第4話
その後もしばらくの間、私と目の前にいる警備員の男の子は見つめ合っていた。
まるで恋人であるかのように。お互いに目を離すことが出来なかった。
そのことに少なからずときめきを覚え、一時の幸せを感じていた。
しかし、いつだって幸せというものはすぐに終わるもので、
別の警備員さんが守衛室から出てくるやいなや
私たちの姿を視認して固まっているのが見えた。
私はぱっと彼から視線を外した。
「あ、これ、本当にありがとうね!!」
それだけを言い残して、まだ顔が赤いまま、その場を去った。
これが最初で最後の出会いかもしれないと内心で思いながら
帰り道、私は夕食を買うためにコンビニへと立ち寄った。
すると今日は運がよかったのか、いつもこの時間には
もう売り切れているお弁当があった。
(やった。すごくラッキー!!今日は朝、部長に怒られて不運だったけど、
さっきの守衛の男の子と話したこともそうだけど、なんか気分も最高!!)
そんな幸せな心地でいたからだろうか。
私の顔は自分でも分かるほどににやにやして、
コンビニから出るときもしっかりと前を見ていなかった。
ドンッ
入り口を出ようとした瞬間、私は目の前にいた男と正面衝突してしまった。
男は軽くしかめっ面になっていた。
(うわっ!!さっきまでのいい気分が台無しになっちゃった。
あれ?でもそんなことはないかも)
私は少し私よりも身長の高い男性を見上げて、そう思った。
なぜならば、どこかの俳優かとでも思うほどの整った顔。
それに加えてパリッとした清潔感漂うスーツの着こなし。
どこからどう見てもかっこよかった。
そう感じた瞬間、さっきまで少し落ちかけていた気分が急上昇し、
口角が上がっていった。
しかし・・・
「おい、お前。人にぶつかったのなら謝るのが筋だろう。
まさかとは思うが庶民はそんなことも教わらないというのか。」
男から浴びせかけられた言葉はそんな罵声だった。
瞬間、私のさっきまでの幸せな気分は完全に消え失せ、
代わりに怒りが徐々にわき上がっていった。
そして初対面の人にしてはいけないことだとは分かっていても、
止められそうになかった。
「な、なんなの!?そりゃまあ、私がぼけっとしていたのは認めますよ。
だけどそれはひど過ぎはしませんか!?
あなたにだって落ち度はあると思いますけど!!
そ、それに庶民ってあなた何様なんですか!?」
かなりまくし立てるように批判の言葉を言ってしまったものの、
なぜだか言ってしまった後の後悔はなかった。
半ばすっきりしたような表情で男の顔を見ると、男はにやりとしていた。
「ほう。お前なかなかおもしろい女だな。
この俺に楯突くとは何も知らない庶民なのか、
それとも大馬鹿のどちらかだ。お前はどっちなんだ?」
男はまるで私のことを希少生物でも見るかのような表情でそんなことを言ってきた。
「だ~か~ら、その庶民っていうのやめてくれませんか!?失礼です!!
それにあなたのことなんて、これっぽちも知りません!!」
「庶民に庶民と言ってなにか問題でもあるのか?
まあ、だがもうそのような些末なことはどうでもいいな。
俺はお前のことを気に入ったぞ。この俺に対して楯突くだけではなく、
礼儀を説くとは、面白い!お前の名は何だ?特別に教えることを許してやる。」
私は呆気に取られてしまった。
(な、なに!?この俺様っぷり。ついつい批判とかしてたけど、
この人本当は偉い人なんじゃ・・・。
いやいやでも間違っていることは言わなきゃだし。
それに偉い人がコンビニになんて立ち寄らないよね。
だとしたら、この人は勘違い男・・・)
そう感じた瞬間、この人には関わってはいけないという思いも共に抱いた
「もういいです。あなたと話をしていても疲れそうなので、もう帰ります。
今日は疲れているので」
そう言いながら帰ろうとすると、なぜか腕をつかまれてしまった。
私にはもう何が何だか分からなくなってしまい、
必死に振り払おうとするのだったが、
かなりきつく握られてしまっているためか、痛みが走った。
「痛っ!!」
そんな私の声を聴いた瞬間、男ははっとしたような顔になると腕を離してくれて、
その時を見逃さず、私は駆け出していった。
男はそのあと追いかけては来なかったため、
途中からいつものペースで家への道を歩いた。
(はぁはぁ。本当にさっきの人は何だったの!?なんで腕を握られたの。
まあ、普通あんなイケメンに握られたら萌えるとこなんだろうけど、
さっきの俺様勘違い男はおかしかったし、あー怖かったぁ。
あのまま話を続けていたらどうなっていたことか、もしかしたら監禁とか・・・。
ってそれはないよね?雑誌の見すぎだなぁ、私)
圭織が心の中で男のことを猛烈に批判していた頃、
男は車の中にいて、運転手が男に話しかけた。
「須央様、先ほどは何か女性の方と揉めていたようですが、お知り合いでしょうか?」
「いや、全く知らないやつだ。だがな。佐原、あの女は面白かったぞ。
この俺の質問を無視した挙句逃げるとはな。実に面白い。欲しいな・・・。」
佐原と呼ばれた運転手は久しぶりに男の楽しそうな顔を見た。
「それは良かったですね。ま
た会えた時にはあなた様のお気持ちをお伝えなさってはいかがでしょうか?」
「そうだな。はは、これから少し楽しくなりそうだ。」
男は満足そうに窓の外を眺めながら、そんなことを呟いた。