月光の戦士の宿命
今度はむせなかったよ、と水を飲み干したツキジが得意げに言うとライノスは再び手のひらに小さな炎を宿し、ツキジはヒッと小さく悲鳴をあげる。
「次むせたらまた前髪燃やしてやろうと思ったのに」
「二度としないで」
ツキジの怯える姿にライノスがいたずらっ子の様にククク、と笑うと手のひらにある炎をシュッと一瞬で消した。
まるで手品みたいだ、とツキジが関心していると、ライノスが先程の話の続きをし始める。
「えーと‥‥命力については大体説明できたか。さっきも言った通り、命力は元々瘴気から自分の身を守る為のガードとして使うだけだったんだけどね。研究が進むにつれ、命力を使って人間は自然の力を引き出せる事が分かったのさ。引き出せる属性は人によって異なり、火、水、風、土の力をそれぞれ様々な形で使う事ができるって訳」
まれにどの属性も引き出せる優れた人間もいるけどね、とライノスは付け加える。
「ああ。だから二人とも手品みたいに風や炎を出せたのか、命力ってすごい‥。ってそうじゃない!私はさっき"ヌアザティアの人々をセーフィティアに連れて行くことはできないの?"って聞いたのに何で急に命力の話になるんだよ?」
「まだわかんない?命力があるからヌアザティアの人間を連れて行くのはダメなんだよ」
首を傾げるツキジにライノスは呆れた顔で溜息をつくと、「命力なんてもんを持ってるヌアザティアの世界の人間を、命力を持たないセーフィティアの人間の世界へ連れてったらどうなると思う?」と人差し指でツキジの顔をトントンと叩きながら早口でまくし立てる。
‥‥命力を持つ人達が、私の世界にきたら‥‥ええと、私の世界には瘴気はないから命力は使わなくてよくなる、よね。それ以外に何かあるのかな?
ツキジがライノスに言われた言葉通りに、ヌアザティアの人間が自分のいる世界に来る事を想像してみるも、なかなかどういうデメリットがあるのか思いつかない。
確かに突然違う世界の住人が入り乱れば、混乱し、人々は錯乱状態にはなりそうだが‥‥。
ツキジがいつまで経っても頭にクエスチョンマークを浮かべているのを見て、ライノスは頭をガシガシと掻き、諦めた様に答えを言う。
「セーフィティアとヌアザティアの人間がごっちゃになれば命力を持ってる人間が命力を持たないセーフィティアの人間を見下したり、差別する可能性が高い。何より命力でセーフィティアの人達に暴力を振るったり、無理やり従えようとするのは目に見えているよ。いずれ争いが起こるのは確実」
「ぬ、ヌアザティアの人ってそんな悪い人ばっかじゃないでしょ?ちゃんとルールを作って取り締まれば‥‥」
「ルール作ったって無理なものは無理さ。実際、ヌアザティアの人間は瘴気のせいで荒くれだった人間や、自己中心的な人間がほとんどだよ。家族や自分を瘴気から守るのに必死で自分さえ良ければ他人なんてどうなろうと知ったこっちゃないって考えの人間が多いのは確かだね」
「‥‥」
常に自分の命が脅かされる環境。
それは自分以外の他人を気にかける余裕を無くし、死の恐怖と常に戦い、神経がすり減る思いで毎日を必死で生きなくてはならない。
‥‥確かにそんな状態で人は、人を思いやる事が出来なくなるのかもしれない。
突然黙り込んでしまったツキジにライノスは再びふぅ、と息を吐き、「納得したみたいだね」と呟く。
「ま、セーフィティアに行けば瘴気は無くなる訳だから少しは落ちつくだろうけどね。それでもこの命力ってのが仇となって争いは起きる、絶対に。‥‥だからセーフィティアとヌアザティアの世界はしっかり分けなくちゃいけない。‥‥なんだけど」
そこまで言ってからライノスはどこか言いにくそうに口ごもる。
ツキジが首を傾げれば、ライノスはa-0756に目配せをしてa-0756が頷いてツキジの前に出て来る。
「そこで貴女をこの世界へと呼び出した理由にも繋がってくるのです、月光の戦士様。実はセーフィティアとヌアザティアの世界を分けている結界が今、解けかけており、二つの世界は一つになりかけてしまっているのです。
貴女の使命は瘴気に汚染されたこの世界、ヌアザティアと貴女の元いた綺麗な世界、セーフィティアが一つになるのを防ぐことです」
「な、どうして私が‥‥!っていうかこういうのって普通この世界を瘴気から救って下さいとかになるんじゃ・・・」
「いえ、ただ瘴気まみれの我々の汚い世界と貴女の世界が繋がってしまう事で貴女の綺麗な世界に多大な迷惑をかけそうなので、それを阻止するだけでいいのです」
「いや言い方!ヌアザティアの世界は瘴気から救わなくていいの!?」
「そのうち滅びゆく世界なので大丈夫です」
