第二十四話:月詠一族の真実
ハヤテ達の話とは……
屋敷へ戻ったレインはそのまま最初と同じく広い居間へと通され、そこにはハヤテとカグヤ、その横にセツナと鈴、そしてハヤテと向かい合う様に腰を下ろすステラとグランの姿があった。
そんな主要人物集合中の部屋の空気は少し重く、いかにも真剣な話がありますと言った感じ。
そんな空間に最後に足を踏み入れたレインに全員の視線が集まり、レインが来た事でステラも安心した様に、けれど少し申し訳なさそうな表情で出迎えた。
「レイン!……えっと、その、里に何かあったんですか?」
「?……いや、ただ情報ギルドに会ってきただけだ。――後で読んでおけグラン」
「ん? お、おう」
ステラの反応に違和感を持ったがレインはすぐに流してステラの問いに答えると、そのまま新聞をグランへと押し付け、いきなり渡されたグランも咄嗟に受け取って興味深そうに見つめるが、後の楽しみに取っておくように自分の横へと置いた。
そしてそんな事をしている間にレインも腰を下ろしながらハヤテへと問いかける。
「……それで、今度は何の話だ」
昨日の件もある。だからレインの目は鋭くハヤテ達を捉えており、向こう側もそれを甘んじて受ける様に静かに頷き、そして口を開いた。
「ショウ・コハラシを“抜け忍”に認定し、その“追い忍”にセツナを任命致しました」
「抜け忍?……そして追い忍ですか?」
聞きなれない単語にステラは首を傾げると、隣にいたグランが説明をしてあげた。
「隠密ギルドで正規の方法以外で抜けたギルド員を“抜け忍”って呼び、その抜け忍を追って処罰するのが“追い忍”だ。――つまりセツナの坊主は魔剣に呑まれたショウって奴を処罰する役目を与えられたって事だな」
「その通りです……その事でレイン殿に昨日ご相談した事と、この件は無関係ではないのでお呼びしました。既にグラン殿も存知ているやもしれませんが……」
「一応だが、レインに大体は聞いた」
温泉に入っている時にグランにも話していたレインだったが、ハヤテを見るグランの表情は若干だが険しい。
だがハヤテは気付いていない様に表情を変えず頷くと、ただ事情を知らないステラはレインへと聞いてみた。
「あの、ハヤテ様と何を話したのですか?」
「……この護衛の旅。それにセツナ・月詠の同行させる事を頼まれた」
「えっ? セツナくんをですか……?」
レインの答えにステラはやや驚いたが、昨日の内に話していた事は当のセツナ、そして鈴も初耳であったらしく若干だが動揺した様子でレイン達、そして両親を見た。
「頭領……既に昨日から話していたんですか?」
「あぁ、この旅が過酷となるのは目に見えている。故にお前の隠密の力が必要になると思い、レイン殿にお前を託すことにしていた。――だが、それを話す前にショウ達の裏切りが起こってしまったのだ。しかしそう思うと、最早これは必然だったのだな」
自分の言葉に対して有無を言わせない感じで話すハヤテを見て、セツナも何かを感じ取ったのか何も言わず、ただ顔を若干だが下へと向け、そんな彼の様子を鈴が少し心配そうに見つめる。
けれど、そんな中でハヤテはレインへと昨日の答えを尋ねようとしていた。
「レイン殿、昨日も言いました通り、まだ若くともセツナには才能がございます。ですので、決して皆様の足を引っ張る様な真似は致しませぬ。――どうか、セツナを連れて行って頂けませぬか」
レインは昨日の間では答えを出していなかったのだろう、その時点でセツナ同行に難色を示している事が分かる。
しかしハヤテとカグヤは頭を下げて頼みだし、それを見てグランは静観するがステラは戸惑った様子でレインを見つめると、レインは静かに口を開く。
「最初に言っておく……」
その一言から始まったレインの言葉を聞き、ハヤテ達は顔を上げ、セツナと鈴もレインへ視線を集中する。
「俺とグランが優先するのはステラと親書だ。セツナ・月詠の抜け忍討伐に関して、そして身の安全はニの三の次になる」
非情とも言えるレインの言葉に鈴は顔は平常を保つが、同時に息を呑んだ。
だが当然であり理解もできる。戦争の天秤で頼んでもいないのに付いて来た者の命など、いざという時に気にする理由はない。
けれど、その言葉に対してもハヤテは納得した様に、穏やかな表情で静かに頷いた。
「それは当然でしょう……ですが、セツナは里内でも実力者。己の身は己で守れますので、ご心配はいりませぬ。抜け忍の件も、ステラ王女の護衛の方を優先させるように命じましょう」
