚の紙を持ってきた。



「ごめんごめん、忘れてた。これアンケート。書き終わったら呼んでね」

「あ、はい」


「最初にあ、って付ける癖やめません? それねえファミリーじゃないですよ」

(なに言ってるのかわからないけど、それができるならこの世に陰キャは存在しないんですよ)



 俺の横に座って脚をぶらぶらさせているリルにこの世の真理を告げ、アンケート内容を確認する。どれどれ……。名前、性別、年齢、仕事、どんな髪型にしたいか、これからどこ行くか、どういった目的で髪を変えたいか……。



(これアンケートってレベルじゃないだろ! めちゃくちゃ重くないか!?)

「美容院でいうアンケートはカルテのようなものです。お客さんの希望を叶えるのが美容師さんのお仕事ですからね。今日制服を着させたのもそのためです」



 なるほど、制服に似合うよう髪を整えてくれるというわけか……。なんでこの天使人間の俺より社会について詳しいの?



「天使の教養です。髪学Ⅲの範囲ですね」

(天使的にギリアウトなネーミングだな)


「ちなみにこの世界に神様は存在しませんよ」

(そういうことサラッと言わないでくれるかな。ちなみに俺まだ天使の存在を呑み込めてないからね)



 死んでからここまで怒涛の展開で流してきたが、よく考えたら俺人間ではない何かと話してるんだよな……。そう思うともしかして俺ってコミュ力高いんじゃないか? さてさてアンケートに取り組むか。どんな髪型にしたいか……。全体的にさっぱり、と……。



「陰キャーーーーーーーーっ!」

「「「うわぁっ!?」」」



 急に耳元で大きな声を出されたので思わず声を上げてしまった。ていうかあれ、店員さんと客も驚いた?



「なんですかその典型的な陰キャオーダーは! そりゃ全体的にさっぱりさせるに決まってんでしょ! 美容院なんだからっ! もっと具体的なこと訊いてんですよっ!」

(いや、ちょっとリル落ち着いて!)


「だいたい陰キャはみんなラブコメの主人公みたいな髪型してますけど、あれってブサイクがやったらただの小汚いホームレスですからねっ!? 横じゃなくて縦に上げる! もちろん整髪料を使ってですよ!? 持ってますかっ!?」

(いや持ってないけど……ていうかそれよりも……!)



「ちなみにこれ特別なこと言ってませんからねっ!? 最低限これくらいやらないと人間としてダメって言ってるんですよっ!」

「いやだから落ち着けって……」

「えーと……お客さん……だよね……?」



 店員さんが苦笑いをしながらリルを見つめている。やっぱりそうだ。今、リルの姿が周りから見えている。



『まずりました。主水さんがあまりにも陰キャだったから力入って人間モードになってしまいました』

(そういうこともできるんだ……)

『とりあえずこの場を切り抜けましょう。えーと私は主水さんの……』



 心の中で作戦会議をし、適当な言い訳を作成するリル。



「そういえば私たちの関係って何なんですかね? 所有物以上主従未満?」

「はは、中学の先輩後輩でーす」



 リルがおかしなことを言い出したので、慌てて訂正する。普段から敬語だし後輩だって言っておけば問題ないだろう。



「君……名前教えてくれる?」

「リル……古布(ふるふ)・A・リルです」



 店員さんに名前を聞かれ、咄嗟に偽名を作り出したリル。ていうかナチュラルにハーフなネーミングなんだな。



 でもそっちの方がリアリティあるか。彫刻のような美しい顔立ちに、天使のイメージ通りの綺麗な長いブロンドの髪。むしろ普通の日本人では通らないだろう。名前を聞きどこか納得した顔を見せた店員さんが、客から離れてリルの手を取った。



