彼女との出会い
「すみません、お怪我はありませんか?」
ふわりと、鈴のような声が俺に降りかかる。白い陶器のようなきめ細やかな肌をした手が差し伸べられた。朝日を浴びて、腕がよりいっそう白く輝きを放っている。
夢じゃないよな?
現実を理解できず、思わず頬をつねるなどというベタなことをし、そしてようやくこれが現実であると悟る。
……白河 琴莉。
見目麗しく、成績優秀、スポーツ万能のスーパーガール。おまけに大手企業の社長令嬢ときた。
こんな偏差値の高すぎる私立に入学できたのが奇跡のような俺からすれば、まさに天の上のような存在で。月とすっぽんとはよく言うが、月とミジンコとか、そのレベルの差だ。
ミジンコが水から上がることはない。それは即ち、ミジンコというチンケな微生物(俺)は、生で月を拝むことすら許されないということである。本来ならば、隣のクラスという近いようでいて実はものすごく遠い存在である彼女は、俺と三年間一度も口を聞かなかったかもしれない。いや、聞かなかったに違いないのだ。
何せ俺は平凡という二文字が何よりもぴったりな男だから。可もなく不可もなし、といえば聞こえはいいかもしれないが、何の特徴もないのは正直自分でもつまらないと思う。強いて言えばオンラインゲームなどのゲームの類がめちゃくちゃ強いのだが、彼女を前にしてそんなしょうもないことを自慢できるはずもない。
今俺の目の前にいる奇跡的な存在の彼女を思わず見つめる。
小さな顔。大きく潤った黒目がちの目。スラリと細長く伸びた手足。さらりと仄かにバラの香りがするストレートヘア。この世のものとは思えない、精密な芸術作品のようである。
非の打ち所がない、完璧な容姿だ。
俺は恥ずかしくも手を震わせながらその差し伸べられた手を取った。しっとりとしていて、そこからもバラのハンドクリームの香りがしてくらくらした。女性をバラで例えることは多いが、彼女を前にすればたちまちバラも霞む。
「ごめんなさい。私、ボーッとしていて……!」
彼女は目元に涙を浮かべながら言う。
たまらなく美しいその姿に、俺は思わず喉を鳴らした。美少女の涙目は、儚げで、どこか現実離れしたところがある。
俺は先程、彼女と廊下の曲がり角でばったりとぶつかり、俺は彼女に押されて転んだ。
相手がうちのクラスの野郎どもなら怒ったかもしれない(俺は心が狭い)が、この白河琴莉が相手なら話は別だ。
「ぜんぜん!痛くも痒くもないし。平気だから、気にしないで!」
俺は精一杯の笑顔を作った。
すると彼女は首を振り、言う。
「だめです……。私の心が収まりません。おわびを……おわびをさせてください」
うるりと、艶っぽく見つめられ、耳元でそんなことを囁かれる。俺は硬直した。
ちょっと待て、展開早すぎないか!?これはまさか十八禁とかそういう感じなのか!?いや俺今まで十六年間いやらしい経験はおろか彼女すらいたことないから!おかしいだろ!オンラインゲームでなら彼女は五十人くらいいたけど!俺未だにリアルでは恥ずかしくて白河さんの顔直視できてないのに、その展開はありえないだろ!!
混乱して、良からぬ妄想がたくましくぐるぐると回る。
「放課後……生徒会室で待ってますね」
彼女は頬を紅く染め、俯きがちの視線でそう言うと、足早に去って行ってしまった。
一人取り残された俺は、ただ呆然と、走り去ってゆく彼女の綺麗な背中を見つめていた……。