そして彼女は落ちる
階段を最上階まで上り、謎の少年に最終的に連れて行かれた場所は屋上だった。
得体の知れない少年が怖くて仕方が無いツキジは足がガクガクと震え出し、今すぐにでも逃げ出したかったが、少年ががっちりとツキジの腕を掴んでいる為、逃げ出す事は不可能だった。
少年はひょこひょこと歩くツキジを「さっさと歩いて」と急かし、屋上の手すりのある端まで移動していく。
「‥‥うっ‥‥うう‥‥」
情けない、と思いつつもこんな状況ならば誰でも泣き出すに決まっていると自分を納得させて、ツキジは我慢せずに半分泣き出しながら、少年に腕を引っ張られるがまま仕方なく歩いていく。
‥‥超能力か何かでスタッフの腕を何の躊躇も無く折った上に、人が苦しむ様を見て狂った様に笑ったこの少年。彼が何者で、どうしてツキジの元に現れたのだとか色々と疑問はあるが、とにかくこの少年がこれからツキジに何らかの危害を加えようとしていることは間違いない。
「‥‥‥。」
隙を見て逃げよう、ツキジがそう考えた瞬間、少年の足がピタリと止まり、先程まで痛いぐらい握りしめていたツキジの腕を術が解けたかの様にパッと離し、少年はぐるりとこちらを振り向いた。
ツキジの考えていることを悟られたのかと思い、びくりと肩を震わせると、少年は子どもの様な無邪気な顔でニィ、と笑って「ねぇ、選ばせてあげるよ」と呟いた。
「‥‥な、何を?」
「ツキジは死にたいんでしょ?だからね、こっから飛び降りて死ぬかそれとも‥‥」
言いながら、少年は左の手のひらをパーにしてツキジの方へとかざす。
先程スタッフの腕を折った時と同じ動きをしている事に気が付き、ツキジは「ひっ」と声をあげる。
「全身ぐちゃぐちゃになって死ぬか‥‥どっちかいいか選んで」
ーーーーご冗談を。
そう口に出して言いたかったが、彼の目を見る限りとても冗談を言っている様には見えず、ツキジは恐怖で顔をひくつかせた。‥‥残酷な言葉を吐く彼の口調は尚も優しくて恐ろしい。
「‥‥わ、私、死にたいなんて一言も言ってないんですが」
確かに少しの間だけここから消えてしまいたいと思ったのは事実だが、死んでしまいたいなんて全く思ってもいない。
ツキジは心の中でそう思いながら少年の顔を見上げて震える声で抗議する。
「あれ、そうなの?‥‥なんだ。でもどのみちどっちかは選んでもらうよ。‥‥本来なら会った瞬間殺す予定だったんだけど、『月光の戦士様』に選ばれた人間が死にたがってるなんて面白くてね」
「‥‥?何の話」
少年が何を言っているのか分からず、ツキジは困惑した表情を見せるも、彼は気にする様子もなく楽しそうにククク、と笑う。
「で、選んだ?どっちの死に方がいい?」
「どっちも嫌だよ!?私まだ、し、死にたくない‥‥そんな死に方、したくない‥‥!!」
「駄目。‥‥早く選べよ」
再びスッと笑顔が少年から消えたかと思うと左手をかざしたまま、地面を軽く片足で蹴ると、そのままふわりと宙に浮かび、屋上の手すりの上に着地した。
「!‥‥え」
そして感情の込もっていない様な瞳でツキジを見下ろし、「ほら、10数えてあげるよ」と言い放つ。
ツキジは目の前の光景に驚愕し、唖然とする。
ーーーーなにこれ、これも超能力?いくらバランス感覚あっても、さすがにそんなところに立ってたら危ないんじゃ‥‥
「‥‥あ、れ‥‥」
混乱のせいか、ぐらりとツキジの視界が揺れた。足元もふらふらする。また吐きそうになる。
ーーーー気持ちが、悪い。
1から一つずつ数を数えていく少年の声が、遥か遠くの方で聞こえる。
乱れる呼吸を抑えながら、ツキジは目の前の手すりの上に立つ謎の少年を何とか見据えようとする。‥‥けれどその瞬間、少年の姿が”ある人物"と重なり、ツキジの頭に焼き付いて離れる事のない光景が目の前に広がる。
ーーーーーーーーそれは今から1年前の事。夕暮れ時の病院の屋上の事だった。
その時ツキジは驚きと恐怖が混じった声で少女に必死に呼びかけていた。
"そんなところに立っていたら危ないよ。こっちに戻って来て"
細くて長い綺麗な髪の毛が風に揺れる。
屋上のフェンスの向こう側に立つ美しい少女は、ツキジの方を振り向かないまま、口を開いた。
"ごめんねツキジ、やっぱり駄目だったみたい。ほんとにごめんね"
少女は後ろ手でフェンスをがっちりと掴み、体をフェンスにピタリとくっつけているものの、そのまま落ちる覚悟でいる事がツキジには分かり、再び大声を上げた。
"何言ってんだよ、意味分かんないよ。いいから早く戻ってきてよ!そこから戻れなくなっちゃったなら、今から誰か呼んでくるから・・・!"
