10 都天文連合合宿④
「えっ、早速行くの?」
「そうよ。とりあえず、先輩達と顔合わせをしないと…」
「何か、面倒くさいな…」
「矢島君、大丈夫。私だって、昨日正式に天同に入会したばかりだけん。それに四谷さんも平尾さんも、本当に良い方つたいね…」
「飯倉さんは人が良過ぎるからな…。誰でもいい人って言うし…」
「ちょっと、何てことを言うと? 悠ちゃん、やっぱりコイツを入れるのを止めようか?」
「そうね。この調子じゃ、先輩に粗相してしまいそうだけん…。他を当たろうか?」
矢島は自分の立場が分かっていないのだ。選ぶ権利はあくまでこちら側にある。もし、矢島がダメだった時は天文同好会の仮入会リストがあるので、名簿を見ながら好ましい人物を探そうと、あらかじめ遥と決めていた。
「悪かった…ごめんよ。もう、変な事を言わないから…」
「分かればいいのよ!」
遥は満足そうにつぶやいた。それを見て、私も満足した。これでいい。矢島は大人しくしていればいい。偉そうにしている矢島も、強気な矢島も、どちらも彼には似合わない。
常におどおどしていて、どこか頼りなくて、それでいて、アイドルの世界に現実逃避しているぐらいがちょうどいい。動物で例えるなら、肉食獣から真っ先に標的にされる獲物である。私の知っている矢島とはそう言う存在である。
「四谷さん、平尾さん、連れて来ました」
「おお、待っていたよ。君が矢島君ね」
平尾さんが嬉しそうに声をかけた。四谷さんも嬉しそうに微笑んでいた。それを見て、私はくすぐったい気分になる。
「矢島諭です。よろしく、お願い申し上げます」
「平尾綾音です。矢島君、よろしくね!」
「四谷章雄です。よろしく!」
「矢島君、四谷さんはここの会長よ。そして、平尾さんは天文にとても詳しいの」
「これで俺らも安心して引退できる。もし、自分達の代で天同をつぶしたら、先輩達に申し訳が立たないからね。ねえ、平尾さん」
「本当よね。これからは悠ちゃんと遥ちゃんと矢島君の三人にかかっているからね」
「はい!」
私達三人は声をそろえて返事をした。その後、会室の鍵を四谷さんから渡された。本来なら、会室の鍵は各学年の代表が持てるように四つあるが、現在はそのうち二つを四谷さんと平尾さんが持っている。この日、使っていない鍵の一つを、一年生を代表して私が持つ事となったのである。




