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第一話:黒狼と姫君 

色々と感想やらアドバイス募集しています。


 アスカリア王国・首都【グランサリア】――それよりも西へ行った辺境。

 その中の一つの村【サロス村】での魔物退治を終えたレインは、護衛対象であるアルセルの隣におり、村人達から頭を下げられている彼を見守っていた。


「本当にありがとうございました……アルセル殿下! レイン様!」


「ありがとうございました!」


 村人達は深々とレインとアルセルへ頭を下げていた。

 実のところ、こんな辺境の村の魔物退治、それに王子であるアルセル、そして護衛としているレインが対処するのは異例だ。

 村人からしても末端の騎士が来るだけでも過剰と思える中、王子達が来た事は安心どころか逆に不安すら抱く事。

 けれども、白馬に跨っている原因でもあるアルセルが村人の様子に気付いた様子はなく、照れ臭そうに笑っている。

 隣で黒馬に跨っているレインだけが察していたが、ともあれ冷静な表情で見守り続けた。


「そ、そんなに頭を下げないで……これは当然の事、これが王子である僕と、騎士であるレインの役目なんだから」


「しかしアルセル殿下自ら来てくださると思ってもおらず、更に<黒狼のレイン様>までも、こんな田舎村一つの為に……!」


 二人を見上げる高齢の村長の表情。

 ただ不安からの解放による安心があったが、同時に恵まれ過ぎている現状への不安が隠しきれていない。

 ところが、アルセルはまだ、それに気づいていない。


「そんなに深く考えないで良いんだ。これはあくまでも僕が――」


 基本的に、田舎の村人とは立場故に関りがなかったアルセル。

 その為、彼等の態度に気付かないまま話を続けようとするが、レインはそれを不意に遮った。


「これは国内視察のついでに過ぎない。本来ならばこの規模の村一つの為に殿下と俺が動く事はない。お前達は運が良かった……それだけだ」


 ハッキリと言うレインの言葉により、先程より笑顔が消える村人達だったが、同時に不安の方も消え去っていた。

 全ては偶然。仕方ない。そんな投げ槍感で、村人達がどこかホッとなれるのをレインは知っていた。

 何故なら、レインは立場上、このアスカリア国内を渡り歩いていて、こんな辺境の村人達にも時折だから関わりがあり、どうすれば彼等が不安要素にならないかを知っていた。


「レ、レイン!? そんな言い方……!」


 だが言い方が少し悪いと思われ、アルセルに注意されてしまった。

 何故ならアルセルは、レインがオブラートに言えると思っているからだ。

 事実だとしても、相手の事を考えていない様な直進的な言葉なのに怒ったのだが、その様子に村長は慌てて頭を下げた。


「よ、良いのですアルセル殿下!――寧ろ、安心できました」


「えっ……安心って?」


 村人の言葉を不思議に感じたアルセルは理由を聞こうとしたが、けれどもレインが口を挟む。


「殿下、そろそろ……」


 レインはそう言いながら後方へ視線を向けさせると、少し離れた場所には金と銀等で装飾された特別感のある騎士達がいた。

 彼等は()()()()()親衛隊。その面々が馬に跨りながら此方を見ている。

 

「ごめん、もう行かないと……」


 自分の親衛隊とはいえ、待たせるのは申し訳ないとアルセルは思い、村人達に謝る様に言った。

 何故なら、アルセルは非が無くても謝る様な性格だからだ。

 ただ、少し臆病、自分の意思を出すのが苦手とも言える。


「そうですか……この様な村ですが、何かあれば訪れください。出来る限りの歓迎をさせて頂きます」


 アルセルへ村人達は再び頭を深く下げた。

 その様子にアルセルは頷き、馬をその騎士達の下へと走らせて行ってしまう。


「それじゃあまた来るよ!」


 背を向けたアルセルと村人の距離はすぐに開き、村人からはアルセルの姿はすぐに小さくなった。

 一方、レインはその場にまだ留まっていた。

 まだ伝えるべき事があるからだ。


「……村を襲ったのはシャドウファングの変異体――()()()()()だ」


「はぐれ魔物……! 最近、増え始めているという魔物の変異種ですか?」


 レインの言葉に顔色が青白くなり、ざわつき始める村人達。

 というのも、近年になって増え始めた<はぐれ魔物>と言われる変異体は、本来の種とは違う進化をした魔物であり、その能力も本来の種よりも強力だからだ。

 

