第二十五話:セツナの旅立ち
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「おう、もう済んだのか?」
最後のやりたくなった事をしたレインが部屋を出ると、すぐ角に腕組みをして佇んでいるグランに話しかけられた。
「……聞いていたのか?」
「……まぁな」
悪戯を隠す子供の様な笑みを浮かべるグランだったが、レインの右手から血が流れているのに気付くと、ハンカチを取り出しヒール薬を染み込ませ、レインの手を取って巻いてあげた。
「ったく、明日以降に響く様な事すんなって」
「何故、そうしたのか俺にも分からん。だが、胸と頭が熱くなって気付いたらやっていた。なんなんだ、この感覚は……?」
自分でも分からない感覚。だが覚えもあり、懐かしさすら感じるが思い出すと胸の痛みが酷くなる。
レインは戸惑う様にハンカチで巻かれた手を見つめていると、グランは軽く笑いながら答えてあげた。
「ハッハッ……そりゃあ“怒り”だろ? 神導出兵に関わり、しかもあの時の“俺等”の情報を流していた。それを聞けばお前だけじゃない、俺や他の連中だって同じ事してた筈だ」
「……お前も殴ってくるか?」
「い~や、お前がやってくれたからそれで良いさぁ。――それに、俺だったら殺してる」
そう言ってグランは満面の笑みを浮かべながら、強烈な音がした場所――庭の方を壁越しでも向くのだった。
♦♦♦♦
その頃、音を聞きつけたサスケ達が庭に駆け付けると、その光景に思わず足を止めてしまう。
「こ、これは何があった……!」
部屋の襖は戸ごと巨大な穴が空き、その直線状を追って行くと亀裂が入った壁に背を預けるハヤテと、そんな彼に治癒術を使うカグヤの姿をみつけた。
「と、頭領!? 一体どうされたのですか!」
「あぁ……いや、騒がなくて良い。これはあれだ、昔のツケの支払いを行っただけの事だ」
随分と安く済んでしまったな、ハヤテはそう感傷深く呟きながら、まるで殴られた様に腫れた顔を擦り、カグヤも「そうね……」と呟きながら苦笑している。
その姿にサスケ達は、何があったのか分からず、困惑しながら互いの顔を見合わせるしかなかった。
♦♦♦♦
庭でそんな事が起こっている頃、今度こそ旅の準備の続きをしようとするグランは思い出した様に立ち止まり、行く前にレインにある事を伝えた。
「ところでレイン。一応、セツナとも話ぐらいしとけよ?」
「何故だ? 俺には話すことはない」
「お前に無くても預かる以上は最低限のコミュニケーションを取れって事だ。レインに息子を預けるって選択は正解だが、お前は他人との付き合い方がなってねぇからな。いい機会だと思って、セツナと少し世間話ぐらいしてこい。旅の準備は俺が全部しとくから」
無駄な事だとレインは思ったが、グランがここまで強く言うのも珍しい。
この際だからセツナが何か企んでいる可能性も踏まえ、見極める為に向かう事にした。
「……自室に行くと言っていたか」
「いや、出掛けたみたいようだ。確か“火葬場”に行くって言っていたな」
グランはそう言って今いる縁側から見える、大きな煙突を指差した。
「あのデカい煙突が火葬場らしい。何人かの鬼血衆……そして死んだ三人の為だってよ」
「そうか……取り敢えず向かう」
レインは頷き、煙を吐き出す煙突を目印に火葬場へと向かうのだった。
♦♦♦♦
屋敷から火葬場はそこまで距離はなく、迷うこともなくレインは辿り着くと、その入口に集団が集まっていた。
死んだ三人の家族、そして一族達だろう。母親らしき女性や、まだ小さい男児や女児、そして特有の装束を纏う者達が遠目でも分かる。
泣いて悲しむ者、馬鹿な事をしたと怒り、止められなかった事を後悔する者、状況が分からずキョトンとする幼き者もいる。
だが、一番目立っているのは更にそこから離れた場所にいる者達だろう。
監視の忍が見張る中、松葉杖、そして車椅子に腰掛けながら空を眺める赤い装束の集団――鬼血衆の者達。最後の別れを許すのは慈悲なのか、それとも同業者故の憐れみなのかは分からない。
ただ静かに空を眺める彼等をレインは見ていたが、目的はセツナ。
