第二十六話:果実の街ライトラン
セツナも加入して旅はまだ始まったばかり。
月詠一族の隠れ里を出たレイン達一行は、途中までの付き添いでもある月詠一族の二人の忍――サスケ・ハンゾウの運転する馬車に乗って次の街へと移動していた。
そんな道中、窓から流れてくる空気にブドウを始めとした果実の良い香りが合わさっている事に気付き、レインは外の景色へ視線を向けた。
「……ようやく見覚えのある場所まで来たか」
視線の先に写る景色。それは自然の果樹園と呼べるものだった。
人が手入れしてなくとも生えている果物の木々。陽の光が果実全てを照らし、まるで宝石が実っている様に輝いている。
するとレインの言葉にグランも外を覗くと、納得したと同時に若干驚いた。
「おぉなんだ、ここに出んのか! どうりで果物の香りがする訳だ……」
グランも見慣れた場所に安心したのか、少しだけ肩の力を抜けた様に口調も柔らかくなり、そんな姿と外の香りもあってステラも気になり始める。
「うわぁ……凄い良い香りがします。アスカリアには、こんなに果実が実っている土地があるんですね」
「まぁな。この地域は陽の光や土地の栄養分も豊富だ。だから今では領主である<カージュ伯爵>自ら色々な果実を栽培させ、国内から国外にかけて流通させてる程だ」
「ですから、今では果物だけではなくワインやジュースも名産品になっていて、アスカリアの貴重な収入源でもあります」
レインとセツナは、ステラにも分かるように説明してあげると、ステラの顔が突如輝いた。
「カージュ伯爵ですか! アスカリアに来た時にお世話になりました!」
「へぇ~ステラはカージュのオッサンを知ってんのか?」
これまた意外な組み合わせ。そんな様子で呟くグランにステラは思い出す様に言った。
「アスカリアに付いた時にバーサ大臣と一緒に出迎えてくれた方なんです。それからアスカリア城に向かう時に分かれたんですが、あいさつ代わりにと沢山の果物を頂いたんです」
ステラは当時の味を思い出したのか「どれも甘くて美味しかったです~」と言って幸せそうな表情を浮かべるのを見て、グランも納得する。
「オッサンらしいな。今の時期はブドウを始めに色々と収獲してるからステラに食ってほしかったんだろうな。敵国だろうが何だろうが関係ない、心の広さとかは大したもんだ」
「ですがカージュ伯爵はアスカリア貴族の中でも優秀で、かなりの実力者ですよ?一族総出で領地を整えて、ここまで立派な物にしたんですから」
「確かにそうだな……陛下も伯爵の事を信頼している。それに領地の村や街が財政難で税も徴収できなくなった時は、自ら率いて自費で設備を整えて仕事を作るなりした筈だ。だから貴族主義が廃止した現在も領民から慕われていると聞く」
セツナの言葉にレインも肯定する様に頷く。
現在は領民から見限られては税の支払いを拒否され、それが原因で領主と領民で揉めるケースも増えている中、環境が変わった現在でも変わらないでいるカージュ伯爵は大したものだ。
「しかしその根本にあるのは必ず自ら先頭に立って動く、伯爵のリーダーシップあっての事だろう。しっかりと自分達を導く領主こそ民が望んでいる事だからな」
「やはり素晴らしい方なんですね。近くにいるなら挨拶したいところですが……」
お世話になったから挨拶でもしたいステラだったが、残念ながら今は状況が状況だ。
「動きはアニキ達次第ですが、個人的には難しいと思いますし、止めた方が良いと思います。鬼血衆の時の様に待ち伏せの可能性もありますから最悪、カージュ伯爵を巻き込むかも知れません」
「確かにその考えもある。ステラを最初に出迎えた以上、伯爵も事情は知っていると思うが今は事情が事情だ。無駄な時間は少しでも削るべきだ。――それにだ……」
セツナの言葉に頷くレインだが、そこまで言うと少し考え始めた。
それは、あくまでも可能性は低いが、絶対に無いとは言い切れない事でもあった。
「伯爵が暗殺側に関わっている可能性もある」
「!?――そ、そんな……!」