 しかも、その全てのはぐれ魔物には共通する特徴がある。

 一つ目、顔のどこかに必ず()()()()がある事。

 二つ目、はぐれ魔物は必ず()()()()する事。

 

 群れで行動していた種でも、はぐれ魔物となれば単独で動き始め、その特徴等が由来となって“はぐれ魔物”と名付けられた。


「そうだ。だが村を襲っていたのがあのはぐれ魔物であった以上、討伐したことで村の安全は確保された。――後の事は自警団やギルドの者達でも対処が可能だろう」


「わ、わかりました……」


 村長は息を呑みながら頷いた。

 今までの被害は畑だけであったが、行動の読めない変異の魔物。

 もしかしたら畑の野菜なったのは自分達だったのかも知れない。そう思うと村人達は恐ろしくなったようで、ざわつきは収まらない。

 けれども、レインは彼等が静まるまで待つ気はなかった。


「……ではな」


 知ることを伝え終え、レインからすれば自分の役目は追えている。

 だから、ざわつく村人達に背を向け、アルセルの下へ向かおうとした時だった。

 村人の中から一人の男の子が現れ、レインの乗る馬の真横に飛び出した。


「!」


 危うく轢いてしまう所だったが、レインの咄嗟の判断と馬が利口だったこともあって大事にはならなかった。

 しかし、子供に自覚はないらしく、無邪気な笑みでレインを見上げていた。 


「レイン様! ぼくも……ぼくもいつか騎士になれますか! レイン様の様な立派な騎士……<四獣将>の様な誇りある騎士に!」


「なっ……こ、こら!」


 子供と言えど失礼な態度、それを見て村人は一斉に少年を止めようとする。

 というのも、貴族主義が無くなったとはいえ、立場が今も完全な平等ではないからだ。

 しかもレインは、王国の中でも選ばれし“最上位騎士”の一人。

 子供だろうが、この場で斬り捨てるとでも思っているのだろうと、レインは察した。


 けれども、レインは気にする事なく少年を見下ろし、輝かせている瞳で見てくる少年を見て感じ取った。 

 

――危うい……。


 少年が騎士と言う存在を、己の憧れだけの認識で見ている事、それは能天気に輝かせている目を見れば察するのは容易かった。

 そして、命を奪うという存在である事を微塵も思わず、綺麗な所だけで判断した憧れは厄介だ。


「騎士は誰でも容易になれる存在ではない」


 だからレインは厳しく、ハッキリとした口調で言い放つと少年の表情が曇る。

 お前の様な子供になれる存在ではない。そう言われたと感じたのだろう。


「だが……」


 けれども、レインの話は終わっていなかった。


「これから先、お前に必ず訪れる大きな分かれ道。それまでに現実を知り、それでもその心が変らなければ――いずれは俺とも共に戦う時も来るだろう」


「そ、それって……?」


 その言葉に少年は聞き返そうとしたが、レインはそのまま馬を走らせた。

 

「レイン様! ぼくは!! 絶対に騎士になってみせます!! だから……待っていてください!!」


 背後からの、少年の言葉は確実に届いていた。

 レインも少しだけ顔を横向け、軽く振り返ったが、視界で少し確認しただけで視線を戻す。

 

 だが、少年にはそれだけで十分だった。

 こんな田舎の一人の子供に対し、騎士の中の騎士である『四獣将』のレインが反応してくれた、その事実に。

 