それなりにいる集団の中で見付けるのは面倒だと思ったが、見渡すレインの視界に、その場から少し離れた木々の影と一体化し、周囲から隠れる様にして火葬場を見守っている存在が入った。
――セツナだった。
セツナは無表情だが、涙だけが流れている瞳で遺族、鬼血衆、そして空へ還る煙を眺めていた。
そんな彼の下に向かい、レインがセツナの隣に立った時だ。誰が近付いて来ていたのか分かっていたらしく、セツナはレインに顔を向けないまま静かに話し始める。
「ダン達の一族の者達です。三人共、各一族の長兄で当主でもありましたが、頭領はダン達の独断行動であり一族に罪無しと判断し、一族取り潰しだけは免れました」
「……何の咎めも無くか? 上の決定とはいえ、よく周囲が納得したものだ」
被害が出ている以上、実行犯達が死んだとはいえ、残された一族が何の責任を取らない事など普通ならば周囲は納得しない。
ただ裏切り者個人への罰が重いだけなのか、それ程までに各一族を重宝しているだけなのか、なんにせよ示しがつかない結果でも纏まる事にレインは呆れと感心の両方を感じていた。
「勿論、里内での発言権はかなり減り筈です。ダン達が死んだこと、鬼血衆の投降なども大きかったですが……それでも、彼等に待っているのは過酷な道」
――見てください。
セツナはそう指差すと、その先にいたのは一族の幼い男児・女児達の姿があった。
「あの子供がどうした?」
「ダン達の弟と妹です。――そして、ダン達の死によって各一族の現当主となりました」
「……あれでか?」
セツナの言葉にレインが疑いの視線を向けるのも無理はない。
視線の先に映る者達はまだ5才になっているかどうか、今も何が起こっているのか分かっていない様子で場の空気に困惑しかしていない。
明らかに自分達が当主である自覚もないのだろう。
「他に代理になる者はいなかったのか?」
「一応、一番本家の血が濃いのがあの子達ですから……それに、発言力を減らされた一族の当主になろうとする者はいません」
残りカスと言える一族を、再び纏める者はいない。しかし、存在したらしたで揉めるのも世の理であり、下手な揉め事を起こさない為にも現状が一番都合が良い。
だが、それはまだ幼い子供達に重い責を背負わせる行いでしかない。逃げたくも逃げだせない苦しみもあるであろう未来への同情、それもあって頭領達は取り潰しを止めたのだろう。
しかし、元を辿ればハヤテ達の陰謀に巻き込まれたとも言える一件。
裏切った者達を庇うつもりはレインにはないが、止める事も可能だった思えば哀れにも見えるのだろうと、そう考えながらセツナの横顔を見た。
その表情は悲しみ、申し訳なさ等、その手の感情で染まっている事で察した。
「気付いていたか……4人の裏切り、それをハヤテ達が敢えて泳がせていた事に」
「……はい。こんなのは言い訳でしかないですけど、その時期は僕は外の任務が多くて里にはいませんでした。だから気付いた時には手遅れで、頭領――父達が何故こんな事をしたのか分からず、怒りを抱いてしまった」
――でも。
セツナはそう呟くと、力無く顔を空へと向けながら言った。
「僕の為にだった……! 僕のせいでショウ達は……皆はこんな……」
セツナ自身が望んだ事ではない。だが、両親を始めに多くの者達がその結果を望んでしまっていた。
希望、願望、無き者だからこそ持つべき者への願いであり、それが多くの望みとなってセツナを吞み込んでしまった。
――しかし。
「だが、お前は自身でその選択をしたのだろ? ならば“後悔”はしない筈だ」
「……!」
意地が悪い人だ、セツナはそう思った。
後悔しない筈がない。だがレインの言う通り、自分で手遅れと勝手に思い、この結末を選択してしまった。
だから、この結果に後悔する権利はない。自分で捨てたのだから。
核心を部分を的確に突いたレインに対し、セツナはそれ以上の言葉は出せず、そのまま会話が途切れる。
――すると、その様子にレインは周囲を見渡し始め、何かを探し始めた。
「……?」
突然の行動でセツナも戸惑うが、レインは目当ての物を見つけたのか、火葬場の脇に佇む“果実店”へと歩いて行った。
そして店主に何やら話し、紙皿とリンゴを購入。その場で手持ちのナイフで切り始め、更に載せて戻って来ると、そのままセツナへと差し出した。
「……食え」
「えっ……は、はい」
