第6話
「あ~!!やっとお昼だ~」
あの後、部長からの説教は短かったものの
次から次へとお客さんから電話がかかってきて、
その対応に忙しく、私はお昼休みの鐘が鳴るや否や机に突っ伏してしまったのだ。
「もう。圭織ったら。だらしないわよ。」
そう声をかけてきたのは、同期入社の友人。志吹美香だった。
美香は私の後ろに立ったかと思うと、おもむろに手をだらんとおろしていった。
(うん?美香がなんかしそうな予感がする・・・)
そう思った瞬間、美香の腕は思い切り私の脇に触れた。そして・・・
「そ~んなだらしない格好している圭織にはこうしてやる~」
「え、わ、あ、あ、あああ。あははははははあはははははは、
ちょ、ちょっと!!やや、やめてよぉ」
美香は思い切り私の脇をくすぐり始めてきたのだ。
それも完全に急所を狙うかの如き繊細な指使いで私の脇を執拗に攻めてくる。
これにはたまらず大声を出して笑ってしまい、周囲からの視線が正直痛い。
しかし、停止を懇願する声をあげても美香の指が止まることはなさそうで、
それから5分間私は美香によって羞恥を与えられることになるのだった。
「むぅ~!!」
「こらこら圭織、そんなに拗ねないの。まあ、アンタあの後部署を出るまで、
男性社員から好奇の目で見られてて、
ほんの少しだけ悪いことしちゃったかなっては思うけどさぁ」
「少しだけじゃないよ!!もーのすごくだよぉ!!
あ~もう美香のせいで絶対私、大声で引き付け笑いする女認定されちゃったじゃん」
あれから5分後、ようやく擽りの刑から解放された私は
行きつけのカフェで美香とお昼を食べていた。
というか、あのまま社内に残るのは私の心が持たない気がした。
今はさっきのことを面白おかしく振り返っている美香に対して拗ねた状態で、
いつものメニューを待っているところ。
「お待たせしました。」
カフェの店員さんは私の表情をなぜか見ると、お皿を机の上に置いていった。
「お客様、今日はなんだかお機嫌が悪そうですね。」
いつもならお皿を置いたらすぐにカウンターまで戻っていく店員さんなのに、
今日は珍しく私に話しかけてきてくれた。
こんなことはこのカフェに通い始めてから初めてのことだった。
もともとこのカフェには何の気なしに立ち寄っただけだった。
しかし、私が今も頼んでいるこの「店長のお任せサンドイッチ」は
今まで食べてきたどのサンドイッチよりも美味しい。
それにこのメニューの凄いところは名前でも分かるように
店長が中に入れる具材をその日の気分や店にある食材によって変えているらしく
、日によってサンドイッチの中身が違うのだ。
というか私がこのカフェの常連になって以来、
一度も同じ中身を食べたことがないというのだから、本当にすごい。
今日の具材は何だろうと考えるのもささやかながら私の日々の楽しみとなっていた。
そんなこんなで、すっかりこのメニューにはまってしまったのだ。
それに加えて、このカフェの店員さんはみんなレベルが高くて、
もちろん今話しかけてきてくれたこの店員さんもレベルが高い。
いやむしろこの店ナンバーワンなのではと思うほどで。
普通の心境であれば、嬉しくてしょうがないはずだった。
それなのに素直に喜ぶことはできなかった。
(お機嫌が悪そうですねって・・・。そんなにも私むすっとしてたってこと?
うわぁ。なんかものすごく恥ずかしいなぁ!!
よりにもよってこんなかっこいい人に変な顔を見せてしまったなんて。)
私のテンションはすっかり急降下してしまった。
そしてそれに輪をかけるようにいつの間にか店員さんは
私たちの机から遠く離れた場所に行っていた。
(あ・・・。せっかく話しかけてきてくれたのに私のばかぁ。
完全にシカトしたみたいじゃない。はぁ)
ついついため息をついてしまったが、こんなことで落ち込んでもいられない。
私は気持ちを切り替えて、サンドイッチを頬張った。
今日の中身はピーナッツバターとホイップクリームだった。
甘さがどんどん私の疲れを癒してくれるような感じがした。
ご飯も食べ終わり、私と美香はカフェを出ようとした。
「なんかほんと、圭織っておいしそうにご飯食べるよねぇ。
そんな表情を見てたから、私もおいしく食べることが出来たわ。ふふ」
「いや、だって本当にあのサンドイッチ美味しいんだよ!!
美香も今度注文してみなって。」
「ふふ、考えとくわ。」
そう言いながら、レジでお金を支払い終わってカフェを出ようとした時だった。
「ちょっと待ってください!!」
誰かが私を引き留めるように声をあげながら、手首を掴んでいたのだ。
私が驚きながら振り向くと、
そこに立っていたのはさっきの店員さんで彼は何かをもう片方の手で持っていた。
すると、おもむろにその何かを手渡してきた。
「これ、ちょっとお腹がすいた時にでもどうぞ」
そして彼はやり切ったと言わんばかりに私の腕をすっと離すと、
お店の中へ戻っていった。
私は思わず忘れそうになったが、「ありがとう」とやや大声で彼に声をかけた。
後ろ姿で全く分からないはずなのに、なぜか彼が微笑んでくれた感じがした。




