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前編 ファーストコンタクト!

「なぁにをやっとんじゃあきさらぎぃぃぃぃぃぃぃ………」

 自称華の男子中学生、如月琢磨(きさらぎたくま)の今日の一日は、そんな怒声から始まった。この素晴らしい、テノールのオペラ歌手のような声は、この学校で音楽兼2年1組を担当している田中ちゃんだ。音大に行ってプロを目指したというだけあって、やはりそんじょそこらの奴らとは声の質が違う。

 琢磨はその声が聞こえた方の耳を人差し指で封じた。

「わしじゃってのお、これが一度や二度のことならこんなに怒らん。じゃけどなあ、何回目じゃとおもっとんじゃあ」

 その荒々しくも男らしい声に、琢磨は今度は溜息を吐いた。

 今琢磨が居るのは音楽室の前だ。朝練をしようと思って楽器のある楽器庫に行くべく鍵を職員室から借り、楽器を取って組み立て、音楽室に来てみればこれだ。溜息もつきたくなる。詳しく言えば琢磨は、音楽室の扉の前に忍者のように肩肘をついて待機していた。さっきもお伝えしたとおり、右手は耳に持っていっており、左手には楽器。

 かんべんしてくれ。

 さすがにこの状況で、「すいませんちょっと練習したいんで出てってもらっていいすかあ」なんて言えるほど琢磨は肝っ玉があるわけではないし、いわゆるKYってやつでもない。

(てかそんなことしたらもう一生田中ちゃんと目え合わせらんねえよ…)

 田中ちゃんはとても気さくで、普段はやさしい。けれどギャップで、怒った時は相当怖い。殺されるんではないかというほどに。(今のこの状況がいい例だ)

 だからこそ、今琢磨はこうして様子を窺っているわけだが。

「とにかく、今後また同じことがあったらもう知らん」

 お説教が終わったらしい。こちらがわのドアに来る気配がして、琢磨は大急ぎでドアから離れて、近くの柱の陰に隠れた。ばれないか不安だったが、田中ちゃんはこちらに気づく様子はなく、琢磨がいる方とは反対方向に帰っていった。

 琢磨は思わず終わった……。と肩をがっくり落とした。

 そして顔をあげて、音楽室へと入った。


「おい如月」

 琢磨は楽器のないほうの手を腰に当て、仁王立ちしてそいつに言った。

 如月と呼ばれた少女は、相変わらず下を向いたまま棒立ちしていた。琢磨の声は耳に入っていないようだった。

「おい」

 もう一度、少女を呼ぶ。

 こうやって普通に話しかけてはいるが、琢磨がこの少女に話しかけるのは初めてだった。特にきっかけがなかったというのが一番の理由だが、あまり感じが好きじゃないという風にも琢磨は思っていた。

 少女の名前は如月みずえ。この春、琢磨が所属する3年3組に転校してきたばかりだ。琢磨の中に意識はないが、自分と同じ名字だということにも少し抵抗があった。

「おーい。やっほー」

 少女はやっとこちらを向いた。

「…おまえ、如月だろ?」

 あまりにこちらを向いてくれなかったので、少し不安になった琢磨はそう問うた。

 琢磨の顔を見て、みずえはこっくりとゆっくり肯いた。今にも泣きそうな顔。その顔をみて、琢磨はうわ、と思った。「おんなのこ」が泣いている所に遭遇して良かったことなんて今の今まで一度もない。今度も例外ではないと本能が言っているのだ。

「…どうせね、如月君にはわかんないよ……」

「・・・は?」

 琢磨は思わず頭上にクエスチョンマークを出した。

 いやまじ意味わかんねえ。琢磨が顔をしかめているのを見て、みずえは思い切ったように口を大きく開けてしゃべり始めた。


「ええそうです、そうですよ。どうせ私は如月君みたいにサックスうまくないよ。でもさ、やっぱりそういうの憧れてたしかっこいいしだから!だから頑張って練習しようと思って。やっぱり下手だから誰よりも下手だから誰よりも練習しなきゃだめで。どうせ親だって水商売だし?お兄ちゃんはお兄ちゃんでどっかのマダ〜ムのヒモになっちゃったのか知らないけど音信不通だしさ、だからどうせ夜誰も心配しないだろうしと思って学校に泊まってやったよ!でもやっぱりうまくならないわ先生に朝イチで見つかっちゃうわでもう最悪だよ!」


 長い長いせりふの最後を、みずえはこう締めくくった。

「やっぱり才能が無いと頑張っても報われないんだぁぁぁぁぁ」

 おまけに膝から崩れ落ちるというアクションつきだ。

 …お前演劇部とか入った方がいいんじゃねえの。

 琢磨はそう言おうとした口をぎりぎりで抑え、「あのさあ」となだめるように話しかけた。

 けれど話しかけられた当の本人は全く聞く耳を持たずでヒステリックに泣いている。おいおい、と少し古めの漫画に描いてある文字が見えてきそうだ。

 困った末に、琢磨は諦めた。みずえの傍を離れ、いつもどおりに練習することにした。音楽室の隣にある楽器庫から譜面台と、昨日置いた楽譜を取ってくる。みずえの視界に入らないように(といっても今は下を向いているのだが)ちょうど背中合わせになるような場所で練習した。

