二つの世界と命力
ぴちゃり、と冷たいものが頭の上に被さり、ツキジはすぐさま夢から目を覚まし、声を上げてはね起きる。
「うひゃっ!?!?つ、つべたっ!!」
「うるさいなぁ、いつまで寝てるんだい」
聞き覚えのない声がして、ツキジは辺りを見渡すと、見慣れぬ洋風の小さな部屋の中で自分がベッドの上にいる事が分かり、金色の長い髪をゆったりと束ねた人物が目に入った瞬間、目を見開いた。
「あ、あなたは‥?」
「ようやくお目覚めかい。月光の戦士さま。私はライノス。ここらじゃ名の知れた命力使い‥って知らないし、わかんないよねぇ」
「ライノス‥さん。あの、月光の・・戦士?ってあのa-0756ってロボットみたいな人も言ってたけど、それってなん、なんなの。っていうか、あの人は?ここは、どこ?」
「ライノスでいいよ。全部一から説明するから落ち着きな。‥‥a-0756ならさっきまであんたの看病してたけど、今水を汲みに行った‥‥ってああ、丁度帰ってきたね」
ライノス、という人が振り向くと同時に、彼の後ろにあるドアが開き、a-0756の姿が現れる。
「ツキジが起きたよ、a-0756‥‥ってやっぱ呼びにくいな。あとでツキジに名前でもつけてもらいなよ」
「はい」
a-0756は持っていた飲み水の入ったコップををツキジに無言で差し出す。ツキジはとりあえず喉の渇きを潤す為、お礼を言ってから勢いよく水を飲み干した。
「落ち着いて飲んでください。そんなに勢いつけて飲んでは気管支に入ってむせます」
「っ、!、ゲッホォ‥‥ッ!!」
「どうやらもう遅かったみたいだよ。落ち着きのない娘だねぇ」
ツキジは咳を何度かした後、荒い呼吸を繰り返し、ようやく落ち着きを取り戻してから彼らに向き直る。
「お水、ありがと、ございました‥‥っ。あの、この世界は一体、何なん、でしょうか?それに、私はなんでここに‥‥?」
「落ち着きなよ、順に話すから。‥‥あいつが選んだって言うからどんな奴がくるのかと思えば‥随分とヒョロヒョロで頼りない小娘が来たもんだね」
そう言ってからライノスはツキジの事を品定めでもする様にジロリと観察する。
ーーーー今気付いたけどこのライノスって人、見た目も話し方も女性的だけど、声は随分とハスキーだ。性別は一体どっちなんだろ?物凄い美人だから、第一印象は女性だと思ったけど‥。
ライノスに見惚れてツキジはぽぅっとしていると、そんなツキジを見てライノスはバカにした様に鼻で笑う。
「おまけにひどいブス」
「!?なっ‥‥!た、確かに私は美人じゃないけどさぉ‥‥」
「顔の事、言ったんじゃないよ。まあ、いいや。それより本題‥‥あんたがこの世界に呼ばれた理由だけど」
ライノスはツキジが腰掛けているベッドの前に椅子を置き、そこにドカッと腰掛けてから頬杖をついてツキジに微笑みかける。
‥‥なんで訳もわからず連れてこられて見知らぬ人に散々悪口を言われなきゃいけないんだ、とツキジは悶々とするも、今の自分に置かれた状況を知る為、とりあえずライノスという人の話を聞こうと渋々黙り込んだ。
「まあ、まずはこの世界の事からだね。ここはヌアザティアっていう名前の世界。ツキジの‥‥あんたの元居た世界とは別の世界なんだ。ちなみにあんたの世界は私らはセーフィティアって名前て呼んでる」
「セーフィ‥‥ティア?」
ライノスはツキジの言葉に頷くと、そのまま話を続ける。
私の元いた世界がそんなオシャレな名前で呼ばれているなんて‥‥とツキジは内心で驚く。
「そんでもって、セーフィティアとヌアザティアは元々同じ一つの世界だったんだよ」
「え、でも今って二つに分かれてるんだよね?」
「そう。‥‥ある日元々一つだったこの世界に瘴気っていう人間に害を与える気体が発生してね‥‥そいつのせいで人間は大勢死に、人類滅亡の危機に瀕していたのさ」
「瘴気‥‥」
「瘴気の多い場所に長い間いりゃあ、体はどんどん衰弱し、高熱に冒されて、しまいにゃ死に至る。‥‥今じゃ、ヴァルガなんて瘴気から発生する化物もいる始末だ」
ヴァルガって化物は、あんたも見ただろう?とライノスが聞くと、ツキジはあのおぞましい怪物を思い出し体が震え出すのを感じた。
「ヴァル、ガ‥‥。!あ、あれ。そういえば、あれから私、どうやって助かったんだ?a-0756さんが、助けてくれたんだっけ‥‥?」
「そうだね、その話もあとでしなきゃいけないね。とりあえずそこは置いておいて、さっきの話の続き、するよ?」
ツキジはもう少しヴァルガについて聞きたかったが、仕方なく頷くと、ライノスは先程の話の続きをゆっくりと語り始めた。
「瘴気はどんどん増え始め、色んな村や国まで行き渡り、瘴気の無い場所は減っていき、とうとう人類が滅亡しそうになった時だ。このままでは瘴気の無い綺麗な場所は一つ残らず無くなり、いずれこの世界全てが瘴気に汚染されて人類は滅びてしまうと思った当時の一人の国王は、優秀な命力使いに頼んで人類滅亡を阻止する為に世界を真っ二つに分断したって訳。‥‥瘴気の無い綺麗な大陸と、瘴気にすっかり汚染されてしまった大陸を、二つにね」
「そん、な‥‥」
