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王。人を統べる者。国を統べる者。世界を統べる者。
時代の変化とともに王と呼ばれる者は姿や役割を変えてきた。中には、国の頂点を王とは呼ばずに天皇や大統領などと呼ぶ国も存在する。
この世界はいつの間にか王を必要しないようになってきた。今や世界を統べるのは王ではなく民衆と化していた。
それが当たり前。
だけどやはり世界には王が必要だった。新たに生まれた王に対抗するために。
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とても暑いが真っ暗曇天模様の今日。俺の目の前で異常事態が起こっていた。
真っ暗で、真っ黒な空、しかし30度を超えるであろう気温。ここまでは一般的な真夏の風景だ。そしてここからが問題。
雪が降っている。
真夏なのに降る、そしてこの気温になのに溶けない雪。これを異常事態と言わずしてなんと言うのか。
「冷たっ!」
首元に雪が当たったようだ。この冷たさは紛れもない雪だ。これは一体どういう事なのだろうか。
そして直後、更なる異常事態が起こるなど誰が予想していただろうか。
「ようやく見つけました。こんなところに居らしたのですね。さあ逝きましょう」
背後にいつの間にか知らない女の人がいた。やや高めの身長の俺よりも更に高い、約190センチはあろう女の人。雪の様に真っ白な肌、対象的な真っ黒の長髪に真っ黒の服装の女の人。そして、その背中には、あろう事か、真っ白な、翼がはえていた。
「なっ、誰だよお前。なんなんだよ!」
気が動転してやや後退りする。女の人は雪の様に冷たい表情で、またその表情を変えずに溜息を付いた。
「やはり覚えてませんか。残念です。まあいいでしょう。それより早く逝きましょう。」
女の人は俺の顔を手で鷲掴みにした。女の人とは思えないとんでもない力。振り切ろうにも振り切れないその力に俺の意識は遠のいていく。
「さあ、逝きましょう。我らが王よ」
そして俺の意識は途絶えた。
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子供の頃、誰もが将来の夢と言う物を持った事があるだろう。アイドルになりたい、スポーツ選手になりたい、俳優になりたい、警察官になりたいなど。恐らく今まで生きてきて夢を持った事が無い者はいないだろう。否、そんな事は無いのか。少なくとも俺は夢を持った事は無かった。何故だろうか。何かが欠落でもしているのだろうか。そうなのか、そうなんだ、そうに違いない。
俺の中にはいくつも欠落している事がある。
欠落。
字の通り何かが欠け落ちている事。その何かは俺には分からない。このわからないという事まで含めての欠落なのだろうか。
結局、俺という人間は本当に人間なのか。様々な事が欠落しすぎていて人間らしさが欠けている、つまり人間では無い。いや、逆にこれこそが本当の人間らしさなのかもしれない。そんな事誰が決めた事でも無いんだけどね。
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さて、話しを戻そう。とりあえず事の始まりから、遡る事約10時間前。今朝の7時頃から物語は始まった。
今日は朝から変わった事ばかり起きた。まず、いつも寝坊をするはずの俺が何故か時間通りに起きれた事。普段は母さんが起こしに来るまで絶対に起きない筈なのに何故か目が覚めてしまった。
「あんたがこんなちゃんとした時間に起きて来るなんて、今日は雪でも降るのかしらね」
笑いながら言われた。俺は内心でほっとけと思い仕度をする。そんな事、俺が1番わかってるよ。
俺が早起き出来た日は決まって不吉な事が起こった。前回は乗っていたバスが事故にあった。不幸中の幸いというか、その事故による死亡者は疎か怪我人すら出なかった。その前はかつて体験した事が無いほどの大地震が起こった。しかしこの地震、建物などの一切の倒壊は無く機械などによる観測が一切出来なかった。この話しだけを聞けば俺の勘違いかと思われるだろうがそんな事は無く、俺の知っている限りの人は全員が観測している。俺が思うに地震では無く人間だけを揺らした物では無いのか、そんな感じにさえ感じてしまった。その前もその前もその前も、不吉な事ばかり起きている。まるで俺の早起きは不吉な事の前兆かのようだ。
今日は何も起こらなければいいな等と安易な考えで家を後にした。どこへ行くのかと言われれば当然学校と答えるであろう。何を隠そう俺は学生なのだ。夏用学校指定のカッターシャツを羽織り、前のボタンは1つも止めていない。中に着ている物といえば校則で定められている地味な色の物では無く、派手な赤のTシャツ。オマケに首からはジャラジャラと2種類のネックレスをぶら下げている。こんななりをしているせいか周りからは不良扱いをされている。不良扱い等されていては学校での肩身は狭い。本来、俺は真面目な学生である筈なのだが。
