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シンシアと見習いメイド

 

 クシュン!


 ヨハンが小さなくしゃみをした。


 ヨハン付きメイドのシンシアは、ハンカチを持ってすばやくそばに近づく。メイド服では抑えきれない豊かな胸がそのすばやい動きに合わせて揺れる。


 シンシアは今年39歳になるベテランメイド。しかしその姿は、まだ充分に美しい。


 見習いメイドのジュリアは、シンシアの後ろをトコトコとついて回る。こちらはもちろん、揺れるほどのモノはまだ持ち合わせてはいないが、両耳の脇でそれぞれ結んだいわゆるツインテールの髪がその代りに揺れた。


 ハンカチを差し出しながら、シンシアは長いまつげを伏せ気味に、少し心配そうな顔をする。



「ヨハン様、お風邪を召されたのかしら。昼間、タオルケットを蹴飛ばして寝てらしたものね」



 その言葉に、ジュリアが小さく叫んだ。



「ヨハン様、風邪ひいちゃったの? かわいそう」



 彼女らのあるじであるヨハンはシンシアに肩をすくめて見せると、ジュリアに向かって優しく微笑んだ。



「心配しなくても大丈夫だよ、ジュリア。ありがとう、優しい子だね」



 言われたジュリアは耳まで真っ赤になると、もじもじしながらシンシアの後ろに隠れてしまう。小さな声で、どういたしましてと答えるしぐさが可愛らしい。ヨハンの口元へ自然にほほ笑みが浮かんでくる。



「今宵は晩餐会がございますから、大事を取ってそれまでの間、休んでいらしたらいかがです?」


「ありがとう、シンシア。でも大丈夫だよ。きっと、誰かが悪い噂話でもしているんだろう。昼間は暑かったから、少しくらいタオルケットを蹴飛ばしたくらいで、風邪なんてひきはしないさ」



 夏も終わりゆく、晩夏の夕暮れ。


 先ほど、ざあっとひと雨あったせいで、今は涼しい風が吹いている。


 もっとも、太陽光の入らないように昼間は閉め切りなっている貴族の屋敷では、その涼しさの恩恵を受けることはできない。冷房の人工的な冷気だけが、涼をとる手段である。



「暗くなるまで本でも読むから、冷たいビールを持ってきてくれないか?」


「ビールですか? 晩餐会までは、お飲みにならない方がよろしいのでは? きっと晩餐会では、たくさんお飲みになるのでしょう? 代わりに今、冷たいトマトジュースをお持ちしますわ」



 そつなく答えたシンシアのセリフに、また肩をすくめると、ヨハンはうなずいて笑った。



「まったく、シンシアにはかなわないなぁ……ねえ、ジュリア。君は大きくなって僕付きのメイドになっても、こんな意地悪いわないで優しくしておくれよね?」



 ヨハンのからかう言葉に、ジュリアはまた顔を赤くする。


 それでもシンシアを気づかったのか、困った顔で答えられない。


 シンシアはその様子に微苦笑を浮かべた。



「意地悪してるのはヨハン様のほうですわよ。ほら、ジュリアが困ってるじゃありませんか。この子はあなた様が大好きなんですからね? あまり虐めないでやってくださいまし」



 シンシアはトマトジュースを取りに行こうと、優雅に一礼するときびすを返し、ジュリアは後ろについて、ふたりはドアの向こうに消えた。


 ヨハンは書棚から読みしの本を取り出して、豪奢な、柔らかなソファの上に身を横たえた。


 キッチンへ向かう、ヨハン付きのメイドふたりは、歳は違えども女の子同士、他愛のない話に花を咲かせながら、キッチンへと向かう。



「ねえ、シンシアさま。晩餐会って、忙しい?」


「私たちはそうでもないわ。大変なのはセバスティアンと、その配下の従僕たちね。もっとも彼らはみんな面倒見がいいから、忙しいのを楽しんでるところもあるみたいだけど」



 セバスティアンは、この家の筆頭ひっとう執事である。



「貴族の方はたくさん来るの? 貴族様たちって、みんなお美しいから、私、大好き」


「あら、そんなこと言って、ヨハン様に言いつけるわよ?」


「ヨハン様は特別だもの。他の貴族様が好きって言うのは、キレイなお花が好きって言うのと同じことよ」



 まだ10歳のジュリアはえへんと胸を張り、小さな女の子らしい、こまっしゃくれた可愛いらしい物言いでそう言い返す。シンシアは苦笑してうなずいた。



「はいはい、わかってます。ジュリアは本当にヨハン様が大好きなのね。私も安心して、あなたに後を任せられるわ。10年後、私がヨハン様の元を去るときにも、ね」



 それを聞いて、ジュリアは悲しそうな顔をする。



「シンシアさま、悲しいことを言わないで。ずっとジュリアやヨハン様と一緒にいて」



 無邪気なジュリアの言葉に、シンシアは寂しそうな笑いを浮かべる。



「そんな弱気なことでどうするの? あなたもいつかは、次のメイドを指導してゆかなくてはならないのよ? 私たち人間は、貴族様のように400年も生きることは出来ないのだから」



 シンシアの脳裏に、先代のメイドの優しい笑顔が浮かぶ。



「シンシアさまも、ヨハン様のお世話の仕方を、誰かに教わったの?」


「そうよ。私は4代目。ヨハン様が90歳のときからお仕えしているのよ。あなたはこれから勉強して、20歳になったときに私と交代するの。その時ヨハン様は120歳。私は50歳ね」



 10年後を想像すると、少し悲しい気持ちになる。 その時50歳のシンシアは、しわも増え、身体も衰えているだろう。しかしヨハンは、今とほとんど変わらない姿で、交代した20歳のジュリアにかしずかれるのだ。



「だから、がんばって勉強して、ヨハン様のお役に立てるようにね?」



 言われたジュリアは、真摯にうなずく。



「さあ、急いでトマトジュースを持って行きましょう。ヨハン様が干からびてしまわないうちに」



 ことさらおどけてそう言うと、シンシアは小走りに走りだす。


 ジュリアはあわててその後を追った。



 

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