戸惑ってつい受け取ってしまったセツナだが、更に載っているリンゴは“ウサギ”やら“猫”等の動物の形に切られており、短い時間で器用な人だと思いながらセツナは一つかじった。
味は普通のリンゴで見た目以外は面白みはないが、セツナは取り敢えずは全部食べ終えると、レインは手を差し出してセツナから皿を回収してマントの中へとしまってしまう。
(……律儀な人なんだなぁ)
今までの印象からのギャップもあってレインの行動に驚くセツナだが、どこか面白くも感じてしまう。
果物自体も、自分との会話が途切れた事で気遣ってくれたのかもしれないと思い、セツナはやや肩の力を抜ける程にリラックスできた気がした。
それと同じく火葬も終わったのか、骨壺の入った木箱を抱えながら一族の者達は移動して行き、鬼血衆の者達にも骨壺が渡されていた。
「……閻魔達はどうする事になった?」
「一応、鬼血衆は全面降伏って事になってますから、頭領達は傘下に入る様に促すつもりです。犯罪ギルドに指定されても、その責任を肩代わりする親ギルドがいれば収まるものもありますから」
謂わば身元引受人の様なもので、所属・人数の変化が大きいギルドの取り締まりも簡単ではない中、巨大ギルドの傘下に入り、今までの罪の責任を肩代わりしてもらい収めるケースも多い。
無論、かなりの大罪を犯した者は流石に引き渡されるが、鬼血衆の様に“貴族”が関わって仕方ない場合は融通が利いてしまう。
これは貴族が関わっているという権力者の腐敗も関係しているが、いつの間にか“普通の事”となっている中で気にする者は被害者側しかおらず、そこも色々と手回しを行い納得させているのが現状。
レインとセツナは、数個の骨壺を受け取る閻魔達の姿を見ながら話し、閻魔達も遠目で自分達の事に気付いた。
だが、何も反応はせず、そのまま車椅子に押されながらその場を後にしてしまう。
敗者に口なし。これ以上の恥も同情も御免なのか、それとも言葉がないだけなのか分からないが、二人もその姿を見送った。
そして誰もいなくなり、煙だけが昇る火葬場に残された二人だったが、やがてセツナが静かに問いかけた。
「レインさん……僕が皆さんに同行する事を、どう思いますか?」
「任務に役立つならそれ以上は望まず、害を為すならば対処するだけだ。……だが、一つハッキリ言える事はある。セツナ・月詠、お前はこの護衛旅で――」
――間違いなく死ぬ。
それは聞く者によっては衝撃的な内容であるが、レインは平然と言い、セツナ自身も動揺した素振りもなく寧ろ納得した様に表情は穏やかだ。
「理由を聞いても良いですか?」
「……単純に力、経験の不足だ。お前はいずれ強者になるだろうが、暗殺側は待つことはないだろう」
敵の姿がまだハッキリしないが“近衛衆”・“星付き”・“合成魔物”と、かなりの組織での動きや幻魔の様な実力者を投入してくる“力”がある。
それでもレインとグランなら幻魔程度はどうにかなるが、セツナでは難しく露払いは容易だが実力者――特にグラウンドブリッジで出会った“白髪の少年”な者な存在相手は危険すぎる。
『君を殺すのは僕だ!――キルラ・ヘルタリウスだよ!!』
恐らくまた出会う。四獣将と知っても狂気・快楽に満ちた瞳で戦いを挑んできた狂者と。
それはレインの勘でしかなく根拠もないが、戦いを生き抜いたれいんにはレインの中に確信として残っていた。
幻魔よりも強く、確実に人を殺す為だけの者が来た時に守るのはステラだけで精一杯であり、そうなればセツナは少しは耐えても結果は死。
だから追い忍として幻魔達を追う以上、危険には変わりないが相手の目的はステラである事から、自分達と来ないメリットの方が大きい。
レイン自身は才能を認めてもセツナ自身に何かあるというわけではないので、何も企んでいないならば見す見す死なせる理由はない。
才がある者は周囲に焦らされて死に急ぐ者でもあり、忠告ではなく自分の経験から導き出した考えを聞いた結果、ハヤテの事があってもセツナが単独行動を選んでもレインは止めるつもりはない。
「これを聞いてどうするか、それはお前が決めろ。少なくとも、俺から言う事はこれ以上――」
「――ありがとうございます」
話し終えようとしたレインの耳に突如として入ってきた言葉。