何の感情も無い様な声質でばっさりと言い切るa-0756に、それを聞いて思わず吹き出すライノス。そんな二人を見て唖然とするツキジ。
この人達は何を言っているのか。‥‥自分たちの世界が滅びるのは本当にどうでもいいと思っているのだろうか。
ツキジの疑問を読み取ったかの様にライノスが笑みを浮かべて言う。
「この世界とツキジの世界が繋がってしまえば瘴気はツキジの世界にも流れ、いずれ人類は滅亡する。そもそも人類の滅亡を防ぐ為に世界を二つに分けたんだから、こっちのヌアザティアの世界がいずれ瘴気で埋め尽くされてしまうのは承知の上なんだ」
「‥‥承知の上って、ひょっとしてライノスも世界を二つに分ける事に賛成したの?」
「うん。というか、王に命じられて世界を命力で二つに分けたのはこの私、ライノスと‥‥当時の月光の戦士様さ」
ライノスの言葉にツキジは目を見開き、様々な疑問が頭に浮かび、そのまま言葉にしてライノスにぶつける。
「ラ、ライノスが世界を二つに分けたの!?っていうかそれってどのくらい前の話?今から数十年前やそこらの話じゃないよね?ライノスって一体何年生きて‥‥っ」
何より"月光の戦士"とは他にも居たのか、という疑問もぶつけようとした瞬間の事だった。
突然ライノスの右手がツキジの顔の目の前に現れ、手のひらから大量の水が噴水の様に勢いよく吹き出し、何も構えてなかったツキジは突然の水に対応できずにそのまま真正面からくらってしまう。
「ぶわっ!??ふっ、ぐ、鼻に入った!!何で水‥‥っ」
「誰が年寄りだ」
「言ってない!」
一体何年生きているのか、という聞き方がお気に召さなかったらしく、ライノスは不機嫌そうな顔でツキジの顔を見つめている。‥‥先程の話を聞けば当然な疑問だと思うのだが。
ツキジが必死で顔の水を手で拭っているのを見て、a-0756は無言でタオルを差し出してくれるので、それを受け取ってとりあえず顔をゴシゴシと拭く。
それを見てライノスは満足そうに笑うと、「世界を二つに分けたのは、もうずぅっと昔の話だよ。何百年前だか、何千年前だか、もう覚えてない」とどこか遠い目をして答えた。
「‥‥まあ私がどんだけ生きているのかはさておき。月光の戦士ってのは、当時世界を二つに分けた人間でもあり、その時に起こった内乱や戦争を収める為に活躍した伝説の剣士なのさ。あんたの後ろにある"月光の剣"を使ってたんだよ」
ライノスにそう言われ、ツキジは思わず後ろを振り向く。ツキジの座っているベッドの端に見覚えのある剣が置いてあり、「あっ」と声を上げる。
「これ、さっきの化け物と遭遇した時に持った剣‥‥。月光の戦士は今どこにいるの?っていうか、そもそも何で二人は私の事を月光の戦士って呼ぶの?」
ツキジの問いにa-0756がすかさず答えてくれる。
「月光の戦士様は既に他界しております。そして貴女は月光の戦士様が選んだ、新たな月光の戦士様という事になります。‥‥ちなみにその剣は、貴女がこちらの世界に来た時に落ちてしまった湖に現れた剣なのですよ」
湖に現れた剣、と言われてすぐにツキジは湖を必死で泳いでいた事や、湖に浮かぶ剣を取りに行こうとして銀髪美形に殺されそうになった事を思い出した。
あの時湖に浮かんでいた剣がこの剣だった、というのはわかるが、それでもまだまだツキジの頭には疑問は浮かぶ。
なぜあの銀髪美形はこの剣を欲していたのか、とか。なぜ月光の戦士は既に他界しているのにライノスは未だ生きているのか、とか‥‥。
未だ説明されていない事は多いが、その中でも何より今一番聞きたいのは‥‥。
「あの‥‥なんで、私が新たな月光の戦士ってやつに選ばれたの?だって私、武術や剣道の達人でもないし、特別なにか力を持ってる訳じゃないんだよ?なにかの間違いだよね」
むしろ間違いであってくれ、とでも願うようなツキジの表情を見てライノスは苦笑して首を振る。
「いいやツキジ、間違いじゃない。その剣を使うに値する人間として、あんたが月光の戦士に選ばれたんだよ。‥‥その証拠にあんたをこの世界に呼び出したと同時に"月光の剣"が現れたからね」
「で、でも無理だ、私には出来ない。私は人一倍臆病で怖がりなんだ。あと極度の緊張体質持ち‥‥」
「知ったことか。あんたが選ばれたんだからガタガタ言わないでよ。‥‥ああ、ヴァルガとの戦闘に関して心配してるならそこは大丈夫さ。いざとなったらその剣に眠る月光の戦士の魂がツキジの体に宿って戦ってくれるから。さっき遭遇したヴァルガを倒したのはあんたの体を乗っ取った月光の戦士らしいよ」
「え、なにそれ初耳‥‥私の体、乗っ取られてたの!?っていうかそれなら私の体じゃなくてもいいでしょ!?私は元の世界に帰りたいんだよ!帰って、何とかあの歌を届けないと‥」