レインの言葉にステラをショックを受けた様に口を抑えるが、グランは何とも言えない表情を浮かべていた。
「そうなのか? 言っちゃあれだが、カージュのオッサンは貴族の中でもまともだぞ?」
「あくまでも可能性だ。伯爵自身が関わっている事実は低い。――だが、その周りの者達までまともという訳ではない。貴族主義廃止の件でサイラス王に恨みを持っている貴族は多い。そんな中でだ、ルナセリア側と利害が一致することがあれば、一時的ならば喜んで尻尾を振る連中が多いのは確かだ」
「星付きも通常なら受けない依頼も、貴族が払う額なら受ける者達もいると思います。特に、稼ぎが少ない末端の傘下ギルドや名ばかりの幹部なら尚更」
その気になれば皆がステラを狙う現状。
ただ救いなのは全てがあくまでも可能性に過ぎないと言う事なのだが、それも会って見なければ確信が持てないのが笑えない。
「今後もそうだが……例え伯爵の様な方でも、何か用事が無い限りは此方から会いに行く事はしない」
「まぁそうなるか……アスカリア側の人間は安心って保証はねぇしな」
結局はグランもレインの提案には賛成してしまうが、それも仕方がない事だった。
アスカリア国内の派閥は現在三つに分かれている。
――貴族主義廃止により得をした又は、自由に好きな事をしている貴族は『サイラス派』
――貴族主義廃止により損をした又は、過去の栄光に囚われている貴族達は『貴族主義派』
――ハッキリ言ってどうでもよく、興味がなく勝手に揉めていろという者達は『中立』
こんな感じに分かれてはいるが、サイラス王を蹴落とす為ならばルナセリアとの戦争を起こしても構わないと思っている『貴族主義派』が一見危険に見える。
けれど現実は更に面倒な事になってもいた。
「戦争推進派の大半は『貴族主義派』だが……アスカリア王国は元々武の国でもある。だがサイラス王が王に就任後、大きな争いが無くなった事で歴戦の騎士将軍達が隠居し、その大半が事実上『中立』にいる」
「だが隠居組の連中は今でも時折、危険魔物やギルドの討伐時に呼んでもねぇの来るからな。――ハッキリ言えば暴れてぇんだろうから、死ぬのなら戦で死ぬって言って推進派に変わる可能性が高いのが現状なんだ」
レインとグランは無駄に複雑になっている現状を全て話した。
実際、隠居している騎士達は歴戦で半端ない猛者ばかり。そんな血の気の多い連中故に四獣将のレイン達も目を掛けられている。
『おう若いの! 今から違法ギルド潰しに行くから付き合え!』
『あの第一級危険魔物を仕留めた側が今日の奢りじゃ! あっ互いに妨害もありじゃぞ?』
まるで飲みに誘う感じで血生臭い話をしに来るから面倒この上ないのだが、救いなのはそれらがガス抜きになって今すぐに爆発する事はない。
その事から隠居組が戦争やりたさに暗殺犯になり、今すぐにステラを狙うと言う事もないが、そもそも全員が騎士と言うよりも武人であり、暗殺等を嫌うので尚も安心はできる。
しかし、その話を聞いたステラの表情は曇っていた。
「そんな……いくらなんでも騎士が戦争を望むなんて……!」
「それも仕方ないとも言えます。アスカリアは建国後からすぐに武力で周辺国を統一して大国になった歴史がありますから、その伝統や歴史の名残ですよ」
「だから一部の国ではアスカリアを“蛮族”と呼んで貶している……」
セツナの説明。そしてレインの言葉を聞いたステラだったが、その内容に心当たりはあった。
「確かに私の周りでもそう言っていた者達はいました……アスカリアは蛮族の国だと」
恨みがあった者達なのだろうとステラは思えたが、今思えば瞳も雰囲気も濁り切っていて、もっと根本的な部分で貶していたのだと気付いた。
そう思うと例えルナセリアに辿り着いても、彼等をも納得させることが出来るのか不安を抱いてしまい、ステラの表情は暗くなる。
「ま、まぁどんな国だってそんなもんだ。必ず不満とかも出るのが普通だしよ、そこまで深く考える事はねぇぜステラ? レインとセツナもそう思うだろ?」
ステラを励まそうとグランは何とかしようとレイン達に振るのだが、セツナは察したがレインはそんな様子はない。