「必ず、ぼくは騎士になってみせます……!」


 そう心に決めた少年の目に、レインの後姿。

 そのマントに描かれる”黒き狼”の姿が焼き付いている事に、レイン自身は気付く事はなかった。


♦♦♦♦


「なにかあったのかい?」


「……いえ、問題はありません」


 遅れて追い付いたレインに、アルセルは心配そうに聞いてくるがレインは村人達との事は何も言わなかった。

 何故なら、村人はともかく、子供に足止めを食ったなどと騎士が言える筈がない。 

 ところが、そのレインの様子が気に食わない者が一人いた。 


「ふんっ……殿下を待たせるとは、流石は四獣将。良い御身分だな」


 敵意を隠そうともせずに睨んでくるのは、アルセルの隣に馬を付ける一人の女騎士。

 短く薄い茶髪を風に揺らせ、親衛隊特有の桃色と金色の鎧を身に着けているが、彼女の鎧は他の親衛隊よりも立派。

 

「ラ、()()()!? いくら親衛隊長だからってレインにそんな事を言っちゃ駄目だ!」


 慌てて止めたアルセルの言葉に女騎士――<ライア・レイロス親衛隊長>は目つきを鋭くし、更にレインを睨み付けてくる。


「殿下に守られるとは情けない男だ……」


 止めるどころか、レインへの敵意を更に強めるライア。

 というのも、親衛隊長でありながら獣道に対応できず、アルセルがレインを頼りにしているのが気にいらないのだ。

 しかしレインはどこ吹く風で、正面を見据えたまま何も言わなかった。

 

――いつもの事だ。

 

 そもそも、ライアからの敵意は今に始まった訳ではない。

 その為、慣れた事もあって相手にすらしなかったが、逆にその態度によって、ライアの表情は更に怒りに染まってしまう。 


「き、貴様!」


「いい加減にされよ!!」


 ライアの怒りの声に異を唱えたのは、彼女の隣にいた厳格な高齢の騎士。

 顔の皴は隠せないが、長髪の白髪と肩幅の広いガッチリした体格故、老兵とは侮れない風格の男だった。

 

「<アイゼル副隊長>……!」


「親衛隊長とはいえ、立場は四獣将のレイン殿の方が上。……己の肩書に酔い痴れ過信なされるな!」


「だ、だが……! 嘗ては親衛隊長と四獣将の立場は同格だったのだぞ!」


 ライアは副官であるアイゼルに止められても納得しなかった。

 本来、この任務は親衛隊だけがアルセルの護衛に付く筈だったのも原因だ。


『今のお前達だけでは不安が残る……すまんがレインよ、アルセルに同行してもらえぬか?』

 

 親衛隊だけでは不安に思った王が信頼の厚いレインを同行させた事、それも彼女の敵意を強めてしまっていた。

 反面、それでも彼女の性格が一番原因であり、感情を抑えられない事は騎士の間で、悪い意味で有名だったりする。 


「……その立場をお下げになられたのが誰か、お忘れですかな?」


「なっ……!」


 アイゼルのその鋭い視線にライアの表情が固まるが、やがて感情を爆発させるように叫びだした。


「無礼者!! 親衛隊副隊長でありながら隊長である私を愚弄するのか!」


「自覚があるのならば態度を改めなされよ! その傲慢な態度がどれだけ殿下の評判を下げているのか分からんのですか!!」


「こ、この……!」


 アイゼルの怒号に更に怒りで赤くするライアだが、その口はそれ以上は開く事はなかった。

 何故なら、本気になれば実力が上なのはアイゼル副隊長の方だからだ。

 勝てない相手にも噛み付く彼女だが、部下の前でも本気で手を出してくる相手には黙るしかなかった。

 

――感情を抑えられない騎士は夜盗以下だ。


 目の前の現状を見て、というよりも、以前からレインはライアへの評価をそう判断していた。

 何故なら、任務を遂行して結果を出すならばいいが、ライアは結果を出していない。

 

 現に、周囲の騎士はライアの様子に特に反応せず、影口の様にコソコソと話し始めすらいts。

 

