第7話
午後からの仕事は本当に激務だった。
いつもよりも大変な仕事が次から次へと私の目の前に積みあがっていった。
思い返してみても、今日の仕事の量は単純におかしかった。
いつもは厳しいだけの部長でさえ、今日に限ってはあまりにも
忙しい私の様子を見兼ねてなのか、カフェオレを買ってきてくれた。
部長のそんなさりげない行動に感謝しながら、必死に仕事を進めていった。
「ふぅ~。本当に疲れた~!!」
思わず、ため息と声が出てしまうが、別に気にも留めることはない。
なぜなら、またしても私以外の社員は帰ってしまったのだから。
途中で美香から一緒に帰らない?という誘いを受けるも、
まだ終わっていないからと断り、その辺りからちらほらと帰宅していく
社員の人たちに内心、羨ましさを感じた。
そして、部長も今日は奥さんの誕生日らしく、早くに帰っていった。
それがもう1時間ほど前の事で、
今の時刻はあと10分で23:00を回ろうとしていた。
仕事が終わったことが救いではあったものの、今日は本当に疲れ果てていた。
「はぁ、今日はもう家に帰ったらすぐにベットにはいろぉっと。」
そんなことを呟きながら、私以外もう誰もいないデスクの上を
片付けて、退勤申請を済ませた。
もうこの時間にもなると、会社の中は静かでなんだか出そうで怖い。
私はやや駆け足で会社の廊下を走り、エレベーターを待っていた。
「あ~。なんだか本当に不気味で怖いんだけど・・・。
というかなんで今日に限ってみんなこんなにも早いのよ~!!」
エレベーターを待つ時間なんて、
いつもの事なのに今日はいつもより長く感じてしまった。
そして、少し焦りを感じながら、エレベーターの扉の前で
小刻みにステップを刻んでいた時だった。
「あ、あの~。」
どこからか声が聞こえてきたのだ。
もう誰もいないはず。そう思っていたにも関わらず声をかけられたことに加えて、
私の今の心理がすごく不安定であったことも相まったのだろう。
「キャァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
思い切り、叫び声をあげてしまった。
「あの、本当にさっきはすみませんでした!!」
守衛の男の子は私の顔を覗き込みながら、謝ってきた。
彼は何も悪いことをしていないのに、謝らせているというこの状況に罪悪感を感じる。
彼はエレベーターホールの近くにある警備員用の階段から、あの場所までたどり着き、
見回りをしていたらしい。
だけどその時に見るからに不安そうにしながら、
靴底を鳴らしている私を見つけて勇気を出して声をかけてきてくれたようだ。
それなのに、私ときたら・・・。
あの後、私と声をかけてきてくれた彼ー昨日の警備員の男の子は守衛室へ来ていた。
思わず叫んでしまった私が落ち着くまでということで、連れてこられた。
「い、いや。こちらこそごめんね!!心配して声をかけてくれたのに、
つい何か別のものだと勘違いしちゃって・・・」
「いやいや!!ボクが悪いんですよ!!
あんないきなり話しかけられたら、誰だって驚きますよ。
それにいつもより、あそこ暗かったですし・・・。本当にすみませんでした。」
すごく居たたまれなかった。
昨日はあんなにも明るかった子犬のような彼だったのに、
今では捨てられたときの子犬のような表情をしている。
(本当に悪いことしちゃったなぁ・・・。)
そんな罪悪感を感じていると、彼は立ち上がって、どこかへ行った。
私は一瞬、どこへ行ったのか分からなかったが、彼はすぐに戻ってきてくれた。
なぜかマグカップを2つ、手に持ちながら・・・。
「あの、これさっきのお詫びです!!今からお帰りですよね?
外も寒そうなので、どうかなと・・・。あ!もしかして迷惑ですか!?すみません」
彼が渡してくれたのは、ココアで、甘いにおいが私の鼻腔をくすぐった。
しかし、渡してくれた彼はその行為がまずいと思ってしまったのか、
コップを下げようとしている。
「あ、そんなことないよ!!失礼な態度を取ってしまったのに、
こんなものまで入れてくれたのが嬉しかったの!!ありがたくいただくね。」
私は彼が戻そうとしたそのコップを手に取ると、そのまま口に持っていった。
「あ、美味しい!!」
そして、口に入れた瞬間に広がるココアの甘さについつい、にやけてしまう。
「ふふ、そんな嬉しそうな顔して本当にかわいい人だなぁ」
しかし、そんな私のにやけ顔を見ていた彼は、さっきまでの敬語口調でない
口調でそんな言葉を呟き、
私は久しぶりに男性から言われた可愛いという言葉に照れてしまった。