「……少なくとも気にして解決する話ではない」
「はは……でも確かにその通りですね。国どころかギルドや個人でもある事ですから、ステラさんが気にする事じゃないですよ」
キッパリと言ったレインに苦笑すセツナだが、確かに今気にする事ではない。
何とかステラを励まし、そして話の内容も変える事にした。
「それと……そろそろ目的地の街に着く頃ですね」
セツナは景色と地図を見比べると、運転席へ顔を出した。
「サスケ、確か今向かっている街って……」
「はい、カージュ伯爵の領地――その手前の街となった果物の門と言われている【ライトラン】です」
「……ライトラン。もうそんな所まで来たか」
サスケの言葉にレインは再び窓の外を見ると、ここから離れた丘の上にはブドウ畑に囲まれた大きな屋敷があり、そこがカージュ伯爵の屋敷。
そして今から向かう場所ライトランは、今走っている道を下った先にある街なのだが、ステラはそこがどういう街なのかは知らなかった。
「あのレイン? ライトランとはどういった街なのですか?」
「……ライトランはこの地域の街と言う事もあり、ワインや果物を始めとした名産品でちょっとした観光地になっている街だ」
「保護魔法もかなり進歩したからな。今じゃ、この辺りの街は季節に関係なく新鮮な果物が食えるしデザートにも力を入れてんだ。だからそれを期待した観光客も多く来る」
「うわぁ……! 聞いているだけで素晴らしい街ですね!」
二人の話を聞いているだけでステラの脳内は果物・そのデザートに染まっていた。
「僕も最近は行ってないですが、それでも活気もあって楽しい所です。喫茶店、ケーキにクレープ、料理にもかなり手が込んでいた筈ですから」
「!……そ、その……ライトランに着いたらそういう店に行っても……」
明らかに行きたそうな視線を送るステラに、レインは仕方ない様に溜息を吐いた。
「……それぐらいなら良いだろう」
「!……ありがとうございますレイン!」
目を輝かせながら喜ぶステラ。少し前に鈴から貰ったおはぎを食べたばかりなのに、もう他のデザートについて考えている。
そしてそんな光景をグランは笑っていると、何か言いたげな視線をレインへと向ける。
「襲われたばっかなのに、よく許したなレイン?」
「どの道、時間的に見てライトランで一泊する事になる。ならば止めた所でストレスになるだけだ」
伊達に四獣将として我儘な貴族の相手をしていた訳ではない。
そういう気配りぐらいは覚えており、レイン達の話を聞いていたサスケとハンゾウも頷いた。
「ならば良い店を紹介しますよ」
「ライトランに行ったのは半年前ですが、商売と情報収集もしなければなりませんので良い店を抑えるのも忍の仕事ですからな」
「……それって普通の酒場でも出来るよね? ただ、サスケとハンゾウが息抜きしていただけなんじゃないの?」
「「何の事でしょう……?」」
セツナの問いに顔を一切向けなかった二人だが、薄っすらと流れている汗が図星だと言っていた。
けれど楽しみなのは変わりない。夕方までの時間は短いが、それでも十分楽しめると思いながらレイン達はライトランへと馬車を走らせて行く。
♦♦♦♦
夕方になる前にライトランにレイン達は到着した。
まだ日も明るく、これから色々と楽しむことが出来る。
――その筈だったのだが。
「……なんだこれは?」
「これが……果物の門ライトラン?」
レインとステラ達を出迎えたのは聞いていた話とは全く違う街だった。
街のゲートも崩れ、まだ明るいのに殆どの店は閉まっている。
ゴミも散らかり、観光客どころか住民の姿すらも見当たらない。
「これは一体……サスケ、ハンゾウ。本当に半年前までは何も無かったのか?」
「は、はい……半年前までは確かに活気に満ちていまして、その時にお土産のジャムやジュースを若達にも買ってきたじゃないですか?」
困惑した様子のサスケの言葉にセツナも確かに貰ったと思い、冷静に周囲を見ているハンゾウの方も向いた。
「ハンゾウ……これはどういう事だ? ここまで寂びれる事があるのか?」