 琢磨はいつも、曲の練習をする前に「ロングトーン」という音を伸ばす練習をする。曲を吹くにあたって、音がまっすぐ伸ばせることは基本中の基本だからだ。そうやって教えられてきた。曲の練習は、それが終わってからする。

 曲の練習を始めようとするころには、もうみずえの泣き声は治まっていた。その代り、鼻水をずりずりすする音がした。






「如月。ちょっといいか」

 その日の昼休憩。琢磨は田中ちゃんに呼び出された。

「え、なに?」

 田中ちゃんに休憩時間に呼び出されることなんてめったに無い為、琢磨はそれはもう小動物のようにびくびくしながら彼のもとへと行った。

「なにをそんなにびびっとんじゃ」

 きょとんとして言う田中ちゃんに、琢磨ははは、と乾いた笑いを返した。

「まあ、すわれ」

「はあ」

 もともと呼ばれた場所は職員室だ。昼休憩だから他の生徒の出入りも激しいし、何よりも生徒職員たちの好奇なまなざしが突き刺さる。田中ちゃんの表情からして、これから話す話の内容が怒られる物ではないと分かっているとはいえ、この集中攻撃はつらい。

 しかも田中ちゃんが座れと言ったのは、隣のクラスのマエストロ(本名は足立、体育教師で生活指導だ)の席だ。

「…なんか…」

 琢磨が小さくふるふると首をふって遠慮をすると、なぜと彼は怪訝そうに返した。

「なんか、座るなっていってる気が」

「はは、足立先生がか?そんなわけなかろうが」

 そう言って田中ちゃんは琢磨を半ば強制的に椅子に座らせ固定させた。マエストロの椅子の上には、あの本人の顔には似合わないかわいいクッションが敷いてあって、結構気持ちよかった。それが逆に気持ち悪い。

(てかふつうこういうとこ座っちゃいけないんじゃ…)

と、琢磨の頭の中で考えがよぎったが、話が始まった為それは考えで終わった。

「あのな、今日は他でもない、如月のことなんじゃけど」

 田中ちゃんはもろ広島育ちで、荒っぽくてちょっと年寄りっぽい口調だから誤解されがちだが、そんなに年は食っていない。この学校の中では、逆に若い方の世代に入っている。そんな田中ちゃんがこうやって密やかに話すときは、必ず眉に縦ジワを3本ぐらい作る。

「は?如月?」

 一瞬自分のことかと思った琢磨だが、本当に一瞬だった。「ああ、如月」

 二度目は相槌だった。

「あいつ、すごいっすね。いろんな意味で」

「お前は知ってるのか?」

「今日の騒動のこと?ああ知ってるよ。つか、田中ちゃんに怒られてるの見たのは俺だけだし」

「理由も?」

「うん。ああ、安心して。別に本人が勝手にヒステリック起こして勝手に喋っただけだから。他の奴らにも今日のこと言いふらしてないよ。まずいでしょ」

 さすがに学校に生徒が無断で寝泊まりしていたとばれたら、責任者の教諭は自宅謹慎(そんなのがあるのか知らないが)ではすまないだろう。

 田中ちゃんはこくこくと肯いた。

「さすが如月〜ようわかっとるなあ〜!今度ジュースおごっちゃる」

「さんきゅー」

 琢磨がへへ、と頭をぼりぼり掻いた。すると田中ちゃんは突然琢磨の肩をがしっとつかんで、ずいと顔を引き寄せた。

「げ?! ご、ごめん田中ちゃん…っ俺そんな趣味な」

「折り入って頼みがある!」

 唐突過ぎて気持ち悪い想像をしてしまった琢磨を置き去りに、田中ちゃんは力説し始めた。

「あいつ、楽器持ってまだ1カ月じゃが、やる気は人一倍あるんじゃ。けどやっぱりいうて初心者じゃけえの、なれん部分も多くて。」

「はあ」

「うちのクラブはあんまり活動せんじゃろ?入学式卒業式体育祭はオール録音で大会だって出んしのお、趣味でやればいいとずっと思っとったんじゃが」

「はあ」

「あんなやつが出てきて、もう見過ごすわけにもいかんのんじゃ」

 ここで、「また学校に泊まられたら困るし」と言わないし暗に感じさせないのが田中ちゃんの長所だ。

「はあ」

「たのむ!一緒に練習してやってくれ!」

「はあ」

 …は?

 田中ちゃんはこの曖昧かつ勢いで言ってしまった琢磨のはあ、を「いいですよ〜」と取ったらしく、ひとりで喜んでいる。

「ちょ、………っとまった」

 さて次の授業の時間も迫ってきたしと、道具を持ってさっさと立ち上がる田中ちゃんを制して、琢磨はむりやり椅子に座らせた。

「むり。」

「男に二言は許さん」

「いやまじで無理!俺のことなんだと思ってるのせんせー!!」

「いやどっちかというとわしのほうが無理じゃ。和音やら長調短調、作曲者のあれこれなら嫌というほどやったけどのお、楽器のことは全く無知にちかいけえ」

「いや、だけど……」

「大丈夫じゃって!ただ一緒に練習して、疲れたら一緒に他愛ない話をすればいい!」

 な、と田中ちゃんは琢磨の肩をぐわしとつかんだ。

 琢磨の頬に冷や汗がつたう。

 いやいやいやいや。

「今度ラーメンおごっちゃるけえ」

 ジュースがラーメンにレベルアップしたところで、全く嬉しくならない琢磨なのだった。




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