第2章 第13話 自分勝手な人たち
「お勤めご苦労さまでーす」
「ああ……ほんとにな……」
2018年 6月26日(火) 16:48
「おにぃのばかーっ!」
「ぐへぇっ!?」
捕まってから2日後。釈放されて警察署の外に出ると、出迎えてくれた妹の卯月にタックルされた。
「バカバカバカっ! おにぃがあんなことする度胸なんてないことはわかってたけど! 心配したんだからねっ! ママとパパも帰ってくるって言うし……! 迷惑かけんな、ばかっ!」
「ご、ごめんなさい……。でも俺被害者……」
「うっさい! 言い訳すんなっ!」
「まぁまぁ、落ち着いて。お互い無事に会えて何よりじゃないか」
バンバン叩いてくる力が強まってきて真剣にきつくなったところを抑えてくれたのは、俺の命の恩人、樹来だ。
「……おにぃ、なんでこんなイケメンが友だちにいるの? 今度紹介してよね」
「まぁいずれ……。それより樹来、本当にありがとう。助かった」
「礼なら後輩に言いなよ。俺はただ持ってきただけだから」
「そうですよー! ちゃんと感謝してくださいよーっ!」
(わかってるよ。リルには感謝してもしきれない。本当に本当にありがとう)
今この場にいるの俺、卯月、樹来と、天使化しているリル。そしてこの場にいられているのは、樹来と実体化したリルのおかげだ。
3日前の土曜日。俺は翌日のデートのために下調べをしていた。だが下準備も一つしていたのだ。
ボイスレコーダーの購入。警察官だけでなく宍戸さん、さらには月長自身も疑っていた俺は、保険を用意していたのだ。なんせあの月長が俺とデートしてくれるって言うんだ。裏があるに決まっている。
そしてそれが見事的中。集合した時からつけっぱなしにしていたボイスレコーダーに、月長と警官の自供が保存された。
だがあいつも馬鹿ではないだろう。俺を連行する時にスマホなどの電子機器を回収する可能性は大いにあった。ここでボイスレコーダーを見つけられたら終わり。俺の無罪を立証するものがなくなってしまう。
そこでリルに頼み、ズボンの右ポケットに入れていたボイスレコーダーを手の実体化によって回収してもらった。
これで俺が何もしていないのは聞いてもらえばわかるようになった。だがリルに戸籍はない。面倒事を避けるための頼みの綱となったのが、樹来紅だ。
樹来なら、俺の恥ずかしい話や月長の聞かれたくない話を聞いても秘密にしてくれる。そう信頼しての依頼だった。
「大変だったんですよ? 樹来紅さんの家わからないから……」
(わかってるって。ありがとう)
樹来とリルはオリエンテーションの時に一応面識がある。それと後輩設定も使ってくれたのだろう。もちろんどのような会話をしたのか俺には知る由もないが、今俺が救われているのが全て。万事上手くいったのだろう。
「それで月長は……」
「それについては! ジブンが説明させていただきますっ!」
そうだ、この場にもう1人いたの忘れてた。いや、忘れようとしていた。
十六夜乙女さん24歳。俺の取り調べを行った刑事さんだ。
こう言うのも失礼な話だが、実害があったので言わせてほしい。名前とは裏腹にめちゃくちゃ熱血。
「おらーっ! 証拠は上がってるんすよーっ!」
「被害者に申し訳ないと思わないんすかーっ!」
「カツ丼残さず食べるんすよーっ!」
そんな暑苦しい感じを2日間……。せっかくリルがいないというのに全く気が休まらなかった。
(……あ)
「どうしたんですか? 主水さん」
(なんでこの人が苦手なのかわかった。ノリがリルと似てるんだ)
「おい殴りますよ」
まぁそれは置いておくとして、今は十六夜さんの話を聞こう。
「置いておくってなんですかっ! 私はまだ納得してませんよっ!」
リルの叫びを無視し、メモ帳をペラペラと捲っている十六夜さんの声に耳を傾ける。
「まず今回の事件の現状についてっす! 容疑者は二子玉消27歳。ジブンの先輩に当たる人っす!」
「元……ですよね?」