「またか……いい加減にして欲しいものだ」


「奴のせいで殿下の評判も悪いしな」


「いや、親衛隊隊長の任命は殿下に任されている。殿下も責任がない訳ではない」


 嘗て親衛隊は騎士の中でもエリートであり、周囲からも四獣将の次に憧れていた役職だった。

 けれども、それは嘗ての事。今ではらいライアが立場と評判を下げまくり、周囲からは疎まれるだけの集団と成り果てていた。


「今じゃ奴の私兵扱いだ……」


 それは、実力で親衛隊にまで上り詰めた者には堪ったものではなかった。

 その為、徐々に親衛騎士の中で不満が溢れ始め、それぞれの不満がヒートアップしてきた時だ。

 それに待ったを掛ける者が現れた。


「――そこまでです」


「ミ、ミスト・ファルティス親衛参謀長……!」  


 黒髪の短髪にインテリ眼鏡を掛けた細身の青年<ミスト・ファルティス>

 彼の芯の入った声により、親衛騎士達は口を一斉に閉じた。


「聞こえていないとは言え、あまり関心できませんね?」


「で、ですが、ライア……親衛隊長は親衛隊を私情で動かし過ぎています。殿下も、その事を決して咎めないのは……」


「故に責任は殿下達にあると? しかしそうなのでしょうか?」


 眼鏡をクイッと指で上げるミストの言葉に、親衛騎士は首を傾げた。

 まるで他に原因がある、そんな言い方だからだ。


「どういう意味ですか?」


「責任があるのは殿下だけなのでしょうか? 何か言われても、興味ないと振る舞う”黒狼”殿にも責任があると私は思います。――王国最強の四人の騎士である『四獣将』なら、騎士の手本を見せるべき、そんな人間が何も言わないのはどうでしょう?」


「い、一理あると思いますが……それは少し強引なのでは?」 


 親衛騎士達は、ミストの言葉に困惑を隠せず、更にレインが傍にいるので言葉を詰まらせてしまう。

 無論、レインは聞こえてはいたが反応をしなかった。

 反応した所で、何かが変わる訳はないと知っているからだ。


「まあ、ここで何か言い合っても仕方ありません。首都に着くまでの二、三日、ずっと愚痴を言うのも疲れるでしょうからね……」


 涼しげな、だが嫌味な笑みを浮かべながら自分達を見るミストに、親衛騎士達の口は閉じるしかなかった。

――首都に着く、その日まで。


♦♦♦♦


 森、まともに整備されていない田舎道。

 そこをレイン達が馬を走らせること三日目の昼、首都【グランサリア】に辿り着いた。


 アスカリアの首都である【グランサリア】

 それは円状に巨大な城壁に囲まれた要塞の街。

 