「……確かに半年前に来た時に客の数が減っているとは聞きましたが、だからといってここまで切羽詰まった様子ではございませんでした。魔物の被害も聞いておりませんし、我々にも何故こうなったのかは……」
ハンゾウも分からないらしく、自分が情けないという様に首を力なく振っていると、この様子を見ていたグランがある事を思い出した。
「なぁレイン。……この街を含めて一部の領地だが、確かカージュのオッサンから領主が変わったよな?」
「あぁ……貴族主義廃止と共に民や一部の権力者達が騒ぎ、今まで通りにカージュ伯爵に治めてもらうか、それとも新たな領主を決めるかで選挙をした筈だ」
「せ、選挙ですか……? でも何故そんな事を、ここもカージュ伯爵の領地なのでは……?」
普通に考えて選挙なんてしない。
しかもカージュ伯爵は領民からも慕われているのだから尚もステラは不思議がる様に首を傾げていると、レインが説明してくれた。
「正確に言えば、このライトランの周辺。小さい領地は元々、カージュ伯爵の領地ではない。――昔、別の領主がいたのだが流行り病で呆気なく倒れ、そのまま領主不在になってしまったのが始まりだ」
流行り病もあり、土地も当時は荒れていた。
そんな特にもならない場所の領主になりたい物好きの貴族はおらず、領主不在で混乱が続いていた中、すぐ隣のカージュ伯爵が名乗りを上げて面倒を見る事にしたのが始まりだった。
そしてその後はカージュ伯爵の力量もあり、そのまま発展して今ではかなりの収入を得られる領地にまで成長したのだ。
「そうなんですか……ですが、ならば領民の方々はカージュ伯爵に恩がある筈ですよね? なのに何故、選挙を?」
「問題はそこなんですよ。実は数年ほどですが不作が続き、仕事も無くなって領民が苦労した時期があったんです。そうなれば当然領主に不満を持ちますし、運悪く貴族主義廃止と重なった結果がこれです」
「それで確か……新しい領主になったのは街の代表だった奴の筈だが、しかしこの状況を見る限り腕は無能か。しかも情報規制をして俺等の様な上には知らせねぇ様にしてたな?」
収入源の壊滅状態。そんな事がバレればサイラス王も動き出すが、どうやら姑息な領主らしく情報規制して対処しているらしい。
「……取り敢えず、今日は宿に行きましょうか?」
これ以上は何も出来ないし仕方ない。
そう思ってセツナがそう提案すると、ステラはガックリと肩を落としてしまう。
「そうですね……うぅ残念です」
「デザートならグランが作る」
「お前も手伝えよレイン?」
人に丸投げするレインにグランが釘を刺し、そんな話をしながらレイン達は宿屋へと向かった。
♦♦♦♦
どんな状況でも宿屋は儲かる。旅も多い現在だからであり、通常営業している一件の宿屋にレイン達が入ると店の店主らしい女性が出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ! あらあら珍しい……久し振りの団体さんね?」
「お世話になります」
人柄なのかステラも挨拶をして返している間にレインは店の中を見回していた。
店はロビーが酒場の様になっており、カウンターの向こう側では店主の父なのか高齢の男性が酒や料理の準備を行っている。
そして幾つかのテーブルには数人の客がいるらしく、やや外見が荒い男達が酒を飲んでいた。
「へぇ……流石に宿屋は綺麗だな?」
街があんな状況だからか、グランは宿屋に期待はしていなかった様で逆に好感触。
しかしその視線はやや鋭く、セツナも気付かれない様にレインへ耳打ちする。
「……アニキ、あそこの客ですけど」
「分かっている……恐らくは傭兵ギルドだ」
三人が警戒しているのは座っている数人の客。
肩や胸に“剣を持った怪物”の印がされており、雰囲気から察するに傭兵ギルドの者達。
そんな連中は付け焼き刃の技術でチラチラとレイン達を見ており、レイン達は気付いていないフリをして様子を見ていた時だ。
「お待たせ致しました若」