「……そうか。ならば好きにすればいい」
その言葉にレインは目を閉じて頷くと、ステラと鈴も安心した。
鈴は少し寂しくなるが、抜け忍となったショウは魔剣を持っており心配の種は尽きないが、四獣将のレインが一緒ならば実力もあって尚も安心できる。
また、ステラも鈴には申し訳ないが、セツナが来るならばこれ程に頼もしい事もない。
レインとグランが聞けば怒るかも、そんな事をステラが思っていると、ハヤテはグランにも顔を向けた。
「グラン殿はいかがでしょうか?」
「……レインが良いって言ったんだ。断る理由もねぇし、セツナならまだ信用は出来る」
そう言って鋭い視線をグランはハヤテへと向けるが、ハヤテはどこ吹く風。
三人にお礼を言いながらハヤテとカグヤは頭を下げると、ステラは頷き、セツナと鈴二人の方を見た。
「危険に巻き込んだ様で申し訳ありませんが、セツナくんが一緒に来てくれるなら安心できます。――鈴はちょっと寂しい想いをしそうですが」
「ちょ、ステラ~!」
からかう様にイジってくる友人に鈴は顔を赤くしながら抗議し、その光景にレインを除いたメンバーは思わず微笑ましくて笑みを浮かべ、セツナも少し照れくさそうにしていた。
「ハハ……こちらこそお願い致します、皆さん。――では、僕は先に失礼します。明日からの準備もありますから」
「俺もだな、まだ明日以降の準備の途中だ。――レインはどうすんだ?」
「ここに残る」
まだハヤテ達と何かあるのか、それぞれが立ち上がる中でレインだけは腰を下ろしたまま。
「それじゃあ私達は食い溜めしに行きましょうよステラ。当分、食べられなくなるからね、ここのお菓子は」
「そ、それは一大事です! レイン! グラン! 少し行ってきてもよろしいですか!?」
「ハッハッハッ! こっちは大丈夫さ、だからステラは今の内に息抜きしてくればいい」
「……こちらも問題ない」
二人の許可を得た事でステラも安心して食べに行ける。
ステラは顔が緩むのを感じながら二人に礼を言い、鈴と共に部屋を出て行った。
「ありがとうございます! 鈴! 早く行きましょう!」
「はいはい! 焦らなくても大丈夫だって!?」
「んじゃ、俺も失礼……」
二人の後に続いてグランも部屋を後にし、セツナもレインへ一礼しながら部屋を出て行った。
――これで残ったのは昨日と同じく、レインとハヤテとカグヤの三人だけだ。
「……それで、レイン殿は何か話があるのですかな?」
「少し、お茶を入れましょうか」
興味深そうに聞いてくるハヤテと、お茶を入れる準備を始めるカグヤだったが、レインが発したのは問い掛けだけだった。
「……ここまでが想定済みか?」
レインの言葉にハヤテは何も言わず、カグヤもただお茶の準備をし続けるが、レインは言葉を続けて行く。
「俺とグランですら気付く……なのに、近くにいたお前達があの4人の裏切りに気付かぬわけがない」
レインとグランは森で戦った4人がショウ達である事に気付いていた。
グランは店で、レインはその店前で。声も変えず、雰囲気も、癖も、怪我の様子も欺かない程に未熟な者達の裏切りを、この月詠一族が察しない筈はない。
そして、そんな彼等だからこそ放置していた理由も分かった。
「……セツナの成長の為か。奴を外の世界へ、そしてお前達から見て唯一の“弱さ”を消す為にあの4人を利用したな?」
一歩一歩と、少しずつ問い詰める言葉にハヤテは表情を崩さないが、その額に一滴の汗が流れており、それが答えだと言っているようなもの。
そう、それしかない。裏切り等に他よりも過敏な隠密ギルドが間者を放置する理由、それは泳がしているか、別の理由があるか。
そして、そんな危険を冒してまで実行した理由はセツナの存在だ。
「セツナ・月詠……腕も良く、伸びしろも感じる。――だが、お前達はそれでは満足しなかったか」
セツナの才能は四獣将、星付きの幻魔ですら目を見張るものがある。
だが、ハヤテ達はセツナに更に完璧になる事を望んでいた。
「息子の名を何度も出されてしまえば……流石に沈黙も出来ぬな」
「……そうね」
セツナの名を何度も出すレインに対し、ハヤテとカグヤも観念した様に頷くと、隠していた事を白状する。
「あの子は優しい。敵ならば容赦せず、けれども場合によっては情けもかける。別にその事に文句はないが、セツナは身内には非情には成れぬのだ」
ハヤテ達両親、そして里内の実力者達も皆がセツナの才能に気付いていた。
本来なら自分達が10年かける事も5年、またそれ以下で覚える天才であり、将来は確実に月詠一族を更に強くしてくれる。