 都市の中心にサイラス王が治めるグランサリア城が君臨し、北半分が貴族街・南半分が市民街になっている。

 そんな王都にレインとアルセル達は南の城門より帰還を果すが、残念ながらすぐ城に帰る事は叶わなかった。


「アルセル殿下!! お帰りなさいませ!!」


「レイン様!! 任務ご苦労様です!!」


 レイン達を迎え入れたのは大勢の人々。

 騎士達が城までの道を確保し、英雄を迎えるパレードの様に道を市民達が覆い尽くしている。


「殿下~!! レイン様~!!」


 市民達がお祭りの様に騒ぎ、それに答えるようにアルセルが苦笑しながら手を周りに振って行進して行くが、表情は疲れ切っている。


「なんで、こんな大袈裟になっているんだろう……」


 疲れ気味にアルセルは呟いた。

 実際、レインも普通に帰還する筈だったが、パレードの規模で数千近くの市民が待っている事実は聞いていない。

 けれども、、アルセルの疑問に対し、ライアが誇らしげに語り始めるのを見てレイン達は全てを察した。


「私が鳩を事前に飛ばしておきました! アルセル様が帰還なされるのですよ? これぐらいの規模で出迎えるのが当然じゃないですか!」


「でも、こんな大事にするのは……」


 城まで続く騎士と民の道にアルセルは気まずそうにし、他の親衛騎士達は溜め息を吐いていた。

 何故なら、自分達の行った任務は辺境の魔物退治。まるで戦争で勝利した様な出迎えを受けた事が、逆に彼等は惨めに感じてしまっていた。

 また、溜め息を吐いていたのは親衛騎士だけではなく、アイゼルとミストも流石に吐いていたが、レインは自分達を見ている国民にもいた事に気付く。


「おい、確か殿下達が出て行ったのって一週間程前だろ? 四獣将と親衛隊を引き連れた割に、帰りが早いって言うか……」


「知らないのか? 今回の遠征は辺境の魔物退治で、あくまで殿下のポイント稼ぎに過ぎないんだって話を?」


「マジかよ……たかがそれだけで、なんで四獣将が?」


「陛下が殿下の親衛隊を信用してないからだろ? 親衛隊長は無能だから、殿下と親しい<黒狼のレイン>に同行させたのさ」


 民の者達はそんな話をしながら、苛ついた様子でアルセル達を睨んでいた。 


「送りと出迎えだけで幾らの税金が使われたんだか……」


「下らない事に金を使い過ぎなんだよ……」


 結局、民達の会話はアルセル達が通り過ぎてもグチグチと続き、レインは民の不満が混じる歓声を聞き続けた。


♦♦♦♦


 城へ到着した後、アルセルはレイアにすぐに連れらて行ってしまった。

けれど、どの道レインは、陛下に報告するだけなので気にはせず、中庭で馬を近くの騎士に預けた後、城内へ入城する。

 

「任務、お疲れ様ですレイン様!」


「そちらも務めご苦労」


 城内に入ると気付いた騎士達から一斉に敬礼を向けられ、レインも礼で返す。

 一週間前とは変わらない城の様子、それを感じながら城内を進んで行くと、周囲から噂話がレインの耳に届いた。


「おい聞いたか? 【ルナセリア帝国】が『傭兵ギルド』を筆頭に、各地のギルドを雇い始めたってよ」


「馬鹿な……緊迫した状態とはいえ、まだ開戦する程ではない筈だ。そんな事をすれば、我等や周辺国へ警戒させるだけだぞ?」


「しかし……あのドワーフ達からも武器を購入しているとも聞いた。本当に噂だけなのか?」


 聞こえてくるのは敵国に関する噂話ばかりだが、レインも、その手の噂は多少気になっていた。


――ルナセリア帝国の動向が不明過ぎる。


 魔法大国であり、アスカリア最大の敵国『ルナセリア帝国』

 その不穏な動きの噂は最近になってよく聞くようになったが、事実である根拠はない。

 そもそも、戦争推進派が周囲を煽らせる為のガセの可能性だってある。


――亜人達からも、その手の話は聞いてない。


 南の地に住む獣人・ドワーフ・エルフ達の亜人達も、基本的には人の戦争には介入しない。

 何故なら、商売ならばともかく、戦争などの問題を起こすのはいつも人間。

 他種族からすれば迷惑なだけであり、喜んでどっちに味方すると事は一度もなかった。

 それでも、取引はするだろうが、開戦の事前準備、それ程の取引に気付かない程、どこも平和ボケしてはいない。


 しかし、物は売るが人間同士の争いには中立を貫く亜人達。

 国家という枠から外れる『ギルド』の存在。

 どちらにしろ不安要素であり、頭の隅に置きながら歩いていると、不意に自分に近付く豪快な足音に気付く。


「おっレイン! 戻ってたんだな!」


「……()()()か」


 豪快に手を振りながら歩いてくる人物。それは長い茶髪を後ろで一纏めしている青年だった。

 名は<グラン・ロックレス>と言い、二mはあるであろう身長に広い横幅、強靭な肉体。

 豪快な姿をして威厳を感じるが、それでも、レインが思い出す限り、年齢はこれでも27歳だ。


「殿下と親衛隊のお守りは終わったんだな。 俺も今さっき帰って来たばかりだ。――つうか聞いてくれ! どっかの魔術ギルドの連中がゴーレムを暴走させやがって、その数20体だぞ? まあ全部、ぶっ壊して止めたけどよ」


