第2章 第16話 食わず嫌い
「緊張するね、大矢くん」
「そうだな」
暗い箱の中、俺たちは会話する。
「ひさしぶりだから上手くできるかわからないけど……水菜ちゃんがんばるね」
「ああ、がんばろうな」
今から俺たちがやることは間違ったことだ。怒られることが確定している行動。その上誰にも褒められることもない。それでも。
「部対抗リレー、スタートですっ!」
誰にでも平等に、号砲は轟いた。
2018年 6月28日(木) 15:15
「いくわよぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
「きゃーっ、きた~っ!」
「うぉぉぉぉこえぇぇぇぇっ!」
俺と月長を入れた段ボールが宍戸さんが押す台車によって運ばれる。籠付のものを用意したので落ちる心配はないが、午前中の競技で大きく乱れた砂を通る台車は激しく揺れ、速度も相まってかなりの恐怖心が俺を襲った。
台車に人を乗せるという教育の場では絶対にアウトなイベント同好会の出し物。1週間前はさすがにどうかと思ったが、昨日俺から宍戸さんに頼み込む形で実行に移すことにした。
なぜならこれがちょうどよかったからだ。この競技なら、驚かせた上で生徒全員の目に映る。
「着いたわよ!」
急ブレーキと共に宍戸さんの声が外から届く。ここが三分の一の地点。
「いくぞ、月長!」
「うんっ」
俺たちがこの学校に戻るタイミングだ。
「「じゃ~んっ!」」
精一杯の大声を出し、俺たちが段ボールの中から飛び出した。人が現れたことと、その二人が噂の渦中だということで観客たちの間にざわめきが起こる。だがまだ近くにいる人たちだけしか気づいていない。ここからが本番だ。
「いってらっしゃいっ」
「はい」
「ありがと、桜花ちゃんっ」
段ボールから出た俺は、宍戸さんから押し手の役割を譲り受ける。月長は段ボールを放り捨て、腰の位置にある前方の柵に手を置いた。
「いける?」
「とーぜんっ!」
「じゃあいくぞっ!」
そして俺は台車を押し、トラックを走り出す。体重が一人分減ったのと、押し手が男に代わったことでさっきよりも速度が上がっていく。
今の順位は下の方だが、部対抗リレーは基本全員がふざけるイベント。野球部はキャッチボールをしたり、サッカー部は二人でパスをしながら走っている。これらが相手なら、基本的にただ走っているだけの俺たちの方が速い。まぁ順位なんてどうでもいいのだが、
「ゴーっ! きゃーっ、大矢くんもっとスピード出してーっ」
月長が楽しそうにはしゃいでいるのでしょうがない。スピードを出、す、わけにはいかなくなった……!
「大矢くんどうしたの!? 遅くなってるよっ」
「誰のせいだと……!」
俺がこの台車押しを計画したのは、ただ月長を喜ばせるためじゃない。
改めて考えてみても最低だが、月長のかわいさを利用して男子の人気を得るため。
単純に言うと、月長に否定的なのは基本的に男子。そして速度が上がればスカートが捲れる。そしてスカートが捲れれば馬鹿な男どもは喜ぶだろうというのがこの作戦だ。
どうせ男子高校生なんて頭の中にはエロしかないんだ。多少嫌なことがあってもスカートが捲れるのを見られれば、その日一日幸せな気分になれる。つまり月長がやったことなどどうでもよくなるというわけだ。
だが当然月長には嫌な思いをさせることになる。第三者の宍戸さんからですら、昨日ラインを送ったら、『最低ね』、『死んだ方がいいんじゃない?』、『性犯罪者を止めたと思ったら性犯罪者に成り果ててて草』、等厳しい連投をいただいた。
だから下を履いてもいいって言ったんだ。下がスパッツだろうが、うれしいことには変わりない。それ前提の作戦だったのに、
「なんで下履いてないんだよっ!」
「え? 水菜ちゃんのパンツが見たいからノーパンはやめろって意味だと思ってた」
「んなわけないだろくそビッチっ!」
くそ、外からは籠で見えづらいだろうが、後ろにいる俺にはダイレクトで見えるんだよ……! こんな状態で全速力で走れるか……!
「でもこの速度じゃスカート捲れないよ~?」
「それならそれでいいよ……。当事者の二人がこうやって仲良く走ってたら騒ぎも収まるだろ……」
「ふ~ん。仲良く、ねぇ……」
そう咀嚼するようにつぶやいた月長は、揺れる床の上でゆっくりと振り返り、一歩距離を詰めてくる。
たったそれだけで、月長の顔がこんなに近く……!
「もう一度よく考えてみてほしいな~」
「なにを……!?」
持ち手に寄りかかり、俺の視線より少し高い場所から見下ろしてくる月長。前を見なければいけないのに、頬を染めクスリと笑う妖艶な表情から目を離せない。
「水菜ちゃんは~。大矢くんに見られるって思って下着履いてきたんだよ~? つまり――」
そして彼女はスカートの端をちょこんとつまみ、俺にしか聞こえない声量で一言、
「――大矢くんは、見放題ってこと」
……………………。
「……いいからちゃんと前向いとけよ。これは周りへのアピールなんだからな」
「あれ~? 大矢くん照れてるのかな~?」
「照れるに決まってんだろくそビッチ……!」
「んふふ~。やっぱ大矢くんはちょろいんだぜ~」
楽しそうに笑い、月長は前の柵へと戻っていく。いつの間にかもうゴールが見えてきている。前には数組の部活がいるが、決して追いつけない距離ではない。
「前言撤回だ。どうせやるなら勝った方がいいに決まってる」
「どうしたの~急にやる気になって」
「もうこの時間はやり直せないからな。最後の最後まで欲張ろうって思っただけだよ」
そして俺は速度を上げる。それに比例して月長の歓声も大きくなった。
体育祭なんて嫌いで嫌いで最終的には行きすらしなかったが、案外悪くない。本気で走ってみて、初めてそう思った。