だが、だからこそハヤテ達は願う。セツナが世界を見て、更なる成長をする事に。
「あの子は里内で縛っていい存在じゃない。任務で出歩く程度ではなく、本当の意味で世界を見て、知る事に意味がある」
「……ならばそう言えば良いだけだ。何故、俺達や例の4人を利用する様な無駄な事をした?」
カグヤの言葉をレインは理解しなかった。ただそう言えば、セツナも旅ぐらい出るだろうからだ。
「隠密ギルドは時に身内を裁かねばなりませぬ。今回の様な一件が良き例でありますが、セツナは優し過ぎる。必ず裁いた事に後悔し、そして罪悪感をずっと引きずってしまう」
「その甘さを捨てさせる為に、あの4人を利用したか。戦友の忘れ形見とまで言っていた者達を……」
昨日の事だから覚えてはいる。ハヤテがショウ達を忘れ形見と呼び、悲しんだ素振りを見せていたのは。
だがそれも演技の類、裏切りを事前に知っていた以上はそうだとしか思えないが、その言葉を聞いたハヤテも小さく呟いた。
――血は巡る。
「……なんだと?」
「ショウ達は自分達を英雄の息子と呼んでいました。里の為に死んだ父達の息子だからと……しかし、我々は既にそこからショウ達を騙していたのです」
――ショウ達の父は英雄ではない。彼等もまた、月詠一族を裏切ったのです。
ハヤテは更なる秘密を語った。
ショウ達の父親達は一瞬の心の隙を突かれ、僅かな欲の為に里を裏切り、多大な被害が出してしまった事。
その後、裏切り者として処分されたが、彼等が里に今まで貢献していた事も事実であり、家の取り壊し・家族の身の安全は許された事。
そして、当時はまだ幼い中で父を失ったショウ達に同情した事もあり、彼等は任務で死んだ英雄として教えた事を。
「その事を知らなかったのはショウ達だけです。彼等の兄弟、母親、一族の者達も真実を知る中、彼等は心が幼いまま成長してしまいました」
「……英雄ではなく、裏切り者の子か」
二人の言葉を聞いた事でレインも、周囲が纏う彼等への負の感情を納得した。
同情なんぞ長くは続かない、相手への少し不満で一気に爆発してしまう程に脆いものであり、ショウ達の態度もあれば尚更だった。
「里から疎まれた邪魔者。だから裏切りも見逃し、セツナの成長の糧にする事にしたか」
「……ハハハ。私達は信じただけです、ショウ達の事を。しかし、彼等は裏切りを選んだ。ならば掟に従い裁くのみ」
ハヤテのあくまでも偶然の産物な言い方、それがレインの不信感を刺激する。
変わったなんだと言っても隠密ギルドの大半は普通ではない。嘗て、とある任務で隠密ギルドの力を借りる事になった時も苦労し、サイラス王も色々と頭を悩ませていたのを覚えている。
技術や力に“信頼”はしても良いが、彼等を“信用”してはいけない。
騎士として深く関わった事があるレインだからこそ言える言葉であり、適当に相槌を打つとハヤテもレインの心情を察したのか、言い訳の様に言った。
「どの道、ショウは他三名を殺害しております。ここまで来れば遅かれ早かれですよ……」
「……ならば何故、セツナを俺に預けようともした? 和平は建前だろ?」
「それは誤解ですよ。我々は戦争を望まず、安定した世を望むと決めたのです」
何か昔の事を思い出す様に話すハヤテに、レインは若干の違和感を持ったが、それよりも先にハヤテが口を開く。
「神導出兵……それが我々を変えた、そう言ったはずです。――嘗て、我々はアスカリア側に雇われて前線で隠密活動を行い、そこであなた方を見ていたのです」
「……同情か? それとも、アスカリアに同じ様に扱われることを恐れたか?」
嘗ての妖月戦争で戦いを身を引いた者は多い。騎士、ギルド関係なくであり、レインは月詠一族もその手の影響を受けたと判断した。
――だが、ハヤテは小さく首を振った。
「いいえ……“恐怖”ですかな、我々が感じたのは」
「……?」
ハヤテの雰囲気が変わり、レインは何かを感じ取る。ドロドロとした内側の負、その手のものをハヤテから感じ取った。
「……我々は感情に呑まれる事に耐性を持ち、恐怖もすることはない。――そんな我々が恐怖したのです、レイン・クロスハーツ、貴様を見てな」
僅かな小国、けれど最重要となった国の覇権を切っ掛けに起こった妖月戦争。
その実態はその“小国”が自国の重要性を盾に、二つの大国を良いように扱った事が原因であり、滅んだ今も出身者達は差別される程に現代にも記されている。