それがセツナからの礼である事に気付いたのは、数秒後だった。
「……なに?」
思わずセツナの方を向いたレインの瞳に写ったのは、自分に頭を下げているセツナの姿だった。
「……ありがとうございます、レインさん。僕の心配を……無駄死をさせない為にそう言ってくれて」
「別に俺は、そこまでは……」
見す見す死なせるつもりがなかったのは事実だが、それ以上のつもりはない。
なのに何故、自分に感謝し頭まで下げるのか。セツナの行動が分からないレインは、咄嗟の事もあって言葉が詰まってしまった。
「ですが……僕はレイン・クロスハーツ、貴方の下で学びたいんです。ここまでは皆の意思によって決められていましたが、これだけは僕の意思です」
嘘は言っていない。自分を見るセツナの瞳には確かな決心、そしてそう思わせる気迫があった。
しかしレインは納得までは出来なかった。少なくとも、ここまで信頼されるような事をした覚えもなく、気迫は感じるが僅かに猜疑心を抱いてしまう。
「ハヤテ達もそうだが、なんでお前まで俺に拘る? 俺と月詠一族の接点は昨日が初めてだ。例えそちらに接点があったとしても、お前がそこまで俺を信頼する理由になるとは思えん」
内側は分からないが、少なくともセツナは外側は好意的に接してくるのは分かる。
だが理由も心当たりもなければ“疑いの種”でしかなく、今度はレインはセツナの瞳を真っ直ぐ見据えてそう問いかけた。
すると、セツナは少し考える様に間を空けたが、やがてその口を開いた。
「レインさんのお陰だからです……僕や鈴達が“道具”ではなく、人として生きていける事が」
嘗ての隠密ギルドの在り方は鬼血衆の様なもので、里・任務こそが生きる目的のまさに道具の様な生き方が普通だった。
セツナ達も忍の訓練はしているが、それでも昔に比べれば人間として生活しており、だからその発端となったレインを慕うようだ。
「神導出兵の件か……それでハヤテ達が月詠一族の生き方を変えたと言っていたが、あれは俺達が生き残る為に動いただけだ。それでお前達が何かを感じるとは思わん」
それでも違う当事者同士、感じ方も考え方も違う。
少なくとも自分達は自分の為に必死で戦っただけのレインにとっては、それで周りがどう感じようが理解できる訳がなかった。
けれど、レインのその言葉にセツナは首を振る。
「それでも……レインさんの姿があったから今の僕達がいるんです。あなたの行動だから影響され、新たな選択を選べるようになったんです。それに――」
セツナはそこまで言うと黙り、ある記憶を呼び起こす。
――十年は経っていないと思う。
幼い自分を父ハヤテが、王都グランサリアに連れて行ってくれた事があった。
人の動きだけで職を探る訓練だと思ったがそうではなく、当時の王都では新たな四獣将を披露する凱旋パレードが行われていた。
サイラス王を囲む様に馬に乗って進む四人の姿は今も記憶に残っている。
――赤髪に肌黒い逞しい男性。
――水色の髪をし、色気を見せる女性。
――一番身体が大きく、だが若いながらに緊張した様子の青年。
――そして、セツナが一番目を奪われた存在こそ“黒狼”だった。
髪、瞳、鎧、マント、馬すらも黒で統一された異質な存在。
四人の中で一番若く、けれども最も堂々とした凛々しさを纏う少年の姿に当時のセツナは目を奪われた。
『かっこいい……!』
思わず出た言葉。幼いからこそ感じた印象だったのか、それとも若いのに周囲に認められているからか。
どちらにしろ初めて抱いた感情に喜ぶ自分に対し、ハヤテは黒狼を指差して小さな声で話してくれた。
『彼は古き私達大人にとっては“罪と罰の象徴”だ……けれどお前達、若き世代には“希望”なのだ。――未来を託したぞ、息子よ』
そう言って頭を撫でられながら話す父の言葉も自分の中で残っている。
そして、そんなレインに対して抱く感情が“憧れ”なのか、それとも“興味”でしかないのか今でも分からない。
だがセツナは少なくとも自分の中では特別である事を自覚しており、そんなレインに付いて行くことで何かが起こる事を、昔の事を思い出しながら予感していた時だ。
「それに……なんだ?」
律儀に待っていたレインがセツナに聞き返した。