サスケと一緒に外にいたハンゾウも宿屋に入店するが、サスケの姿はなかった。
「ハンゾウ、サスケは?」
「サスケならば馬車と馬を止めておりますから、すぐに入って来るでしょう。――さて、若や皆さんはテーブルで待っていてください。受付は私が……」
流石に旅慣れているたしく、ハンゾウが気を利かせて受付を行っている間にレイン達はテーブルで待っていた時だった。
「――ちょっと待て! この額はおかしかろう!?」
珍しくハンゾウが声を荒げ、何やら店主と揉めていた。
「どうしたんでしょうか?」
「ハンゾウにしては珍しいです」
何やら騒がしくなった事でセツナは立ち上がて受付へ向かうと、レイン達も流れで立ち上がって様子を見た。
「どうしたハンゾウ?」
「若……聞いてください。この宿6人で12万ビストなんていうのです! これは明らかに法外ですよ!?」
「12万!? こんな宿でか!?」
その話を聞いたグランも思わず宿全体を見渡した。
明らかに普通の宿屋であり、6人ならば3万と少しが妥当だ。
「も、申し訳ございません……ですが税金等の都合で少々お値段が……」
店主は申し訳なさそうに頭を下げるが、その様子にレイン達は違和感を覚える。
まるで自分達も本意ではない様で、厨房にいる男性も肩を落としていた。
しかし事情を知らないで払える額ではなく、レインも受付へ向かった。
「税金とはどういう事だ? どんな税が適応されればこんな法外になる?」
「法外とは言ってくれるねお兄さん? これがこの領地のルールなんだぜ?」
突然レインの話に割り込んで来たのはテーブルに座っていた傭兵達だった。
大人しかった連中は本性を出した様に嫌な笑みを浮かべ、脅迫する様にナイフを見せつける。
「ルール? どんなルールがあればどうなる?」
「そりゃ決まってる……『宿泊税』に『集団税』だ。それと食事もすんなら『外食税』も掛かるだろうな。それが6人だぜ? 妥当な額だと思うがな?」
まるで自分達が正しく、妙に堂々と説明する傭兵だったが、それと同時に外からサスケの怒号が響き渡る。
「なんだ貴様等! なにをする気だ!!」
「サスケって奴の声だぜ? おいどうした!」
グランが気付いて窓に声を掛けると、窓が勢いよく開いてサスケが顔を出すと、その後ろで店の傭兵と似た服装の男達が馬車を包囲していた。
「それがコイツ等『馬車税』と『馬所持税』払えって訳の分からない事を言ってきて、払わないなら差し押さえると!?」
「な、なんですかその税は!? 明らかに税の悪用です!」
流石にステラもふざけた税に頭に来たらしく、王女として許せないと怒りの声を出した。
しかし、その言葉に傭兵達は一切気にした様子もない。
「悪用とは言い方が悪いなお嬢さん? 税を決めるのはその領地の領主様だぜ? 土地によって税の種類も違うのは普通の事だろう? ここの領主様はそのルールに沿って税を決めてんだ」
「ですからそれを悪用と呼ぶのです! そもそも、こんな税を掛ければ私達どころか住民が生活できません!」
ステラの言葉に宿屋の者達の表情が変わる。図星なのだろう、ハッキリ言ってこんな事をすれば客なんて来る筈がない。
「そんなのは関係ねぇんだよ! これはルール! 法であって守るべきもんだろうが!」
「それともあんたら……税を踏み倒す気か?」
そう言って傭兵達は隠し持っていた武器を次々と出し始め、最早堂々とした脅迫を行い始めた。
「ほう上等じゃねぇか?」
その光景にグランは余裕の笑みを浮かべ、レインとステラも身構え、セツナとハンゾウもいつでも動ける様に構えた時だ。
店の男性がレイン達へ叫んだ。
「駄目だお客さん!? そいつらは傭兵だが、ここの領主に雇われているから手を出せばお客さん達が!?」
「――構わん」
レインは気にしないと言った様子で影狼に手を添えると、それを見た傭兵の一人がニヤリと笑う。
「おおっと、そいつは『武装税』適応だな。まさか払わない気じゃねぇだろうな?」
「その為の俺達だからな! 観念して払えや!!」
どうやら傭兵が店にいる理由は税金の巻き上げ担当をしているようだ。