唖然とするツキジに、さらに追い討ちをかけるかのようにライノスが言い放つ。
「あんたの元いた世界は瘴気の無い、綺麗な綺麗な世界のセーフィティア。んでもって、この瘴気に覆われた恐ろしい化物のいるこの世界がヌアザティアって訳さ」
驚きの事実にツキジは何と言っていいのか分からず、ライノスから思わず目を背ける。
ツキジがのうのうと安全で綺麗な空気の世界で暮らしている間に、この世界の人々はずっと瘴気という人間に有害を及ぼすものにずっとずっと苦しめられていたという事なのか。
「‥‥突然世界を二つに分けられて、瘴気のあるこの世界の人々は不満を持たなかったの?」
「勿論暴動は起こり、内乱や戦争が起こった。なにせセーフィティアに連れて行ける人間は限られた人間だったし、世界を分断すると決めた王が勝手に選定したからね」
どうして全員をセーフィティアに連れて行かなかったの、とツキジが聞くと、ライノスが呆れた顔をしてため息を漏らす。
「さっきも言ったけど、もう瘴気のない大陸なんてほとんど少なかったんだよ。全員なんかとても連れて行けやしない。セーフィティアの世界が人間で溢れかえっちまう」
「‥‥でも、今の私の世界は大陸はいくつもあるし、広い世界だと思うけど」
「そりゃ今の話だろ?長い年月の中で環境や自然の摂理で変化していってもおかしくはない。当時は少ない人数しかセーフィティアに連れて行けなかったのさ」
「そう‥‥そしたら今、ヌアザティアの人々をセーフィティアに連れて行くことはできないのかな?」
「無理だね」
きっぱりと言い切られ、ツキジは少しムッとしながら「なんで」と聞き返すとライノスは突然片手をツキジの前にかざした瞬間、突然手のひらから炎がボゥッ!!と現れた。
小さな炎ではあったが、近くにあったツキジの前髪がチリチリと焼け、焦げ臭い匂いが鼻をかすめる。
「あっつぅう!?目の前でやる必要あった!?」
「ないけど、なんか雰囲気的にかっこいいかなって」
「いらないよそんなの!!前髪ちょっと燃えたじゃん!!っていうかその技なんなの?今日会った謎の少年もそんなの使ってたけど‥‥」
「その力が命力です。月光の戦士様」
先程まで黙って話を聞いていたa-0756が会話に加わり、彼もツキジの前に手をかざす。
ライノスと同じくa-0756も命力をツキジに見せてくれようとしているのだと分かり、ツキジは慌てて離れようとベッドの隅へと後ろ手をついてザカザカと下がる。
「ひぃっ!!だから、こんな間近でやんなくていいでしょ!?もっと離れて、離れてやってよ!!」
「‥‥申し訳ありません。月光の戦士様」
ツキジが言うと、a-0756は素直にツキジから離れ、ツキジのいる方向とは真逆に体を向けて手をかざすと、彼は手のひらからシュッと小さな竜巻の様なものを出し、ツキジの周りをぐるりと周り、ツキジの目の前でフッと消えてしまった。
「あ、風だ‥‥!!風の命力?ライノスの命力は炎なの?」
「私は炎以外にも使えるけどね。まあそれは置いといて、こんな風にヌアザティアの人間には命力っていう、いわゆる人間の生命力みたいなのを削って使える不思議な力を持っているんだ。‥‥この力は本来瘴気に対抗する為に持って生まれたものなのさ。言葉通り、命を削る力だからこの力を使えば当然寿命は減るけど」
「命を、削る力‥‥で、でもこの力があれば、人々はヌアザティアの瘴気を防ぐことができるんだよね?」
「完全にではないけど、少しは防ぐことができるから瘴気の病にそう簡単に冒される事はないよ。‥‥ヌアザティアの人間はこの命力を使い、少しでも瘴気に触れたり、瘴気を吸わない様に自分の周りに命力でガードを張るのさ」
ちなみに、命力のガードは透明で目には見えない。とライノスは言う。ライノスもa-0756も、今も瘴気から命力で自分を守っているらしい。
「今じゃ命力はヌアザティアの人間なら全員使えるけどね‥‥この力は世界を二つに分断する前から存在したものの、使える人間はほんの一握りしかいなかったんだ。
この力がヌアザティアの人間に現れた事が見つかったのはずっと昔、瘴気に簡単には冒されない強い赤ん坊が一人、生まれてからでね。
長い研究でその赤ん坊を調べた結果、赤ん坊は自分の生命力を使って不思議な力で自分を瘴気から守っているという事が分かったんだ。人類があらゆる環境に対応しようと、突然変異で進化した人間が生まれたんだね」
ツキジは長い歴史の教科書を音声付きで読んでもらっている様な気持ちで全ての情報を一つ残らず頭の中に残そうとライノスの言葉を必死で聞くあまり、瞬きするのも忘れて途中から相槌すら出来なくなっていた。
その様子を見たライノスは一度リセットするかの様にコホン、と咳をし、「瘴気から自分の身を守る為に命力という力が人間に現れ、今はヌアザティアの人間全員が使える‥‥ここまではいいか?ツキジ?」と今にも目が血走ってしまいそうなツキジに優しく尋ねた。
「大丈夫、です」
肩に力が入ったままの様子のツキジにa-0756は再び水を差し出すと、ツキジは今度は水をゆっくりと飲み干した。