この声でセツナも我に返ったが慌てる事はせず、だからといって今思っていた事を話すのもあれなので、ただ自分が思いを言葉にする事にした。
「……いえ。――僕は必ずお役に立ち、ステラさんをルナセリアまで送り届ける手助けをします。ですから僕の同行を……あなたの下で学ぶ事を許して下さい」
今度は頭を下げたセツナを見て、レインは少しだけそんな彼を見ていたが、やがて背を向けて言った。
「……何度も言うが、俺はお前の追い忍としての任務に手を貸す事はしない。それでお前が死ぬことになってもだ」
「はい」
厳しい言葉でもあるが、ショウの件は最初からセツナは自身の手でケリを付けるつもりだった。
だからその言葉の受け入れも早く、決して頭を上げず、そのままレインが去るのを待った時だ。
「――だが」
レインの話はまだ終わってはいなかった。
「その追い忍の任務以外……少なくとも、俺の目の前にいる内は死なせはせん」
「!」
予想外の言葉にセツナは思わず顔を素早く上げたが、既にレインは歩き出しており、その真意を問い掛けるタイミングを失ってしまう。
けれど、何故か悪い感じはない。逆に、想像以上に落ち着けている自分の様子に驚いてしまうが、その様子の意味はセツナが、レインの真意を僅かだが察する事が出来ている証拠でもある。
やがてレインの背中が遠くなり、棒立ちしていたセツナも我に返ると最後に火葬場の煙を見上げ、風を感じながらその場を後にする。
――けれど、この時二人は気付かなかった。そんな自分達の話を聞いていた二人の存在に。
「どうでしたか鈴。 レインの事、少しは信じてくれましたか?」
「……うん。そうだね」
木の影に佇みながら聞いていたステラと鈴の二人。その手にはおはぎ等を持っているが、買った後にずっとここに来て佇んでいた。
ステラの案ではなく、これは鈴の案。レイン達と共に行くセツナに不安を感じ、話すタイミングを計っていたのだが逆に思いがけない場面に遭遇してしまった。
けれど、結果的にそれでも不安を取り除かれる。全てではないが、それでも納得できるほどに。
「……屋敷に帰ろうか。私も少し準備したい物ができちゃった」
「はい。では帰りましょう」
何かを察したのかステラもそれ以上の事は言わず、二人はそのまま屋敷へと帰って行く。
明日にはステラ達も旅立ち、それにセツナも同行する。日常が変化する感じを抱きながら、それぞれの決意を固めて行く。
――そして、それぞれの想いを抱きながら翌日となった。
♦♦♦♦
その日、屋敷の前には中型の馬車が佇んでいた。
これはサスケ・ハンゾウの両名が使っている物で、外の世界では“商人の顔”で通っている二人が行ける範囲まで送る事になったのだ。
「本当ならば馬車を用意させたかったのですが、生憎と里の復興作業で数が足らず、申し訳ございませぬ」
「気にしないで下さい。私達は別の町で馬車を準備するとグランも言っていましたから、途中まででもありがたい限りです」
ハヤテと馬車の件で話すステラ。その後ろではグランと共にサスケとハンゾウが荷物積みを手伝っている。
そして、その横ではセツナと一緒にレインがいるのだが、色々とした事情もあって動けないでいた。
――それは……。
「にいちゃん!」
「いっちゃうのにいちゃん!」
「うわ~ん!」
セツナとレインを囲む様に泣く小さな子供達――そう、セツナの弟と妹達であり、その数は十四人。
セツナは十五人兄弟の長男でもあり、歳の離れている者ばかりで別れを悲しむ弟・妹達に何故かレインも一緒に囲まれていた。
「……この人数、今までどこに隠れていた?」
少なくともこれ程の騒がしさは屋敷では確認できず、今朝になって現れたのは間違いない。
マントを引っ張られながらレインは、隣であやしているセツナへと問い掛けた。
「えっと……万が一の事もあってと、最初の内に避難させていたんです。それで安全が確認出来たので、夜のうちに……」
レイン達は昨夜は早く就寝した事もあって気付かなかったようだが、それでもこの多さで泣かれては凄まじい。
身体能力も子供の割に高く、何故か数人は後ろからレインの肩を掴んでぶら下がるが、微動だにせず直立不動のレインに対抗心を燃やしていた。
「おぉやるな!」
「やるね!」
「まけないもん!」
(一体、何にだ……?)