「まさに『剛牛』か……」


 豪快に笑うグランの相変わらずの姿を見て、レインは遠回しに脳筋とも取れる発言をする。

 けれども、グラン自身は別に気にした様子はなく、寧ろ誇らしげに羽織っている茶色のマントを見せてきた。


「そりゃそうだろ! このマントの『剛牛』が見えんだろ? この四獣将が一人!――()()のグラン・ロックレスがゴーレム如きに負けるかっての!」


 四獣将――剛牛のグラン。

 それが彼の二つ名であり、レインと同じくアスカリア王国・最上位騎士の一人だ。


――変わらない奴だ。

 

 グランとは既に十年以上の付き合い。

 腐れ縁からの親友、と言うよりもグランが勝手に言い続けた結果レインが折れた形だ。

 そんな何年経っても変わらない親友に、諦めた表情を浮かべて歩く速度を早めた。


「先に行く……」


「あっおい!? 俺も行くって!」


 グランも急いだ様に追い掛けてくると、そのまま横に並んで歩き始める。

 すると、少し歩くとグランは伸びをしながら、天井に飾られている国旗を見上げた。


「毎回そうだが、見るたびに引き締まるぜ」


 “太陽の十字架”と、それを囲む“四体の獣”が描かれるアスカリアの国旗。

 その四体の獣をグランは歩きながら見つめ、やがて大きな溜め息を吐いた。


「はぁ……どうやら今回は全員は揃わねぇか。少し前に連絡は来たぜ?」


「……()()()()()()は、やはり任務が長引いているか」


 グランの話を聞いたレインは、ここにいない残りの四獣将の事を思い出す。


艶翼鳥(えんよくちょう)のミア>


炎獅子(えんじし)のファグラ>


 双方共、四獣将の名に恥じない実力のある騎士だ。

 けれども、今は担当している任務が長引いているらしく、来ることが叶わなかった。

 だが、二人の”任務内容”が特殊性を考えれば、それも仕方ないといえる。


「【港街ソウエン】に現れた幽霊船調査。三大盗賊ギルドの一角、その討伐。どれも簡単に片付く任務ではないか……」


「あぁ……だが、流石に今回の招集は余りにも急すぎるからなぁ。陛下も大目に見てくれるか」


「それこそ陛下の話、その内容次第だ。四獣将全員を招集……只事ではない」


 そう呟き、レインは内ポケットから一通の手紙を取り出した。

 それは任務中に届いた王からの四獣将への招集状であり、これもあって二人は任務を素早く終わらせて帰還していた。


「……だよなぁ」


 レインの言葉に、グランも自分に来た招集状を見ながら不安そうに頭を掻いていた。

 というのも、今回は比較的軽い任務内容だったが、基本的にレイン達の任務難易度は高い。

 しかも、一般騎士ならば達成は不可能なものばかりで、通常は突然の招集に間に合う事はなく、四人全員が集まる事が稀だ。

 

「ただの世間話……で、終わらねぇよな?」


「それもすぐに分かる」


 怠そうに呟くグランを横目に、レインは足を止めて目の前の巨大な扉を見上げた。

 城の天井まで届く高さ。覚悟無き者を拒むかのような“謁見の間”への扉。

 二人は身なりを整えてゆっくりと手を翳すと、認められた者の魔力が反応した事で扉が静かに開いてゆく。


「……」


 高い天井から降り注がれる光、それに照らされた長いカーペットの上を。二人は何も言わずに歩き出した。


「今回は二人だけか……」

 

 そんな二人の姿を、王座から見守るは二人の男だ。

 眼帯をした緑の短髪の中年である男性<バーサ大臣>

 短い髭を生やした銀髪の貫禄ある<サイラス王>。


「仕方ありません……今回はあの二人に任せるとしましょう」


 謁見の間には見張りの騎士が一人もいない。

 つまり、それだけ重要な話であり、今だけは王と大臣、四獣将含めて四人だけが謁見の間にいる事を許されている事を示していた。

 その為、重い空気と静寂が包む謁見の間を進み、レイン達が王座の近くまで来ると、バーサ大臣の隻眼が光る。


「――止まれ」


 その言葉に二人は静かに立ち止まり、バーサ大臣も腹に力を入れた様に、この場全てに反響させる程の声量で叫んだ。


「四獣将よ! 忠誠を誓いし王の下、己の存在の証を示し! 王に己の存在を示せ!!」


 王が騎士団の中でも強さ・信頼を認めた四人の最上位騎士。

 その四人を代々<四獣将>と呼んでいた。

 