「だからあんたじゃないとダメなんだって‥‥。ああ、ならこうしよう」
ライノスは名案でも思いついたかのように手をパン、と叩き、何か企んでいるのではと勘ぐってしまいそうなくらいの不自然な笑みを浮かべてツキジの顔を覗き込む。
「セーフィティアとヌアザティアが一つになろうとしているのを防ぐ為に協力してくれるってんなら、ツキジは元の世界に返してあげる」
「‥‥協力しなかったら?」
「協力するって言うまで元の世界には帰さないし、ここに居てもご飯も寝床もなーんにも与えてあげない」
「そんなの脅しじゃん!イエスって言う他ないじゃないか‥‥」
「そうだね、どうする?」
イエスと言うまで引き下がらない、と言った圧力のあるライノスの言葉にツキジは頷く他ないのは分かっていたが、そう簡単にはまだ首を縦には触れなかった。
「協力したとして‥‥どのくらいで帰れるの?半日くらいはかかる?」
「まあツキジ次第だね。でも少なくとも半日以上はかかると思っておいてよ」
「そんな‥‥。だって、半日以上私がいなくなったら元の世界の私を知る人達がなんて思うか‥‥」
今頃はコンサート直前で歌手が居なくなったと大騒ぎになっている事だろう。マネージャーの向井さんや、関わってくれた様々なスタッフの人たちに多大な迷惑をかけてしまっているに違いない。‥‥何より、あの歌を楽しみにしてたお客さん達をがっかりさせた上に無駄足を運ばせる事になってしまう。
この世界に来る前のツキジはとにかく緊張とパニックで頭がおかしくなりそうで、コンサートから逃げたくて逃げたくて仕方がなくて、あの場から逃げる事しか考える事しかできなかった。‥‥けれど今、冷静になってやっと気付く。逃げる事でどれだけ自分がたくさんの人に迷惑をかけるのか、今頃どれだけ心配をかけてしまっているのかを。
そこまで想像したツキジは自分が逃げようとした事の罪悪感と後悔に苛まれた。‥‥この異世界に来なくとも、どちらにしろ自分があの場から逃げたしてしまう可能性は限りなく高かったのだ。
絶望した様にツキジが落ち込む様子を見て、ライノスは「ごめんね、諦めて」と軽いトーンの声色でツキジの肩をポンと叩く。
「ツキジの言う通り、これは頼みでもお願いでもない‥‥ただの脅しだから。っていうか、ほぼ命令だからね。私達のことをうんと恨めばいいよ」
「‥‥でも、私には出来ない。そんなの無理だ」
未だ頷く事のないツキジにいい加減苛立ったのか、ライノスは今日一番の溜息を吐き、「あのさぁ」とデカイ声で怒鳴る。
「あんたがやらなきゃ、あんたの世界も瘴気に覆われる事になるよ。あんたの大事な人達が瘴気で死んでも良い訳?」
それを聞いたツキジは涙目になりながら、ハッと気付いたかの様にライノスの顔を真っ直ぐ見据える。
瘴気、というものが未だにどういうものなのかツキジには想像が出来ない。けれど、命を落とす程の害のある物がツキジの世界にも影響を及ぼすかもしれないという事実だけで協力する理由には十分値する。
でももしもツキジが失敗すればどうなる?ヌアザティアはおろかセーフィティアまでも滅ぼすかもしれない。そんな重大な責任が伴う事をホイホイと承諾することはできなかった。
ーーーー例え、それが出来るのが仮に本当に私だけなんだとしても。
「‥‥どうしても、私じゃないとだめなのか?私は失敗するのが怖い。期待に答えられなくて二つの世界両方とも滅ぼすかもしれない。そんな事になったら耐えられない。そうなったらどうすればいい?」
「そんな事は絶対にさせないから安心してよ。‥‥その為に最強の兵士まで攫ってきたんだから」
ライノスが最後に何かを呟いたが、ツキジの耳には聞こえず、ライノスの励ましの言葉に対しても、ただ俯く事しかできなかった。
ライノスは呆れた様に今日一番の溜息を吐く。
「‥‥じゃあさぁ、せめてとりあえず、 瘴気によってどんな被害が出るのかをその目で見てほしい。それでツキジがどうするのかを決断して?強制する事もできるけど、できればツキジ自身にセーフィティアを救うって納得して決断して欲しいからね」
「瘴気の、被害を見る?それってどうやって‥‥?」
ツキジの問いにライノスは頷いて立ち上がると、部屋の隅にあるタンスから古びた地図を取り出してツキジの座るベッドに広げて見せてくれた。
それはツキジが今まで見ていた世界地図とは全く地形の異なる‥‥ここは異世界なんだと一目で分かる不思議な地図だった。
「ヌアザティアで二番目に瘴気の多い村‥‥西のテアザントへ行くよ」
ライノスは地図の西にある小さな小さな村を指差してそう言うと、ツキジは今にも破れそうな地図に触れてその村の場所を覗き込んだ。
ーーーーどうやらこれは決定事項らしい。