背中にくっ付いて来る子供が増えて行くも、レインは不動を貫き続ける。
セツナは苦笑し、ステラは微笑ましそうに見ているがレインは子供の扱いが分からず、どうにかして欲しいと思っていた時だ。
「あらあら、駄目よあなた達。お兄ちゃん達の準備の邪魔をしちゃ」
呑気な様子でカグヤが現れ、二人の下に来た時だ。
カグヤは目にも留まらぬ速さで我が子達を回収し、レイン達が気付いた時には大勢の子供達は母である彼女の背中。そこにおんぶ紐で一括りにされ背負われていた。
「うわぁ~つかまった~」
「ははうえずるい~」
わきゃわきゃと騒ぐ子供達だが、その様子は楽しそうであり、巨大な大荷物を背負っている様に見えるカグヤも顔色一つ変えずに笑顔を浮かべてすらいた。
しかし、そんなカグヤは何故かそっと、レインの背後へと近づいて来ており。
――そして……。
「うふふ……ありがとうございます。子供達と遊んで頂いて……ふぅ」
色っぽく背中からレインに語り掛け、そのまま彼女の持つ豊満な胸をその背中に押し付けながら耳に息を吹きかけた。
その瞬間、レインはビクッと身体を振るわせながらも素早く距離を取り、驚いた様にカグヤを睨んだ。
「ッ!?――ま、またか……!」
「は、母上……」
屋敷の時と同じく、カグヤにどこか踊らされた事にレインは何とも言えない表情を浮かべ、セツナも呆れた様に視線を向ける。
しかし相変わらずカグヤは楽しそうで、二人の様子を見て嬉しそうに微笑んでいた。
「あらあら……二人共可愛いわね。セツナもお年頃かしら?」
「少なくとも、母上のそんな姿を見たら気まずいと思う程には……」
ジト目で見て来る息子の成長を喜ぶカグヤ。
そんな彼女の行動にステラは顔を真っ赤にしていた。
「そ、そんな駄目ですよ!? 旦那さんのいる方がそんな――!」
ステラはそう言いながら隣にいるハヤテの方を向いたのだが、そこには――
「……まぁ、くノ一の性なのだろうな」
どこか力無く呟くハヤテがいるが、その顔はゲッソリし色素も何となく薄く見えるのは気のせいだと思いたい。
そして、どこか声を掛けてはいけない雰囲気にステラは気付いて距離を取ってあげていると、そんな光景を見ていたグラン達も静かに頷き合っていた。
「……けど、少なくとも十五人も産んだ身体じゃねぇよな? めちゃくちゃ綺麗なスタイルだぞ?」
「うんうん。誰もが一度は疑問を抱きます」
「月詠一族の七不思議の一つでもございます。――嘗て、カグヤ様の美貌を見て、月詠一族は不老不死の術を編み出したと噂が流れ、危うくギルド間戦争の危機になった事もあるほどなのです」
「そいつは笑えねぇだろ?……いつの時代も女性は怖しで強しか」
サスケとハンゾウの言葉を聞きグランは“誰か達”を思い出す様に苦笑していると、その会話が聞こえたカグヤの視線がグラン達を捉えた。
「あら~? 疑うなら確かめてみる?……わ・た・く・しを。――確かアスカリア貴族は一夫多妻制の筈よね?」
色気に溢れた視線と雰囲気を流し、自分の身体をなぞりながらグラン達を見つめるカグヤに気付き、三人は一斉に降参する様に両手を上げる。
「お、おっと……それでも俺は妻一筋だ。わりぃな」
「じゅ、準備の続きをしましょう……!」
「そ、そうしよう……!」
カグヤの視線を見て、何故か背筋に嫌な汗が流れたのに気付くとグランはそこから離れ、サスケとハンゾウは馬車の積み込み作業へと戻った。
そして一通りからかったカグヤはクスクスと笑い、おんぶ紐を解いて子供達を解き放つと最低限の荷物の手伝いを始める。
その光景にセツナ達も安心と共に落ち着き、レインも先程の感触を払うかのように首を回していた。
「ある意味ミアよりも質が悪い……」
「ハハハ……まぁカグヤ様は伝説のくノ一ですからね。でも、それで靡かなかった男性も珍しいですよ?」
首を回しながら呟いていたレインに声を掛けたのは、先程まで来ていなかった鈴。
そんな彼女が姿を見せた事でステラも嬉しそうにし、彼女の傍へと駆け寄った。
「鈴! あと少しで出発する所だったんですよ?」
「ごめんなさい……ちょっと色々と準備がね。――まずステラにはこれ」