 アスカリア王国の守護獣である狼・牛・鳥・獅子を二つ名に入れ、代々受け継がれし”武器”

 それを持つのを許された四人の最強の騎士。

 また、権限も王から上級貴族以上の力を与えられており、力・権力共に保証された選ばれし存在だ。

 それ故に、王への忠誠を示す儀式を、毎回しなければならない。


「レイン・クロスハーツ!」


 バーサ大臣の言葉にレインは一歩前に出た。


「四獣将であり、汝の存在――「黒狼」の証『魔剣・影狼』を示せ!」

 

 その言葉に左腰に掛けていた黒刀、影狼を抜刀し王に献上する様に見せた。


「黒狼のレイン・クロスハーツ……ここに」


「うむ……今回もご苦労であったなレインよ」


 サイラス王は静かに頷き、レインも頭を更に深く下げた事を確認したバーサ大臣は、次にグランの方を向いた。 


「グラン・ロックレス! 四獣将であり、汝の存在――「剛牛」の証『ハルバート・グランソン』を示せ!」


 今度はグランの番だ。

 バーサ大臣の言葉に頷き、グランは右手に魔力を集中させる。

 その集中させた魔力の粒子は徐々に槍の様な形状となり、やがて巨大な斧の刃と槍の刃が一つなったハルバート・グランソンが姿を現す。

 それは剛々しい外見、そしてグランよりも長い姿。

 見ているだけでも、かなりの重量があると分かるが、グランはそれを片手で掴んで目の前で掲げた。


「剛牛のグラン・ロックレス……ここに」


「うむ……今回は魔力を暴発させなかったなグランよ?」


「ぐっ……!? へ、陛下……!」


 楽しそうに髭を撫でるサイラス王の言葉に、グランの言葉が詰まる。

 実は、グランの武器は巨大故、持ち運び時は魔力を使って己の身体と一体化させ、必要な時に取り出していた。

 その技術は下級騎士には難しいが、上級騎士達にとっては必須魔法。

 それ故、四獣将であるグランも普通ならば出来て当然なのだが、不器用なのかサイラス王の前でグランソンを取り出す度に暴発させ、己の服をボロボロにさせていた。

 

――形にはなったか。


 それがつい最近までの事であり、レインは少し感心し、サイラス王は楽しそうにからかい、バーサ大臣も今回は大丈夫だったと安心した様子で見ていた。

 すると、周囲の様子にグランは何とも言えない気分になってしまっていた。

 

「へ、陛下……今回の招集は、俺をからかう為なんですか?」

 

「ハハハ……残念だがそうではない。――お前達を呼んだのは他でもない」


 基本的に人当たりの良いサイラス王は、日頃こんな感じに四獣将を召集しても世間話などを最初に話す様な自由な王だ。

 けれども、今回はそんな雰囲気は一切なく、レインは王がいつもと違う事を察した。


「今回の内容……それは【ルナセリア帝国】の事だ」


【ルナセリア帝国】

 それはアスカリア王国から東に存在する魔法大国であり、アスカリア王国とは長い歴史の中、争い続けた敵国。

 