「古布さん、よかったらカットモデルやってみない?」



 カットモデル……確か高2の頃卯月がスカウトされたって自慢してきたっけ。店のホームページなんかに載せられて、カットの例になるとかいうやつだった気がする。



「ふふん。私を選ぶとは中々見る目があるじゃないですか。でもいくつか条件があります」

「いいよ、何でも言って!」



 やけに店員さんのスカウトが激しいな。でもうるさすぎて忘れてたが、リルってめちゃくちゃ美人だしな。意地でも使いたい人材だろう。



「まず私と主水さ……先輩のカット代をタダにすること。それとその女性よりも優先してやってほしいですね。私たちには時間がないのです」

「カット代はもちろん大丈夫だけど……優先順位だけは迷惑が……」

「あ……わたしは大丈夫ですよ……」



 リルと店員さんが交渉していると、か細い声がやけに大きく店内に響いた。消去法的に客の女性が言ったのだろう。



「いいんですか? 予約的にはお客さんを優先するのが私の義務なんですけど……」

「はい……大丈夫です……」



 控えめな言い方をする店員さんに、さらに控えめな声を出す女性。この態度でわかった。この子、俺と同類だ。



 自分に自信がなく、誰かに迷惑をかけるくらいなら自分から降りてしまう気を遣いすぎてしまうタイプ。典型的な陰キャで、損をする性格だ。同情を禁じ得ない。



「じゃあお言葉に甘えて……。卯月ちゃんのお兄さん、こっち来て」

「あ、はい」



 店員さんに促され女性の隣の椅子に座る。この子には悪いが、俺は譲らないぞ。たぶん今までの俺ならお先にどうぞと下がっていただろうが、俺は知っているんだ。このままじゃ駄目だって。辛くても変わらなくてはならないって。



「でも……わたしも一つ……条件を……言っていいですか……?」



 いや、違う。この子は変わろうとしていたんだ。たった一人で美容院に来て。俺よりも三年も早く、気づいていたのだ。だとしたらその意志は、固い。



「わたし……明後日から高校生になるんですけど……。変わり、たくて……、かわいく、なりたくて……! だから、わたしにもアドバイス……くれませんか……?」



 目線も合わせず、途切れ途切れに小さな声を漏らすこの女性を。俺はすごいと素直に感心してしまった。



 3年前の俺はこんなこと言えたか? この状況で、変わりたいだなんて。絶対に言えなかったはずだ。



 それなのに。俺が天使の力を借りてようやくできたことを、1人で成し遂げた。本当にすごい。こういう人が真に救われるべきなんだ。ここまで来ても他人を気にする俺なんかじゃなく、こういう人間が。



「ふんふん。よく見たら素材は悪くないですね。これなら顔をもっとアピールして前に出した方がいいと思います。思い切ってセミロングに……でも髪を染めるのはナシですよ。陰キャに陥りがちな失敗なんですけど、デビューしようと思うあまり派手にするのはいただけないです。服に着られているとよく言いますよね。こなれ感が出るまでは染めても違和感のない黒目のブラウンに……」



 そういう考えにリルも至ったのか、客の髪を指でいじって本気目のアドバイスをしている。俺もこういう風にならないととてもやり直しなんて――



『ほんとキモイよね、大矢って』



「!?」

 なんだ? どうして思い出した? あんな奴のことを。



「わたし、かわいくなれますか……?」

「はい、客観的に見てかわいいと思いますよ」

「そ、そうですか……よかったぁ……」



 リルが客の髪をかき上げた時、ようやく気づいた。この女の正体に。



 俺は友だちがいなかったが、いじめられてはいなかった。そもそも認識すらされていなかったから。いてもいなくても変わらない。それが俺だった。



 でも、唯一。俺を敵視している女子が一人、いた。



 ド派手な金髪に、きついメイク。ギャルとしか呼べないその女子は、わざと聞こえるように悪口を言っていた。話したこともないのに、なぜだか嫌われていた。



 でもその理由が3年越しにわかった。そりゃ気に入らないはずだ。



 変わらなかった世界線の自分がいたんだ。目障りで仕方ないだろう。



翡翠芽依(ひすいめい)――」



 俺を嫌っていたその女子は、今の俺と同じく、やり直したかった側の人間だったのだ。

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[気になる点] リルさん、初対面の人に陰キャ呼ばわりですか?
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