第3話
仕事を自分の思うところまで進めることができた私は、
一息つこうと思い、席を立った。
その瞬間、私は軽く違和感を感じた。あれ?誰もいない??
その理由はすぐに分かった。
時計を見るともうすでに12時を回ってしまっていて、
他の社員は全員帰っていたのだった。
それほどに集中していたことに内心嬉しくなった半面、
終電を逃してしまったことへの焦りも感じていた。
(どうしよう?このまま近くのホテルに宿泊しなきゃいけないのかなぁ。
う~ん、でもこの辺りラブホテルしかないんだよね~。
そんなところに一人で泊まりたくない…)
そんな風に考えている間にも時間は過ぎていったので、
ひとまず会社を出てから考えよう。
そう意気込んで鞄の中に急いで物を詰め込んで、エレベーターホールへと向かった。
そしてエレベーターに乗り込み、1階のボタンを押し、
降りていく最中窓を見ていると、眼下には綺麗な夜景が浮かび、
3年前に別れた彼のことを思い出した。
(そういえば、瑞樹とよく夜景を見に行ったなぁ。
あの頃は本当に楽しかったなぁ。私も瑞樹もまだまだ子供で。
はぁ、瑞樹、今どうしてるんだろう)
森下瑞樹とは大学のゼミで出会い、
最初は軽い会話から始まりお互いに打ち解けあって、
友人にも後押しされて付き合った。それも2年の終わりから大学を卒業するまでの間。
大学を卒業してからもこの関係は終わらない。社会時になった後も続いて、
お互いに納得のいく時期が来たら結婚。そう私は思っていた。
それなのに別れは突然だった。
大学の卒業を機に瑞樹は何の相談もないまま、アメリカへと旅立った。
そこから何の連絡もなく、当然のことのように関係も消滅してしまった。
その時の私は思いっきり泣いた。自分の中の水分が枯れるように。
だけど、そのままくよくよしてもいられない。これからは強い女性になろう。
その一心で私は今まで頑張ってきた。恋愛よりも仕事を優先した。
まあ、その結果瑞樹との関係が消滅して以来、
恋人ができなかったわけなんだけど・・・
しみじみと瑞樹のことを考えていると、気が付けば1階に着いていた。
そのままエントランスへと向かっていると誰かに肩をたたかれた。
私はこんな時間にだれがいるの?と少しの恐怖感を抱きながら振り返った
「あの。これ落としてましたよ。」
声の主は警備員さんで、
彼はポケットから落ちていたのか私のハンカチを差し出してきた。
「あ、ありがとうございます。急いでいて落としたみたい。」
ハンカチを受け取り、警備員さんの目をじっくり見てから感謝した。
すると予想以上にその警備員さんが若いことに気づいた。
年は大学生くらいで、バイトかなと思いながら
じっくり観察するかのように見ていたためなのか、
どんどん顔が赤くなっていってるのが分かった。
「あ、あのそんなに顔を見られると恥ずかしいのですが・・・。とてもお綺麗なので」
その人が照れながらそんなことを言ってくるので、
私にもその照れが移ってしまったかのように顔が熱くなっていった。
(あ、やばいかも、絶対顔赤くなってる。不意打ちすぎるよ。この子)
そんなこんなでお互いに顔を赤くしている私たちに誰も気づいてはいない。
この時は本当に会社に人がいなかったことにただただ感謝するのだった。