鈴がそう言って渡したのは一つの箱であり、ステラが開けてみると中には人数分のおはぎが入っていた。
「昨日から急いで作ったの。保護魔法は使っているけど早めに食べてね?」
「す、鈴……! ありがとうございます!」
この里で過ごした二日間はステラにとって良い思い出になったのだろう。
鈴が用意した甘味に感激した様子であり、鈴も笑顔で返した。
「いいのいいの! また当分は食べられないもんね。――そして、これはセツナに……」
「僕にも……?」
意外だったセツナは取り敢えず鈴の前に出るが、“小さい物”なのか鈴が両手で握っていて物が全く分からない。
しかし、鈴にとって何か特別なのか、彼女の渡そうとする表情は少し暗い。だが、やがて意を決した様に右手に掴んだまま差し出し、セツナも右手を出して受け取ろうとする。
すると、セツナの手のひらにポトッと落ちる小さな何か――それは彼女の名前と同じ物、小さな“鈴”だった。
金色に輝き、赤い糸の束で結ばれている“鈴”だが、セツナが軽く振っても音色は鳴らなかった。
「……鳴らないんだね」
「大丈夫……魔力を込めれば鳴るように細工しただけだから。そうすればセツナの邪魔にはならないでしょ?」
隠密中に鳴ってしまわない様にした彼女なりの配慮もあるが、本音を言えば自分と同じ名前の物をセツナに持っていて欲しいという乙女心。
「気を付けてね……セツナ。――無事に帰ってこないと怒るからね?」
「……大丈夫。鈴が僕の帰りを待ってくれて、しかも傍にもいてくれるんだ。だから必ず帰る……鈴達のいるこの里に」
セツナは力強く頷きながら貰った“鈴”を握り締め、鈴もどこか寂しそうだが、嬉しくも思って優しい微笑みで返す。
そんな二人の雰囲気は優しく、そして甘い感じでありステラやグランは何とも言えない笑みを浮かべ、サスケとハンゾウも若の成長を喜ぶように涙目で頷き合っていた。
例外なのは無表情でただ見ているレインと、何やらニコニコしながら夫ハヤテの肩を掴むカグヤぐらいであり、肩を掴まれたハヤテもビクッと震わせると懐から出した液体を飲み干した後に溜息を吐いていた。
その液体の瓶に『蝮』と書かれていたが、その意味を調べようとする者はおず、どこかハヤテの存在感が薄くなってゆくのも気のせいだと思いたい。
すると、一人佇むレインに対して、何やら意味深な笑みを浮かべながらグランが声を掛けた。
「見てみろレイン。お前よりも年下のセツナでさえあれなんだぞ? ミアとかいんだから、そろそろ身を固めたらどうだ?」
「そんな暇はない。それにそういう事はサイラス王達の判断に委ねている、だから俺の一存は関係ない」
「いや……関係なくはないだろ?」
自分の事なのに興味も関与する気も無く、サイラス王達に丸投げのレインにグランは真顔でツッコミを入れた。
ただ四獣将としての立場を考えての事かは分からないが、少なくとも興味はないのはグランでも分かり、やれやれと呆れた時だ。
今の話を聞いていたステラが、恐る恐るといった様子で二人に声を掛けた。
「あの一つ聞きたいのですが……その、炎獅子のファグラ様はよくご存じなのですが、艶翼鳥のミア様の事はあまり知らないのです。一体、どのような方なのですか?」
「……実は僕も気になっていました」
ステラに続いて言ったのはセツナだった。意外な者も入ってきた事でグランも意外そうに二人を見つめ直す。
「おいおい。まさか隠密のセツナまでミアを知らねぇのか? よくルナセリアとの小競り合いの後始末してるファグラよりは知られてはいねぇと思うが、四獣将で一番派手でファンも多くて有名な筈だぞ……?」
「い、いえ……名前や武勇は知っているんですが、顔とか人間性までは……」
実は隠密ギルド界ではミアも、ある意味で有名人。
派手な武勇や実績、カリスマ性は聞く事は出来るのだが――素顔などは隠し撮り等が成功しない事で有名。
曰く、ガードが堅い。妙に気配に敏感で、隠し撮りしようものならば強烈な殺気を放って威嚇するのでお手上げ状態。
けれど、知っている人は知っているので何故に隠密ギルド・情報ギルドに隠し撮りをされたくないのかが分からず、四獣将で一番謎が多いともいえる騎士となっていた。