こんな法外な税金、普通に払う方がおかしく問題になるのが前提だから配置されていた。
「ヒヒヒ……さぁ、とっとと払えば許して――」
「――必要ない」
傭兵がナイフを構えてそう言った瞬間、レインは素早く傭兵の前に現れ、影狼は抜かずにそのまま腹部に当てた瞬間、その衝撃によって傭兵の顔が真っ青になる。
「グオッ!?――オ、オマ……」
何かを言おうとするが傭兵はそのまま倒れてしまい、それが戦いの合図となった。
「て、テメェ等!? や、やりやがったな!」
「おい全員出てこい!!」
その言葉に裏口からも続々出て来る傭兵達。
宿屋の者達は店の奥へと逃げていき、それを確認しするとセツナはハンゾウに指示を出した。
「ハンゾウは外のサスケを援護。ここは僕達でやる」
「御意!」
その言葉にハンゾウは外へと出ていった瞬間、傭兵達は一斉にレイン達へと突っ込んで行く。
「この野郎が!!」
「死んで詫びろやぁ!!」
「――断る」
こん棒や剣を振り下ろしてくる傭兵達をレインは抜刀せず、そのまま見切っては急所に叩き込んで行き、セツナも足に魔力を込める。
「影走――幻遊」
「な、なんだこいつ! 数が増えたぞ!?」
蜃気楼の様に揺れ動くセツナの幻影に困惑し、取りあえずは殴ってみたが意味はなく、その隙に次々とセツナから背後を叩かれて床に倒れて行った。
そして、そのすぐ傍ではグランも武器を出さずに傭兵達に近付いて行ったが、誰一人として反撃する者はいなかった。
「お、おい!! 誰か助けてくれ!!」
「オラオラ! どうしたどうした!!」
傭兵達の頭を掴み上げては互いの頭にぶつけて行くグランの純粋な力に恐れ、戦意を失う傭兵達。
そして中には逃げようとする者達が入口へ向かうが、その瞬間、背後から大きな魔力を感じ取って振り向くと……。
「汝の求めるは水の螺旋、その運命。激流に抗いし蒼の遊戯――」
杖を構えてステラが詠唱しており、巨大な水の球体が現れる。
それは閻魔の時に見せたアクアボールの魔法だったが、今回はそれだけでは終わらない。
「アクアボール――スプリットベット!」
高速回転を加え、更に威力の増したアクアボールはそのまま傭兵達に直撃し、そのまま扉ごと外へと吹き飛ばされる。
「ぎゃあぁぁ!!?」
「な、なんだコイツ等はぁぁ!?」
宿屋の前にはびしょ濡れで倒れる傭兵の山が築かれており、数人がそれでも逃げ出そうと這い出ようとしていた。
「く、くそ……このことを報告せねば……!」
「ほう、何処へ向かうのか?」
「我等にも教えてほしいものだ」
しかしそんな彼の前に現れる二人――サスケとハンゾウ。
彼等の背後には鎖などで取っ捕まれている仲間達がおり、威圧的に見下ろす二人に男の心は折れた。
「こ、降参だぁ……ちくしょう……!」
泣き崩れる様に倒れた傭兵を最後に、宿屋にいた者達は全滅。
これで騒ぎは一旦は収まり、宿屋の者達もそっと出てくるとレイン達は捕えた傭兵達に色々と聞きだそうとしていた。
「お前達を雇った領主――<マキアゲール男爵>と言ったか?」
「あ、あぁ……先の選挙で領主になった後、裏から手を回して貴族になったんだ奴は。だがずる賢くてその場しのぎは上手い奴だが商売の才能は無くてな……それでいよいよ追い詰められた結果が――」
「このおかしな税だったんですね」
観念する様に話す傭兵の内容にステラは呆れた様に、しかし哀れな現状を見る様に様子で街を見回した。
前は本当に綺麗な街だったのだろうが、今ではゴーストタウンとほぼ変わらない姿。
国の為に使い、そして最後はしっかりと民達に恩恵が戻る様にしているのが税だが、衰退している時点で税としての役割はない。
「民を苦しめ、街すらも死に掛けているのに……マキアゲール男爵は何がしたいのでしょうか」
「自分が裕福でいる事……しかねぇだろうな、その手の連中は。――だがそいつを領主にしたのは紛れもなくライトランを始めとして領民達だからな、皮肉な事だ」
ステラの言葉にグランも同意見だったが、同時にあおの元凶に力を与えたのは領民自身。