学校への通学は徒歩。それほど時間はかからないし何より自転車という乗り物が嫌いなんだ。あんな縦一直線にしかタイヤが無い不安定な乗り物には乗りたく無い。
そんな事を考えていると後ろから自転車を漕ぐ音、そしてチリンチリンと鈴を鳴らす音がした。
「よう、セイヤ!こんなとこで会うなんてスーパー奇遇だなー!」
振り返るとそこには悠々と自転車を乗りこなす男がいた。俺と同じでカッターシャツの前のボタンは全て開けていて中に着ているシャツも派手な黄色。髪の毛に至っては金髪かつ長髪。如何にも不良のような男。はて、この男は誰だったか。
「おいおい、ひでえなー。また俺の事スーパー忘れてやがるな。俺だよ俺、瀧音 漆流だよ!」
瀧音 漆流。瀧音 漆流。瀧音 漆流。あーいたなそんなやつ。確か小学生の頃から10年来の腐れ縁だったはず。確か。
「マジで忘れてんの!?俺とお前のスーパー思い出全部無くなってる!?セイヤそりゃないぜ!」
因みに、この男が言っているセイヤとは俺の事だ。
冠 聖夜。かっこいい名前だろ?名前の由来はズバリ、クリスマスに産まれたからだ。クリスマス=聖夜。単純だがわかりやすい。
「自分の事ばかり紹介してないで俺の事もスーパー紹介しろよ」
瀧音 漆流。昔からの腐れ縁。以上。
「ちょ、お前。スーパー親友に対してそれってどうなのよ!?」
スーパースーパーうるさいやつだ。
と、ここで疑問を持つ人がいるかもしれない。俺がこいつに会ってから一言も言葉を発していない。なのに俺の考えている事がこいつは知っている。
「それはなー、俺がスーパー読心術者だからさ」
読心術。その名の通り人の心を読む能力。範囲は限られるが人の思っている事をなんでも読み取ってしまう能力。悪の者が使うととんでもない力だが、こいつのように悪用する事が無ければ問題は無い。
「そんな風に思っててくれるなんてスーパー嬉しいぜ」
「うるせえバカ。早く行くぞ」
そんなこんなしているうちに、随分と時間がたってしまったようだ。このままじゃ遅刻、俺たちのように不良扱いされてるやつが遅刻なんかしたらそれこそよろしくない。
「しっかし、今からスーパー全力で行っても間に合わねえな。どうするよ」
「どうするもこうするも…」
俺は瀧音をその場に置いて走り出した。それを見るなり瀧音も勢い良く自転車を漕ぎ出す。
「走るっきゃねえだろ!」
「だったら置いてくなっつーの!」
走り出して数分後、まだ学校まで3キロはあろうという場所で始業のチャイムの音が聞こえた。
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「くそっ、変なやつに絡まれたせいで遅刻しちまった」
昼休み、俺は1人で屋上で横になり黄昏ていた。昼ご飯は食べ終わり特にする事は無い。不良扱いされてる俺には教室はいづらい。だから雨でも降らない限りは大抵屋上にいた。
天気はどんよりした曇天。今にも雨が降ってきそうだ。傘持ってきてねえなーと考えていると、ばーんと言う音と共に屋上の扉は開かれた。
「あっ、セイちゃん!やっと見つけた!」
その声に俺はビクッと反応した。そして次の瞬間にはどうこの場から逃げるのかを考えていた。
唯一の逃げ道である扉は声の主に塞がれている。他に逃げ場は無いか。フェンス、フェンスを乗り越えて飛び降りれば…。
「セイちゃん、つーかまーえた!」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!」
抱きつかれた。全力で抱きつかれた。びっくりするような早さで抱きつかれた。
横になっている俺に向かって一直線、まるで野球選手がベースに向かってヘッドスライディングするかのように飛んできた。地面はコンクリート。一歩間違えば顔やら腕やらを怪我してしまう。だが一切の躊躇いは無かった。
「なんでなんで?なんでこんなところにいるの?昼はウチのとこに来てって言ってるじゃんよー」
「うるせーよ、てかとっとと離せー!こんなところ誰かに見られたらどうすんだよ」
俺に向かって飛びついて来た猛獣、名を更紗沙 笹来と言う。やや茶色味のかかったセミロングの髪、肩あたりまではあるだろうか。瞳は日本人としては珍しい青色。純粋な日本人であるはずなのに綺麗な青色をしている。身長は150台後半であろうか。高くも無く低くも無い、そんな感じだ。因みに胸は無い。
「なになに?ウチとこんな感じに抱き合ってるとこ誰にも見られたく無いってー?」
「違えよ、てか抱き合ってねえ!お前が一方的に抱きついて来たんだろ!」
