第2章 第21話 ハリボテヒーロー
2018年 6月28日(木) 15:33
「どうした? まさか戦うつもりか? 忘れたわけじゃないだろう。以前私に手も足も出なかったことを」
二子玉が月長の前に立って構えをとる。確かにそうだ。正面からぶつかって勝てる相手じゃない。
残された時間は1分半。武器は50cmの警棒だけ。だが先端に当てればそれで勝ちらしい。
だとしたら可能性はある。おそらく二子玉は頭部を殴られることを警戒しているだろう。外見的には金属の棒。そこが一番危険だと考えるはず。
だから狙いは足。振りかぶって外したと見せかけて足を討つ。それで終わりだ。
「そっちこそ見えないのか? こいつが頭に当たれば無事じゃ済まない。逃げるのなら今のうちだぞ」
足だ足。足にさえ当たれば勝ち。大丈夫、頭に注意は向けさせた。それに動いてくる予兆もない。警戒しているんだ。これなら……!
「うおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」
気づいた時には天地が逆転していた。だが見えるものは全て埃まみれのコンクリート。何かの間違いかと思ったが、背中を襲う痛みがまたも投げ飛ばされたことを証明していた。
「君、喧嘩したことないだろう」
上から聞こえる二子玉の声から遠ざかるように立ちあがる。それでも次の瞬間には肩を掴まれ、また次の瞬間には膝打ちが鳩尾に叩き込まれた。
「視線が狙いしか向いてない! 腰が引けてる! 暴力を恐れているんだ! するのも、されるのもっ! そんな弱さで水菜を守れるわけがないだろうっ!」
「がっ、あっ、ぐぉっ、あぐっ、おおぉっ!」
何度も打ち込まれる衝撃に、胃の中のものが這い上がってくる。それでも二子玉は俺から手を離さず、暴力を振るい続ける。
「教えてやろう。これが警棒の、」
不意に身体が自由になり、身体が重量に従って落ちそうになる。だがさらに次の瞬間には、
「正しい使い方だぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
俺の額に、二子玉自身の警棒が振り下ろされた。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
身体が床へと落ち、月長の絶叫が体育倉庫に響く。本当に何もできなかったな……何してんだ俺。かっこ悪すぎだろ。
「さぁ行こう水菜。警察の奴らが邪魔してくるだろうが、私たちの愛は引き裂けない」
「いやぁっ! 返してよっ! 大矢くんを返してっ!」
「水菜の頼みだ。聞き入れてあげたいが……大矢主水は既に死んでいる。すまない水菜。必ず私が……」
「大矢くんっ! 大矢くんっ! 返事してよっ! ねぇっ、ねぇっ!」
「聞き分けの悪い水菜も大好きだが……仕方ない。私の愛を理解してくれるまでお仕置きしようか」
「やぁっ! いやっ、いや! いやぁっ!」
身体がだるい。足が重い。顔が熱い。痛い。苦しい。死にそうだ。
「たすけてぇ……おおやくん……!」
「それは俺の役じゃねぇよ……!」
だが所詮はそれまででしかない。
「大矢主水……! なぜ、生きている……!」
なぜって……決まっている。二子玉の十八番が暴力だとしたら、俺の十八番は被虐だ。
「お前、死んだことないだろ――!」
これくらいじゃ人は死なない。痛い。死ぬほど痛いが、死んだ時の痛みと比べたらたいしたことはない。
そして死んでさえいなければ、人は立ち上がれるんだ。
「ならもう一度ぶっ殺して……!」
「月長ぁ……! 最後だから言っとくぞ……!」
視界が霞む。足が震える。うまくしゃべれない。それでも伝えなければならない。
「俺がこいつを倒す……! そしたらお前は自由だ……! 俺のことは気にするなよ……! 俺とかこいつみたいなゴミに引っかかるな……! あとは……! 卒業式の日だけは一緒にいてくれれば……! それ以外はどうでもいいから……! あと幸せに……あぁくそいてぇ……っ!」
駄目だ、自分でなに言ってるのかわからなくなってきた。まぁいいや。どうせあと1分もない。やるべきことは一つだ。
こんなはずじゃなかったのに。なんて言わないように。
「文字通り冥土の土産だっ! お前だけは死んでもぶっ飛ばすっ!」
そう叫び、俺は体育倉庫の扉に駆け出した。
「なっ……! 待ちやがれクソ悪魔っ!」
当然二子玉は追いかけてくるだろうが、もう遅い。俺は既に鉄の扉を開け、外に飛び出ている。
「邪魔ぁするなっ! 水菜を守る気もない奴がぁっ!」
「言ったはずだ! 俺の役割はこれだってっ!」
二子玉が俺を追って倉庫を出た瞬間。俺は鉄の扉を力の限りに押し込んだ。
「がぁっ……!?」
奴の身体が鉄扉に挟まれる。衝撃は逃がさない。こいつも逃がさない。
見かけはしょぼく感じるが、とても無傷じゃいられない威力。少なくとも縛られた月長を連れて警察から逃げることはできないだろう。
実質的な勝利。だがこれで終わりでは締まらない。
かっこよく登場し、囚われのヒロインを救い出す王子様が必要だ。
大丈夫、月長から俺の姿は見えていない。おいしいところは全部主役のものだ。
「じゅらぁぁぁぁぁぁぁぁいっ!」
「……ああ」
叫ぶと同時に、突然全身の力が抜けた。地面に堕ちる俺とすれ違うように彼は跳ぶ。
「やっぱトドメはキックだよな……」
サッカー部で鍛えた樹来紅の蹴りが二子玉の顔面を砕き、物語の幕は下りた。




