焚き火
体の芯からじんわりと体が暖まっていく事に気が付いたツキジは暗闇の世界から意識がゆっくり戻ってくるのを感じた。
暖かい。思わず電子ヒーターの傍でウトウトとお昼寝してしまった時の瞬間をツキジは思い出す。
ーーーーそっか。今までのはやっぱり夢で、自分はやっぱり布団の上で眠っているだけだったんだね。
朦朧とした意識の中でホッと安心したツキジはようやく目をパチリと覚ます。
「‥‥?」
目の前ではパチパチと焚き火が燃えているのが目に入り、ツキジはおや、と瞬きをする。‥‥まだ自分は夢の中にいるのだろうかと疑問を抱いた。
混乱しているものの、ツキジは地面に手をついてとりあえず体を起こすと、自分の上にかけてあったらしい衣類がパサリと下に落ちてしまう。
落ちてしまった衣類にツキジは思わず目を向けると、それは見覚えのない黒いロングジャケットで、ツキジは益々混乱してしまう。
「‥なに、これ‥何で私の上に‥‥」
「おはようございます。お体の具合はいかがでしょうか」
抑揚の無い声が聞こえ、ツキジは驚いて思わず声のした方向に顔を向ける。
「え、な、何‥‥っ‥‥!あ‥‥!」
ツキジは彼の顔を見た瞬間、全てを思い出してしまった。
初のコンサートで緊張のあまり倉庫室に隠れていたら謎の少年がやってきて屋上からダイブさせられてしまった事、‥‥その後なぜか夜の湖に落ちて泳いでいたら、銀髪美形に剣を突きつけられた事。
ーーーそして今目の前にいる無表情の男が、銀髪美形を銃でためらいなく撃ち殺したという事を。
「ひっ‥‥」
ツキジは恐怖のあまり、目の前の男から距離を取った上で立ち上がる。
けれどその瞬間、ようやく自分の身に何も衣類を身につけていない事が分かり、ツキジは両手で体を隠す様なポーズで大声を上げる。
「!?うわあああっ!!!なんっ、何で裸っ、全裸‥‥!?」
「濡れた服は、体温を奪います。ですので僭越ながら体を拭かせていただき、その上で私の着ている服を‥‥」
「わ、わかった、もういい。とりあえず助けてくれたのはわかった、ああ、あり、ありがとう」
「いえ、当然の事をしたまでです」
ツキジの裸体を見ても照れる事なく、真っ直ぐとツキジを見つめて相変わらず機械の様に淡々と事を話す彼を見て、彼は人間ではなく本当にロボットか何かなのではないかと疑惑の目を向けながら、ツキジは体の上にかけられていた黒いロングジャケットで自分の体を隠す様にしてぎゅっと抱きしめてもう一度焚き火の前に座る。
「‥‥ええと、あの。あなたは、私の味方、でいいのかな‥‥?」
「はい、私はあなたの味方です」
「‥‥に、人間、でしょうか」
「はい、私は人間です」
「そ、そう‥‥ご、ごめんなさい。失礼な事を聞いて」
「いえ」
ーーーー何コレ。人工知能との会話?
ツキジの質問に対して簡潔な言葉で味気なく返す彼はまるでスマホの人工知能と会話している様な気分になる。
助けてくれたとはいえ、目の前の男からはまるで人間らしさを感じられず、なんだか気味が悪くてツキジはあまり安心する事ができなかった。
とはいえ今、ツキジが頼れるべき人物は彼しか居ない。今の状況を確認する為にも、もう少し話しを聞いてみる事にする。
「ここは、どこですか」
泣き出しそうな情けない声でツキジは今一番知りたい質問を投げかける。
なぜ屋上から飛び降りた先に湖があるのか、なぜ今は夜なのか、さっきの銀髪の美形は一体何だったのか、聞きたいことは山ほどあったが、とりあえず自分が現在どこにいるのかをツキジは知っておきたかった。
目の前の男はツキジの泣き出しそうな顔を見ても表情一つ変えず、抑揚のない声で答えた。
「‥‥クヌカトルの西にある、セヌル湖のすぐ側です」
「クヌ‥‥なに?」
聞きなれない地名らしき言葉を言われ、ツキジは言葉を聞き取ることができず、オウム返しで聞き返す事すらできなかった。
「えっと、ごめんなさい。聞いたことない地名でよく分からなくて‥‥日本にそんな地名の場所があったんですね」
「ここは日本ではありません」
は、とツキジの口から間の抜けた声が漏れる。
ーーーーここが日本じゃない?
今言われた言葉を頭の中で反芻するも理解が出来ず、ツキジは思わず声を荒げて目の前の男に詰め寄った。
「‥‥あ、う、嘘だよ!!だってお兄さん、今、日本語喋ってるじゃないか!日本の人じゃないの、?」
「私は日本人ではありません。日本語が話せるのは貴女とお話しする為に勉強したからです」
「私と話す為?あ、あなたは一体誰なの。ここが日本じゃないなら、どこなの。私は今、どこの国に居るって言うんだ」
絶望した顔で尋ねるツキジを無表情に見つめ、さらに追い討ちをかけるかのように男は「もう少し言えば、この世界は貴女が元居た世界とも違います」と言い放った。
正気の抜けた様な顔でツキジは男の顔をぼんやりと見つめる。
この状況が夢であってほしい。本日ありえない事が起きるたびに何度も何度も願ったことだが、悲しいことに一向に悪夢から目が覚める気配がない事から、今ここで起きていることは現実なんだとツキジは受け止める他なかった。
「元居た世界とは違うって、どういうこと?全部教えて、ください」
ツキジが疑問を投げかけると男は頷き、「順にお話ししましょう」と、ボタンを押せば自動で説明してくれる機械の様に快諾してくれた。