「もちろんっす! 許せない外道っす! で、二子玉なんすけど、イケメンの彼が持ってきてくれたボイスレコーダーのおかげで我々が間違っていたことが発覚したっす! いやー、大矢さん。仕方なかったとはいえ取り調べ中はひどいことして申し訳なかったっす!」
「そういうのいいんでさっさと教えてください、月長のこと」
やっぱ苦手だこの人……。悪い言い方をすれば使えないリル。いいところが一つもない。
「ちょくちょく私に喧嘩売ってくるのなんなんですか? もう助けてあげませんよ?」
(ごめん。まともに寝れなかったしさすがにストレスが溜まってるみたいだ)
「……そういうことなら多少大目に見てあげます」
リルに当たってないで落ち着かないとな……。どんな結果が待ち受けていてもいいように。
「結論から言うっす。本日14時、警察は勤務中だった二子玉を取り逃がしました。同時に二子玉の自宅に突入したところ、監禁されていた月長水菜さんが発見されたっす」
「容体は!?」
「命に別状はないそうっす。今は病院で診てもらっていますが、健康状態も問題なし。すぐにでも家に帰れるっす」
「そっか……よかった……」
これでひとまずは安心。だと信じたいが、
「二子玉はまだ見つかってないんですね……?」
「はい。しかも容疑者は拳銃を所持しているっす。この点を踏まえ、逆恨みしている可能性も考えられることから、大矢家と月長家を警察が警護に当たるっす。なので大矢さんと卯月さんは、しばらくの間家にいてもらいたいっす。マスコミ対策にもなりますし」
しばらく……か……。二子玉が捕まりでもしない限り、少なくとも数週間は見た方がいいだろう。それだと困る。俺が未来に帰るのは2日後の体育祭。どうしてもそれまでに片をつけておきたい。だったら、
「いや、俺は体育祭に出ます。それとできれば月長も。逆に二子玉をおびき寄せるんですよ」
俺の言葉を聞いた十六夜さんはぽかんと口を開けると、すぐに首と手を横にぶんぶんと振って反対してきた。
「危ないっすよわかってんすか!? 相手は拳銃を所持してるんす! 下手したら死人が……!」
「体育祭中は一般の人も校内に入れます。だから俺たちに復讐するならこの日が一番いいはず。その間私服警官が入口を見張っていれば二子玉を捕らえられますし、来ないのなら復讐しに来る可能性はぐっと減る。一番効率いいのがこの方法のはずです」
「だから危険が……!」
「二子玉が捕まらない限り、俺も月長も安心できない。俺たちに一生家にいろって言うんですか?」
「そうじゃないっすけど……ジブンの一存じゃ……」
やっぱり渋るか……。でも警察が何を言おうと俺さえ外に出られれば……!
「……おにぃ、やめときなよ」
そう言って袖を掴んできたのが誰だか一瞬わからなかった。だってこんな悲しそうな顔をした卯月を見たことがなかったから。
「あぶないよ……。私、おにぃに死んでほしくない……。いいじゃん、ずっと家にいようよ。ママもパパもあと3日もすれば帰ってくるし……」
普段、俺に死ね死ね言ってくる卯月がこんなことを言うなんて……。うれしい、が。だからこそ駄目なんだ。このまま何もせずに帰ったら、俺は三年後に死んでしまう。ここで逃げるわけにはいかない。
だがそれを口にするわけにはいかない。言葉に詰まっていると、卯月の細い腕がプルプルと震え始めた。
「……もしかしておにぃ、その月長って人が好きなの?」
「……だったら、認めてくれるのか?」
「っ」
卯月と話さなくなってから何年経ったか。だから知らなかった。こんなに力が強くなっていたなんて。
「まだ気づかないの!? おにぃ、その人に裏切られたんだよっ!? なんでまだそんな人の心配なんてしてるの!?」
「月長にも……事情が……」
「だとしてもだよ! 私はその人を許せないっ! おにぃをこんな目に遭わせた人なんて殺されちゃえばいいっ!」
たぶん、卯月が合っているのだろう。だから卯月を叱ろうとは思えない。それでも、だ。
「ごめん。俺、約束したんだ。月長を助けるって」
「おにぃの……ばがぁ……!」
本当に悪いと思っている。でも今回だけは譲れない。
リルには絶対に内緒だが、今回が俺にとって最後のチャンスなのだから。