 軍事力の総数はアスカリアよりも劣っているが、魔法大国である事から戦闘魔法や魔法兵器の扱いがズバ抜けている。

 十年程前にも大きな戦争が起こったが“元凶”が滅び、争いの余波が他国や多種族にも及んだ事もあり、各国が仲介する事で終戦した過去がある。


 けれども、現状はあくまで休戦であり、近年は国境付近で小競り合いが起きては互いに非難を続けているのが増えていた。

 そんな敵国の名が王自らの口で語られる事に、レインの頭の中で関連する情報は一つしかなかった。


「……ただの噂話でしかないと思っていたが」


「まさか宣戦布告か……!」


 ルナセリアとの間が緊迫する中でのタイミング。

 最早、宣戦布告しかないと思った二人だったが、それを聞いたバーサ大臣が静かに首を横へと振っていた。


「いや宣戦布告ではない……が、無関係でもない話だな」


 バーサ大臣は二人の言葉を否定しながらサイラス王へ視線を送っているが、その表情を見る限り、厳格なバーサ大臣にしては珍しく不安そうだった。

 

「バーサよ……不安なのは分かるが、これは既に後戻りは出来ぬ事だ」


 サイラス王はバーサにの意志を察した様に言うと、諦めた様に溜め息を吐いている。

 そんな王と大臣の奇妙な遣り取りに一体何なのかと、レインは横目で隣を見るが、グランも同じ様に自分を見ていた。

 つまりはどっちも分かっておらず、視線を戻した時だった。


「出て来られよ……」


 静寂な広い空間の中、サイラス王の誰かに語り掛ける声が発せられる。

 けれど、その声もすぐに空間に呑まれ、再び静寂の空間になる中、コツ、コツ、と足音だけが謁見の間に響いていた。


――玉座の隠し通路からだと? 誰かいるのか……?


 この場の一人も動いていない。

 つまりは第三者の存在にレインは意識を集中させると、音の発生源はサイラス王の巨大な()()()()()から聞こえて来ていた。

 そこには、玉座に隠された“隠し通路”の場所で、サイラス王の信頼のある者しか知らない。

 つまり、切り札とも言える、隠し通路を知っている者。

 その者の足音が傍まで来ると、歩みを止めず、そのまま姿をレイン達の前に現した。


――そして、その正体にレインは我が目を疑った。


「まさか……!」


 玉座の後ろから現れた人物を見て、レインの無表情が崩れた。

 何故なら、その人物はアスカリアでは珍しく、幻想的な腰まである青の長髪・ブルームーンの様な瞳。

 周りを青で強調した純白のドレスを身に纏い、まだ幼さを残すも、凛々しさもある顔付きをした少女だった。


――何故、彼女がここに?


 その少女とは、レインも初対面の人物だったが、顔だけは知っていた。

 レインだけではなく、グランもそうだ。

 何故なら、、彼女は――


「お初にお目にかかります、レイン様、グラン様。私は――ルナセリア帝国・王女<ステラ・セレ・ルナセリア>と申します」


 敵国・ルナセリア帝国のたった一人の”王女”だからだ。


「ステラ・セレ・ルナセリア王女……!」


 あり得ない。それがレイン達が最初に思った言葉。

 というのも当たり前だ、今さっきまで宣戦布告の話までしていた中、その敵国の王女が国内に、そして自分達の目の前にいるからだ。

 

「なんでルナセリア帝国の姫さんが!?」


「陛下、これは一体……?」


 混乱すした様子のグランを横に置き、レインは真剣な表情で問い掛けると、サイラス王も静かに頷き、そして――。


「レイン・クロスハーツッ!! グラン・ロックレスッ!!」


 身体の奥から震わせる様に、サイラス王の声が謁見の間に響き渡った。

 広い謁見の間、その全てに反響する程の声量、それを一般騎士が聞けば耳鳴りを覚えた事だろう。

 まさに王の一喝であり、その声に呼ばれたレインと混乱していたグランも我に返り、膝を付いた。


「今回、ステラ王女が我が国にいるのは”和平”の為であり、私はそれに応えようと思う!――故に両名に命ずる! この親書! そしてステラ王女を祖国【ルナセリア帝国】まで”護衛”せよ!!」


 アスカリア最強の騎士、その内の二人に命じられたのは最大の敵国の王女を、その敵国までの護衛だった。

 これが【クライアス】全土を巻き込む一つの物語の開幕なのを、レインは知る由もない。



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