そして、セツナからそんな事を聞かされたレインとグランだったが、二人はどこか納得した様子で頷いていた。
「ミアの性格ならば納得できるな」
「あぁ、ミアならそうだろうなぁ……」
納得した様子なのだが二人の反応はあまり良くなく、遠い思い出の感傷に浸っている様に遠くを見ている。
それは日頃、表情を出さないレインにしては珍しい反応であり、そんな反応を見てはステラ達も尚更気になってしょうがない。
「い、一体、どの様な方なのですか……!」
「まぁ……その内、会うかも知れねぇが、ミアが嫌がってんなそんなに詳しく言うのもなぁ。……ただ強いて言えば――」
少し悩む様にグランは考え、やがてそう言って鈴を指差した。
「鈴の嬢ちゃんのくノ一衣装と身体を五倍程エロくした感じだな」
「えぇっ!?」
グランの言葉に鈴は驚き、思わず自分の手で隠してしまった。
更にステラ達も思い出す限り、くノ一衣装もスリットや一部露出もあった記憶があり、それを五倍もエロくすれば最早、平然と外を歩ける筈がない。
「痴女じゃないですかその人!?」
「せ、世界は広いんですね……」
「ある意味狭いですけどね……」
自分が比べられた事もあって鈴は恥ずかしさで叫び、ステラとセツナも言葉を選んでいるが顔は引きつっていた。
だが、正反対な反応なのはレインであり、グランの言葉を聞いた後も頷いている。
「……大体、合ってはいる」
「それにミアだけじゃなく、ファグラだって一癖も二癖もあるしな……まぁ世間から見れば俺等似た様なもんか」
そう言って反省した様に笑うグランを見て、ステラ達は何て言えば良いか迷っていた時だ。
準備を終えたサスケとハンゾウがレイン達を馬車へ呼び始めた。
「若! 皆さま! 準備が出来ました!」
「いつでも出発できますぞ?」
二人は既に馬の手綱を握る席に座っており、その声に周囲の空気も変わり、ステラは鈴の顔を見た。
「少しの間……お別れですね」
「うん……でもきっとまた会えるって信じてる。次に会う時は平和になった世界だから、もっとゆっくりと里内を案内するし、ルナセリアに行くのも良いかな」
「……そうですね」
二人の会話はありきたりで短いものだったが、それも仕方ないと言える。
本音を解放すればずっと話が終わらなくなるのは分かっている、だから二人は寂しそうな表情をしながらもそれしか言わなかった。
そして話終わり、馬車の前にステラ達は向かうと、それに合わせてハヤテ達も集まって来る。
「道中お気を付けて……途中までとはいえサスケ、ハンゾウの両名も優秀な忍であり、皆さまの手助けをしてくださるでしょう」
「肌に良い物もいくつか入れておいたわ。旅でも手入れは欠かさずね?」
「――はい! 何から何まで本当にありがとうございました。必ず和平を成功させてみせます」
ハヤテとカグヤにお礼を言って馬車にステラは乗り込み、弟・妹達に再び囲まれたセツナは一人一人全員の頭を撫でていた。
「にいちゃんいっちゃうの?」
「かえってくる?」
「あぁ勿論。だから……それまで皆と仲良くな?――里を頼む」
兄として下の家族に言葉を掛け、両親と鈴、そして見送りに来ている里の者達に視線を向け、互いに頷き合うとセツナも乗り込み、それを確認してからグランも乗り込んだ。
そして、最後にレインも乗り込もうと馬車に足を掛けた時だ。
「あ、あの!」
レインは背後から呼び止められ、振り向くと鈴が立っていた。
そして振り向いたレインと目が合うと、意を決した様に頭を下げた。
「セツナをお願いします!」
それは頼み。信じたからこその願いであり、セツナに万が一があったら動けるのは託されたレインしかいない。
最愛の人の無事を祈る彼女の行為に、レインは何も言わず顔を戻すが――
「――目の前にいる内だけだ」
背中を向けてそれだけを発して馬車に入って行くが、鈴にとってはそれで十分。
セツナだって強い。後は見守ってくれる存在がいてくれるだけで良い。
「では出します」
「結界を解くぞ」
サスケが手綱を握り、ハンゾウが印を結んで結界を解除すると周囲の森の景色が揺れ、やがて目の前には整った道が現れる。
それと同時に馬車も動き出し、周囲の声を聞きながらレイン達は月詠一族の里を後にするのだった。