だが当時はそんな小国でも一部のギルドを筆頭に、新たな第四の覇権国家になると思われた程だった。
騎士全員が精鋭であり、自国の立場を巧みに使って大国を振り回した事も評価され、アスカリア・ルナセリア両国への失望も合わさり、その国に協力する者達も多かった。
「……そんな大国すら振りました国だったが、連中は滅びた。たった一人の手によって」
現在でも語られている歴史、その国の滅びを招いたのは“一匹の黒き狼”と言われており、その活躍もあってその狼は現在でもその名で呼ばれている。
「黒狼のレイン……貴殿は自分が思っている以上に多くの者に影響を与えたのです」
本性を見せるかのように、鋭い雰囲気を醸し出すハヤテ。
三大国家の二国を巧みに使い、戦争すらも引き起こした国。誰もが期待し、誰もが弱き者でも強者になれる事を証明した筈の国。
だが、強者は更なる強者への餌でしかなかった。それだけの事をした国の破滅、それはたった一人によって起こされた事は衝撃的な事。
ハヤテ達、月詠一族はそれを間近で見たことが大きく、彼等は確信してしまった。
――次に滅びるのは我等、だと。
「……次に滅びるのは我等。それも、貴殿の手によって」
「まさか、月詠一族は……」
レインは気付いた、彼等が何故に自分の手によって滅びると悟ったのか。
それは敵だから、かの国と同じだから。
レインの呟きにカグヤを下を向き続け、ハヤテも観念した様にその重い口を開いた。
「我等が仕えたのはアスカリアのみに非ず……その裏で我等はかの国にも使われていた。黒狼により滅びた厄災の国『シュテル公国』――我等はアスカリアを裏切り、ずっと神導出兵の哀れな者達の情報を流し続けていたので――」
ハヤテがそこまで言った時だった。彼の顔の横を鋭利な閃光が通過し、そのまま彼の背後に壁にナイフが突き刺さる。
左耳に痛みと熱が入り、何かが流れる感覚がある。斬れたのだとハヤテは理解するが、その姿は微動だにせじ、寧ろそのまま心臓や顔などの急所に放たれても受け入れていた様に冷静だった。
妻のカグヤは息を呑みながら動けていないが、投げた者は一人しかいない。
――レインだ。
「……!」
けれど投げたレイン自身が一番驚いており、何故に自分が投げたのか分かっていない様に自分の手を見つめる程に動揺があった。
だが、そんな姿のレインを見て、命を狙われたハヤテは咎める事はせず、寧ろ安心した様に穏やかな表情へと戻った。
「貴殿は心なき獣。そう呼ばれていますが、今の姿を見ると私はそうは思えませぬ。――実績、そしてそんな貴殿だからこそ息子を預けられる」
「今の話を聞いてもそう思うか……グランは黙っていないぞ?」
「それもまた受け入れる覚悟。既に老兵である私よりも、未来あるセツナが重要であり、その為ならば罪も恥も、命すらも全ての結果を受け入れましょう」
身内の裏切りには敏感でも、依頼人への裏切りは当然の如く行ってきた以上、その報いを求められればハヤテ達は喜んで全てを差し出すだろう。
セツナの様な若き天才を未来へと導く、それだけが古き時代を生きてきた自分達の最後の役目と思っており、その為ならば今この場でレインとグランに殺さる覚悟もある。
だからこそ、月詠一族の希望であるセツナの成長の為にハヤテは耳から流れる血を止めることもせず、カグヤと共にレインへと土下座の様に深く頭を下げた。
「ですからどうか、セツナを……息子をよろしくお願いいたします致します」
「お願い致します……!」
これが恥だろうがなんでも良い。息子の為なら隠す恥も誇りもない。
立場も肩書きも捨て去り、深く頭を下げる二人。その光景を見るのはレインは初めてではなく、昨日の話の時もこうして頭を下げられていた。
――愛されているな。
店の前でセツナへそう言った理由は、ハヤテ達のセツナへの想いの姿を見せられたから。
「子の為に……親が頭を下げるのか」
そして自分達の親とは違う姿だからこそ、レインの中に変化を起こさせたのかもしれない。
「……これだけは言っておく。俺は月詠一族を信じたわけではない。旅の途中でお前達か、それかセツナが何か仕掛けてくれば、俺とグランは容赦なく始末する」
静かに立ち上がりながらレインはそう言うと、ハヤテ達も頭を下げたまま小さく頷いた。
「はい……我等は決して貴殿達に害は与えず、セツナもその様な選択を致しませぬ。――そう信じております」
「そうか……では、これが最後だ――」
レインはそう言って頷き、拳を握り締めてハヤテへ近付く。
そして――屋敷に大きな音が響き渡った。