ハッキリ言って自業自得と言えることなのでグラン自身は丸々同情は出来ないでいたが、ステラは何かを決めた様に力強く頷いた。
「男爵に会いに行きましょう。こんな事、許して良い筈がありません!」
「いや嬢ちゃん、そりゃあ無理だ」
気合を込めたステラに一石を投じたのは意外にも捕まった傭兵の一人だった。
その傭兵は手足が動かせないから顔をである方向を示し、レイン達もその方向を見てみると、少し離れた場所に今のライトランには相応しくない豪華な屋敷が立っていた。
「男爵の屋敷はあそこだが、今日明日はなんか大事な客人が来るとかで警備は凄まじい。だからただの旅人のあんた等に会う事も侵入する事も無理だ」
「そ、そんな……どうしましょうレイン!? これでは男爵に会えません!」
「待て。そもそも何故、会う事が前提になっている?」
勢いで突き進もうとするステラは咎める様に見るが、ステラは目をパチパチとして何故反対されるのか分かっていない様子。
「だって民が困っているんですよ? ならば騎士である以上は助けませんと!」
「今は状況が状況だ。自分が狙われている自覚を思い出せ……それにこれならば城に告発状を送れば済む問題だ」
「……その事なんだがよレイン」
ステラに注意していたレインだったが、そこでグランが口を挟み、街からも見えるカージュ伯爵の屋敷へと視線を向けていた。
「なんでオッサンは何も言わなかったんだ? ここまで悪化すりゃ、オッサンだって気付くし黙ってる訳ない筈だろ?」
「……いえ、カージュ様は告発しようにもできないのです」
そう言って店から出て来たのは高齢の男性だった。先程まで厨房にいた人物であり、後ろには店主も付いて来ていた。
「どういう事ですか、伯爵が告発出来ないというのは?」
セツナの問いに男性は街の周囲に視線を促し、静かに話し始めた。
「妙だと思いませんか?……これだけ騒いでも誰も出てこないのは?」
「妙ではあるが……それと伯爵と何の関係がある?」
「この街の若い者たちはカージュ様の領地に出稼ぎに行っているのですが、その他の住人はカージュ様の屋敷にいるのですよ」
レインの問いに長年の疲れでもある様子で答える男性だったが、それは答えに鳴ってはおらずグランは追求する。
「いやいや何で出稼ぎ以外の奴が屋敷に行ってんだ?」
「……それは自身の目で確認した方が早いでしょう。――私達は店の片づけをしますのでこれにて……」
そう言って男性は宿屋に戻って行くと、ステラも中を汚したのは自分達の責任もあると思い、手伝おうとする。
「あっ、それなら私も手伝います!」
「い、いえ! そんなお客様にそんな事はさせられません。……それに傭兵を負い出して頂き感謝しているんです。この人達がいたから、お客様が来ても普通の値段に出来なかったので……」
女主人がステラを慌てて止めながら傭兵達を見る。
どうやら傭兵達は監視の役割もあったらしく、レイン達が追求する様に鋭い視線を向けるとバツが悪そうに顔を逸らした。
「まだまだ隠し事もありそうだな……若。我々はもう少しこの者達を尋問しようと思います」
傭兵の様子から全てを話していないとサスケは判断し、ハンゾウと共に更に吐かせようと試みる事を言うと、セツナも頷いた。
「分かった。傭兵の事は頼む」
「……さて、そうなるとどうするレイン? 流石にオッサンの身に何かあった可能性を考えると、流石に無視はできねぇぞ?」
レインを説得する様にグランが言うと、ステラもジッとレインを見て精神攻撃を始めたがレインも無表情で反撃するが、これこそ時間の無駄だと気付き、仕方ないと首を振った。
「仕方ないか……だが、何もないと分かればすぐに戻るぞ?」
「はい! 私、頑張ります!」
頑張らせない為に言っているのだがステラには届かず、レインも諦めた様に溜息を吐いていると、セツナは馬車の準備を始める。
「サスケ、ハンゾウ、馬車を少し借りるよ?」
「えぇ、好きに使ってください」
ハンゾウ達からも許可を貰うとレイン達は馬車へと乗り込み、ここから少しだけ離れたカージュ伯爵の屋敷へと走らせて行った。