第2章 第15話 間違った選択
2018年 6月28日(木) 12:35
「ひさしぶり~大矢くん」
「ひさしぶりだな、月長」
開会式も終わり、体育祭に熱が入り始めてきた正午。俺が待つイベント同好会部室に月長水菜が現れた。しかも服装は、
「それ買ったんだ……」
「乱暴に扱ったし売り物にならないだろうからね~。あれ以上お店に迷惑かけるわけにはいかないよ~」
先日俺が月長に着るよう頼んだ、リル曰く童貞が好きそうな服。フリルが随所についているノースリーブの白いブラウスと、ミニ丈の黒いハイウエストスカート。あれから再び束縛されたようだが、惜しげなく晒されている四肢には傷一つなく、夏の熱気を吸い込むかのように美しかった。
「そもそも~大矢くんが着てこいって言ったんじゃ~ん」
「俺は下履いてもいいからミニスカートで来てくれって言ったんだ」
「でも~これが見たかったんでしょ~?」
「近づいてくんなクソビッチ……」
「そうは言うけどね~。あいつ水菜ちゃんを縛ることしか興味なかったから~、実はキスもしたことないんだよ~?」
「っ」
「あれれ~? もしかして~。ちょーっと、うれしかった~?」
「そういうとこがビッチだって言ってんだよ……」
近い近い近い近い近い! 服のサイズが合ってなくて胸が強調されてるんだよ……。こいつそれをわかって屈んでやがる……!
「とりあえず座れよ。話をしよう」
こんな調子で来られたら俺の心臓が持たない。さっそく本題を切り出すことにした。だが月長は俺から少し離れるとフラフラと狭い部室を歩き出した。
「水菜ちゃんね~、色々と考えたんだよ~。これまでのこと、これからのこと。とりあえずは解放されて~、自由になれて~、水菜ちゃんは何でもできる。でも、何もできなくなっちゃった。みんなみーんな、水菜ちゃんの敵。私は、自由になれない。だから私、決めたんだ」
能天気な声と冷たい声が俺の周囲を廻っていく。まるでまだ自分の心が揺れ動いていると言わんばかりに。
だがそんなセンチメンタルに付き合うほど俺は優しくない。それに、こんなことを言い出した時点で答えは決まっているはずだ。
「「学校を、やめる」」
俺と月長の声が重なった。やっぱりそうなるか、めんどくさいな。
「よくわかったね」
テーブルを挟んだ俺の正面に立ち、月長が微笑む。だがどこか悲しそうでもあって、清楚な服装と相まりとても儚げに見えた。
「もう私はこの学校にいられない。みんなが私のことを知っていて、私のことを嘲笑っている。こんなきつい拘束ないよ」
「……悪かった」
「なんで大矢くんが謝るの」
「俺が何もしなければ……少なくとも学校での月長は幸せそうだった」
これは俺がやり直したことの弊害だ。俺が過去に戻らなければ、月長はこんな目に遭うこともなかった。だがそれは俺しか知らないこと。俺だけ勝手に苦しめばいい。予想通り月長はため息をついたが、その表情は理外の苦悶だった。
「……私、大矢くんのこと嫌いかもしれない」
「嫌われるくらい俺は気にしないぞ」
「そういうとこ……。そういうとこが、嫌い」
再びため息をついた月長はテーブルを回り、俺の前へと歩いてくる。
「でも特に嫌だったのは、あの時の悲劇のヒロインって言葉。その通りだったから。私は悲劇のヒロインを気取って楽になりたかった」
「別に悪いことじゃないだろ。実際かわいそうな立場だったわけだし」
「それでもむかついたことには変わりないよ。だから悲劇のヒロインが絶対にやらないことするね」
そう言うと、月長は。ロクに掃除もされていない床に膝をつき、額をこすりつけた。
「ひどいことしてすみませんでした。それと……助けてくれて、ありがとうございました」
土下座。確かに助けてもらったヒロインがやることじゃないな。だが俺にすることでもない。月長が俺なんかにここまでするなんて、絶対に間違っている。
「月長、学校を辞めるな」
「無理だよ……。わだしは、もう、大矢くんと一緒にいられない……」
嗚咽混じりの声が部室に響く。だがそれでは俺が困るんだ。月長じゃなく、俺が。
「俺は月長とずっと一緒にいたい。どこにも行ってほしくないんだ」
この1週間、全て月長に捧げてきた。ここで学校を辞められたらまた前の繰り返しだ。
「ここを退学して、他の学校に行ってどうなる。誰も助けてくれないぞ。もう俺たちは顔も名前もネットに晒されてるんだ。どこにも逃げられない。一生不自由だ」
「でも大矢くんとは……」
だから間違えろ。月長を救うのは俺じゃなくていい。
今はただ。月長が喜ぶ言葉をあげろ。喜ぶ役を演じろ。
「選べ! 月長っ!」
そして俺は床に這いつくばる月長の手を取り、束縛の自由を差し出した。
「知らない奴の視線に怯え続けるか、俺の隣で苦しみ続けるか。ただし後者を選んだら俺がずっと傍にいてやる。絶対に逃げられないようにな」
自分で言っていて気分が悪い。何より、すらすらとこんな言葉を並べられた自分が気持ち悪い。まるで心の奥底ではこれを望んでいたかのようだ。
でもこれで正解だった。なんせ、
「ごしゅじんさまぁ……」
突然とろんとした瞳で俺を見上げてきたのだから。
「!? …………? !?」
「ちっ、ちがっ! 今のはクセで! あの人私にこう呼べって強制してきてたから……!」
こ、こまでとは思わなかった。あまりにも突飛な出来事に頭がショートする。何も言えない。何も考えられない。そんな俺から離れ、顔を真っ赤にした月長が必死に弁明を続ける。
「だ、だいたい大矢くんが悪いんだよっ!? 突然変なこと言うから……!」
「…………」
「き、きもちわるっ! 大矢くんそういうこと言うの気持ち悪いからやめた方がいいよっ!? あーあ、芽依ちゃんに言っちゃおーっ!」
「…………」
一通り弁明を終えると、月長ははぁはぁと荒い息を吐きながらようやく落ち着いた。俺もそろそろ落ち着きが戻ってきた。というより、考えが当たった。
相手が警察官とはいえ、月長は本当に今まで何もできなかったのだろうか。違う。ほんの少しは望んでいたんだ。そうされてしまったんだ。二子玉に。
だから今の俺は、月長の間違いに乗ることにした。
「……悔しいし、嫌なんだけど……。これ、誰にも言わないでね」
「内容による」
「っ。わ、私さ、中2からあいつに縛られ続けてたから……。ほら、思春期だし……その、ほんとはやなんだけど、嫌なのがいいっていうか……いつの間にか……そういうの、好きになっちゃったのかも……しれない」
「そういうのってなに?」
「だ、だから! そういう……無理矢理な……感じ」
「だったら悪いことしたな。ご主人様を奪っちまって」
「そういうつもりじゃなくて! あいつは私じゃなくて私の身体目当てだったし……そういうのじゃなくて……。も、もう言いたいことわかってるよね……?」
「たぶんな。でも言葉すら信用できない奴となんとなくの話はできない」
「っ! っ~~~~!」
今の俺には時間がない。この時間にいられるのは残り3時間。後はあいつに任せるとしよう。
だから今の俺にできることは一つ。厳しい言葉を投げかけられて悦んでいる月長の手を再び取り、
「俺の隣にいろ。絶対に守ってやる」
「ひゃ……ひゃい……」
あの警官と同じ、そんな間違った卑劣な拘束を強いることしかできなかった。