"ツキジ・・・・・・"
少女はそこで初めてツキジを振り返る。・・・・彼女は今まで見た事の無い程の美しい顔で微笑んでいた。
赤く染まった夕日がバックになり、まるでその光景は一枚の絵画の様だった。
"信じてるわツキジ。あなたならきっと・・・・"
そう言って彼女は、後ろ手で掴んでいたフェンスをパッと離し、体を前へと傾ける。
彼女が落ちる瞬間は、ツキジの瞳にゆっくりと映り、まるでスローモーションの様に見えた。
『・・・・・・あ』
気付いた時には彼女はもう、落ちていた。
『ひ、ひなた・・・・・・!!ああああああ!!ひなたあああああああ!!!』
ツキジは少女の名を呼び、絶望しながら絶叫した。
「・・・ひなた」
ツキジは目を開ける。目の前にはあの時の"少女”・・・”日向"がいる。
ーーーー今なら助けられる。手を掴むんだ。早く、早く。
ツキジは手を伸ばし、”日向”の手を掴む。
「はーち、きゅーう・・・・って何?どうしたの?」
ゆっくりと数を数えていた“日向”・・・ではない、少年はツキジの手を振り払おうと腕を大きく振る。けれどツキジはその手を離さない。
「そう、わかった。落ちて死にたいんだね」
ツキジの目の前にいる少年の腕をぎゅっと掴み、虚ろな目で彼を手すりから降ろそうと必死で自分の方へとと引っ張る。
「何がしたいの?」
少年は愉快そうに笑い、ツキジに掴まれている右腕を後ろにブン、と振ると、そのまま左手をツキジの体にかざす。
「‥‥っ!!」
ツキジの体がふわりと宙に浮き、バランスが取れないまま、少年の方へと体が引っ張られる。
少年の体はそのまま後ろへと傾き、ツキジもろともゆっくりと落ちて行く。
「ツキジ、君はこの世に必要ないんだよ」
「‥‥‥ひなた」
ツ目の前の少年を"日向"だと思い込んだツキジは彼女の名前を口にしながらそのまま少年の頭を守る様にして抱きしめる。
「‥‥!?」
けれどツキジはその時、少年の肩越しに下を見てしまった。ミニチュアの様に小さくなった車や通行人が目に飛び込み、先程の高層の建物から自分が現在進行形で落ちていってる事に気付いてようやく我に返ったツキジはかつてない悲鳴を上げた。
「え、え!?なにこれ、え!?いやぁあああ!!助けてええええええああああっ!!」
「五月蝿いな。離してくれ」
「いやあああああっ!!こわいいいい死ぬううううう頭割れちゃう!割れちゃうよおおお!」
「‥‥そうやって叫びながら一人で死ぬといいよ。さようなら、ツキジ」
少年は舌打ちすると、両手でツキジの体を突き放した。‥‥おそらくまたあの超能力らしき力も使ったのだろう。ツキジの体は少年の体が見えなくなるくらいまで吹っ飛ばされていた。
「!!死ぬうううう‥‥!あああああああっあ‥‥あ‥‥」
もう息ができない。喉も痛い。恐怖で涙が溢れては流れる。もうすぐそこは固い地面。助かる事はもうない。
ツキジはギュッと目を瞑り、覚悟を決める。せめて怖さを半減させる様に自分で自分を抱きしめる様な格好で風を感じながら落ちて行く。
ーーーーひなた‥‥ひなた。ごめんね。泣き虫と臆病なところ、最後まで治せなかった。君の歌を、みんなにちゃんと届ける事ができなかった。
いつも泣いて、逃げてばっかで、ほんとに私は出来損ないだったよ。でも君がいたから、今まで生きて来れた。
「ひな”だぁ‥‥っ」
今までの人生に思い耽る余裕もないまま、ツキジはただ一人の"少女"の事だけを想いながら、意識はそこで途切れてしまった。
‥‥意識が途切れる瞬間、ツキジは何か眩しい光に包まれる不思議な感覚を感じた。