振りほどこうにも上から全体重をかけてきている為、生半可にはほどけない。つーかマジこんなとこ誰かに見られたらシャレになんねえ。
キィ。
とてつも無く不安な音がした。まるで扉が開かれるかのような…。
「きゃー!更紗沙さんがクリスマスヤンキーに襲われてるー!」
最悪な事態が起こってしまった。恐らく今の俺の顔ほど真っ青な物は無いだろう。これは俺の学校生活も終わったかなーとか思いながら沈黙した。
因みに、クリスマスヤンキーと言うのは俺につけられたあだ名だ。聖夜不良=クリスマスヤンキー。こんなダサいあだ名を考えたのは瀧音 漆流だ。学校中で変に浸透してしまったようだ。
「ちょっ、ま、待ってくれ!!!」
大声で、走り去っていく少女を制止しようとする。だが、その声は木霊するばかりで、おそらく彼女には届いていない。
「あーあ、大変なとこ見られちゃったね、セイちゃん。どうする?このままほんとにウチのこと襲っちゃう?」
上に覆い被さり、彼女はそんな事を口にする。とても冗談には聞こえない言い方だった。男だったら興奮するシチュエーションなのかもしれない。だけど今の俺はそれどころではない。
「うぉぉぉ、どいてくれ!」
必死で彼女を振りほどき、走り去っていった少女を追った。開けっぱなしになっている扉を通り階段を全速力で降りる。おそらく1つ下の階に行けばさっきの少女がいるだろう。
階段を降り、廊下の方を向き、そして俺はその場で立ち止まった。
結果的に言うと、先ほどの少女はいなかった。そこには誰もいなかった。少女だけがいなかったのではない。そこには、、、誰もいなかった。昼休みはまだ終わっていないはずだ。しかし、そこには誰1人としていない。
「どうなってるんだよ」
喉から勝手に出てきた声は震えていた。
今日は避難訓練か何かだったか、いや、そもそも何1つとして音すらしない。世界が死んでいるみたいだ。
この奇妙な現象に直面し、屋上にいる更紗沙の事が気になった。一旦戻ろうと思い振り返った。だが、そこには、今降りてきたはずの階段が無かった。登りの階段だけでなく降りの階段すらも。
奇妙と言う言葉じゃ足りない。この現象はなんなんだ。なにが起こっているんだ。
俺はこの場から逃げ出したくなり、ふらふらと廊下を歩き出した。最初は踏みしめるようにゆっくりと、だが段々と小走りに。廊下の反対側まで行けば降りる階段がある。何時の間にか全力で走っている。だけどおかしい。この廊下はこんなに長かったか?そもそも廊下の端が見えないのはおかしいのではないか?頭によぎった言葉を振り払うように、ただひたすら走った。
「王よ」
「!?」
突然、頭に直接声が響いた。脳に直接語りかかられているようだ。
その場に立ち止まり、息を切らしながら辺りを見渡す。そこにはやはり誰もいない。
「だ、誰だよ!」
問いかけに返事はなかった。俺の言葉は木霊するわけでもなく、この静かな、死んだ世界に飲み込まれていった。
「我らが王よ」
「だから誰なんだよ!!!」
「我らが王よ、早く我らの元に」
「誰なんだよぉぉぉぉ!!!!!」
「セイちゃん?」
「ぅっ!?」
聞き覚えのある声。そして直接肩に触れられた感触。その瞬間、世界は生き返った。俺は廊下の真ん中に立っていた。俺を避けるように歩く人たち。そして後ろには心配そうな顔で俺を見ている更紗沙。世界が元に戻った。
「セイちゃん、大丈夫?すごい汗だよ?」
全身から汗が噴き出していた。まるでスポーツをしてきた後のような大量の汗だ。
「だ、大丈夫だ」
息も切れている俺を見て大丈夫だと思う人はいないだろう。
「ほ、ほんとに?」
「大丈夫だって。それより、そろそろ時間だろ。教室戻るわ」
俺は重い体を引きずるように自分の教室に戻った。歩いてる最中多くの人に見られていた気がしたがそんな事は気にはならない。今はただ、早く自分の席に座りたかった。
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その後の授業の事は何も覚えていない。完全に上の空の状態で午後の授業を過ごした。さっきの事は考えないようにしようと試みた、が、やはりそんなわけにはいかない。
死んだ世界。謎の声。俺が王?馬鹿馬鹿しい。
授業が終わった後、瀧音が俺を引き止めようとしたが無視して真っ直ぐ帰路に着いた。早く帰りたい。今すぐベッドに倒れこみたい。その一心で帰った。
やはり天気が良くない。
真っ黒な空模様。そんな空を一瞥し、早足で自宅へ向かう。
その時、空からゆっくりと白い物が降ってきた。風に揺られながらゆらゆらと。
「雪?」
おかしい。異常だ。何が起こっているんだ。
「ようやく見つけました。こんなところに居らしたのですね。さあ逝きましょう」
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